朝目覚めると、主人が「たかじん死んだって…」「帰ってくるのを待ってたのに
ね~」と言いつつも、悲しいとか、驚きとかの感情は沸いてきません。「たかじん
の死」を私の心が受付ようとしないのです。
今朝からず~っと、雨が降り続いています。「たかじんファン」の涙雨でしょうか。
もう2年ぐらいになるかしら、ず~っと病気に勝って、戻ってこられるものと信じ
ていました。
3度目の結婚報道があったとき、「春には戻ってこられるかな~?」と思っていま
したが、違っていました。今思えば、結婚は、たかじんさんの病気の看病をしてく
れた人への感謝の表れだったのですね。
私は人は病気が重くなったとき、本人は「自分の死期を知る」と信じています。だ
から、たかじんさんも、「自分の死期」を悟って、感謝の気持ちで、入籍手続き急
がれたのではないかと思います。
土曜日、日曜日のテレビの楽しみがなくなりました。「帰ってきて欲しかったです
よ、たかじんさん!」今日がひと七日だから、昨日発表したのですね。
たかじんさん、楽しませていただいて、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。
1月5日=3日遅れの橿原神宮詣です。予想をしていたとはいえ、3ヶ日が過
ぎた今日は道路はスイスイでした。2日ならノロノロ運転で、ひどいときは3時
間以上かかりましたが、今日は1時間で着きました。
3ヶ日ですと、参道に出店がぎっしりあるのですが、今日は歯が抜けたように、
ポチポチあるだけでした。
去年の「破魔矢」を納めに行きたかったのです。それと古くなったお人形も、一
緒に納めさせて欲しいと思っていました。人形はごみとして捨ててはいけないと
いわれていましたので、神宮に納めさせていただこうと思っていました。
もっていくのを忘れないようにと、心がそちらを向いていたからでしょう、2分ほど
走ったところで、鞄を持ってないことに気がつきました。「止めて~!お賽銭忘れ
てきた!」と戻ってもらいました。だんだん物忘れが進んできたな~と思いなが
ら、「年やからしゃ~ないわ」と思いつつも心細いとも思いました。
神宮前の体育館に、人が吸い込まれていきます。ハタと気がつきました今日は
「書き初め」の日だと。神宮詣でを始めたころ、一度「書初めの日」に出くわした
ことがありました。お参りの後に見に行くことにしました。
上の写真の「破魔矢」を今年は求めませんでした。主人も参道を歩くのがしんど
いと言いますし、私も元気でいるのしても、遠いと感じる様になったからです。
「破魔矢」を求めたければ、神戸の生田神社にしようと思ったのです。生田神社
は私の氏神様ですし、近いので、少々体力がなくなっても納めに行けるだろうと
考えました。
元気とはいえ、なんと言っても数え年80歳になったのですから、色々と整理し
ていこうと思っています。
境内に、「書初め」の受付テントがあり沢山の人が並んでいましたし、帰り道に
も、ゾクゾクと来る人がいました。受付の済んだ人の並んでいる所ではすでに5
00番でしたから、1000人近くにはなるのではないでしょうか。
今学校では、申し訳ぐらいしか「お習字」の時間はないようですが、日本の文化
です、この行事が盛んに継続すれば良いな~と思いました。
両手に「書初め」を持っている子は、二階席に居る親に「どちらがいい?」と決め
てもらっているのです。どの子も、お習字を習いに行っていると思われます。皆
それなりに上手だと思いました。
帰りもスイスイでしたので、昼食も「家でお餅でいい」という主人の意見で、直通
帰って来ました。
ただ乗っていただけなのに、疲れて、午後からはお昼ねです。良いご身分です!