ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

凧色々

2008年01月08日 | 今日この頃
               鶴亀凧
          何県の凧だったか忘れました

ネットで調べてみたのですが、島根の鶴亀凧しか出てきませんでした。島根の鶴亀凧は鶴と亀と言う字を抽象化して赤と黒の2枚がセットになっています。お祝いの席などで使われるようです。今年はこのように「凧」は四角、六角と言う概念から外れた形のものが多数あったように思います。「全国凧揚げ大会」ですから40ヵ所800基の参加があったとの放送でした。

連凧でも、去年見たのは同じ図柄が連なっていましたが、今年は違っているのを見掛けました。女性の形をしているのですが、腕の位置が、先に行くほど上がっています。自然に下がった腕が、万歳の腕の位置まで変化させていると言うことです。

もう一つの連凧は遠くから見ると縦長の飛行雲のように先端は雲の中に隠れて要るように見える。揚げている人のそばまで行ってみました。その人は捻り鉢巻、カラフルな法被に身を包んでいました。周りをアマチュアカメラマンが取り囲んで、シャッターを切っています。その人は声を掛けています「写すなら今ですよ、こんなにかっこよく揚がることは珍しいですよ」って・・・。シャキッツ、シャキッツと心地よいシャッターの音を聞きながら、私も写してみました。「う~ん。もう一つ?」と言う出来でした。

この方に聞いてみました。「凧は何枚繋がっていますか?」「100枚です」「凧と凧の間の距離は?」「1m50です」「総計は・・・?」「100メートル50です」なるほど。だから先が雲の中の様に感じたんだ。

私の頭の計算機が忙しく動き始めた「一寸待てよ?最後に一枚あるんだから、長さには99×んじゃないの???」でもその答えは直ぐ解った。長時間(私がきずいてからでも長かった)揚げていたから、降ろすと言うのです。段ボール箱に10枚ずつぐらい重ねると反対方向に重ねてはこの中に収納していきます。やっと雲の間から先端が見えてきました。その先端と次の一枚の間だけが距離が空いています。そこがきっと3メートル在るのだろうと、1人納得して(主人に囁いて)その場を離れました。

法被と言えばもう1人、此方は白黒の濃淡、背中の般若の面が睨んでいました。この方はウロウロするのみで、その時は凧揚げをしていませんでした。しかし、この法被も被写体としてはありがたく、パシャリと一枚いただきました。

息子達が小学校の低学年までぐらいは、いわゆる駄菓子屋さんがあり、そこで簡単な奴凧を売っていて、家の前で揚げていた様に思います。それから暫くして電線に引っかかると危険と言う事で禁止になったように覚えています。その頃までは、駒回し、双六、福笑い等お正月の遊びは、細々と続いていました。

2日と3日には「箱根駅伝」で、どんなに努力しても報われない事もあるという事を学びました。自分の青春を「箱根駅伝」に掛けて走った方は関東一円の中から選びぬかれたという事が第一の幸せ。そして選手としてグループの中から選ばれたという事が第二の幸せ。自己新を出せなくとも完走できた第3の幸せ。優勝は逃しても3っつも幸せを勝ち取っているんです。

後日ハイライトで裏話も含めて「箱根駅伝」をしていました。順天堂のO選手9区にもいましたね。時間切れで襷を受け取らないまま走り出したチームメート、走りこんできたけれど襷を渡すべき相手のいない友をどんな気持ちで見ていたのだろうか?辛かっただろう。アクシデントだから、どんなに練習してもとフッと不安は過ぎるだろう。でも練習しかない。頑張れO選手!
                      (600回)
コメント (2)
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