スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

皐月賞&唯名論的観点

2011-04-24 18:42:00 | 中央競馬
 中山競馬場での開催が中止になった関係で,日程が1週順延され,東京競馬場で開催された今年の第71回皐月賞
 ダッシュがよかったエイシンオスマンの逃げ。向正面でかなり後ろを離していき,2番手はベルシャザール。サダムパテックは中団やや前目のインで,並ぶようにナカヤマナイト。オルフェーヴルはその後ろ。前半の1000mは60秒3.前後半が完全一致のミドルペースですが,1頭が離して逃げてのラップですから,実質は超スローペースに近かったと思います。
 各馬が余裕をもたせてのレースでしたから脚を残した馬がほとんど。このために直線坂下あたりではではずらっと並ぶ混戦模様。しかし狭いところをオルフェーヴルが割って出ると,一気にこれを断ち切って抜け出し,3馬身もの差をつけて快勝。勝ち馬が抜けた後の進路を通ったサダムパテックが2着を確保。外をじわじわと伸びたダノンバラードが3着。
 優勝したオルフェーヴルは阪神で実施されたトライアルのスプリングステークスを優勝しての参戦。1度だけ大敗がありましたがそれ以外は堅実に走っていて,有力候補と目された1頭。瞬発力の勝負になったのはプラスだったと思いますし,少し早めに動き出したのも,結果的に絶好のタイミングだったと思います。父がステイゴールド,母の父がメジロマックイーン。全兄が2006年JRA賞最優秀2歳牡馬,2009年JRA賞最優秀4歳以上牡馬で現役のドリームジャーニーという血統ですから,無事なら長期にわたっての活躍が見込めるでしょう。Orfevreはフランス語で金銀を細工する職人。
 騎乗した池添謙一騎手,管理している池江泰寿調教師は共に一昨年の有馬記念以来の大レース制覇で皐月賞は初勝利。

 第一部定義六自体のうちに,神Deumの存在論的証明がすでに含まれている,いい換えれば第一部定義六は実在的定義であると考えるならば,第一部定義四もまた実在的定義である可能性は残ります。僕は第一部定義四に関しては現時点では明快に答えは出しませんが,第一部定義六については,ドゥルーズGille Deleuzeとは異なり,第一部定理一一を待たず,すでにその時点でも実在的定義であると考えています。ただし,このときに次の点にはよく留意しておく必要があると思います。
 実際のところ,第一部定理一一において,その実在が証明されているのは,絶対に無限なabsolute infinitum実体substantiamなのです。それが『エチカ』において神の存在論的証明となっているのは,第一部定義六において,神が絶対に無限な実有であると定義されているからです。しかし,絶対に無限な実体,ないしは絶対に無限な実有について,それを神といわなければならない根拠というのは,第一部定義六のうちにはありませんし,第一部定理一一のうちにあるというわけでもありません。
 スピノザは第二部定理四〇備考ニで,ことばを表象imaginatio,すなわち混乱した観念idea inadaequataと示していることからも理解できるように,ことばそのものに対してはほとんど信用をおいていません。これがスピノザが唯名論的立場に傾斜していく大きな理由であると僕は考えています。そして第一部定義六のうちにも,僕はスピノザのそういう立場というものが含まれていると考えています。すなわち,第一部定義六でスピノザが神についていわんとしていることは,絶対に無限な実体は神といわれなければならないということではなく,もしも神というに相応しいものがあるのだとすれば,それは絶対に無限な実体をおいてほかにはないという程度のことだろうと思います。つまり正しく理解するなら,第一部定義六が実在的定義であるということのうちにある意味は,絶対に無限な実有の実在であって,唯名論的な観点から考えれば,神の実在ではないと思うのです。そしてこうした観点からいうなら,おそらく神というものを実在的に定義すること自体は不可能ではないかと僕は考えます。
 これは解決するべき非常に重要な課題であると思われる方がいらっしゃるかもしれませんが,実は僕はさほどのものでもないと思っています。そこでここからはその理由を説明していくことにします。
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