三郎兼続の日記

趣味の写真で山登り・旅行を主体にした日記
最近は山登りが少なく、城郭・巨木へ

日光中禅寺湖畔に行って来ました。

2022-05-25 12:20:36 | 山関係
2020年5月24日(火)に日光の中禅寺湖畔を散策、竜頭の滝から中禅寺湖畔の千手カ浜・小田代ヶ原から光徳までを散策。

JR日光駅前から女峰山2455m・・・東武鉄道も急行電車が少なくなり、不便になりましたね!。

竜頭の滝から中禅寺湖畔を千手ケ浜へ電気バスにて小田代が原から戦場ヶ原脇を光徳まで。

竜頭の滝のバス停から中禅寺湖畔へ・・・・日光へは毎年か2年越しには来ていますね、昨年は5月12日に高山を・・・戦場ヶ原の道が壊れているのでその周りを歩きましたネ、本コースも何回も歩いています、良いコースですよ、落石注意ですが。

菖蒲が浜の船着き場が木々の間から見えます、木の葉が優しいのです(新緑そのもの)。

落石注意です、落ちないように柵・ロープ個所がありますが、結構落石の跡も・・・。

本当に新緑の若芽が・・・・木々の間から中禅寺湖が見えますね、歩きながら見ると危険ですね。

赤岩を過ぎて、熊窪の浜?、漸く落石から解放・・・、湖の色も深いせいか濃くて美しいですね、木々もフワフワ、ヤシオツツジはもう終わっていましたね。

代わりにやはり新緑のやさしさが。

栃窪でしょうか、所々中禅寺湖畔に砂地の場所が・・・大きいと浜・小さいと窪と呼ぶのかな?、此処は栃ノ木の巨木が群生しているとか。

ザーと見て大きなのは・・・、栃窪には巨木の群生地で幹の周囲が6-7m、樹齢300年以上のもががあると説明版がありました、これは大きそうにみえました。

大きそうなのを並べて見ますね。

これも結構大きそうに見えますが如何でしょうかネ、対したことは無いか?。

ここは熊窪でしょうか。

優しい木々に囲まれて・・・・千手が浜ももう少しです。

千手が浜の船着き場と男体山2486mが中禅寺湖の上に・・・・、今日は山も良く見えますね。

千手が浜のバス停脇の方で昼食をクリンソウに花が・・・まだ少し早いみたいでしたが咲いていました。

川沿いに幾つか咲いていましたね・・・・うれしいですね、ここは九輪草の群生地で此れから沢山の観光者が押しかけますからネ。

昼食後群生地へ・・・・乙次郎橋を渡りますね柳沢川?。

群生地の仙人庵?の庭に咲く・・・これはサクラソウでした。

この周辺に九輪草が咲き乱れるの~、あまり見かけませんね。

九輪草ですが、まだ少し早いのでしょう・・・葉が出て来たばかりですね。

お猿さんも来ていましたが、まだまだ・・・・前回高山山頂近辺でも見かけました、今は中禅寺湖畔のお土産屋さん・イロハ坂周辺には見かけませんがね。

電気バスで小田代ヶ原へそこから泉門池・戦場ヶ原へ、日光連山です。

此処は泉門池、池から見た男体山、修学旅行?小中学生の団体が本当に沢山すれ違いました。

湯川の上に咲くミツバツツジが少し残っていたので・・・。

最後に戦場ヶ原脇のシラカバ林から男体山を取りました、結構歩いたのと子供たちが沢山いたので後半は休まず歩いたので疲れましたね、やはり帰りは東部から鈍行で栗橋まで・・・これも疲れましたね、でも天気が良くて景色が良くて癒されましたね、来週は長崎周辺に行って来ますね。


小田城に行って来ました(後)。

2022-05-22 11:02:59 | 城郭茨城
2022年5月18日(水)に茨城県つくば市の小田城に行って来ました、鎌倉時代からの常陸南部の守護小田氏の居城。

前回からの続き(北側と東側)、再び東虎口から入り本丸の土塁を南側へ回り込み西南の馬出と本丸を見て回ります。

東曲輪から東虎口。

東虎口を入り土塁上から見た本丸内の東側の池、守護館内の庭園ですね。

本丸土塁上から見た東虎口と東の堀、右側は東曲輪。

東南隅櫓・・・・涼台と説明に有ります。

涼台脇から見た本丸、手前は東池、後は筑波山、手前の山は前山・・・・前山には山城があるみたいです。

南側の土塁上から見た、南虎口の橋と西南馬出・・・戦国期佐竹氏が追加した設備。

南虎口脇の土塁から見た本丸・・・後ろの城石は西池跡、西池の後側が本丸建物群。

南虎口・・・・復元レプリカ。

南虎口から見た西南馬出。

西南馬出から見た南側の堀跡と本丸土塁・・・木に覆われた所が涼台。

西南馬出から見た本丸南虎口、後が前山、その後方が宝筐山。

西南馬出の外側から見た所、馬出の左右に虎口があり・・・橋は西側の虎口、左奥は南虎口の木橋。

南虎口を入り西側の土塁上から見た南虎口・・・奥が涼台、此処から本丸を見ますね。

すこしずらしました、西池跡、右側が東池方面。

又すこしずらします、西池、段差・土塁奥が本丸建物群、後ろの山前側が前山、後が宝筐山。

本丸内から本丸建物群を見ます・・・・此処が小田氏15代の居館跡、如何でしたか、一時右端から筑波鉄道が本丸を斜めに横切っていましたが廃線で消えました・・・右端はその跡です。

小田城に行って来ました(前)。

2022-05-21 12:20:12 | 城郭茨城
2022年5月18日(水)に茨城のつくば市小田城に行って来ました。

TXつくば駅からつくバス小田シャトルで小田東部バス停へ城跡周辺を見て回りました、天気が良いので出かけましたが、結構暑く疲れましたね。

見ずらい写真になりましたが、小田城・・・・筑波鉄道(廃線)で分断されたお城です、今はつくば霞ケ浦りんりんロード上にありました。

知らなかったのですが小田城の北東1kmに昔は極楽寺という大きな寺院が在ったみたいですね・・・・今は何もなく幾つかの遺跡が残るのみとか。

小田城縄張り図、常陸南部を収めた名門守護、小田氏15代のお城、完全な平城、鎌倉時代から戦国期のお城。

平成期に復元された本丸周辺と現在に重ねた当時の各曲輪・堀、16世紀中頃から相模の後北条、越後の上杉、常陸北部の佐竹に挟まれ戦の舞台となったお城、永禄12年(1569)15代小田氏治は手這坂の戦で敗れ小田城を奪われました、慶長7年(1602)佐竹氏の秋田移封で廃城。

資料の写真が続きますが、小田城本丸、三の虎口・・・東虎口が大手。

図は此れで終わります、方形です、右側から北虎口を入り本丸の東北隅櫓台?へ、東虎口から本丸を出て東曲輪へ、東曲輪を見て本丸までが(前)、(後)は本丸内から土塁上を南側へ、南虎口から南西馬出、西側土塁から本丸建物を説明します。

西北隅の自転車ロードから見た北側の堀と土塁・・・土塁は実際はもう少し高かったみたいですが?。

北側の水堀跡と土塁、先に見えるのが北虎口。

北虎口を入り北土塁上から見た所・・・・今来た所ですね。

北土塁上から見た東北隅櫓台?・・・隅櫓台?やや盛り上がっています、堀側へも出ていますね、資料には名前がありません、東南隅櫓は涼台と説明がありますが。

東北隅から見た北側。

同じ東北隅の土塁上から見た東側・・・堀と左側が東曲輪。

東北隅から見た本丸と北側。

東北隅から見た本丸と東側。

東北隅から見た本丸 全景、手前は作業広場、奥左から右奥が西池・東池の庭、右奥が本丸御殿の建物群で少し高く溝が掘ってありますね。

本丸の土塁をおりての東北隅から・・・奥の土塁の四角は鉄道線路跡・・・土塁の地質説明用に残した?。

東側土塁上から見た東虎口。

本丸 奥が建物群の場所と説明版。

説明版を振り返ります、大手筋東虎口。

東虎口、当時は木橋。

本丸外東虎口から本丸を見ます。

東曲輪の外側(本丸の反対側)を除く・・・当時は水堀。

東曲輪脇から本丸東虎口を見る・・・・右側奥は筑波山。

東曲輪脇から東虎口をを見る、今回の小田城(前)の説明は此処まで続きは(後)です。


栴檀の花を見に法光寺に行って来ました。

2022-05-19 10:28:38 | 日記・エッセイ・コラム
2022年5月17日(火)に近所の伊奈町にある法光寺に栴檀の木を見に行って来ました、”栴檀は双葉より芳し”のあの栴檀は香木の白檀科のセンダンでこの栴檀とは別物ですね、楝の木(オウチ)樗の木(アウチ)(栴檀)です。

埼玉県北足立郡伊奈町別所の法光寺です。

山門手前にあった花・・・・一本の木ですが花の色が2色ありました、花名は?。

法光寺です、花は本堂右側横です、右側手前に十三仏板石塔婆もあります。

十三仏板石塔婆です、これも秩父・長瀞産出の緑色片岩?、永正3年(1506)の板碑、13仏信仰の死への備えでしょうか。
1不動明王(カン)2釈迦(バク)3文殊(マン)4普賢(アン)5地蔵(カ)6弥勒(ユ)7薬師(リ)
8勢至(サク)9阿弥陀(キリク)10阿閦(ウン)11金大日(バンク)12胎蔵界大日(アンク)13虚空蔵(タラク)・・・()の主尊種子(しゅじ)の梵字を連座の上の彫り込んだ十三仏です。

右側の木が栴檀の木です。

慈母観音菩薩像の上に広がる栴檀の木・・・花が満開ですね。

見てください栴檀の花。

少しづつ花を大きくしていきますね。

如何ですか、五弁の花が・・・。

栴檀の花・・・・これから玉の実になるみたいですね?。

これが栴檀の花、香木の白檀のセンダンとは異なります(諺の木とは違いました)。

さいたま市見沼区島町の薬王寺に行って来ました(円空仏)。

2022-05-08 10:20:16 | 日記・エッセイ・コラム
2022年5月7日(土)にさいたま市見沼区島町の薬王寺に行って来ました、円空仏が29体あると新聞で見たので。

薬王寺・・・瑠璃山平等院薬王寺です、鎌倉時代の薬師如来が秘仏とか。

薬王寺縁起。

薬師如来がおわす薬師堂。

薬師堂です、沢山の絵馬が奉納されていますね・・・縁起にも説明。

説明にもありますが、円空像が29体・・・・今日は見られるとの事で出かけてきました。

説明版の12神将像。

円空像の保管されている建物です、順番を待ち此れから見させてもらいました、写真可能との事で。

円空仏の12神将 めきら(寅)・あんちら(卯)・あにら(辰)。

円空仏が並びます。

円空仏 12神将 ・・・・ガラス張りのケースに収まっているので、写真は奥の方が取りやすかったです。

薬師三尊像 月光菩薩・薬師如来・日光菩薩 一本の杉丸太を三つに割って作った像とか。

薬師如来像の前に不動明王像が、円空は岐阜県ですね、この前郡上八幡城で円空の癒し泉を見ましたね、円空像は日光に来た時埼玉に滞在したので大宮近辺に見られるみたいですね、実物を見られて良かったです。

龍王峡に行って来ました。

2022-05-07 09:57:29 | 日記・エッセイ・コラム
2022年5月5日(木)に栃木県の鬼怒川の龍王峡に行って来ました。

下今市駅で蒸気機関車(SL)を見ました、特急電車の窓から撮影、東武鉄道も電車が少なくなり、今回は特急で行きましたが、帰りは連休の為満員で乗れず普通車で帰りました3時間以上・・・結構疲れましたが無事帰れました、ところでSLはこの前の秩父鉄道でも走らせていましたね。

龍王峡の駅から龍王峡沿いを往復しました、昨年を来ましたが今年は鬼怒川の水が多い・新緑も濃いかな、約2200万年前に海底火山の活動で噴出鬼怒川の流れで浸食した美しい渓谷です、岩石が異なるため色合いも異なるため、下流から白龍峡(流紋岩)・中流青龍峡(凝灰岩)・上流紫龍峡(安山岩)と名前が付けられていますね・・・・下流から上流へ。

駅前から鬼怒川へ下るとまず目に入るのが虹見の滝です・・・ここの岩は角閃輝石閃緑玢岩(カクセンキセキセンリョクヒン)で硬く、川は流紋岩でそれ程硬くないので川が削れ滝になるとか(懸谷ケンコク)。

滝の向かい側に直立する岩上に五王神社(弁天様)。

五王神社の裏側から見た鬼怒川と虹見橋・・・後で橋を渡り上流のムササビ橋へ。

虹見滝上にある竪琴の滝。

虹見橋から鬼怒川の上流を見る。

同じく橋上から見る、虹見滝と五王神社。

この辺りは白龍峡?。

虹見橋を渡り川横を上流へ、湿地がありカエル・サンショウウオ等が?・・・呆けたざぜん草・・・クリンソウがあります。

日差しの良い所は九輪草が咲いていました。

これは何かわかりますか?、多分モリアオガエル?のオタマジャクシです、狭い浅瀬の方に寄り添うように固まっています。

再び鬼怒川に目を向けますね、対岸のチョロチョリした滝と厳しい流れを・・・これぞ白龍ですね。

鬼怒川の荒れ狂う水辺近くから見上げたムササビ橋

ムササビ橋から見た鬼怒川上流・・・・此処から青龍峡・・・確かに岩肌が異なるかな?。

ムササビ橋の目の前の大きな岩・・・凝灰岩?。

ムササビ橋から振り返りました・・・・こちらが流紋岩?です、解りますか?。

此処はどこかな・・流紋岩・凝灰岩?・・・兎に角素晴らしいですね。

これは大観から見た鬼怒川上流部の景観と新緑・・・・青龍峡。

上の写真を切り取りました。

五光岩・・・大きな岩の下に穴が・・・この穴の下に水滴が垂れ光の色がかわるとか?。

兔はね・・・・川幅が狭く兔が飛び越える?。

かめ穴(甌穴)ですね、激しい流れで岩が削られ穴になった岩、この辺り上から安山岩で紫龍峡と呼ばれる見たいです、脇の木はタラですね、タラの芽がありますね・・・この少し先から戻りました前回とほぼ同じですが天気が良く・新緑で爽やかなハイキングでしたよ。