浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

ふがっとして文化

2012-04-11 00:50:19 | 食べ物
大阪でぶらぶらしてて(っても仕事だけど)ラーメン屋に入った。

しかしようラーメンくうなぁ。

午後4時という中途半端な状態な時間なので目当てというか「よく通っていつも行列出来てるとこ」はだいたい準備中。仕方ないので空いてる適当な店に入った。

どうやらチェーン店かFC店のようで店内もちゃんとしててメニューもちゃんとしている。仮に「ラーメン鶴王」という店にしておく。

客は僕一人、店員さんも若い女性が一人。

いろいろ悩んだ末にメインの「鶴王ラーメン」をお願いする。

でも「鶴王ラーメンで」ってお願いしてもなかなか伝わらない「はい?すいません」みたいな感じ。僕は「つるおうラーメン」と言っていたんだけど本当は「かくおうラーメン」だったらしい。紛らわしいな。ま、いんだけど。

それで店員さんがラーメンを作り始めるんだけどいちいち声を出すんだよね。

「麺入ります」とか「麺茹で上がりましたー」「はい、鶴王ラーメン一丁上がりましたー」とかね。

たぶん、店のマニュアルなんだろう。店員さんが何人かいるときはそのたびに「はい、かしこまりましたー」とか言っているんだろうね。

でもさぁ。

客僕一人なんでどうも店員さんがなんか言うたびに僕に言われているのかと思っちゃうよ。別に言わなくていいのにね。

出てきたラーメンはこんな感じ。

チャーシュー旨し。麺やわめ。

昔、僕は麺カタメが好きだったけど今はやわめくらいがちょうどいいや。昔は博多らーめんの麺極細、ややカタが好きだったんだけどね。

一口目にふがっとなる感じでもいい。

ちなみにこの店でちょっと「へー」と思ったのが各ラーメンに麺の細さが「番手」で書いてある。一番ノーマルな鶴王ラーメンは「20番手中細麺」、昔風鶴王ラーメンは「25番手極細麺」、油そばが「19番手ちぢれ麺」。へー。番手が増えるほど細くなるというのはなんなんだかね。

「同一の機能に多彩なバリエーション」というのが文化の尺度だそうです。つまり文化が進むほどバリエーションが増える。

よく言われるのは日本だと雨。空から水が降ってくる、という現象だけでも、豪雨、五月雨、春雨、驟雨、秋雨、にわか雨、五月雨、と言葉がたくさんある。(これで必ず出されるのが「イヌイットの文化では雪を表す言葉が多い」ということなんだけど詳しくは忘れた)

日本はやっぱり米文化なのでいろんなバリエーションがある。原材料としての米だけでも白米、玄米、餅米があるし、食用にすれば精米、炊いたらご飯、握ればお握り。

イタリアではパスタのバリエーションが多い。

なんでこんな話してるかというと日本のラーメン文化のバリエーションもすごいことになってるなぁと思って。

最初はたぶん醤油ラーメンくらいしかなかったはずだけど、塩、みそ、最近じゃトマトスープで食べるラーメンもある。

麺だってまず茹で方からすごいじゃないですか。コナオトシ、ハリガネ、バリカタ、カタ、ヤワ、バリヤワ。。。

それに麺の番手まで加えたら偉いことになるよね。

「ラーメン脂多め味濃いめ20番手バリカタタマゴノリニンニク増し増し。あ、ネギ抜き」とか言わなきゃいけなくなりそうだ。

たまに酔った時にラーメン屋行って「脂と味どうします?」とか言われたら「全部ふつう!」とぶっきらぼうに言いたくなる。

すいませんね、文化的じゃなくて。

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