浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

「町山智浩の映画Q&A」

2014-03-07 11:54:15 | DVD、映画
先日、「町山智浩の映画Q&A」というトークイベントがあったので行ってきました。

これは映画評論家の町山智浩氏が事前に映画に関する質問を受付け、それに答えるというもの。

僕にとって、この人はある意味「神様」、それが大げさだとしたら勝手に「師匠」だと思っているので即効でチケットを取ってえいさえいさと馳せ参じました。

質問は3本の映画についてのものが多かったので今回はその3本を解説するということになった。その3本というのがコーエン兄弟監督「バーン・アフター・リーディング」、ポール・トーマス・アンダーソン監督「ザ・マスター」、アンドレイ・タルコフスキー監督「ストーカー」。

僕はこの企画を聞いた時にすぐに送った質問が「バーン・アフター・リーディングという映画はどういう意味がある作品なのかさっぱりわからないので教えてください」というものだったので取り上げてくれてすごく嬉しかった。

コーエン兄弟という人は一見、意味不明な映画を撮るんだけどそれでもその作品には何か深い意味がある。たとえば脱獄ドタバタものに見える「オー・ブラザー!」だってこれはオデッセイウスを下敷きにしている。「バートン・フィンク」だって「ノー・カントリー」だって何かしらの意味がある。でも「バーン・アフター・リーディング」だけは単なるドタバタ劇にしか僕は思えなかった。

ざっとあらすじを説明すると(自信ないけど)、アル中でCIAを首になったオズボーン(ジョン・マルコヴィッチ)が腹いせのために回顧録を書いてCD-ROMに保存しといた。それをひょんなことから手に入れたリンダ(フランシス・マクドーマンド)は美容整形をする金が欲しいのでそのCD-ROMを何かの極秘文書(CIAだからね)だと勘違いし、それを元に脅迫しようと考える。同僚のチャド(ブラッド・ピット)を巻き込み、そこにオズボーンの妻のケイティ(ティルダ・スウィントン)とその不倫相手ハリー(ジョージ・クルーニー)が絡んできてドタバタに、、という話。

とにかくこの映画の解説がすごかった。

コーエン兄弟がユダヤ人であることから、他の作品の宗教的ベースの説明なども盛り込みながら、結論にグイグイと近づいていく。町山智浩独特の語り口がぐんぐんドライブしていく。そして、ここに出てくる登場人物たちの特長を列挙していく。

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美容整形をすれば幸せになれるという「願望」を持った女、リンダ。
身体ばっかりで「頭が空っぽ」なチャド。
連邦保安官なのに「度胸のない」ハリー。
冷たく「心がない」女、ケイティ。

この組み合わせどこかで観たことないですか?

そして、マルコヴィッチの役名がオズボーン、つまりオズ。

これは「オズの魔法使い」の話なんです。
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この瞬間、僕はほんとにのけぞりそうになった。会場全体から「おおおお」と声が上がった。

これはすごかったなぁ。

つまり「バーン・アフター・リーディング」はオズの魔法使いの形を借りて「神が人の望みを叶えること」について、コーエン兄弟らしいペシミスティックな風味をつけた物語だということ。

僕が「バーン・アフター・リーディング」を観たのは2008年だけど、そこからずっと「あの映画はなんだったんだろう?」と思っていた気持ちがスカーンと解決してしまった。

2本目「ザ・マスター」の解説も素晴らしかった。この解説の冒頭で会場から「この映画を見てわからなかったところ」を会場から募集したんだけどみんな「わからないところ」ばかりだった。「なぜ砂の女を抱いているのか」「なぜ砂漠をバイクで走るのか」「なぜ海の上の船の軌跡が何度も出てくるのか」「なぜ主人公が映画を見ている時に電話がかかってくるのか」「そもそもこの映画はなんの意味があるのか」、、、

それで町山智浩氏が言っていた。「これだけ分からないところがある映画なのに、日本ではまともにこの映画を解説している人がいない、それっておかしくないですか?」と。

確かに僕もそう思う。

「バーン・アフター・リーディング」はネット上に公式サイトが残ってるけど「大ヒット上映中」って書いてある。「ザ・マスター」だって宣伝文句は「本年度アカデミー賞最有力」と書いてある。それだけ煽ってお客を呼んで、そして観たお客さんが「ぜんぜん意味分かんないな」と思っているとしたらそれはちょっとひどい話なんじゃないかと思う。せめて誰かが「この映画はこういう意味なんですよ」と解説して欲しい。そうしてくれれば「あ、そんな意味があったのか」と思ってもう一回観る人もいると思うよ。少なくとも僕は今回の話聞いて「バーン・アフター・リーディング」「ザ・マスター」をもう一度観たいと思ったもの。「ストーカー」は未見だけど観てみたいと思った。

「そんなの自分で考えろよ」と言われたらそりゃそうなんだろうけど、でも普通の人はそこまで深い知識ないですよ。

今の日本でそれを、つまり映画について深い知識を持ち、わかりやすく解説すること、をやってくれている稀有な人が町山智浩だから僕は話を聞きに行くんです。この人の話を聞くとより深く映画がわかるし映画をもっと好きになる。

今回の話を聞いて、僕はこう思った。

どんな映画もその映画単体では存在し得ない。今までたくさんの人がいろんな映画を作ってきて、それらの映画はいわば人類の「集合知」となっている。これから映画を作る人はそれらを踏襲するにせよ、あえて反発するにせよ、それらの集合知から完全に無関係というわけにはいられない。何か新しい映画を作りたいと思う人はその集合知に自分なりのレンガを一つ積む。「映画なんてその映画一本見て楽しければいいんだよ」という意見もあると思う。それはそれで僕もいいと思う。だけど、僕は映画監督がどこにレンガを積んだのか、そのレンガとは何なのか、を知りたいと思う。それがわかればどんな映画だって愛おしくなると思う。

そういうことに気づかせてくれたので町山智浩氏には改めて感謝しております。

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町山智浩の解説がどれだけすごいのかはこの動画を観て頂ければ即ご理解頂けると思います。
「午前十時の映画祭」という古い名作を映画館でやる企画のトークショー。主に学生向けに名作の解説をしている。
賭けてもいいけど「ローマの休日」「メリー・ポピンズ」と言ったいわば「手垢の付いた」名作の本当の意味がスカッと解る。「メリー・ポピンズ」の話を聞いてグッと来るなんて想像も出来なかった。しかもね、映画本編ではなく解説だからね。ちなみにこの人の解説はたまに映画本編より面白いことがあって、それはちょっと困っちゃうんだけど。。動画が6パートに分かれれてますが、映画好きな方はぜひご覧頂きたい。

町山智浩氏が語る 学生のための20世紀名作映画講座 Vol.1


町山智浩氏が語る 学生のための20世紀名作映画講座 Vol.2


町山智浩氏が語る 学生のための20世紀名作映画講座 Vol.3


町山智浩氏が語る 学生のための20世紀名作映画講座 Vol.4


町山智浩氏が語る 学生のための20世紀名作映画講座 Vol.5


町山智浩氏が語る 学生のための20世紀名作映画講座 Vol.6

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この人の著書。これはもう映画ファンにとってはクラシックというか古典になりつつある。