遊煩悩林

住職のつぶやき

四苦を楽しむ

2010年12月31日 | ブログ

「年々歳々、一年過ぎるのが早くなりますねぇ」
?「ご院さん(住職のこと)は若いでまだまだや。ワシらの年になるとな、ご院さんが『あっ』っていうとる間に4・5年経っとるわ、ガッハッハ・・・」?
楽しい時間は早く過ぎ、苦しい時間は長く感じるといいますが、このおっちゃんの話を聞いていると、「老」はどうも苦しい時間ではなさそうです。?
そこには来るべく病や死に対する態度もはっきりしています。
老病死は悲観される事柄ではない。逃れることができない「真実」なんだ、と。
「老いを楽しむ」には、その「苦」をよろこぶ智慧があるんでしょう。
「生老病死」の四苦は、人間が人間であるために欠かせない要素だとすれば、人間が人間であることをよろこぶということは、生老病死の四苦をよろこぶということです。
「苦」がよろこびのタネになっていくのです。
生老病死をよろこび楽しんでいける人間・・・などと、病いを嫌って薬を好み、老いを遠ざけ若きに近寄り・・・口ばっかりで 一年を過ごしてきたことをようやく知らされてきます。
?さて、そんな「住職のつぶやき」を本年もお聞きとりいただき有り難うございます。?
何が言いたいのかいっこうにはっきりしないつぶやきではありますが、目に留めていただくことが何よりの励みです。
明年のお付き合いをどうぞよろしくお願いします。
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Buddhist-mas

2010年12月24日 | ブログ

Santaclaus_2010http://www.takeshinakatani.jp/

サンタは煙突からと昔は相場が決まっていましたが、意外なところから我が家にもサンタがやってきました。
インターネット回線を通じてpcのメールにサンタクロースが登場しました。

Christmas
文字どおり“christ”の“mass”は“キリスト”の“ミサ”。
5歳の長男に「お寺はクリスマスあるの?」と聞くと、「ナーイ」といいます。
「お寺にサンタさんは来るの?」と聞くと、「コナーイ」といいます。
学生時代の恩師のブログhttp://tetsugakuka.seesaa.net/のとおり、クリスマスとサンタクロースの因果関係がはっきりしないとすれば、キリストのミサをやらないことがサンタクロースが来ない理由にはならないわけです。
クリスマスとサンタクロースをワンセットで子どもに伝えていたことを考え直さなくてはなりません。
ということは、キリストのミサをしないお寺にもサンタクロースが来てもおかしくないということになります。
ならばこの日をクリスマスと呼ばずに「サンタの日」にすればいいなんて思ってみました。
しかししかしセント・ニコラスが転化したというサンタクロースは何のために子どもたちを喜ばすかといえば、プレゼントにはやはり「教会に来てね」というメッセージが込められているのでしょう。

少し前に新聞紙面にクリスマスのことを「宗教を超えた国民的行事」と表現されてあったのを見ました。
「私の家族は非国民化しているのか?」とドキッとします。
宗教や信仰は盆踊りの如く「宗教を超える」という形態で「布教」されるのだと思いました。

さて、お寺の“ミサ”をご案内します。

Jyoya2010

「除夜」はよく「煩悩を除く」と誤解されますが、夜を除くのです。闇を除くのです。無明の闇を破るのです。
闇というのは智慧の光のない状態です。煩悩を断たなければならないと思い込んでいる姿をいうのでしょう。
光というのは煩悩まみれのまま涅槃に至らしめる智慧。
「除夜の鐘」は、その智慧の光によって、無明の闇を破る仏教的ミサ、“Buddhist-mas”です。

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パワースポット

2010年12月21日 | ブログ

伊勢神宮の年間参拝者数が最多になったという記事を新聞で見ました。(中日新聞2010.12.20夕刊・12.21朝刊)
記録の残る明治28年以降の最多人数といいますが、1830(天保元)年の「おかげ参り」は500万人といいますから、神宮が発表した2010(平成22)年12月19日現在の参拝者8,603,748人という数字は神宮の歴史上最多ということになるのでしょう。
1705(宝永2)年の「おかげ参り」流行年には、春の50日間で362万人の参拝があったとわれていますから、「明治以降最多」とわざわざいうことで当時の伊勢詣でがいかに盛んであったが強調されているようにも読めます。
庶民の自由な移動が制限されていた江戸時代にどうして伊勢参りが許されたのかということも気になる問題ですが、それにしても参拝者数を「いったい誰がどうやって数えてんだ?」と半ば疑いのまなざしで、お参り先で話題にしたところ、ご門徒宅のお嫁さんが「神宮の衛士さん(守衛さんのようなひと)は最近カウンターを持ってるよ」と教えてくれました。ということは860万回のカウントには、おそらく私たち家族が散歩に訪れた数十カウントも含まれていることになります。
伊勢では60~70年周期で参宮ブームがあるといわれ、今年がそれにあたっているといわれてきましたから、この数字に胸を撫で下ろした関係者?もおられることでしょう。参拝者数の増加について「式年遷宮が3年後に迫り注目が高まった」「高速道路の無料化」「パワースポットブーム」などといいますが、当然そこには商業的なコマーシャルを抜きにするわけにはいきません。

さて、夕刊のそんな記事を読んでいた昨夜、あるご門徒がタイミング良く赤福餅を持って年末のご挨拶に来てくれました。
以前にも紹介しましたがhttp://ryoten.blog.ocn.ne.jp/jyosyoji/2006/、「赤福」の包装箱に日替わりで封入されている「伊勢だより」に刷られる干支の原画を毎年、描いておられる方でした。http://www.akafuku.co.jp/
12月20日謹製の赤福には来年の干支である「卯」の版画の縮小版が刷られた伊勢だよりが添えられてありました。
「う~ん、来年はトシオトコか」と思いつつ、そういえば12年前の12月に住職修習に京都に行ってからちょうど12年が過ぎたことに気づかされました。

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住職道12年。
12年前の「どんな道だろうか」という問いに答えはでません。
それは「念仏道」と同じ一本の道になっていくことだとは思っても、なかなかそうもなりません。袋小路に入ったり、迷ったりの連続です。
この12年の間に学んだのは「三宝帰依」が仏教、「称名」が真宗ということです。それが浄土真宗の仏教だとすれば、その実践が住職道でありましょう。「お祈り」とか「瞑想」とかが寺や住職のイメージといわれますが、浄土真宗にはいずれも馴染みません。
次の卯の年まで生きていれば、この言葉を手がかりに迎えゆく12年間を振り返って反省してみたいと思います。

先の心配はとにかく、この12年の反省のひとつとして「神祇」に対して対策的になっていたことを思います。
「神祇不拝」は「拝まない」というスタンスであり、神祇を否定するのとは違うと感じてきました。
神祇は私たちそのものだということです。
スピリチュアルとかパワースポットとかいうのはあまりに幼稚な感じがしますが、860万分の10カウントの一人として、自分自身がどんなスピリチュアル(精神的・霊的・宗教的[広辞苑])で、どんなパワー(力・権力・勢力・軍事力[同])を求めているのかということを考えさせられます。それは仏なのか、霊なのか、神なのか、現人神なのか、そして自力なのか、他力なのか、人力なのか、権威なのか。
とくに何も求めてないといっても、商売繁盛の祈願であれば金銭の力を信じているわけですし、家内安全であれば「健康」や「生」を求めているわけです。

神宮参拝者数の増加に仏教寺院も一役買っています。比叡山延暦寺や高野山金剛峰寺などの伝統的な仏教寺院が伊勢神宮を含む神社と共同で企画した霊場巡拝です。http://shinbutsureijou.net/proflie.html
「江戸時代のお伊勢参りに倣い、明治時代に否定された『神仏習合』の精神を復活させる試み」http://www.yomiuri.co.jp/はどうかと思いますが、寺社を巡り学ぶことはあってもいいと思います。しかし、この寺社の結びつきは日本人のスピリチュアルをどこに導こうとするものなのかを見極めなくてはいけません。
それぞれの寺や神社がどんな役割を担ってきたのか、その背景を学び、その過去に対する姿勢を見ることができれば、それが本当の宗教か偽物の宗教か、つまり宗教的な社寺か、商業的な社寺かの見分けはできそうです。そしてある特定の権威を利用しようとする教団組織的体質も見えてきます。お守りの効果とか、おみくじがよくあたるとかではありません。どこでも売っているようなお守りやおみくじは護持の道具にすぎません。
本物は偽物によってより鮮明となり、偽物は本物によってより鮮明になりますが、問題はそれを観る「目」です。
宗教は真偽を見分ける法です。

全国の7万6000の仏教寺院は50年後に6000ヶ寺まで減少するといわれる時代にあって、各寺はどうやって護持をはかっていくのか、各教団はいかにして生き残っていくのか・・・ということを思ったときに印象的な2枚の写真があります。
伊勢神宮の宇治橋にはいずれも衣を着て、袈裟をつけた僧侶の姿があります。
一枚は日中戦争開戦直前、もう一枚は現在・・・です。
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蘇民の子か 如来の子か

2010年12月18日 | ブログ

今年も年末「喪中はがき」や「正月の注連飾り」についてのお尋ねをちょくちょくいただきます。?
浄土真宗、いや仏教ではいずれもそぐわない習慣ですから、それらについて「アレコレ」お応えするような立場でも、その資格もないのですが・・・「喪中」も「注連飾り」もその意味がわかれば何も悩んだり迷ったりする必要はありません。?
まともに「喪に服す」こともできない現代生活を送る私たちが、年末にだけ「喪中」を宣言するのはどこか違和感があります。?
「無縁社会」ともいわれる今日、喪中はがきは遅ればせながらの「訃報」を、喪主の知らない故人の有縁の方々に伝える手段として役立っているのかもしれません。
?ただ、屋外に出ず、他人との交際を避け、殺生を慎み、宮参りを控え、祝い事をせず、慶事には出席しないなどなど、そのような様子もない突然の喪中宣言に「えっ!喪中だったの?」と驚くこともあっていいはずですが、どうも世間ではそんなこともないようです。
?いま「喪中」は「年始のご挨拶を控える」という意としてだけ使われているようです。
?ひらたく言えば「あなたのお家に我が家の死の穢れが伝染しないように正月の挨拶は遠慮しときます」が喪中はがきの内容です。
さて、どうなんでしょう。
?遺族が喪中はがきを選択する理由として「正月を祝う心境ではない」という方もあると思います。その場合は「喪中につき」という文言は省略した方が違和感がないような気がします。?
私がここでいいたいのは、喪中を宣言することは「死の穢れ」を容認し、亡き人をケガレとして扱っていくことになるということです。
?亡き人が穢土のケガレなのか、浄土のホトケなのか、はっきりする必要が私たち一人ひとりにあります。それによって自分の生まれた意味の内容が変化するからです。?
なぜならば、生の意味が「穢土のケガレ」となるためにあるのか、「浄土のホトケ」となるためなのかによって、自分自身の誕生の意味、何のために生まれたかが決定されるからです。?
葬式や仏事は、遺された者の信仰表明です。何宗だからどうするこうするという話ではありません。?好きなようにしたらいいのです。そこに誰かが「バチ」とか「タタリ」とかいうからややこしいだけです。?バチやタタリが怖いからというだけで葬式や仏事をやっているならママゴトみたいなもんです。?ただ、それも亡き人を「バチ」を振るい、祟るような存在に自分たちで仕立て上げて、怖がっている自作自演なわけでしょう。

真宗門徒の欠礼はがきの例文を思案してみました。

本年**月**が娑婆の縁つきてお浄土に還りました
私ども家族は お念仏のみ教えによってお浄土に往生を遂げたといただいておりますが 世俗を生きるものの習いに従い 年始のご挨拶をご遠慮申し上げます
云々

最近は、個人の信仰によって年賀状ではなくクリスマスカードをお送り下さる方も増えてきました。
賀状も喪中はがきも定型の文面ではなく、各々の信仰 が表明されるような挨拶状になり、それを認め合う娑婆となることが「世間」を超えて、熟成した「社会」ではないかと思いました。

ところで、注連飾りについては私はお応えする立場にはありませんし、たびたび「地元の習俗を乱している」と世間さまからお叱りまでいただいておりますから ここでは控えめにしますが、要はあなたは「蘇民の子」ですか?「如来の子」ですか?という問いに「はい私は蘇民の子です」といって注連縄を求めてお飾りするのか、「いいえ私は如来の子です」といって仏壇をお飾りするのかを意思と行動で信仰を宣言し表明するということではないでしょうか。?
伊勢では一年中、玄関の注連飾りをはずさないという風習があります。ただしその家から「死人」を出した場合は注連飾りをはずします。災いが起こらないはずの「蘇民の子孫」に災いがあってはならないのです・・・。?
ややこしい話はさておきますが、日本人の「鬼はそと 福はうち」思想に通ずる習俗です。?そこには「死」はありません。「死」を否定する世界です。「有常」といってもいいでしょう。
?仏教は「無常」を説きます。「死」を受け入れる世界です。
私たちは果たして「有常」を生きているのか、それとも「無常」を生きているのか。
決してどちらかを否定したいのではありません。
「有常」によって「無常」が知らされ、無常の教えによって有常を願う私の根性が知らされてきます。

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誰の首を絞めるのか

2010年12月16日 | ブログ

今年2月に長崎で宗教弾圧について学びました。遊煩悩林2010.3.3~3.4
隠れキリシタンとキリシタン弾圧についてでした。
秀吉の弾圧は江戸時代に引き継がれ、寺は寺社奉行の管理下におかれ「寺請け制度」として、すべての家をどこかの寺の檀家にして、一人ひとりを体制権力が管理するようになりました。幕府の出先機関として寺が機能したのです。
当時の檀家名簿は宗門人別帳といわれます。それをもとに檀家の引越や旅行、結婚の際には、個人を証明する「寺請証文」を寺が発行しました。
宗門人別帳は現在の戸籍の原形です。
そこには、その一家が何人家族で、いつ誰が生まれ、誰が亡くなったか、誰がどこに嫁いだか、どこに旅したかなどなど情報盛りだくさんで、寺によっては、その一家の宗旨(キリシタンではないこと)を証明するために、亡くなった人の法名も記載したといいます。つまり人別帳がそのまま寺の「過去帳」として扱われたのです。そこには当時の制度による「身分」が明記されていました。
明治の体制権力によって仏教が排斥され、戸籍と国民を政府が管理し、制度上の「身分」もなくなりました。
しかしながら、今日まで数えきることのできない差別の苦しみと悲しみの中で、真宗大谷派は「過去帳閲覧禁止」を表明し、その徹底を図り運動し続けています。

前置きが長くなりましたが、三重教区の正副組長会が開催され、その場で異例ではありますが「身元調査お断り・過去帳閲覧禁止」の徹底が確認されました。
過去帳については、現在でも「家系図をつくりたい」や「むかしその近くに住んでいた先祖の戒名を知りたい」、また「先祖の命日を知りたい」などといって言葉巧みに興信所や探偵、またそれ以外の人が閲覧を求めたり、記載事項を聞き出そうとします。
そしていま「法人税削減」というこの時勢において、「税務調査」名目の体制権力による過去帳の閲覧が求められる時代です。
このことがどんな悲しみを生んでいく行為なのかということを、住職だけでなくご門徒とともに共有し、それ以外の方法で寺の出納を明示しなければなりません。
「職務上の守秘義務」という権限が「信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない(宗教法人法第84条)」のです。
過去帳に布施の金額が記載されるわけもなく、ご門徒の法名が記載されている過去帳の閲覧を要求することは果たして「信教の自由を妨げる」ことにはならないのか、お互いにその態度が問われます。
こんなことを言っているから余計に目をつけ、怪しまれるような世です。
さらには「やましいことがなければ出せばいい」という論調も強い世です。
三重教区はウェブ上で決済できる方途がありますが、その導入については「現金での決済は不正を生む温床となりかねず、現金によらない決済方法に移行するように」という当局の指導によるものだといいます。
お寺がご門徒にご負担いただいている会費についても銀行振込にしてはどうかという要望を多数いただいていますが、「寺に足を運ぶ」という信教上の理由から高齢の方にもご持参いただいています。
それが「不正を生む温床」といって寺に足を運ぶ理由を奪うとするならば、それは「信教の自由を妨げる」行為といっては言い過ぎでしょうか。

とにかく「カネ」にばかりウルサイ時世ですが、それに託つけて信仰課題としての過去帳閲覧禁止運動が不徹底になるとすれば、寺は国に年貢を納めるだけの出先機関で、僧侶はその従業員でしかありません。
この世の論調が誰によってつくられ、いったい誰が誰の首を絞め、その苦しみがどこへ向かい、どんな悲しみとして具体化しているのかという現実を見続ける視点が求められます。

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