ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

天国で君に会えたら

2007年08月25日 | 映画の話
              百日紅
           (公園 07-8-21)
     珊瑚紫豆と仲良く並んで咲いていました

「今日も暑い!」庭仕事は溜まるばかり、でもこの暑さで庭仕事は無理と自分を甘やかす。それなら「映画に行こう!」今日から上映される「天国で君に逢えたら」を見に行った。

二年前の2月、38歳で亡くなった、8年間ワールドカップに出続けた世界的プロウインドウサーファーの実話。この話は知っていた。何も知らずテレビで放映されているのを見た。その頃、もう体を動かす事は出来ないけれど、命の限りを知っていた時だが、ブログが人気になっていた。その頃私はブログと言うものを良くは知らず読んだ事がない。

それから「如何しておられるか」と気にはなっていた。だから二年前に亡くなったことも気に留めていたし、映画化の話も知っていた。是非見に行きたいと思っても居た。

「徹子の部屋」に大沢たかおさんが出ていて、この主人公である「飯島夏樹」役を演じた事を知ったとき、尚見に行かねばと思った。「徹子の部屋」に出ていた大沢さんは髪がロングだった。「夏樹」役の時は短い。女性は髪の形で雰囲気ががらりと変わるのは知っていたが、男性も変わる事を知った。初め同一人物とは思えなくて私の勘違いかと思ったくらいだ。

「飯島夏樹」さんは関東で生まれ。大学4年の時に知り合った寛子さんと二人三脚で世界を渡り歩く。芽の出ない貧乏暮らしが長かったようだ。優勝して、初めて大金を手にして寛子さんと式を挙げる。それからは子供4人に恵まれ、グアムに家族のために大きな家も買い、事業も起し、順調だったレース生活も、癌に蝕まれて挫折する。

病む事について、若いがために「何故?」と言う気持ちは強かっただろう。「死への恐怖」もあっただろう、「うつ病」「パニック障害」を起こし生活が荒れる。
寛子さんの「貴方は1人じゃないよ」と言う献身と、ウィンドウサーフィンを教えてくれた先輩の「風のままに・・・」と言うアドバイスで、現実をしっかりと受け止める。私がテレビで見たのは、その嵐を乗り越え「自然に逆らわない生き方」を始めた頃のようだ。

寛子さんに問う「ボクの命は?」「冬が越せない」「それなら冬の無いハワイに行こう」と延命治療を断り、「ハワイ経由天国行き」と書いたエア・チケットを持って、家族でハワイに移住する。その発想が前向きで、ユーモアがあって凄いと思う。こうゆう人に育てた親御さんはどんな人か?知りたいと思ったが、自身の両親については一言も触れていない。弘子さんが父親から道で置き去りにされるという、不幸な生い立ちゆえ、我が事には触れない、夏樹さんの寛子さんへの愛だろうか・・・。

調べている内に「飯島夏樹さんのブログ」が継続されて居る事を知った。寛子さんが後を書き続けているようだ。その中に弘樹さんの母親の事が出てきた。お元気のようである。母親としての立場から、どんなに悲しい思いをされただろうと思う。
今は寛子さんやお孫さんたちが夏休みには日本に帰ってきている。優しい気持ちで接してあげて呉れたらと思います。

「パパは心の中に居る」と言う飯島寛子さんの「ハワイ子育て奮闘記」が本になっているようです。今は1人で4人の子育ては大変でしょうが、一番年上が女の子だけに、もう直ぐ片腕になってくれるでしょう。子供が多いだけに成人すれば心丈夫だと思います。これからは寛子さんのブログを読みながら、外孫のような感じで4人の成長を見ていきたいと思っています。





コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする