遊煩悩林

住職のつぶやき

非日常

2019年10月14日 | ブログ

台風19号の被害が連日報道されています。

その中で伊勢市の浸水被害もあってご心配の声をいただいています。

常照寺は庫裡に若干の雨漏りがあった程度で「日常」の生活です。

「非日常」を余儀なくされた方々を案じます。

夏休みに伊勢に保養に来てくれた福島のこどもたちがいる聞き慣れた地名。

郡山、須賀川、本宮、伊達、いわき、二本松・・・阿武隈川の氾濫や土砂崩れ。

また、長野や関東、北関東から東北に至る被害。

かつて流罪を赦された親鸞聖人が、越後から常陸へ移られる道中におそらく歩いたであろう土地のことを思った。

越後を経ち、信濃をとおり、上野、下野の国を経て、武蔵から下総を巡り、常陸に落ち着かれたという。

地図を目にしながらふと思う。おそらく川の流れに沿って拓けた道中だったのではないか、と。

関東から帰洛の際には箱根でのエピソードも残る。

19号の爪痕に親鸞聖人の足跡を辿るとはいかがとも思う。

ただ、当時は飢饉に皆が苦しんだとも。

いま、文明の時代にあって、非日常の「苦」のなかに多くの人がおいでになられる。

お念仏とは「非日常」に生きるところにある、と。

謹みつつ。

合掌

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そっちこっちどっち

2019年10月01日 | ブログ

暑いお彼岸が明けていきました。

お彼岸が明けることを「お果て岸-おはてがん-」ともいうそうです。

「彼岸が明ける」にしても「果てる」にしても、こうして文字に表記すると、かろうじてイメージできますが、日常の会話の中ではとくに若い世代には通じなくなってきているような感覚が年々増してきております。

「彼岸が明ける」という表現は、単に彼岸という期間が過ぎたということでなく、「彼の岸」が明らかになったと受けとめることができる表現でしょう。

「彼の岸」はいのちの方向ですから、私がどこに向かうことが願われているのか、その願い、つまり如来の本願に触れてはじめて「彼岸が明けた」ということだと受けとめてみました。

さて「お果て岸」をどういただいたらいいのか。

期日が尽きたといえばそれまでですが、果てるのは彼の岸でなく「此岸」としてみてはどうか。

彼の岸が見定まりいのちの方向性が明らかになったところで、それでも私はこの此岸、此の岸の「業-ごう-」を果たしていかなければならない。

何も彼岸が明らかになったからといって、成仏が確定したからといって成仏したのではない。

菩薩になったわけでも阿羅漢になったわけでもない。

此岸の煩悩を尽くしていくだけです。

なるほど「お果て岸」は、太陽の沈みゆく彼方に、いのちの還る方向を見定める宗教的時間を過ごし終えて、また煩悩の日常に埋没していく様、いのちがどっちを向いているのかわからん生活、まるで浄土を見失った世界に戻っていくことをいうのかもしれない。

そんなことを思いつつ。

仏法を学ぶとは頭で理解することでなく人生の方向を決定することである

和田 稠

『同朋』2018.5月号からの孫引きでございますが、10月の掲示板にしたためた次第でございます。

https://books.higashihonganji.or.jp/defaultShop/disp/CSfDispListPage_001.jsp?dispNo=001001

 

先月の掲示板。

そもそも学ぶということは人世に自己を学び問うことである

荒山淳 名古屋教区教化センター『センタージャーナル』106号

の展開をイメージして。

常照寺の彼岸会では、この「自己を学び問う」をキーワードに荒山先生には熱のこもった法話を頂戴しました。

「いのち」とは、万葉ことばでいう「いきのみち」が縮されたんだよ、と。

「住職」というのは、「仏法住持職」を略してるんだよ、と。

住職の道はどんな道なのか。自己のすすむ道は。人生の方向は。

立場によってどっち向いているのか、いきの道すじはあっちなのかそっちなのか、いっこうに見定まらないそんな私の危うさを言いあてられています。

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そこに反省はあるんか

2019年09月12日 | ブログ

毎年お彼岸の法要後に常照寺では門徒総会を開催しています。

前年度の事業報告と決算、新年度の事業計画と予算が主な内容。

予算といっても、宗派からお寺に「ご依頼」された事柄(金額)をご門徒に「ご依頼」(お願い)させていただく大事な場でございます。

その総会に向けた資料を予め確認すべく、過日、役員会を開催。

お寺といってもシステム上は法人業務ですから、代表役員(住職)・責任役員・総代・会計・監事(監査役)といった肩書の取締役のような方々との重要会議。

で、です。

新年度の事業計画の説明に至って、不備が続々と。

「この資料つくったん誰や!」という話。一般企業であれば責任問題なのかもしれません。

2020は「うるう年」なので、春のお彼岸のお中日は例年と1日「ズレ」が生じるのですが、変更されておらず。などなど。

「誰がつくったんや」と自問自答しながら、緊張感を欠いていると反省をしておるところでございます。

 

さて、お気づきの方もおいでになるかと存じますが、先にご案内を申しております今月の彼岸会のお知らせにつきまして。

9月23日(祝)とすべきところが9月23日(日)の記載になっておりました。

「深くお詫びして訂正をさせていただきます」

9月23日は月曜日でございまして、日曜日ではございません。

お彼岸のお中日でございまして、秋分の日の祝日でございます。

 

「深くお詫びして訂正をさせていただきます」

とはよく聞くフレーズですが、そこに「反省はあるんか」と内なる声が聞こえてきます。

「人世に自己を学び問う」ことをテーマとした秋のお彼岸。

こんなミスをいくら繰り返しても懲りない自己のあり用を問い返したいと思います。

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然り乍ら

2019年09月01日 | ブログ

D'ailleurs,c'est toujours les autres qui meurent.

Marcel Duchamp 1887-1968

デュシャンの墓碑銘にはこう刻まれているという。

さりながら、死ぬのはいつも他人ばかり

"d'ailleurs "は、翻訳サイトによれば「さらに」「しかも」「とにかく」「どうせ」「なにしろ」「ところで」「いずれにしても」「かつ」「また」「その上」「ちなみに」などと訳される。

それを、碑銘の語が「さりながら」「されど」と訳されているところにひっかかった。

デュシャンの、この「さりながら」の前にはどんな言葉が想定されているのだろう。

「私もいつか死んでいかなければならないのだろうか」・・・さりながら、なのか。

それとも、この世を憂いて「私はもう死んでしまいたい」・・・さりながらなのか。

そんなことを思いつつ、常照寺の前住職が亡くなる直前に掲示板に掲げた蜀山人の

今までは他人のことかと思うたに 俺が死ぬとはこいつぁたまらん

蜀山人(大田南畝)1749-1823

という辞世の句を思い出した。

蜀山人は、今までは他人事だった・・・さりながら、俺のことだったと。

 

さて常照寺の彼岸会に法話をいただく荒山淳さんが、名古屋の東別院の機関紙「センタージャーナル」の106号(2018.9.25発行)巻頭言に、小林一茶の句を紹介されていた。

露の世は 露の世ながら さりながら

一茶

この句との出遇いのエピソードの中で、自己の学びの姿勢を自省を込めて展開されている。

http://www.ohigashi.net/app/webroot/files/detail/files/センタージャーナル%20No.106%28圧縮版%29.pdf


「さりながら」をキーワードに、自己を学ぶ彼岸を迎えようと今月の掲示板に掲げた。

そもそも学ぶということは 人世に自己を学び問うことである

そして新学期を迎え、学ぶことの意味を見失っている子どもたちへ。 

 

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私は聞く

2019年08月26日 | ブログ

私は聞く

福島のこどもたちを三重へプロジェクトのスタンスのひとつ。

http://booses.net

8回目のプロジェクトが終わりました。

今年も多くのご支援をいただきありがとうございました。

詳しいご報告は後日改めてになりますが、おさらいを兼ねて来年のプロジェクトのモチベーションを保っておきたいと思います。

 

語ってくださる方がおいでになる。

だから「私は聞く」。

福島の声を伊勢で聞く機会を、「いせ映画を観る会」がつくってくれました。

 

映画「福島は語る」http://doi-toshikuni.net/j/fukushima/

8月31日(土)・9月1日(日)

❶10:00 ❷14:00 ❸18:00

伊勢 進富座 http://shintomiza.whitesnow.jp/index.htm

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どっこい

2019年08月19日 | ブログ

今年で8回目になる「福島のこどもたちを三重へプロジェクト」。

多くのお支えによって今年も開催させていただきます。

東日本大震災の翌年から、東北の仲間の声を受けてはじまった「保養」のプロジェクト。

「よし!震災の年に生まれた子どもがハタチになるまでやろう」と。

「年々参加者は減っていくだろうけど頑張ろう」と。

どっこい。

今年は47名もの参加者が、夏休みを三重で過ごしていただきます。

いちおう募集定員30名ではじめたはずですが・・・、キャンセル待ちでも!という方もおいでになります。

数字で表現するのはどうかと思いますが、この募集状況が事の深刻さを物語っているのだと思います。

逆に私たちの「年々参加者は減っていくだろう」という観測は、私たち自身が事を風化させてしまっているのだと。

「オレたちを忘れるなよ!」とわざわざ伝えに来てくれる子どもたちと精一杯遊びたいと思います。

毎年のご支援ありがとうございます。

http://booses.net

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いつどこにいる

2019年08月01日 | ブログ

おぼん

地域によって7月盆・8月盆あるようです。

常照寺のご門徒におかれては7月中旬から8月の中旬にかけて「おぼん」期間といえます。

お盆はいつからいつまで?とよく聞かれますが、常照寺においてはこのヒトツキと言っております。

 

私たちのお仕事は「仏教を伝える」、お釈迦さまの“み教え” をお伝えするというお役割であろうかと思います。

もちろん「お経を読む」ことは、お釈迦さまの法をお伝えすることに他なりませんが、それを今、ここに生きる人々にお伝えするのに、私がいただいた教えを人にお話しするということが大事なお仕事だと。

ただ、この「期間中」は、時間的な制約上ただひたすらに漢文の「経」(厳密には「偈文」ですが)を読むことになり、せっかくの機会にも関わらずゆっくりとお話をする暇を設えられない。

ふとすると経を読む「作業」のようになってしまう。

じゃ、オッさん(住職のこと)どんなモチベーションでおまいりしとるの?

とは、さいわいに誰も聞いてはくれませんが、作業化しないために自問自答。

今年は

穢土に居て浄土を見出す方法が念仏なのです

yasuda rizin 238

この言葉を憶念しながら。

と、8月の掲示板に掲げました。

ずいぶん前にSNSにあがっていたことばです。

安田理深先生の言葉でしょうか。どなたかがrizinとなって仏の道理をネットに刻んでくれています。

この言葉に続いて

穢土に居て浄土を見出す方法が念仏なのです。どこに居てもです。何もだんたん進歩して社会になって念仏が出てくるのではない。それが封建制度であろうが資本主義であろうが原始共産制であろうが、そういうことにはおかまいなしにです。時代が進歩して来て念仏者が出るというものではない。時代が封建制度であろうがその封建制度において封建制度を超えていくのです。社会主義時代においても社会主義時代において社会主義を超えていく。別に社会主義をやめてといことではありません。社会主義をやめれば新しい社会主義になるだけです。

と、ここまで “238” として掲載されています。

「穢土に居て浄土を見出す方法が念仏」だと。

同時にそれは「なんまんだぶ」と発声する音によって、穢土を知らされるということでもありましょう。

「なんまんだぶ」は浄土の喚び声でしょう。それによって「いま」「ここ」という、私が生きている時と場所を教えられる。

「お前はいつどこに居るのか」という問いをいただきつつ「おぼん」に励みます。

http://jyosyoji.info

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体質構造

2019年07月01日 | ブログ

東本願寺の御影堂から参拝接待所をつなぐ廊下に、常時いくつかの法語額が掛けられている。

私の父親は本山にお参りするたびに、この廊下の法語をすべて写真におさめていたことを、幼なごころに記憶している。

いったいこの法語が、どんなタイミングで掛け替えられているのか、誰が選定しているのか、誰が書いているのか、今でもさっぱりですが。

 

 先日、あるご住職の「つぶやき」から、その辺の事情が少し知られてきました。

http://park20.wakwak.com/~insokuji/framepage/framepage-jyusyoku.html

東京の因速寺、武田住職の6月19日と27日の「つぶやき」に、経緯が記されています。

この一件だけでも私たちの教団の体質構造が垣間見られるところですが・・・。

 

とにかく。

結果的に本山の高廊下にこの言葉があげられないのであれば、伊勢の常照寺の掲示板に記させていただこう、と。

 

「悪人が救われる」のでなく

救われた人間の自覚が「悪人」だったのです

武田定光

 

と今月の掲示板に書き出しました。

 

浄土真宗の教義に「悪人正機」。

「歎異抄」に綴られた「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という親鸞さまの境地。

言ってみれば、善人が往生するんであれば、悪人が往生するのは言うまでもない、と。

一般的には、善行を積んで往生成仏すると考えるのが精神衛生上は健全なのかもしれない。

だから善人が往生すると私たちは信じて疑わない。他流はそれでいい。

阿弥陀如来の他力本願は悪人こそ救うという。

「悪人」は誰で、どんな人を悪人というのか。

 

武田住職の言葉を今月引用させていただいたのは、先月の掲示板の言葉

悪意の反省はしても

善意の反省はしない私

からの展開でもある。

5日の常照寺の同朋会で話し合いたいと思います。

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根を訪う

2019年06月25日 | ブログ

5年前、沖縄の佐喜眞美術館で丸木位里・俊 作の「沖縄戦の図」をみた。

昨年、群馬県の太田市足尾鉱毒展示資料室で同じく「足尾鉱毒の図」をみた。

そして数日前、丸木夫妻が描いた「大逆事件」のレプリカのパネルを和歌山県新宮市の「大逆事件資料室」でみた。

この「大逆事件」の図にも、足尾の田中正造の姿が描かれている。「念仏講」の表記とともに。

 

「念仏とは何なのか」、この問いを抱えながらの住職道である。

そんなことも知らずによく住職が務まるな、と自分でも思う。

念仏の道場たるお寺の住職である。

ただの商売道具にしてはいないかと自問する。

 

さて、6月22日に新宮市の浄泉寺にて、かつて大逆事件をでっち上げられて連座した高木顕明住職の事績を訪う「遠松忌」法要が営まれ、お参りさせていただく機会をいただきました。

浄泉寺さまをお訪ねしたのは3度目です。

その都度、大切な学びをいただくのだが、果たしてその学びが行動として実践できているのか。

「念仏を生きた」顕明のこの世の最期は、秋田監獄での「絶望」だったのかもしれない。

そう思うと「絶望」に立てない私の姿こそ、顕明を刑務所に送った張本人かもしれない。

「前を訪う」がテーマの遠松忌で、さらにその「根」を訪っていかなくてはならないことを聞いた。

 

顕明は、部落改善運動を進める虚心会で

「頭の中では排斥しておいて外面だけ体裁よく交際するというのはそれは少々偽善、まぁ偽善ですな」

と語ったともいう。

そして「戦争は極楽の分人の成す事では無い」という顕明の姿勢は、念仏を申す人の真の姿だったと学ぶ。

 

そういえば今月11日、伊勢朝熊の三法寺を訪ねるご縁をいただいた。

かつてそのお寺に住寺されていた植木徹誠は、

「戦争は集団殺人だ」

「宗教者は戦争に反対すべきものである」

と言い切った。

その根拠はやはり念仏に尽きる。

 

念仏は、非戦であり、平等である。

それが体裁であれば本当は「絶望」に値するはずであるのだが。

丸木夫妻の執筆の原動力ももしかしたら「絶望」ではなかったか。

親鸞も絶望を生きたという。

私の南無阿弥陀仏が問われ続けています。

 
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もうひとつ

2019年06月14日 | ブログ

「新宿の猫」

「水辺のブッダ」

妻がせっせと読書に励んでいます。

https://www.amazon.co.jp/本-ドリアン助川/s?rh=n%3A465392%2Cp_27%3Aドリアン助川

 

明日6月15日(土)午後2時から、松阪市の農業屋コミュニティ文化センターで、第38回の真宗公開講座が開催されます。

講師はドリアン助川さん。

司会進行は妻が・・・やります。

どうも雨のようですが、ご都合のつく方は当日券もあるようです。

かつてこの講座は、サブタイトルに「人間性を探る」とあったような気がします。

いつの間にかそのような副題は見えなくなりましたが、ドリアン氏の講題は「生きることのもう一つの意味」とあります。

もう一つ・・・

本当の意味を私たちは見失っていませんか、という問いかけを聞かせていただこうと思います。

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