三郎兼続の日記

趣味の写真で山登り・旅行を主体にした日記
最近は山登りが少なく、城郭・巨木へ

千葉県久留里城址・館山城址に行って来ました。

2015-03-24 11:19:27 | 城郭千葉

2015年3月23日(月)に千葉県の城址を巡りに行って来ました、久留里城址・館山城址です、いずれもお城がある城址です。

お城・・・①現存天守、②復元天守、③復興天守、④模擬天守、⑤天守風建物に区別されてます(定義は省く)、今回のお城は模擬天守です。

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久留里駅から歩き一番下の旧二の丸へ上がる山道を上り(白い線は舗装道路)資料館脇へ、そこからは尾根筋から天守閣へ帰りは白い線の道を下りました。

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途中で見える久留里城の三の丸界隈の街。

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途中堀切が幾つか見られました。

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二の丸の塀を回り込みます、此処は中世の千葉の大名里見家の城と近世の江戸時代遺構が混在しています。

康正2年(1456)武田信長のお城、後に里見義堯が再構築、その後改易になり一時廃城1742年黒田直純が再建とあります。

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二の丸脇下の薬師曲輪・・・此処の曲輪は全体に狭いですネ。

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展望は好いです、切り立つ山なので木が邪魔しない、この下の郷が三の丸大手門堀とかが在ったみたいです、江戸時代です。

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現資料館のが二の丸跡・・・・正面が薬師曲輪、左側が三の丸へ下る道、後ろ側が天守閣への尾根筋、その脇が現在は白い道で脇に鶴曲輪(やに狭いですが)あります。

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狭い切り立つ尾根の先が本丸(突き当り)左上は天神曲輪、右側に回り込むと池があります。

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本丸脇に2個の池があります。

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池を過ぎると本丸入口です、資料では2層2階の土台に立ったお城だそうですが、浜松城に似た2層3階の天守閣です。

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左の盛り土が当時の天守の土台と説明版にありました、ほとんどのお城は模擬天守ですネ、でもやはりお城が在ると無いのでは違いますから・・・・特に有名なお城跡では建物が無いと見栄えがしませんからネ。

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尾根筋の道を二の丸脇から下る先に久留里曲輪があります、此処は少し他より広いです。

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青春18キップなので時間が有ったので(何せ電車が余りないのですがひとつ前に間に合ったので)館山まで行きました。

館山駅側からも見える高台にお城があります、あるいて30分ぐらいですかね、下側から孔雀園脇を回り込んで、万葉の径へ戻って山頂へ行きました。

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公園入口の下から見た館山城です、犬山城(国宝)に似た(破風が異なるか?)お城ですが美しいですネ。

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館山城址・・・今は公園ですネ。

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結構お城の遺構らしき景観がありますが、説明版が無いので思いにふけるだけですが。

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回り込むように突き当りが本丸です、左側が万葉の径側で結構昔の遺構らしき場所が見られました。

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上からの景色が右下側は梅園ですが、此処は三の丸相当ですかね?。

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戻り、左が二本庭園とかツツジ園とか(二の丸相当?)、左上が本丸です。

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本丸の脇に・・・此処では里見城跡とあります(脇の碑では館山城跡で説明がありました)。

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山頂からの景色は素晴らしいです、何せ海が目の前ですから、館山の街が眼下です、桜の花ももう少しで咲きますネ。

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本丸の天守です、犬山城を模したお城です、里見義康が天正18年(1590)の小田原の役の時完成した城は?その後1614年大久保忠隣事件に連座し改易になり廃城、戦時中は高射砲部隊が進駐し改変したので当時の様子は?判らないのでしょう・・・・。

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ツツジ園側からの館山城・・・・今見ると流石に国宝(?)好いお城ですね、今江戸城に天守再建をの運動が有りますが、建物が在るほうが好いかもネ。


千葉の臼井・本佐倉に行って来ました(臼井城址・本佐倉城址)。

2015-03-19 11:11:15 | 城郭千葉

2015年3月17日(火)に京成臼井・佐倉・本佐倉駅近辺に広がる城跡を見てきました、臼井城址・本佐倉城址です。

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印旛沼近くの臼井城址です、現在は二の丸と本丸の遺構が残されています、此処は千葉一族の臼井・原氏が納めた結構大きな城です、有名な太田道灌も攻めました弟が戦死・・・上杉謙信も攻めましたがこれは失敗した有名なお城です。

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妙見さまの星神社側から土橋を渡り二の丸広場に入りました、河津桜でしょうか満開でお花見も地元の方がされていました、此の広場の周りは空堀です・・・・千葉のお城は殆どが平山城(山城では無く岡状態の山林を切り開いた感じです)で川・沼・崖状態の空堀等が多いですね。

星神社等も外郭の城の一部だそうですが今は殆ど判りません。

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二の丸と本丸を繋ぐ土橋・・・奥が本丸で左右は空堀で本丸は一段高くなっています。

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本丸からの眺望です、奥が印旛沼です、結構な広さがあり向こう側は帯郭が段々に構成された本丸の遺構が見えました。

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本丸の虎口で先ほどの土橋になります、土塁で周りが盛り上げてあります。

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現在は駐車場の広場ですが深い空堀後です、正面が土橋、右が本丸、左が二の丸です。

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本佐倉城址の全体図です、千葉の名門千葉氏の本拠地です、上総の里見氏・小田原の北条・関東管領の上杉に対抗最後は北条にのみこまれ秀吉の小田原攻めで名門も終焉、徳川は佐倉に城を築き、此処は廃城となりましたが遺構状態は良好です。

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山を背景にした東光寺ビョウ(Ⅵ郭)です、各ブロックの郭に分かれたお城で内郭部でも広いです、奥がセッテイ山(Ⅶ郭)です・・・名前は?。

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東光寺ビョウ(Ⅵ郭)の後ろの山の中腹にあるセッテイ虎口後です、右側がセッテイ山でです、入ると山を回り込むように帯(腰)郭状態の広い道になります。

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空堀手前を上がるとセッテイ山(Ⅶ郭)の広場です、かなり広いですが木々が生い茂っています、私か行ったらウサギが逃げ出しました・・・・金明竹も多く此処は山中の雰囲気です。

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セッテイ山(Ⅶ郭)は空堀で囲まれて独立した形の郭です、此処は空堀の底で右側がセッテイ山で左側は倉跡(Ⅲ郭)です、この手前が南奥虎口で東光寺ビョウ(Ⅵ郭)側出ていけます、下の図参照。

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空からの写真を参考に、写真にはありませんが右側がセッテイ山です、これから東山虎口から城内に入ります東山は今回説明しません、細い尾根筋と帯郭で東山虎口を補助した形ですね。

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東山虎口の一段目で回り込むように第二弾があります。

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東山虎口の第二弾目です向こう側が城内(Ⅳ郭)です。

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東山馬場郭(Ⅴ郭)から見たⅣ郭です。

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Ⅳ郭を上がる途中にある堀切での道があります、左が城山(Ⅰ郭)右が奥ノ山(Ⅱ郭)で回り込むように道が作られています(横矢掛ですか)。

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回り込んで城山の門入口です、この左にも門が在ったみたいです。

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城山の全景です、結構広いですね、右側から上って来たのです。

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上からⅣ郭を見ました、この下を半分回り込んで上がってきたのです、右側の外れが東山虎口方面です、右側は東山馬場です。

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次に奥ノ山(Ⅱ郭)に来ました、奥の高い所が妙見様の社跡とか・・・・千葉氏は妙見・・北斗七星を氏神様としていたそうです。

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奥ノ山と空堀を隔てて倉跡(Ⅲ郭)の広場です、右奥がセッテイ山です。

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本佐倉城址の前景です左側が東山虎口・東光寺ビョウ・セッテイ山方面で右側に京成線が走り本佐倉駅もそう遠くではありません。


千葉の佐倉に行って来ました(佐倉城址・千葉城・千葉寺)。

2015-03-18 23:04:46 | 城郭千葉

2015年3月17日(火)に青春18キップで千葉県の佐倉・成田・本千葉と行って来ました、当日は暑く本千葉は時間が有ったので周り非常に疲れましたが良かったです。

京成の臼井・佐倉・本佐倉と連続した駅近くに城址が在るのでまとめて見学しました、まずJR佐倉で降りて・・・・・・・。

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佐倉は今も武家屋敷が現存している侍の街です、高級な武士?の家並みです土塁で生垣が在るので馬の上からも家の中が覗けないのです、ここは丘の上なので残ったのでしょうか?。

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佐倉城址の図面です、鹿島川・高崎川が写真上から左側を流れています、右側は成田街道です、江戸時代に築かれた平山城です、図の下から左上と時計回りにみて回りました。

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三の門跡を過ぎて三の丸です、左側は空堀です、今は浅いですが・・・、千葉の内陸は石が無いので石垣の城ではありませんネ。

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三の丸の外れから出丸へ行ってみました、大分急坂を下ります。

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水堀に囲まれた出丸跡(左側)・・・・土塁が今は平らですが・・・・。

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急な細道を上り三の丸と本丸の近くに上りました、これは三の丸と本丸に架かる土橋で向こう側の不明門がありました、土橋の脇は深い空堀です。

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本丸不明門脇の櫓の土塁上から見た所です、脇は空堀です。

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本丸の奥から見た広場で左側にもありかなり広いですネ。

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此れが本丸の左側で土塁で脇が盛り上がっています、正面が一の門の土橋です。

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一の門を渡り二の丸側から見た一の門の土橋と空堀です。

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二の丸の二の門傍に立つ幕末の城主堀田正睦の殿様です、老中首座で幕末の国難に対応した人です、佐倉城は戦火を浴びませんが建物は佐倉連隊の設置で全て破却したそうです堀等も一部埋められたのです、城は土井利勝が今の形を作成したとかその後利勝は古河に移封しましたネ。

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姥が池で二の丸・三の丸の下にある池で城内に取り込まれています。

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此れは成田街道よりの水堀で左側が城内です、当時のお城は武家屋敷を取り込み大分広いですね、日本百名城ですネ。

この後、臼井城址・本佐倉城址を見学しましたが先に千葉の方を照会します。

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千葉城です、これは千葉市内の猪鼻城址に立つお城で復元天守閣ではありませんがやはりお城ですネ。

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この地は城跡に間違いはありませんが、当時は天守閣は無いそうです、名前も”亥鼻”が正しいのでは?。

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千葉寺の公孫樹の巨木です、樹齢1000年幹回り8mで樹勢も良さそうです。

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乳根も見事で太さも申し分ない1本イチョウですネ、わざわざ寄った甲斐がありました、疲れが跳んだ・・・・・イエイエやはり疲れましたが此れから帰ります。


伊豆半島の河津・伊東に行って来ました(河津桜・巨木)。

2015-03-12 10:56:11 | 巨木巡礼東海

2015年3月11日(水)に静岡県伊豆半島の河津・伊東に行って来ました、青春18キップでの旅です、今日は風が凄く強い日でした。


河津桜祭りは昨日で御仕舞でしたが、桜は満開が過ぎて葉が出てきましたがまだ見れました、もう少し前に来たかったのですがインドの疲れと天気が悪いのとで遅れました。


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祭の後なので人は少なかったですが、花は・・・・・・。

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花はわずかに盛りもあれば葉桜も混ざり合いです、川の水は綺麗ですが風が強く寒かったです。

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人出が少ないのでお花見も寂しいですネ。

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菜の花も咲いていました・・・・・・。

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花はこの程度にして、目的は巨木なのです、伊豆半島は温暖な気候の性か巨木が多いのです、電車賃が懸るので青春18キップを利用して遠くに行きます。


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来宮神社(すぎほこわけの命)此処には樹齢1000年以上の楠が有ります、他に2本も相当な巨木で在りますが・・・・幹回り14m。

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神社脇にあり凄い存在感ですが、写真で上手く表現できないのが残念です。

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やはり、一部中は空洞?だと思いますが、樹勢は良いのでまだまだ長生きを期待しますネ。


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伊豆急の電車の中より海岸風景を写しました。

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もう1枚こちらは波が・・・・風は何度も言いますが凄く強いので海も荒れていると思いますが・・・・・北海道も海が荒れていたので知床で船が乗れないのを思い出しました!。

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伊東駅で降りて再び巨木写真を・・・葛見神社の楠です、樹齢1000年以上幹回り20mと有りますが、今は15m?・・・後ろ側右側中は空洞と相当現在はダメージを受けています。

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左側の樹勢は良いのですが、何百年と生きながらえるのは大変なのでしょうネ。


4月10日までキップを使い幾つかの予定を消化します。



インドに行って来ました(アグラ)。

2015-03-03 13:00:49 | 海外旅行インド

2015年2月28日(土)今日はアグラの街の観光とそれまでのインドの町中の写真を合わせて掲示します。

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やはり、野良牛が町中に沢山いました、雄の牛とミルクの出なくなった雌牛が町中でゴミを漁っていました・・・・水牛も沢山いましたね、水牛はミルクが沢山取れるとか、後クソを天日干しで乾かしているいましたネ、車は混んでいて怖いですね。

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オートバイにも沢山人が乗っています。

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色々な動物が町中で共存していました、これはイノシシでしょう。

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羊の群れ、野良犬は本当に沢山観光地町中にもいます・・・・・猫もいると言っていましたが見なかったです。

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小さな車にも沢山の人が乗っていました、車の外側にしがみ付き立ったまま乗っているのも普通ですね。

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ラクダですが、馬・ロバとかもいました、観光地では象さんもいます・・・・・あとリスが多かたです、町中は綺麗な所と汚い所があります、宗教言葉も混然として、貧富の差は極端です。

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アグラの街のタージ・マハールの赤砂岩で造られたメイン・ゲートです、アーテに刻まれたコーランで下から上に文字が大きく造られているので同じ大きさにみえるとか。

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タージ・マハールの正面です向こう側はヤムナー河で川沿いに立っているのです。

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やはり下は赤砂岩で上が白い大理石に象嵌細工を施した建物、横の塔はミナレットでモスクに付随塔です高さ42mとか。

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タージの右横・左横にもある赤砂岩のモスクがあります。

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これは入口で階段を上がり上のテラスにでます、靴はカバーを付けます

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横から観たタージです。

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真横にあるモスク。

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やや斜めから見た姿で四角同じ形に作られていますネ。

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フアテープル・シークリー遺跡のパンチ・マハールの五重の塔です。

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此れも同様ですね、観る角度で大分ちがいます。

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デイワニ・カース?、ジョダ・バイ宮殿ですか?。

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アグラ城の城壁で堀には昔ワニがいたとか。

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城門アマル・シン・ゲートです、この城門は日本の城の桝形方式に似ていますね。

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門内を入ると次に堅固な門があり、中に入ると壁に挟まれた急な上り坂で構成された防禦された造りです。

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これがジャハンギール宮殿で赤砂岩と白大理石の象嵌細工が美しい宮殿です。

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宮殿入口アップです。

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宮殿内部の広場。

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ヤムナー河の先にタージ・マハールが見えます。

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タージ・マハールを作った王様は此処に閉じ込められたとか。

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中庭。

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一般謁見の間ディワニ・アーム、これらはムガール帝国全盛期に建てられたお城です、

建物様式は?良く判りませんが、城壁とか軍事的な構えは凄いですね、これで今回のインド旅行は終わりです。


インドに行って来ました(デリー・ジャイプール)。

2015-03-02 18:46:26 | 海外旅行インド

2015年2月26日(木)-29日(土)にインドのデリー・ジャイプール・アグラの観光ゴールデントライアングルに行って来ました、時差はマイナス3・5時間で行きは10時間帰りは7時間の旅になりました。

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まずデリーのフマユーン廟・・・・入口の門です。

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ここは王様の廟(お墓)で後のアグラにあるタージマハーラの原型だそうです。

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やはり砂岩・大理石の象嵌細工が施された綺麗な装飾で出来ています・・・・規模が小さいのでこの廟を先に見せるとガイドさんが説明、なお今回は現地ガイドさんのみの旅行です、。

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車窓からのインド門、高さ42mの石製の凱旋門、第一次大戦の戦死者の名前が刻まれているそうです。

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デリー(ニューデリー・オールドデリー)のレッドフォート(赤い砦)の城門(ラホール門)です、中は広く今軍隊が住んでいるとの事、赤い砂岩で出来た城門城壁です、高さ18mとあります。

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やはり城壁の周りは堀・・・です。

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レッドフォート(赤い砦)の城門(ラホール門)、中に入れません。

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クトウブ・ミナールの塔高さ73m基底部は直径15m塔は5階層でいずれも外部に突き出たバルコニーがあります、中には現在入れないそうです。

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塔以外にも当時の遺跡(1209年・・・?)が複合遺産としてあります、趣がありますね。

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殆ど砂岩と大理石で出来ています。

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壁には文字と模様が施されているそうです。

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観た遺跡の中では古いものですね。

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これはアライ・ミナールです、クトウブ・ミナールの2倍の大きさの塔を作ろうとした土台部分です、1316年暗殺され未完。

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ここからはジャイプールの都市です2月27日(金)、朝は涼しいのですが、日中は凄く暑くなります、”風の宮殿”です、バスから降りて道端からの写真を撮りました。

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アンベール城です城の手前から・・・インド象に乗って上ります、車は大きく右側から迂回して城の後ろ側へ上ります・・・・現地ガイドが1人なので二手に分かれましたが言葉が判らずあわてました。

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一番最初の城内広場です、城門を潜り象さんが入ります。

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アンベール城を囲む山には万里の長城みたいに長い塀と砦が出来ているのが見えます。

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最初の広場から次の広場に行くと綺麗な宮殿(アンベール宮殿)があり赤砂岩と大理石綺麗な細工が成されています。

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此れは最初の広場を中の方から見た所です・・・やはり向こうの山にも長塀が有ります。

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宮殿の綺麗な門、上の穴あき窓はお妃達が送り迎えする窓とか・・・王様は戦で余り住んで居ないとあります、この奥は女の園との事でした。

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綺麗な細工が施された天井・壁。

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宮殿の中庭と外輪の砦。

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その宮殿の中庭の奥の広場・・・・広いが女性たちはこの空間で過ごしたのですから・・・・。

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アンベール城の下からの全景。

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ジャンタル・マンタル天文台・・・・世界一大きな日時計だそうです、太陽の日差しの陰で時間が図れます。

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シテイパレス・・・現在もジャイプールの王様のお住まいとか・・・ほとんどは国が管理しているが此処はそのまま使用し半分は観光用見せているとか。

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奥の高い方が現在でもつかわれている宮殿とか。

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宮殿の中庭・・・観光用に開放しているので入れました。

インドでの食事はカレーです(カレーでも具の種類・甘さ辛さが色々)。

二日目はここまでで明日はアグラ観光となります。