柴田典子の葬儀の話でごめんなさい

葬儀の未来に命を賭ける、エンディングデザインコンサルタント、柴田典子のブログです。

母の友人が逝きました

2018年12月04日 | 
母の老人ホーム暮らしが始まって1年半がたちました。

母には長年お付合いのある友人が沢山いましたが

年と共に欠けていき

自宅を離れるときにはほんの数人になりました。


ホームから時折電話で話すことしかできなくなりましたが

お互いの不自由を棚に上げ「遊びに来てね」「行くわ」の会話が続いていました。

その方たちが、秋に1人。つい先月1人。

ご家族から亡くなった知らせが届きました。

このご時世に、訃報を知らせてくださったご家族に感謝しました。

長年、母が親しくしていただいた方の葬儀は子供としても無視できません。


周囲には「ショックを受けるから知らせない方が・・・」という声もありましたが

きちんと伝えることにしました。

母からは「私は行けないから代わりに行ってお香典を届けてね」という返事でした。


私は必ず葬式の様子や遺影写真を撮って母に見せます。

物忘れが激しくなった母からは

「あの方、亡くなっていないよね」とよく聞かれますが

その度に、写真を見せています。



母にとって「死」は縁起が悪いことでも、遠い世界のことでもないようです。

私も母との別れは「明日かもしれない」と覚悟しています。

人としてこの世に生まれれば「死は当り前の出来事」で

「寂しい」けれど「不幸なこと」ではありません。





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自然に死ぬこととは・・・

2018年02月14日 | 
高齢のおばあ様が入院先から延命をどうするか、問われている。

というご相談がきました。

病気というより高齢になって次第に体力低下がみられたそうです。

ご家族はまだ生きていて欲しい、との想いが強いのだそうですが

医師からは、胃ろうなどの処置は年齢的に無理かも…と伝えられらそうです。


死は誰にも訪れるものですが

「今ではなくもう少し先に」と考えるのも家族だからこそ、でしょうね。


私の義母も心臓が弱って入院しましたが

検査がこれからと聞いて、一度自宅へ帰って支度して…と思った矢先に
急変しました。

以前から「延命はしない」とお伝えしていたので

病院からの電話で急いで戻った私が見たのは

誰もいないベッドで安らかに寝ている義母の姿でした。

慌ただしい状況を想像していたのですが

死を確認したと同時に医療器具はすべて外されていました。

傍に座って他の家族が来るまで「これが延命をしないことなのか」と

悟ったのを覚えています。

これまで何回も入退院を繰り返し
良くなったようでも、一定期間が過ぎるとまた同じ状況になる。

昔なら入院せずに、家族が弱ってきた高齢者を見とどけていたはずですが・・・

死を延ばせることができる今、死の選択は難しいですね。

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死が怖い?是非この映画を見てください

2017年09月27日 | 
映画「生死」の紹介です

いきたひと読みます。

名も無き四児の母が、夫の生き様・死に様をホームビデオで撮ったドキュメンタリー

●プロローグ
●第1章 看取った人達
●第2章 臨命終時
●第3章 心医
●第4章 受け渡されたもの
●エピローグ





子供の体内記憶
から始まって
私の死への追求は今も続いています

もちろん
そこに看取りもあります。
何故生きるのか
どう生きたらいいのか?

いつも、いい時期に、偶然に
目の前に現れる情報があります。

監督とのトークセッションもあるので
私も見に行きます。
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魂を送る場だから・・・追悼を

2016年04月11日 | 
いくつもの追悼祭を企画してきました。






原点は、葬儀社の立ち上げをして1年目

平成11年の事です

亡くなった方を送るのが葬儀社の仕事ですが

関わるのは、故人の魂と遺族の想いです

そして私達葬儀社もご縁をいただいて

同じ時間を過ごします

毎日の仕事ではありますが

事務的になってはいけない仕事です

その空間には、いつも人の想念、魂が存在していると思っています


だから1年ごとにご遺族とともに故人を偲ぶべきだと考えて

追悼祭をはじめました。

コンサルタントになってからも

各社で追悼祭を提案企画してきました







音楽会で追悼をしていた葬儀社が

今年初めて、追悼式を行いました

故人も、遺族も、葬儀スタッフも全員参加で行います


始まってすぐに涙をぬぐう遺族がいます


遺族の言葉に、スタッフの言葉に

あの日を、あの時を思い出しているようです


「ばあちゃんの時も、ここで送ってあげたいね」

「今日は来てよかった!感激です」


ご遺族の会話に

携わったスタッフは追悼する意味を実感しました




追悼祭は遺族も、葬儀スタッフも

心が癒される気がします





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人生最終章のドレスで納棺式

2016年02月25日 | 
エピローグドレスというネーミングが
グッと胸に入り込みました。

このドレスでお見送りをしたいと、久々に葬儀に携わりたい気持ちが湧いてきました。

生きてきた人生の最終章に着るドレスです

とても高級な死装束です。

ウエディングドレス仕様の生地で
寝ている体に合わせてデザインされています。

寝ていて着るドレスは
普通は洋服が立体的ではなく平たくなります。

エピローグドレスは寝ていても立体的な厚みがあり
ドレスの美しさを象徴しています。

もちろん高価なドレスです。
5万3千円から20万円位まで既製服としてあります。

「死ぬときにお金をかけたくない」という声を聞きますが
自分なりに一生懸命に生きてきた人生です

自分を褒めてあげてもいいのでは?

人は生まれてきた時は裸でも
両親や祖父母に囲まれて初めての祝い事がお宮参りです。
親の気持ちで赤ちゃんの祝い着を着せてくれます。

人生を閉じてこの世を去るときに
今度は子供や孫たちが送り出してくれる衣裳があってもいいはずです。

葬儀の必需品は柩と骨容器と霊柩車
宗教が関われば、その為に欠かせない道具があればOKです。

祭壇が欲しい人もいますが
祭壇にかける費用をもっと故人にかけたほうがいい、という方もいます。
それなら故人を讃えるドレスが5万3千円でも高くない気がします。

世の中の変化と共に
故人との別れのけじめをつける葬儀であるならば
故人を中心にした遺族や親族、そして本当にその場にいたいと
思う人が織り成す葬儀があってもいいのではないか?

そんな気がします。

このドレスを使ってエピローグ納棺式を考え出しています。
故人と家族と親しい知人との新しい別れ方です。



http://hikarinoniwa.co.jp

ご参考までにご覧ください。
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高齢者施設で看取られ、そこで別れの場を・・・

2016年02月21日 | 
「介護・医療セミナー」に出向く機会が多くなりました。

先日のセミナーでは
~『看取り』の先を見据えた葬儀事業参入へのメリット~
という葬儀展開を高齢者施設に推奨するセミナー と

~『看取り』によって強い事業体質へ転換~
という看取りに特化した施設のセミナーを受けました


人が年を重ね次第に衰弱し、死を迎える
極、当り前の事ですが、医療や介護に関わっている方々は
葬儀業界との連携を快く思っていない・・・

そんな風潮がありましたが
死までを受け止め、死後の分野まで関わろうと動き始めたようです。

私は高齢者施設での葬儀は一番自然なものだと考えていますので
今後の動きにとても興味があります。

施設内の葬儀に一般の人たちが関われるのか?
それとも切り捨てるのか?

そこも大いに気になるところです。

人が亡くなる
それを悼む人がいる
そこに線引きをせずに、施設でのお別れが出来ないものでしょうか????

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「ハッピーエンドの選び方」観ました

2016年01月23日 | 
映画「ハッピーエンドの選び方」を見てきました。

第71回ベネチア国際映画祭で観客賞をとったイスラエル映画です。

新聞の小さな広告で見つけ、どうしても観てみたくなりました。



老人ホームで暮らす人々の死に直面した時の葛藤が描かれています。

死にかけている夫は毎日痛みに苦しみ、妻はもう見ていられないので
友人に何とか楽に死なせて欲しいと頼むところから映画は始まります。

見かねた主人公が安楽死ができる機械を発明し、人助けをする・・・

という内容ですが

これを使うべきか?

「罪に問われる殺人だ」と言い張っていた主人公の妻がやがて病に犯され
自分にもその機会を使って欲しいと懇願しだします。

でもその時、主人公は機械をぶち壊し・・・



死にかけている人たちも皆、状況や立場が違い
見ていて考えさせられました。

尊厳死と安楽死が違う事が、更によくわかった映画でした。
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毎年送る供養のお花

2015年08月11日 | 
毎年1月と8月に供養のお花を送っています。
1月は友人の娘に。

留学先での交通事故死でした。
20歳の夢多き女性でしたが
帰国を目の前にした死です、
彼女の母親と大親友だったので
その悲しみは、痛いほどわかり
私に遺族ケアを考えさせてくれました。

8月には
やはり友人の息子が山の事故で亡くなりました。
彼の死は、年末の喪中葉書で知り
鳥肌が立ったのを覚えています・

喪中葉書ではことの詳細がわからず
「どうして?」の繰り返しばかりでした。

その後、御嶽山での滑落事故と知りました。
彼は息子と同じ年でした。


私には彼らが不幸な死をとげた、とは思えません。
生まれる必然があり、生を終えた意味があったのでは・・・と思っています。
この世の姿はなくなっても、彼らの魂というか根源というか
そういう本来の物は存在している、と思っています。


本来の魂は人より、より神に近いらしいです。
そちらの世界では死は、次へのつながりらしいのですが

そうは言っても
親にしてみれば、目の前にいる子供を亡くすのですから
簡単に割り切れるはずもなく
悲しくて苦しいばかりです。

生は永遠と考える私でも
自分の身に起きれば、気が狂いそうになるでしょう。

親友たちを納得させられる言葉も持ち合わせない私が出来る事は
「忘れていないよ!」と伝える事だけです。

その為に毎年お花を送っています。
また、それぞれの一年が始まります。
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ワンルームでの孤独死

2015年03月02日 | 
知り合いのワンルームのアパートで76歳の男性が亡くなりました。
死後2日目の発見です。

前日まで普通の暮らしをしていました。
発見した大家さんは、居住者の世話をよくみる、とてもいい人です。
この男性には家族がなく、親戚の所在も知らされていなかったそうです。

結局、警察が探し出した親戚が遠くから訪れて葬儀をしました。
故人とは、ほとんど付き合いも無かったようです。

家財は全部処分して欲しいと、大家さんは頼まれましたが
どうしていいか困って相談に見えました。

遺品整理が出来るように手配をし、そしてお祓いもアドバイスしました。


終活セミナーでは荷物の整理や遺品整理の話を良くします。
遺品整理は通常一部屋10万前後かかります。

しかしインターネットで見てみると
一部屋4万円~のような表示が多くあります。

オプション料金が明記されているところもありますが
別途にかかるものが、解かりにくいものがほとんどです。

実際には、10万以上の見積が当たり前のようですね。



葬儀社の見積も、それに似た表示が多いですね。
家族葬50万円で全てが出来ます・・・・
でも実際は料理や返礼品は別途料金が必要です。


インターネットに書かれている金額が本当の費用でない、と分かった時
一生懸命調べていた人は、がっかりでしょうね!


この男性は心臓の発作で急死だったそうですが、
大家さんにはショックと心労が大きかったようです。





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大変、有難く感謝しております。
申し込み、入金確認、発送と時間がかかりご面倒を掛けていましたが
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生命保険金の受け取り漏れが多いそうですよ

2014年10月16日 | 
90歳以上の保険加入者が亡くなった時に
保険金を受取っていないケースが多いそうです。

家族が保険に入っていることを知らなかったり
本人が介護施設に入所したり
認知症になって連絡が出来なくなったり

保険金は受取人が請求しないと支払われません。
また契約者が亡くなって3年以内に請求が無い場合も
保険会社は支払う義務がなくなるそうです。

90歳を超える方は
定年退職を迎える60~65歳頃に
支払が終わる終身保険に入っている可能性が高いとか。

確かに景気のいい時代を過ごしている年代ですからね。

思い当たる方は
亡くなった親の生命保険書を確認したほうがよさそうですね。
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お墓でおしゃべりしましょう!

2013年09月22日 | 
8月23日にNHKで「亡き人との再会 ~被災地 三度目の夏に」という
番組があったそうです

私は見ていませんが、先日、その番組の記事を見つけました。

東日本大震災の被災地で
「亡くなった人が家族に会いに来る」という話が
有るそうです。


津波にのまれて義母の手が離れ、水中に沈んでいった義母の顔が忘れられない女性は
明け方、穏やかな顔で現れた義母を見たそうです

父親の遺体を2週間後に見つけた女性は、遺体の傷みがひどくて
触ることが許されなかった時、父親の胸に置かれた白い花に目が留まったそうです

一週間後に鍵付の靴箱からブーツを取り出し、はこうとしたら
ブーツの中に白い花が一輪あったそうです

又9月20日のNHKでは谷中霊園に来ているお墓参りの人達を取材した番組がありました

皆、墓参りをしながら話しかけているんです
「元気でね、気を付けてね」
「お父さん、お待たせ」
「有難う、見守ってください」
「淋しかったでしょう」
「孫を見せてあげたかった」
「何もしてあげられなくてごめん」

長年、お墓のスケッチをしている男性がいます
この方が最後に言った言葉です

「お墓っていうと暗い感じがするけど、明るいんだよ
 あの世と、この世の人がここで会話できるんだもの」


死んだら無、というのとちょっと違う気がします

そうそう、今はお彼岸ですね
明日は墓参りしてきます
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映画「エンディングノート」を見ました

2012年10月18日 | 
営業畑で40年過ごした男性が
退職して受けた検診で癌が見つかり
余命の中で、人生最後のプロジェクトを企画する

自分の死を段どる、それを娘がカメラに納めた映画が
「エンディングノート」です

67才の死は、想像しただけでも重い題材ですが
見終わって素直に「いい映画だった」「見てよかった」
と、思いましたし
変ないい方ですが「楽しい映画」でした

ステージ4の癌が発見され
死の可能性を感じた途端に、死のマニュアル作り
「エンディングノート」の作成を始めたお父さん

カラッと見せているけど
真剣で全てに気遣いをし、なおかつ明るくてユーモアがある

この家族の関係が素敵だし
決して特別ではないけど
良くありのままを見せてくれたと、感激してしまいます。

今世に出ているエンディングノートの項目を追っているのではなく
この男性と家族の生き方を、閉じ方を、見せてくれています
こんな風に死を迎えられたら、いいなーと思いました


私が説明するより絶対に見た方がいいです


どこかで上映していたら、迷わず見てください

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親を送るって、当たり前だけど辛いですね

2012年10月07日 | 
いくつになっても、親を亡くすことは悲しいことです

先日、親友が母親を亡くしました

そんな気配は何もなかったそうです
『お腹が痛い、いつもと違う』そう言って病院へ行き
その2日後に亡くなったのです

見舞いに行ってから1週間で全てを終えて帰ってきたそうです
私の処に来たのは、その後でした

ちょっと聞いてもらいたいことがある・・・
尋ねてきたときには、またご主人とケンカしたかな?
と思って、迎えましたが
第一声が「母が死んでしまった・・・」でした

ここに来たら、聞いてもらえる
メールでなんかで言えなかった
自分の気持ちが受けきれない

今までも悲しい事がいっぱいあった親友です

必死で母親を送り出した親友を私は何度も何度も褒めました


「若くしても未亡人になって、母もずっと辛い人生だった
 それでも、いつも人の為に尽くすのが嬉しい人で
 いい加減に辞めればいのに、って聞くたびに思っていた」

その親友が母親の安置された部屋で見聞きしたのは
近所の人や友人たちが
慌てて駆けつけてくれて
母親の体を抱きながら、泣いてくれた姿だったそうです

自分があきれていた母は、こんなにも周りの人に慕われていたのだ、と
気が付いたのだそうです

その他にも多くの人達の愛を感じて帰ってきたと言います

これからしばらくの間
親友の涙を見ることでしょう

私は、ただ聞くことしかできません



そして先日、もう一人の方から、突然電話がありました
以前にお母様を送らせていただいた方からです

今、お父様が危篤です

前から柴田さんに助けてもらおうと思っていた、と言われました
もう私は葬儀社ではありませんが
それを承知で、電話をくれた人です
私でよければ、力を貸します

この方も今、心配な日々を過ごしていると思います

親はいずれ死ぬ、と解っていても
「理屈」と「心」は違います

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自分の死を考える集い、にいきました

2012年08月24日 | 
三鷹の「自分の死を考える集い」に行ってきました
前回は「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者、中村仁一氏の講演でした

今回は、主催されている醤野良子さんの講演でした
「父の死 親の住まいをかたづけて」です

親を自然のまま見送る体験を話されました
夜中に心筋梗塞で倒れたお父様は救急病院に担ぎ込まれ
ペースメーカーの手術が必要と言われたそうです
これを拒否し
また、治療的な見解から人工呼吸器をつける、と言われたのも拒否

醤野さんは看護士でケアマネージャをされています
その体験上から、
「おしっこが出なくなったら、後数時間・・」と解っていたので
その状態になった時に、お父様の点滴を外してほしい、と頼んだそうです

いよいよ、その時が来た、と思ったそうです


駆けつけた妹さんと、介護施設から連れてきたお母様と
それぞれの家族が集まる中
妹さんの「もう頑張らなくていいよ」との声掛けに
意識のないお父様の両目からすーと、涙が流れて
息を引き取ったそうです



醤野さんは、実際に介護される患者さんの身になって
介護状態の体験をしたそうです
そして、この日もその状態を再現してくれました

施設では脳梗塞などで手にマヒが残る患者さんが大勢います
紙おむつをして片手が動けない状態を作り
呑み込みの悪い患者さんが付ける鼻から栄養を直接胃に入れる
チューブを実際に鼻から挿入させます
その長さは50センチ以上です

そしてチューブを嫌がる人が多いため
利き手をベッドに縛り付けます

この状態を何時間か体験するのだそうですが
3時間くらいで音をあげたそうです

紙おむつにおしっこをすることの難しさ
出そうと思っても出ないそうです

トイレでおしっこをすることは
人間の尊厳なのですね

身動きできない辛さ
食欲があるとなかろうと
定期的に流される流動食

介護される身は、決して楽ではない
是非、家族の人達に、一度体験してほしい、と
話してくれました


どの時点で、治療(?)や介護を止めるのか・・・
難しい判断ですが
欧米の高齢者には「胃ろう」は見られない状況で
これは日本独特の治療法だそうです

また、本人が自力で食べられるように調理を工夫して出すが
本人が手を出さなければ、食事は下げてしまうのが欧米では
当たり前のようです

考えさせられますね・・・



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お迎え現象

2012年07月08日 | 
宮城県の緩和ケア医師、岡部健医師のグループが
患者遺族へのアンケート調査で「お迎え現象」を調査しました

死に臨んで、すでに亡くなっている人物や
通常見ることができない事物を見る「お迎え」現象を
2000年から3度にわたって調査した結果42.3%の人が
「そういうことがあった」と答えたそうです

岡部医師によると「お迎え現象」があると1,2週間で旅立つことが多いそうで
やはりお迎えはナチュラル・ダイイング・プロセスにおけるワンステップなのではないかと
といわれています

「お迎え現象」を体験した場所は「自宅」が87.1%
「一般病院」は5.2%にとどまるそうです

見えたものは
すでに亡くなった家族や知り合いが、52.9%
その他の人物が、を体験した34.2%
その他にはお花畑、仏、光、川などが10%以下で続きます

「お迎え現象」を体験した故人の様子は
普段通りだったが、40%
不安そうだったが、9%
悲しそうだったが15.5%
落ち着いたようだが、14.8%
安心したようだが、10.3%

「お迎え現象」の体験に対する遺族の感じ方は
故人に死が近いと思ったが、47.7%
幻覚だと思ったが、40%
悲しかったが、30.3%
驚いたが、28.4%
不安になったが、28.4%
死後の世界に思いをはせたが14.2%



死期が近づくと脱水症状になって、脳循環の機能が低下した結果
ある種の〝幻覚″として「お迎え」を体験するようになっているのかもしれない
と、岡部医師は指摘しますが
しかし、お迎えがせん妄や幻覚によるものと論じるよりも
「お迎え」体験をした患者が、ほぼ例外なく穏やかな最後を迎えることに着目しています


「お迎え」は日本独自の現象ではなく、精神科医で臨死体験にまつわる研究で有名な
エリザベス・キュープラー・ロスは『死の瞬間と死後の生』の中で
≪死ぬ時は一人ではないという二つ目の理由は、必ず先に死んだ人、それも私たちが愛した人、
その他私たちの人生において大事だった人たちが出迎えてくれるからです≫と記しています

つまりキリスト圏でも、お迎えに来るのはキリストではなく、亡くなった家族や知人だそうで
それは宗教ではなく、人間の根源が生み出すようだ。と岡部医師は言っています

自宅で死ぬのが当たり前の時代は、故人の周りに親戚が集まり、夜通しで故人について語りあかし
「お迎え」の話も自然に語られた
やがて病院での死亡、葬儀社による葬儀がの時代になり「お迎え」は特殊な出来事になった

病院から在宅での介護が増えてくると、患者を最後に看取るのは家族になる
その中で
亡くなる過程を受け止められない家族は「お迎え現象」を受け入れられずに
死が迫った時に病院へ搬送してしまい、自宅での死を迎えることができなくなる

岡部医師は、
最後の日が近づく中で
その人の深層意識の中にある宗教性に触れずにケアすることは不可能に近い
ところが「日本では緩和医療学会のスピリチュアルケアに宗教的ケアを入れていない」
これが終末期を難しくしていると、言い

既存の宗教を信じていないだけで、お盆に帰省し墓参りを欠かさないように、
祖霊神を信じている日本人は沢山いる
岡部医師は、こうした祖霊神信仰に基づいたケアプログラムを、終末期医療に取り入れるべきだ、と

これを無視すれば「死にゆく道しるべ」を持たない団塊の世代が大量死する時代になった時
在宅地獄になるだろうと、警告をし
すでにその兆候は表れていると訴えています



以上が文芸春秋7月号の 「大特集 尊厳ある死」の中に
 死の床で見える「お迎え現象」調査報告
として掲載されました
一部ですが、抜粋してご紹介しました



私の叔母も、父も「お迎えの体験」をしています
それは死の間近というより、数か月前でした
それを聞いた私が「そう遠くない死」を感じたのは事実です
そして、なんとなく心の準備に入ったのを覚えています





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