7日の日経紙「春秋」欄に、さるかに合戦から始まる記事を読み、改めて物語や仇討について整理しました。
私が子供の頃?のさるかに合戦は、
“だまされて、痛めつけられた蟹は、臼や杵、鉢や栗の応援のもとに、猿をこらしめる”というものでした。
ところが、最初に書かれた?昔噺は、
◎蟹は殺される のですね。そして、
◎殺された蟹の子供は、悲しみ、怒り、臼や杵、鉢や栗の応援のもとに仇討をするのです。
さて、ここからですが、
◎物語が書かれた室町時代は、仇討は許されていなかったそうです。
それなのに、仇討をしたのはどんな時代背景だったのでしょうか。
◎江戸時代になってからは、 「届け出た場合」には許された のですね。しかも、
◎武士にあっては、当主が殺された場合には仇討をするまで家督相続ができなかったくらい
仇討・敵討ちは認められたようです。
私が子供の頃に見た時代映画で、仇討・敵討ちをテーマにしたものはいろいろありましたし、
それを助けるのは、正義の味方?で、
胸をわくわくしたものでした。
つづきはまた。