ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

風に立つライオン

2014年01月23日 | 読みました

          「オンシジュウム」   普通は黄色ですよね 珍しいです     (12-3-29)


図書館に行きました。帰りに、「久しぶりに『あくまき』でも買おうかな~」とスー
パーに行きましたが「あれ! 無い! 確かここだったよね」まじまじと眺めまし
たが、撤退した様です。このスーパ-は[鹿児島の物産」を置いているので、時
々買いに寄っていました。「あくまき」「お茶」「壷漬け」「切干大根」等々、いつで
も行けば買えると思っていましたのに…、買えなくなってしまいました。

仕方がないので、向かいのスーパー(大丸系)に行きました。ところがです、人
の少ないのに驚きました。何時もはもう少しいたと思うのですが、パラパラです。
通路が広くなっています。と言うことは、品数が減ったという事ですよね。あま
りに人が少ないと、何となく落ち着いて買い物が出来ません。レジも待つ人無し、
スイスイでした。そういえば以前来たとき、所謂、点数をつけてくれるカード廃
止されたのでした。ここも斜陽かな?

もう1軒在る阪急系のスーパーは如何なのかしら? 今度図書館に行った時に
寄って見ましょう。

家の近くのスーパーは大勢の人です。レジにも15分並びました。ここはJR立花
と目と鼻の先ですが、大丸系だって、阪急武庫之荘とほん近くです。客の流れ、
好みは如何変化するのでしょうか?


       風に立つライオン     さだまさし

私はさだまさしさんの本が好きなんです。この本の存在を知ったとき、勿論早
速申し込みましたが、題名に不思議?という気持ちでした。

ケニアに出向した、医師(実在のモデルあり)の生き様を書いたものですが、な
んど涙したことでしょう。この本が出る前に、「歌・風に立つライオン」という曲が
あったようですが、まったく知りませんでした。本を半分ほど読んだ時点で、「何
故さださんが、お医者さんの話を書くの?」という疑問がわきました。何時もは
「あとがき」を先に読むことはないのですが、疑問が大きく読んでしまいました。
そこで「歌・風に立つライオン」の事を知りました。

早速、パソコンで調べて、其の歌を聴きました。「さだ節」というのでしょうか、語
るように歌われる其の歌は、医師が、日本に残した、いとしい人が、結婚すると
の知らせに対する、返事の形で綴られていました。

本を丸写ししたいくらい、心を打つ言葉がありました。場面は「ケニア」と「東北の
大震災」の東北です。何故? ケニアと東北が? そこにはケニアに行った日本
人の医師に助けられたケニアの孤児、はじめは中々心をひらなかったが、根気
よく少年の気持ちをほぐしていった医師に、少年は聞く「僕も医師になれますか
?」「勿論」と答えた日本医師は、少年が医師になれる道を進めるように奔走す
る。日本医師に憧れ、自身も医師になった少年が、医師として、今度は震災のあ
った、東北でボランティアの医療活動するというお話です。

・ 人は絶望すると目の色が老けてしまうのです。医師の仕事は病を治すことだ
  けではないのです、目の色の老けてしまった人に、元の目の輝きを取り戻さ
  せることが、一番大切な仕事なのです。

・ ジャカランダの花は長い期間咲くでしょう。しかも美しい薄紫の花が、散っても
  散っても、次から次から、枝の中から花が沸いてくるように咲くのです。美しい
  花とはそういう花だと思っていました。デモ桜は散り始めるとすぐ跡形もなく、
  なくなってしまう。咲いたかと思ったらあっという間に姿を消す。けれどもちゃ
  んと美しい緑を残すのですね。

ジャカランダの花、私は映像でしか見たことがありません。メキシコのオユキさんが
「うちの庭に大きなジャカランダの木があるのよ。貴女はきっと好きになると思うの
よ。薄紫の小さな花なのよ、見せてあげたいわ」と私に言いました。私がメキシコに
行った時、なだらかな坂になった芝のお庭の真ん中に、其の木はありました。花の
時期ではなかったので、花を見ることは出来ませんでしたが、この木が薄紫の花を
つけた時を想像しました。

もう一度、メキシコにオユキさんを尋ねたいと思っていましたのに、ご主人を亡くし
た、オユキさんは2年後には跡を追うかのようにあの世に行ってしまいました。「メ
キシコ」と言う言葉は、彼女が生きていたときは彼女を思い出す「懐かしい言葉」で
したが、今は、「悲しみの言葉」になっております。

コメント
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