浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

セーター

2014-01-15 18:30:02 | 日記
うちの母がセーターを編むのが好きだった。(いや、今も好きだけど)

だもんで子供の頃はよく母の手編みのセーターを着ていた。考えてみると野山駆け回っている小学生にセーターってあんまり似合わないんだけどね、すぐ汚すし。

うちの母は「手段が目的化する」ってところがあって、「セーターが必要だからセーターを編む」んじゃなくて「セーターを編みたいから編む」というところがある。いまだって毛糸の靴下作っては人に上げてる。上げないと家にたくさんあって編めないから。

ちなみにパンもそう。パンが食べたいからパンを焼くんじゃなくてパンを焼きたいから人に食べさせてる。

で、セーターの話。

高校くらいからさすがに母の手編みのセーターなんて気恥ずかしくてあまり着なかったけど、大人になってもセーターは好き。

いいよね、セーター。そりゃ機能的にはフリースとかのほうが軽くてあったかくていいんだろうけど、セーターにはなんとなくぬくもりがある気がする。

このシーズン、セーターを2着も買ってしまった。どちらもGAP。

最近は会社のドレスコードも緩くなっているのでこのセーターにワイシャツ、ジーンズくらいで出社している。

スーツの時も中にカーディガンとか薄手のセーターとかを重ね着しているので、この冬はほとんど毎日セーターを着ていると思う。あったかいですよ。

会社の会議室とかで「さむいさむい」って言っている人って案外、スーツにワイシャツ一枚とかだったりして「セーター着れば」と思う。(思うだけ、言わない)

夏より冬のほうが好きなんだけど、寒い恰好が好きってわけじゃない。寒い冬に暖かい恰好してるのが好きなんだよなー。