さうぽんの拳闘見物日記

ボクシング生観戦、テレビ観戦、ビデオ鑑賞
その他つれづれなる(そんなたいそうなもんかえ)
拳闘見聞の日々。

苦闘も敗北もあった その上での「今」がある、ならば 井岡一翔、田中恒成をTKO

2021-01-01 12:06:25 | 井岡一翔


ということで、昨夜は大田区総合体育館にて観戦してきました。
早朝便で帰ってきましたが、正月のこと、当然あれこれありまして、試合映像は未確認のままですが、簡単に感想を書いて、新年のご挨拶に代えさせていただきます。



会場で見ていて思ったのは、初回早々から、田中恒成の足があまり動かないな、ということでした。
自分から出るのも、プレスかけるのもいいのですが、最初の位置からして近いと感じましたし、初手のあと、次打つまでに立つ位置は当然さらに近く、そして、その位置に長く「滞在」するな、と。
もっと遠くに位置し、そこから踏み込んで打ち、離れ、とやるのかと思っていたんですが、むしろ踏ん張って打ちたい、パンチャースタイルとでもいうような闘い方でした。

これは言ってみれば、井岡一翔の持つ尺、寸法、枠内にすっぽり収まってしまっている状態に見えました。
それでも序盤、鋭いヒットを重ねて優勢に闘った田中の素質、ことにハンドスピードには感心しました。
2回に田中の右ショートクロスを続けて食った井岡が、これはまずい、と判断したときに見せる、強引な反撃をしたことも、田中が井岡にとり、確かな脅威だったことの証でしょう。

しかし、この闘い方、展開では、試合が進むに連れて、井岡の試合運びの巧さが発揮され、様々に形となって見え始めるだろう、とも思いました。
田中はもっと足を使って、距離で外すことで、井岡の対応に「踏み込み」という科目をひとつ余計に与えるべきだったし、自らのガードの甘さを突かれる頻度を下げられる効果もありました。
ハンドスピードは脅威だったが、足のスピードがなかったことが、田中の敗因だったと思います。


対する井岡一翔は、田中が「来る」ことを見て、即座に対応し、初回終盤にはもう左ジャブ、フックを合わせています。
2回終盤にも、ポイントは取られたにせよ、少しずつペースを戻し、左目周辺が腫れたのも感じさせず、着実にヒットを重ねます。
3、4回にはボディ攻撃を嫌がっている風でしたが、それをも「エサ」に使って、田中を引き込んでいるようにさえ見えました。

5回、6回と左フックで倒しますが、最初のは相打ちに近いタイミング。
二度目のは左トリプルの最後を、カウンターで狙った「技の打倒」。

ダメージ深い田中が、それでも反撃してくるものの、身体を寄せたり、軽く突き飛ばしたりした際に、相手の身体に、どの程度の力が残っているのかを観察した上で、焦ること無く外しては打ち、という具合。
8回の左フックも、別に倒そうということではなかったのかもしれません。にもかかわらず、それが、レフェリーストップを呼び込む一打となる。
これはもう、技巧派としての真骨頂というしかありません。井岡一翔、見事な勝利でした。



試合前は、田中恒成の才能を大きく見て、彼の勝利を予想、そして期待もしていましたが、田中の闘い方に疑問は残ったものの、その素質はやはり凄いものだと、彼の初黒星を見終えてなお、変わらず思います。
ただ、転級初戦で、かなり肩のあたりなどに筋肉がついていたものの、足がついてきていなかったことなど、やはり新たなクラスに適応出来ていたとは言い難い面も感じました。
それでもなお、井岡一翔とこれだけの試合をするのだから、大したものだとも言えるのですが。


井岡一翔は何から何まで見事でした。脱帽するしかありません。
これでスーパーフライ級に転じて5戦。MWアローヨ、ニエテス、パリクテ、シントロン、そして田中恒成と闘って、ニエテス戦惜敗以外、4勝を上げたことになります。
その相手の顔ぶれは、どれも王者クラス、上位ばかり。
その上、特徴が見事にバラバラで、それぞれに違う強みを持つ選手の名が連なっています。
この実績はもう、見事としか言えないもので、それこそ最近のエストラーダやロマゴンと比べても、劣るものではないでしょう。

昨夜、ひさびさに直に試合ぶりを見た井岡一翔は、何度か府立体育館で見た頃よりも、単に肉体的にスーパーフライ級として出来上がってきた、というだけではない、心身の「厚み」を感じさせるボクサーに変わっていました。
田中恒成の速く、鋭いパンチが時に好打しても、半ば撥ね付けているような、堪えていないような感じに見えました。
実際はそんなわけもなく、左目周辺はけっこう腫れていて、彼が「楽」に試合を運び、勝てたわけではない、それはわかっているのですが。

単に、目に見える速さや強さをひけらかし、競うだけではないボクシングというものの深みを見せられた、そんな気持ちです。
そして、そのような部分を含めた技量について、井岡一翔が「持っているモノが違う」と言っていたのだとしたら、その言葉に感服するしかありません。


そんな井岡一翔が、試合後、自身の先行きを「どれだけ闘えるかわからない」とした上で、たった今、自らの手で打ち破ったばかりの田中恒成に対し「これから、ボクシング界を引っ張っていく」と評しました。
単に、王者の風格、という話として、感心出来る話ですが、それ以上に、彼がこの一戦に賭けたものの重さを、大きさを、改めて感じさせられもしました。


田中恒成が、実際の試合で、井岡一翔と再び闘い、雪辱を果たす機会は、この先にはもう、無いのかもしれません。
しかし、井岡が言外に認めたとおり、田中恒成には、敗れてなお、それを糧にして、間接的に井岡を超える機会が、時間が残されていると思います。

思えば今日、この日の勝者たる井岡とて、アムナット戦まで遡らずとも、つい一昨年は、敗北を喫しての年越しだったのです。
苦しく、険しい闘いを、そして敗北を経て今がある。それが井岡一翔の真実です。
なれば、田中恒成とて、と。激励の言葉を送りたい気持ちです。



様々な困難に見舞われた一年でしたが、最後の最後に、素晴らしいふたりのボクサーによる、見応え充分、というのでは足りぬ、忘れ得ぬ試合を見ることが出来ました。
両選手に拍手、感謝、敬意あるのみです。



===============



ということで、一曲。
LAMP IN TERREN「地球儀」。







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4 コメント

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Unknown (アラフォーファン)
2021-01-01 12:57:33
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
年の瀬に、バッティングやホールドなど少ない、好勝負。嫌な一年でしたがこれだけの試合を見せてくれた両者に拍手です。その上で、おっしゃる通り、恒正くんは足、頭が動かず同じ位置、距離に留まり、結果井岡さんの良いジャブ、ボディなどが出る一番良いところで戦ってしまいましたね。勘の良い子なのに2回同じパターンでダウンして、差を見せられた感じです。何かを変えた事でバランスが乱れた、と本人言ってましたがそう言う事なのでしょうか。
とはいえ、井岡さんもあの左目やボディで腰を引いたあたり、効いた場面も見られました。それを見せず、彼我を比べて出来る事、有効な事を取捨選択して戦える井岡さん。これまでダウンしても己の才能で制圧出来ていた恒正くん。決して恒正くんが甘いキャリアを重ねた訳ではないですが、厚みが井岡さんにありましたね。比嘉くんとスパーやれる環境も、パワーや圧力など表面上の力に怯まない冷静さの元なのかもしれません。
昨日は井岡さんも比嘉くんも面白い試合でした。互いにレベルアップして行って欲しいです。
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Unknown (海の猫)
2021-01-01 16:48:56
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
本当に素晴らしい試合でした。トップ選手同士が惜しげもなく対戦したらこんなにいいものが見られるのかと。ボクシング界はこうあって欲しいと改めて思いました。
自分は予想も応援も井岡だったので、この勝利は本当に嬉しい。井岡は「ボクシング」が上手いという意味で、田中よりはるかに「優れたボクサー」だと自分は思っています。ただどんなに優秀なボクサーでも圧倒的なフィジカル能力に屈することはあり、今回はそれだけが心配でした。田中がどれだけ上げてくるか読めなかったので。

田中は直線的で真っ向勝負の選手には滅法強いですが、より空間的、立体的なボクシングをする選手が苦手なのだと思います。そういう相手からは結構打たれたり、危ないタイミングでもらったり。今まではそういう相手に対し、体格差を生かしてプレッシャーかけてスペース潰して、とやってきましたが、階級を上げればそれが出来ない相手も出て来る。おそらくは、空間把握能力がそこまで高くないのだと思います。これに関してはキャリアの序盤からあまり進化が見られないので、経験や練習では上がらないのかもしれません。田中は他の能力、センスが高いので、Sフライでも十分トップ戦線で戦えると思いますが、繊細な距離感が求められる「出入り」のボクシングはトップ選手相手には難しいと思います。
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Unknown (月庵)
2021-01-01 22:50:00
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

技巧とボクシングIQと経験が才能の影を踏み潰した好例として、日本のみならず世界でも後世まで伝えられていく試合の一つだったと思います。井岡と田中の一番の差はボクシングIQだったのだろうなと一夜経って改めて感じました。相手のディフェンスに陥穽があったとしても、その陥穽を的確に突ける環境を整える力がなければ勝てない。今までの田中の相手にはそれが出来なかった。井岡には出来た。それがそのままこの結果に繋がったのだろうと。これこそスウィートサイエンスです。

特に印象的だったのは田中がダウン食った後のインターバルで「倒すしかない」と言った、という事。それ自体はまあいいとして、だったらダメージを抜く事を優先して好機までは『狡く』立ち回るのがベターだっただろうと思います。井岡がそういう立場に追い込まれたら間違いなくそうしていたでしょう。狡さもまた技術であり、駆け引きである訳ですが、田中はそういう意味では直線的に過ぎたのかなと。無論、そういう好戦的な一面あればこそ好試合になったり、劣勢から無理矢理に勝利を引き寄せたりという今までの結果がある訳ですが、井岡相手ではそれが完全に裏目に出てしまいましたね。田中はこれから産みの苦しみを味わう事になるのでしょうが、まだ25歳なのに生き急いだようなキャリアを歩んで来たのだから、むしろ立ち止まれるのは僥倖だった。そう思える時がいずれ訪れるだろうと思います。この高い授業料を無駄にして欲しくないですね。

戦前の予想だと田中に大きな上積みがなく接近戦で有利に戦えなければ、井岡が中盤以降にペース取り返して苦しみつつ判定勝利する公算の方が高いという見立てだったので、この一方的とすら言える結果は驚きでした。まして田中勝利と見ていた海外ファンの驚きはひとしおでしょう。田中は海外だと井岡より評価が高い、PFP10傑に推す声もあった、という背景を考えると、もしかしたら井岡は『前哨戦』を挟まずいきなり『世界スーパーフライ級戦』に挑む事が出来るかも知れないとさえ思います。それだけ鮮烈な勝利でした。ここまで来たら、頂上への道は実現して欲しいではなく、実現させなければ駄目だ、という話になりますね。現実的には向こうの都合や『世界』の状況にも左右されるのですぐにとはいかないでしょうが、日本であれアメリカであれ、ベストとベストの戦いが見られる事を祈念するものです。

おまけで比嘉について。ストロング小林は彼なりに奮闘はしたものの、タイトルホルダーとしても比嘉の相手としてもいささか不足だったのは否めず、素直にアッパーを何度も受けたのは特にいただけませんでした。だから比嘉が『いつものボクシング』に戻って快勝したからとてバンタムでもパワーがあるな、とは言い難いのは確かです。ただ、前回の堤戦で『普通のボクシング』をした結果の凡庸な戦いぶりを思えば、やはり比嘉にとってはあれがベストで、あれを突き詰めて勝負するしかないボクサーなのだろうと思います。それこそ、いびつ極まりないスタイルで勝ち続けてきたワイルダーのように。そのワイルダーも曲者フューリーには手も足も出なかったのと同じように、比嘉もまた井岡のような極上の技巧派やスリックな相手とやらせたら無惨な敗北を喫するやも知れませんが、『普通のボクシング』をやって持ち味が死ぬよりはマシだろうと思います。バンタムだとカシメロくらいしかチャンスなさそうでもありますが……。
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コメントありがとうございます。 (さうぽん)
2021-01-01 23:30:50
>アラフォーファンさん

こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
確かに、余計なことがほとんどないクリーンファイト、混じりっけ無しの闘いでしたね。
足のスピードが全然生きない闘い方を最初からしていたので、この辺が転級初戦の陥穽かなと思いました。また、なまじ速いし、井岡相手にヒットも取れることが、試合の重大さも相まって、悪い流れを生んだかなと。ただ、あれで井岡に勝ちきろうというなら、パンチャースタイルとしては攻撃のボリュームが足りないですね。その辺、色々と不足があり、歪な部分もありました。
しかしその陥穽を突くと簡単にいかないのが普通で、それを完璧にやってのけた井岡は流石です。田中は翼を畳んだ鷹ようのなものでしたが、その爪はやはり鋭く、井岡も確かに傷を負っていました。
両者の今後に期待します。同感です。この試合は「何処へ出しても恥ずかしくない」世界一流の闘いでした。それだけに、両者それぞれにある闘いを、これからも見て行きたい気持ちです。


>海の猫さん

こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
結局、真に頂点を争奪するに相応しいカードを組めば、勝負の世界の厳しさが示されると同時に「良いこと」も沢山起こるんですよね。それが何故わからないかなぁ...と常々思っていますが、世情故に組まれた?様々なカードの残したものを、ボクシング界はしっかり見てほしいものです。
井岡が「圧倒」されるとしたら距離とスピードが違ってどうにもならん、という展開のみだろうと思っていました。アムナットのリーチとアッパーに食い止められた頃と違い、そこに足捌きも加わり、しかも左だったシントロンを逆転した試合を見ると、もうそれも無い。ニエテス級の技巧があっても辛勝止まり。ならば桁外れの強打か、スピードか。私は田中恒成によるスピード攻略を予想したのですが、それは実現しませんでした。
田中の足捌きはけっこう独特なところもありますが、仰るような試合ぶりを見ていると、情緒の面で、外して捌くことに喜びを感じていないのかも、という感じですね。井上尚弥のパワーが備われば良いのでしょうが、それは難しいですし。指導者共々、厳しい結果以上に、115ポンドに適したスタイルを見直す必要があるでしょうね。


>月庵さん

仰るような捉え方をされる試合の典型だった、それも見事なものだったと、同感です。繊細で軽いけど、当てた側は様々な情報を得られ、当てられた側には微妙な狂いをもたらす左ジャブひとつとっても、劣勢とみられていただろう序盤でも、井岡の技巧は、田中恒成を徐々に脅かしているのが見えました(先ほど映像を見直しましたが、会場で見るより、序盤田中が優勢だったように見え、少なからず驚いています)。
5回と6回の間ですかね、その田中の言葉と立ち回りは、本人の感覚としては真実だったのでしょうが、それを「諦めて」はいけないですね。井岡との違い、というのは同感です。学ぶべき点のひとつでしょうね。
この試合の反響は、当然昔日と違い、配信、放送網が発達していて、世界的にも、思う以上に広まっているらしいですね。エストラーダ戦への後押しにはなっても、邪魔にはならないだろうと思います。日本でやれるものかは何ともですが、TBSさんには大晦日までに何とか、というところで頑張ってほしいですね。もちろん「あちら」であってもそれは素晴らしいことですし、DAZNがどう出るかという点も含め、色々事態は動くのかもしれません。事実がどうかはともかく、今の井岡は、実質自分のジム?で活動していて、決定権が彼自身にある、とかないとか?それが事実なら、と。
セミは5時からTBS生放送、という話でしたが、4時から始まっていました。こちらは「会場に着くの早過ぎた」と思っていたら、ギリギリセーフでした。こういうことをするか...と、事なきを得たとはいえ、少々腹が立ち、呆れもしましたね。試合については、また後日、簡単に。


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