スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

京急電鉄賞東日本大震災復興支援京浜盃&実体の実在

2011-04-18 18:47:14 | 地方競馬
 社会情勢を考慮したため中止となった先月31日に予定されていた南関東クラシック最大の前哨戦である京浜盃が,日程を繰り下げて今日,行われました。サティスフェールが返し馬の段階で故障したため除外となり,15頭でのレース。
 発馬で躓くアクシデントがあったように見受けられましたが,クラーベセクレタが先手を奪いました。リアンローズとゴーディーの2頭はほとんど差がなく続きました。隊列が決まってからはずっと200mを12秒台の一貫したラップ。ミドルペースだったものと思います。
 3コーナーを過ぎるとゴーディーは後退。リアンローズがクラーベセクレタを単独で追い掛ける形になりましたが,直線に入るあたりでもう手応えには差があるように感じられ,実際にその見た目の通り,危なげなく逃げ切ってクラーベセクレタの優勝。コーナーでやや強引とも思われるくらいに外を追い上げてきたキスミープリンスが直線ではリアンローズを捕えて2着。リアンローズが3着。概ね現状の力関係を反映した順当な結果であったと思います。
 優勝したクラーベセクレタは2月にユングフラウ賞を制した後,桜花賞が中止となってしまったため,こちらに回ってきました。仮に羽田盃から東京ダービーという牡馬相手の路線を選択しても,今年のレベルなら最有力候補になるものと思います。馬名はスペイン語で秘密の鍵。
 騎乗した大井の戸崎圭太騎手はユングフラウ賞以来の南関東重賞制覇。京浜盃は一昨年,昨年と勝っていて3連覇となる3勝目。管理している船橋の川島正行調教師は一昨年以来2年ぶりの羽田盃3勝目です。

 第一部定理一が名目的な内容であるとするなら,これに伴って第一部定義五も名目的な定義であるということが出てきます。第一部定義五が実在的であるとするなら,第一部定理一は実在的でなければならず,その場合には第一部定義三の立場も実在的でなければなりませんが,第一部定義三をそのように読解することはできないということがすでに明らかになっているからです。したがって第一部定義五の意味というのは,もしもほかのものによってそれが存在し,またほかのものの観念によってそれが考えられるものがあるとするなら,そうしたものを実体の変状,ないしは様態ということにするというようなことになります。
 これが『エチカ』の全体を貫く論証過程であることになるのですが,そうしたことを省いて,第一部定理一だけを注視するならば,これとはやや異なった結論を得ることが可能ではないかと僕は考えています。つまり第一部定理一というのは,神が実在することを論証するための前段階として名目的に論証されている事柄であるということは否定し難いのですが,しかしこのような仕方で論証された第一部定理一というのは,実はそれだけで,実体の実在を意味として含有し得ると僕は考えるのです。
 これは次のような事情に依拠します。第一部定理一自体は,実体の実在も様態の実在も論証しているわけではなく,ただ様態が実在する必要条件として実体はあるということをいっているにすぎません。しかし,第一部公理一は,すでに,もしも何かが実在するとしても,それは実体か様態のどちらかであるということを示しています。したがって,もしも様態が実在するために実体が必要であるのならば,実体が実在するか,そうでなければ何も実在しないか,そのどちらかでなければならないということをそれ自体で明らかにしているといえるでしょう。しかし,何も実在しないと主張することはそれ自体で不条理な筈です。これはスピノザ自身が第一部定理一一の第三の証明で用いているのと同じ論理ですから,少なくともスピノザがこれを否定することはできません。よって実体は実在することになるでしょう。実際にスピノザはこのような仕方で,少なくとも何らかの実体は実在するということを証明し得た筈だと僕は思っています。それをしなかったのは,おそらくスピノザにとっては,それが不要であったからだと思うのです。
コメント
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