
浪岡城へ行く道の、中世の館少し先にある、浪岡八幡宮。

浪岡城の縄張り図、浪岡城は浪岡北畠氏で南北朝時代後醍醐天皇を助けた北畠親房・顕家の子孫とか築城は1460年ごろ。

同じ形ですが説明文があるのでもう一枚、八つの曲輪(ここでは館)を堀で分割・・・・面白いのは堀の中に土塁があり迷路のような通路のような構造が見られますね。

縄張り図が上のとは逆さまですが、これでは右側から下側の道路を進み入口を曲がり案内所へ進みました。

上の図の右側に建つ浪岡城址・・・・まず奥に入りますね。

突き当りが浪岡川・・・・・左側が検校館?、少し先が西館、奥が内館、・・・・元の道に戻りますね。

浪岡城址の碑の少し先に検校館の碑。

浪岡城北館・・・・道路も堀の内で左側は外郭(現在は道路脇の普通の家並み)、堀幅が当時20m、深さは5m(今は堀のイメージが解る程度ですが)・・・これから北館内へ・・。

木橋を渡り北館へ・・・・・。

北館の虎口から左側を見ます、土塁の外は堀、車・建物辺りは堀又は外郭、北館内・・井戸が幾つか見えますね。

北館内少しずらします、塀が建てられています、当時の武家屋敷の区画割りですね。

なおも、奥にやはり土塁・堀。

北館の中央の通りでしょうか左右が武家屋敷だったのでしょうね。

此処は内館方面に対して土塁が無く、やや低く整地されています。

もう少しアップで、堀の右奥が内館、堀手前は一段低くなっていますね。

此処は先程の北館の先のもう一つの北館の虎口、奥が東館方面。

浪岡城案内所への道、左側が新館(大永年間(1520年頃)拡張、右側は東館。

浪岡城案内所・・・・今日も本当に暑い、案内所の方も暑くって草刈りを始めたが無理なので・・・(暑い中ご苦労様です)。

暑い中頑張ります、猿楽館(左側)から東館(直進)へ。

東館の虎口。

東館の全景・・・建物がある方は外郭。

東館の北館より向こう側奥の木が有る場所が北館、二つの木橋に繋がる場所が堀中の土塁。

堀中の土塁・・そこそこの広さがありますね?。

これも堀中の土塁から見た猿楽館方面。

これも堀中の土塁から見た東館・・・草むらは堀。

堀中の土塁から見た北館、浪岡城は1578年大浦(津軽)為信に攻められ落城・・・・以後400年間、田畑林として埋没、昭和になり甦ったお城です。

暑い中折角ですから、源常林の銀杏を見ます、浪岡川を渡り案内板に導かれました。

樹齢300年以上・・・・ハッキリしていませんね、目通り6・7mの巨木。

津軽山唄の歌詞に詠まれている有名な?巨木、”行丘(浪岡)の源常林の銀杏の木は・・・・”

往路は気が付きませんでしたが、帰りに目の前に・・・お山が・・・・岩木山ですね1997年(平成9年)に登りましたね、右側が浪岡城です・・・しかし暑い。