遊煩悩林

住職のつぶやき

あんこに込められた哲学

2017年07月18日 | ブログ

半世紀以上の歴史を数える桑名別院の暁天講座。

51回目の今年は、7月17日から21日まで朝6時20分から7時30分まで開催されています。

伊勢のご門徒の皆さまにも是非といいたいのですが、遅くとも朝5時には出ていかないと(聴講者にはパンがついていますが)

 http://mie-betsuin.com/2017/06/01/第51回桑名別院暁天講座のご案内/

さて、昨日からはじまった今年の暁天講座。

講師のドリアン助川さんと打ち合わせを兼ねて夕食をともにさせていただくご縁をいただきました。

ドリアン氏は「小説『あん』に込めた生きることの意味 - 私はなぜハンセン病患者の人生を描いたのか - 」という講題のとおり、映画「あん」の原作者です。

映画「あん」http://an-movie.com

小説「あん」の執筆に至る背景に、あることばの暴力性を感じておられたといいます。

それは深夜のラジオ番組で若者が異口同音にいう「社会の役に立ちたい」ということば。

一般的には、誰かの役に立っているという実感、それによって自分の存在を認めることがあります。逆にいえば、何かの役に立っている実感がなければ自分の存在の意義や価値を見出しにくいのかもしれません。

「何かの役に立たなければ生きている意味がない」という強迫観念的な感覚が支配しているなかで、「そんなことはない」という人が求められているんじゃないか、と。誰かがそれを言わなきゃならない、と。

若年層の自死率の高さに思いを寄せておっしゃっておられたことに深く共感を覚えました。

講座では、「朗読家」の肩書きらしく小説の「徳江」のセリフを引いて「生きることの意味」を表現されました。

小説「あん」https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8000873.html

この世に誕生した一人ひとりが、それぞれに「生きることの意味」「生まれたことの意味」を発見して、自己表現していくこと、それがこの世に生まれたことの意味であり、それを追い求めつつ更新していくことが生きることの内実ではないかと感じました。

ドリアン氏は、いま三宅島の火山灰土でトマトを栽培しているそうです。それは三宅島復興としてオートレースを発案した都知事の発想に対してだそうです。極めて限定的な都の発想に対して「誰でも参加できるものじゃないと」と。

テレホン人生相談のパーソナリティをつとめる氏には、常に限定にとらわれない発想を感じていました。それは人間を様々な縛りから解放していく方向に向いているように思います。

積み重ねてこられた哲学を日常のことばや生活に表現される姿勢には、大乗の仏教精神が宿っているようにも感じました。

生きる意味を求める者として、道半ばの私ですが、「誰かの役に立つことは素晴らしいことだと思います。だけどそのために私は生まれてきたのではない」

そのことだけは自分自身に言い切っていく根拠をいただいたような気がします。

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朋光会

2017年07月03日 | ブログ

毎月第一金曜日の夜7:00から開催している常照寺の同朋会。

もう何十年この時間に語り合ってきただろう。

「朋光会」と名づけられたこの学習会を前住職から引き継いで、もう20年。

こうして継続できるのは、ひとえに足を運んでくださるご門徒のおかげ以外の何ものでもありません。

ただ「夜じゃないと出られない」という時代が過ぎ、「夜は出にくい」という方も多くなってきました。

そこで話し合った結果、2017年度を迎える7月から夕方の開催に変更することになりました。

 

2017年7月7日(金)16:00〜 朋光会


毎月ご参加いただいておられる方は引き続き、またこの時間ならちょっと覗いてみようかなという方は是非お気軽にお越しいただければと思います。

「学習会」といっても、決して硬い集まりではありません。

「住職ちょっとユルすぎる」という声も・・・

 

内容は、おしゃべり・・・です。

おしゃべりが苦手な方は傾聴に徹しておられます。

お寺の今月の掲示板の言葉について。

法語カレンダーの言葉の随想集の輪読。

仏事のイロハ。

などなど

お菓子でもボリボリしながら。

 

16:00から17:30を目処に、18:00には毎回終わりたいと思いますが、遅刻・早退も気にしません。

普段、お坊さんになかなか聞きにくいようなご質問を携えてお出かけください。

 

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