遊煩悩林

住職のつぶやき

ハハノワの問い

2014年02月25日 | ブログ

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かつて三重県に原発建設計画があったのをご存じでしょう<wbr></wbr>か?原発計画の中でも最も早い段階で候補に挙がったのが<wbr></wbr>、三重県の芦浜原発でした。
三重県度会郡南島町(現南伊勢町)と大紀町(現紀勢町)<wbr></wbr>にある美しい浜辺、芦浜。小さな漁村である芦浜地区は3<wbr></wbr>7年間の長き渡って親しい人間関係と地域の崩壊が続きま<wbr></wbr>した。
地元で何が起こったのか。どのような妨害があったのか。<wbr></wbr>インターネットもない時代にどうやって三重県全体の動きに繋<wbr></wbr>がったのか。
三重県の歴史の重要な一面である芦浜原発計画が白紙撤回<wbr></wbr>された2月22日に地元の方を招き、お話をお聞きします<wbr></wbr>。
熊野灘の原発建設計画が発表されてから50年。今も芦浜<wbr></wbr>地区は中部電力の所有地のままとなっています。原発を新<wbr></wbr>設するならばこの土地は候補に入ることは間違いないでし<wbr></wbr>ょう。子供たち先の世代に何を残し何を残さないのか。共<wbr></wbr>に考えてみませんか?ぜひお越しください。お待ちしてい<wbr></wbr>ます!

子育てグループ「ハハノワhttp://hahanowa.exblog.jp/」から「Do you Know 芦浜?」というイベントのご招待を受けて先週末、万難を排して参加させていただきました。
「芦浜」はかつて原発が計画された三重県の南部の浜辺です。
計画が公になった1963年から2000年の計画撤回に至る、地元での推進派と反対派の対立の経緯について、地元の教師であった柴原洋一さんから。県内で81万名もの反対署名を集めた医師の大石琢照さん。漁師の夫とともに反対を訴えた小倉紀子さん。3名の方からハハノワとのやりとりを通して当時のエピソードを聞かせていただきました。
緊張した傍聴者の私よりもスピーカーの方々お一人おひとりの和やかな雰囲気は、様々な意味で結果的に原発が建っていない「現実」からのものだと感じました。
ただ、福島原発事故の前には、推進派の敷地に『芦浜をもう一度』という雰囲気もあったといいます。
それは、住民同士が憎みあい、家族さえも分断し、子どもたちも巻き込んだ闘争を、白紙撤回という結果を受けて皆が口を閉ざしてしまったところにあったのではないかと大石さんは語っておられました。
三重県でもとくに南部地方にはこれまで、大企業誘致の話や伊勢湾に橋を架ける話、新幹線計画、そして原発の立地などの話がありました。「過疎」という不安を煽られ、「夢のエネルギー」とか「新幹線」とか、企業誘致による雇用、道路整備による物流などなど、「便利で快適な暮らし」というイメージと、それが「いいこと」だと刷り込まれてきた若い世代ほどそれが「魅力」に感じるのかもしれません。
しかし、現に大企業が建ちならび、新幹線が走る「過疎の村」には、なるほど原発やチッソなど国策に与してきた企業とともに「被害」と「犠牲」の歴史が横たわっています。
先月のナムナム集会遊煩悩林2014.2.6では山口県の上関原発闘争を今も戦っておられる祝島の方に、反対派が高齢化し孤立化していく現実を聞かせていただきましたが、今回、芦浜の闘争を戦ってこられた方々のお話を聞き及んで、表面的な「便利で快適な暮らし」を「魅力」として刷り込まれていく世代に、その足下に現実としてある被害と犠牲を「伝える」ということの重要性を改めて感じました。
伝えるには、何を伝えるのか、どうしてそれを伝えるのか、伝える側がはっきりとさせなければなりません。
それは人間として生まれて本当に大切な事柄が何であるかを確かめることだと、その上で「伝える」という覚悟。
まずこの自分が、「便利で快適」という呪縛から解放されたいと思っているのかどうか。
ハハノワから問われた事柄です。
自分たちが学んだことを多くの人に知ってもらいたい、知らさなくてはならないという使命感と行動力が「伝える」という内実ではないでしょうか。
ハハノワに倣っていかなければなりません。

〈参考に〉
朝日新聞デジタル
http://digital.asahi.com/articles/NGY201311280021.html?_requesturl=articles/NGY201311280021.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_NGY201311280021
中日新聞プラス
http://viewer.chuplus.jp/books/viewer/app/P000003079/2014/02/23/8

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誇り

2014年02月13日 | ブログ

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YouTube: 映画『ある精肉店のはなし』予告編

映画「ある精肉店のはなし」を観てきました。
http://www.seinikuten-eiga.com/
昨年11月29日、“いい肉”の日から全国主要都市で上映されています。
たびたび名古屋や京都に行く機会を見計らっては、タイミングを逃し・・・を繰り返しようやく名古屋のシネマスコーレのアンコール上映を観ることができました。
上映の1時間ほど前に到着して、もらった整理券が13番。
大きな映画館ではないのでお早めにお出かけになることをおすすめします。

さて、昨年末発行された真宗大谷派同和関係寺院協議会の機関紙『同関協だより49号』に、この映画と、その原案となった本橋成一さんの「屠場」という写真集の紹介文を寄稿させていただきました。
そのなかに

この作品は「食肉センター」ではなく「屠場」。
時代とともに言葉は変化してきました。
そして施設も機械化されました。
それでも変わらない差別の眼差しがあるとすれば、
それは食する者には向けられない不平等な目線です。

と書かせていただいたのですが、その「差別の眼差し」について、「もうそんな時代じゃないのではないか」との声がありました。
「もうそんな時代じゃない」というのはつまりいわゆる「部落差別は解消したのではないか」という立場のお言葉です。

劇場で購入したパンフレットには、「北出精肉店」の北出新司さんの言葉として、

僕らが僕らの仕事を全部見せたのは、こうした偏見を引き受ける覚悟からだ。僕らの解体作業は終わるけど、同じ仕事をして皆さんに精肉を供給している労働者がいることを忘れないでほしい

と寄せられています。

また、このコメントを紹介したリバティおおさかの元学芸員の太田恭治さんは、

今もマスコミの部落問題タブー視は残り、社会一般では、「人権」という言い換えの中で、大手デベロッパー(土地開発業界)や不動産会社が身元調査を行う事件が後をたちません。インターネットなどでは差別脅迫キャンペーンが野放しにされ、「ヘイトスピーチ」の矛先は被差別部落にも向けられ始めています。その中に食肉業への予断と偏見が繰り返し登場しているのが現実です。肉を買って食べるのに、それを精肉にする人々に想い致すことなく、タブーと偏見だけが沈殿する社会は変わっていないのです。

と綴っています。

映画のテーマは「いのちを食べて いのちは生きる」。

牛の飼育、屠畜と精肉のほか、その皮を太鼓に張るところまで北出家は誇りをもって行ってきた。いのちと向き合うことをとおして、それによって生かされるいのちの尊厳が見出されてくるような思いがします。
自身、他の存在にいのちとして向き合っているのか、自らのいのちの尊厳性が実感として感じられないのは、それは他の存在を「いのち」としてみることができなくなっているからかもしれないと思い至らされました。

人間として生きることの「誇り」を「ある精肉店」の人々に感じました。

ケモノの皮を剥ぐ報酬として、
生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、
ケモノの心臓を裂く代價として、
暖かい人間の心臓を引裂かれ、
そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた
呪はれの夜の惡夢のうちにも、
なほ誇り得る人間の血は、
涸れずにあった。
そうだ、そして吾々は、
この血を享けて人間が
神にかわらうとする時代にあうたのだ。

『水平社宣言』抜粋

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無宗教という隷属性

2014年02月09日 | ブログ

人間が自らの死をささげることができるのは、神に対してのみである。そして、もしもそれが本当に正しくささげられれば、それ以上の奉納はありえない。それは絶対の祭りとも言ふべきものである。

昨年、NHK経営委員の長谷川三千子氏が、1993年に自死した野村秋助氏の没後20年に寄せた追悼文です。
追悼文は続きます。

野村秋介氏が二十年前、朝日新聞東京本社で自裁をとげたとき、彼は決して朝日新聞のために死んだりしたのではなかつた。彼らほど、人の死を受け取る資格に 欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである。
「すめらみこと いやさか」と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた。そしてそのとき、たとへその一瞬のことではあれ、わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである。

新会長の発言問題などNHKの公共性について様々な報道がされています。
その経営委員の長谷川氏の文章を読んで、「国家と犠牲」という言葉が頭を過ったのと同時に、思い出したのは、2000年に当時の総理大臣が語った

日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知をして戴く

という、いわゆる「神の国発言」。
その当時の総理が2020年の東京オリンピックの組織委員会の会長として、東京都知事選に触れた

五輪のためにはもっと電気が必要だ。今から(原発)ゼロなら、五輪を返上するしかなくなる

との言動。
また、現在の内閣府特命担当大臣の稲田朋美氏の

わが国の象徴である天皇陛下、皇位の承継の原則は変えてはいけないものの代表だと思う。2000年以上に及ぶ男系維持の原則、今の天皇陛下からお父さんをさかのぼって神武天皇まで続く伝統は圧倒的に美しい世界に例を見ない伝統だ。

との国会での発言も忘れられない。
これらの発言に何の共通点もないじゃないかという声もありそうですが、せいぜい私の心当たりだけでも、こういう方々が今の首相のまわりにぐるっといらっしゃる。
「公共」というのはどういうことをいうのかと考えさせられます。こういった思考をする方々がいう公共性と、自分の考える公共性の隔たり。
今の政府が発信しようとする事柄を「公共」的感覚とする社会ならば、相当私の公共性が偏っていることになります。
かつて天皇を現人神にして行ってきた事柄を教訓として、人間を神に仕立て上げた失敗を学んだのが日本という国ではなかったか。
「今の天皇陛下をさかのぼって神武天皇まで続く伝統」はいつつくられた話なのか。アメリカの保守的な州では進化論を教育しないと聞いたことがありますが、何かそれに近い洗脳的思想といっては言い過ぎでしょうか。
個人の信仰にとやかく言うつもりはありません。
政教分離をうたった憲法下で、国会の場で議員の口から発せられる言葉。
公共のバランスはどの基準で保たれるのか、バランス感覚の基準となるものを私自身はっきりとしなければならないと思います。
新たな「公共」性がつくられるというか、かつて明治の公共性を再現しようとするならば、当時の公共の基準が間違っていたことを改めて確かめなおさなくてはなりません。それによって何を学んだのか、何が本当に尊い事柄か、つまり「本尊」を持たなくてはならないのだと強く感じます。問われるのは私たち一人ひとりの宗教観ではないでしょうか。
いわゆる日本人の「無宗教」観は、体制や権力に隷属的に生きるということではないかと思います。伊丹万作が終戦の翌年に語ったのは、まさにそのことではなかったでしょうか。

さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。だまされるという事もまたひとつの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。「だまされていた」と平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。1946.4.28
『戦争責任者の問題』http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

「振り込め詐欺」の被害が増えることも無関係ではないような気がします。自分は騙されないと思っているのです。
さて2月9日は、親鸞聖人が90年の生涯のなかで忘れることがない日。
当時の体制権力に隷属することを拒み、南無阿弥陀仏を本尊として選んだ念仏者が処刑された日です。
「念仏を称えれば首を切る、やめれば助けるという断頭台の下で、念仏をして首を切られた(宮城顗選集第一巻)」方々をバカだというのか、それとも尊くいただくのか、その感覚が深く問われます。

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「一」とは何か

2014年02月07日 | ブログ

鬼は外 福は内

いろいろな鬼がいます。
「損」という鬼がいたとすれば、「得」という福がいる。
損はイヤ。お得な方がいい。
「老」という鬼はイヤ。「若」という福がいい。
「病」という鬼は嫌い。「健康」という福がいい。
「死」という鬼。「生」という福。

老病死が鬼だとすれば、鬼はまぎれもないこの私です。
生まれてこのかた老病死する生を生きているのですから。
老病死を自分から遠くへ排除しようとするならば、それは老病死を引き受けていかれた方々、つまり諸仏を冒涜することになりはしないでしょうか。

そんな理屈をこねながら、豆も撒き散らかさず、太巻きを食することもなく過ごす我が家ですが、それはわざわざアクションをしないというだけのことで、諸仏を敬ってのことではないのでしょう。
節分をやるかやらないかはとにかく、健康で長生きしたいかどうかではなくて、老いや病いや死という我が身の事実を事実として受けとめていけるかどうかという精神性が問われます。
身に必ず起こる事実を、心は事実として受けとめられるのか。

損か得かでいえば、別に意識して「得したい」とは思わなくても、「損はしたくない」という私です。どこまでも都合の良いことは受けとめるけれども、都合の悪いことは受け入れられない。
だけど「都合の悪いこと」にこそ、大事なことに気がつかされるはたらきがあるのでしょう。
必ず死んでいかなければならないところにこそ、生の尊厳性があるのでしょう。
必ず病んでいかなければならないところにこそ、健康を保たれていたことの不思議性があるのでしょう。
必ず老いていかなければならないところにこそ、若さが輝き、またその輝きによって「老」ということの深まりも照らし返されるのでしょう。

やはり「生と死」という見方ではなくて、「死を内包する生」というのが自然な感じです。
鬼と福を分けちゃうからややこしいのかもしれません。

さてさて、2月のお寺の掲示板に

「幸」と「辛」は「一」だけの違い。
その「一」とは何か。

と記しました。
これは先月23日の中日春秋の記事からの抄出です。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2014012102000106.html

幸いの中の人知れぬ辛(つら)さ
そして時に辛さを忘れてもいる幸い
何が満たされて幸いになり
何が足らなくて辛いのか

吉野弘さんは、生の意味を丁寧に問われます。
「幸」と「辛」は「一」だけの違いです。ただしこの「一」にこそ、一人ひとりの「いのち」が集約されているようにも感じます。
私の「一」は何か?それを尋ねるために私たちは一人ひとりこの世に誕生したのではないかとさえ思います。

ある日自分へ
おまえさんな いま一体何が一番欲しい あれもこれもじゃだめだよ いのちがけでほしいものを ただ一ツに的をしぼって 言ってみな

あいだみつをさんの問いに通じます。

しあわせはいつもじぶんのこころがきめる
みつを

ということばも有名ですが、その「こころ」です。それは「いのち」なんだと思います。「いのちに懸けて」というその「いのち」。自分が最も尊いこととする事柄に懸けて、と。
その尊い事柄を「本尊」と呼ぶならば、「しあわせはご本尊がきめる」のでしょう。
鬼か福か、損か得か、生か死かという分け方ではなくて、幸か辛いかは「一」の違いというところの「一」。その尊い事柄が一つ定まるか定まらないかで、「生」が幸ともなり辛ともなる。「老」「病」「死」が幸とも辛ともなるのではないでしょうか。
どれだけいっても、「鬼は外 福は内」の根性は捨てられない私です。

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海の声

2014年02月06日 | ブログ

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京都での諸用が重なったことが幸いして5日のナムナム大集会に参加することができました。
テーマは「海 -水俣 福島 祝島- 」。
山口県の上関原発の建設反対運動を通した目線からフォトジャーナリストの那須圭子さん。福島原発告訴団団長の武藤類子さん。水俣の漁師で緒方雅人さんから話を聞かせていただきました。
「人間に快適さをもたらす」という名目で生み出されるモノの製造の背景に、人間を壊していくモノが含まれていて、その製造の過程においてそれが生産される。
緒方さんは、水銀も放射能も行き着くところは「海」だとおっしゃられました。
生命の源である海。私たちの目線は常に自分たちからみた「海」ですが、はたして「『海』からみた私たちのありようはどうなっているのか」という問題提起が耳に残っています。
便利・快適そして経済的な利益。すべて人間の都合です。
上関原発の反対運動をする祝島の漁師の「おばちゃん」がプラカードを掲げる一枚の写真。そのプラカードには「祝島は海は売っていません」と書かれています。
緒方さんの言葉を借りれば「国が落とす爆弾は兵器だけじゃない。『銭』という爆弾を落とすのが国家だ」と。
「銭」という爆弾で海を荒らす国家。反対する漁師の船に突っ込んでくる海上保安庁のボート。国って何なんだろうか?と問い続けた那須さんは「国っていうのは私たち一人一人だ」と考えるに至ったと言っておられました。

「海」から見た私たち人間のありようはどうなっているのか?

水の色、波の音。海からの視線を感じ、声を聞き取っていく感覚・感性からどんどん遠ざかっている自分を知らされました。

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