後水尾天皇に女の子供・興子(おきこ)が生まれたのですが、
いろいろなことがあって、その子が6歳で女帝(明正天皇)になるのです。
母親の中宮和子は興子が健やかに育って、美しい花嫁になることを夢見ていたのですが、
天皇になったらもはや結婚はできないだろうと、
興子の幸せを夢に描いた掛け軸を作ったのですって。
モデルは美女の代表・小野小町とイケメンの代表・在原業平にして、
男雛を右(向かって左)、女雛を左(向かって右)に描いたものだそうです。
この、娘の幸せを祈る気持ちの表れとした座り雛が、
現在の雛のはじめといわれているそうです。(永田久・年中行事を科学する、より)
いろいろなことがあって、その子が6歳で女帝(明正天皇)になるのです。
母親の中宮和子は興子が健やかに育って、美しい花嫁になることを夢見ていたのですが、
天皇になったらもはや結婚はできないだろうと、
興子の幸せを夢に描いた掛け軸を作ったのですって。
モデルは美女の代表・小野小町とイケメンの代表・在原業平にして、
男雛を右(向かって左)、女雛を左(向かって右)に描いたものだそうです。
この、娘の幸せを祈る気持ちの表れとした座り雛が、
現在の雛のはじめといわれているそうです。(永田久・年中行事を科学する、より)
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