遊煩悩林

住職のつぶやき

年末年始

2006年12月30日 | ブログ

めでたいと 賀状だけには 認める(したためる)

これは中日新聞に記されていた川柳の1句であります。
「めでたい」「めでたい」とは何をもってめでたいのかを問わされる句であります。
暦が新しくなるだけで「めでたい」とは、いかにもおめでたいという自己批判なのかもしれません。とにかく「賀状だけには」というのですから、本心から「めでたい」気分ではないのでしょう。

大晦日から元旦へ、毎日と同じように日が替わるのですが、こうした節目をいただくことによってしか得られない感覚もあります。
過去と未来の間に生きる私たちが、「いま」をどのように生きているのか。
カウントダウンパーティも結構ですが、改めて問うてみることも生きている私たちの大事な勤めです。ともに仏さまの前に座してみましょう。

除夜の鐘・修正会のご案内2_1

除夜の鐘

大晦日 午後11時50分から午前0時50分

修正会

元旦 午前1時(正信偈 同朋唱和)

除夜の鐘・修正会のご案内は常照寺ホームページにも公開しています。http://www17.ocn.ne.jp/~jyosyoji/

 

さて、ということで今年も残すところ1日あまり。「今年中にやっておきたいこと」といっても、今さら何をどうこうすることもせいぜい限られています。
ただ、この「つぶやき」を読んで下さった皆さまには、せめて紙面上ではありますがお礼を申し上げます。
おかげさまで、自分が何をどのように捉えて考えているのかということを、頭の中で整理するのに役立っています。反省なのは「じゃあ自分は一体何を伝えたいのか」ということが、明確になっているか?ということです。
公開しなかった原稿もあります。書いているうちに「本音」がたてまえ的な「うそ」になってしまったり、恥ずかしい出来事、情けない出来事であったり、「住職ってそんなこと考えとったんか」なんていわれることが目に見えているような原稿はボツになっています。
それというのも、やはりどこかで「いい格好」をしたい私なのでありました。
にもかかわらず、間違ったことを公然と書いていることもあります。ご批判や間違いなどご指摘ください。
来年も無理のないようにつぶやいてまいりたいと思いますので、よろしくお願いします。

とにかくこの1年間、ありがとうございました

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旃陀羅

2006年12月27日 | ブログ

浄土真宗が正依の経典とする浄土三部経。そのひとつに「観無量寿経(以下「観経」)」という経典があります。この経典の序文には「王舎城の悲劇」といわれる古代インドで起こった出来事が記されています。この観経の序文が真宗大谷派が推進する真宗同朋会運動の発足(1962年)と同時に「現代の聖典」として、私たちが浄土真宗の教えに目覚めることを願いとした学習のテキストとして刊行されています。
「現代の聖典」は、来年開催される「真宗入門連続講座」のテキストでもあります。この講座は「壮年特別伝道」という名称でこれまで30年近くにもわたって各所で講座が開かれてきました。
さて、この講座の講師と補導による学習会が桑名別院に隣接する三重教務所で開かれました。テーマは「真宗と現代」。講師の先生方から毎回このテーマによる問題提起をいただき話し合いが持たれます。
第3回目の学習会となるのですが、今回提起された課題は「是旃陀羅」の問題についてでありました。「旃陀羅(せんだら)」ということばは、観経の序文に出てくる言葉です。「現代の聖典」にこの言葉の「注釈」がありますので以下に記します。

旃陀羅

 観経には「栴陀羅」とあるが、通常は「旃陀羅」と表記される。「旃陀羅」とは梵語チャンダーラ(candala)の音写であり、古来中国では「厳熾、執悪、険悪人、執暴悪人、主殺人、治狗人、屠者」などと訳されてきた。
 インドでは紀元前800年ころから、「婆羅門(ブラーフマナ・brahmana・僧侶階級)」、「刹帝利(クシャトリヤ・ksatriya・王族・武士階級)、「吠奢(舎)(ヴァイシャ・vaisya・農工商階級)、「首陀羅(シュードラ・sudra・奴隷階級)」の4つの身分からなる「ヴァルナ体制」(いわゆる「カースト制度」)という階級制度が形成されたが、さらにその4つの階級の下に位置づけられた人びとがいた。そのように、社会の現実として実体的な差別があり、その最下層を呼ぶ名称として「旃陀羅」という言葉が用いられた。したがって「旃陀羅」という言葉はアーリア民族等支配階級の立場からする政治的・社会的な差別語である。
 現代の歴史学的研究によれば、「首陀羅」「旃陀羅」などの最下層に位置づけられた人びとは、「婆羅門」「刹帝利」などの支配階級となったアーリア民族が紀元前1500年ころインドに侵入してくる以前からインドに住んでいた人々であり、したがって先住民族が征服されて、政治的社会的に支配され抑圧されたものであるとも言われている。(中略)なお、現代でもインドではそのような差別に苦しむ人びとは存在し、差別からの解放のために立ち上がっている。
 さらに重要なことは、わが宗門では、江戸宗学以来この「旃陀羅」を日本における被差別民衆である「穢多」にたとえて説いてきたという事実である。「士・農・工・商・穢多・非人」といわれた江戸時代の差別構造にそのまま乗っかり、「旃陀羅」を「穢多」にたとえて説明することによって、宗門の教化活動は社会の差別構造の温存助長に宗教的な根拠を与えるといういたましい機能を果たしてきたのである。このことは全国水平社設立以来70数年にわたって厳しく問われ続けており、宗門の教学史・布教史における差別の問題として、私どもは深い慚愧の念をもってその責任を荷負していかなければならない。

私たちの宗門は、これまでこの問題に対する学びを深めてきました。しかしながら各所で開かれる特別伝道や入門講座においてこの課題が深まらないという現状を、改めて今回の学習会で問題として提起をいただいたことです。「真宗と現代」をテーマにして開かれた学習会で、あえてこの「旃陀羅」の問題を提起されたところに大きな意味を感じます。この問題から逃げずに深めあっていくことが、いまという時代に親鸞の教えが響いてくるのではないかと思います。このことは真宗門徒の信心の問題と決して別のことではないのでしょう。
教育現場では「いじめ」の問題がクローズアップされていますが、大人の社会にも差別といういじめが現に存在しています。この「差別」を問わずして子どもたちの「いじめ」など問えるはずがありません。
この課題を今年も来年も内心にたくわえておりたいと思います。

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イヴと逮夜

2006年12月25日 | ブログ

イエスの生誕から2007年。2007という数は、イエスが生まれてから地球が太陽の周りを何回まわったかということを表す数字です。日本でもこの西暦が常用されるようになりましたし、12月25日がクリスマスであることを知らない日本人はほとんどいないでしょう。
12月25日はクリスマスです。昨日はクリスマス「イヴ」でありました。
「イヴ」は「前夜」とか「前日」ということです。
それは、前日に書いた「報恩講」でいえば「逮夜」にあたる言葉といってもいいのではない かと思います。
はっきりしておかねばならないのは「クリスマスイヴ」は、イエスの誕生日前夜のことですし、真宗本廟でいう「報恩講の結願逮夜」は、宗祖親鸞のご命日前夜のこと であるということです。
「誕生日を祝う風習」と「命日を偲ぶ習慣」から生まれる根本的なところでの文化的、宗教的感覚や意識の違いはともかくとして、「イヴ」も「逮夜」も、大切な日を迎えるにあたって、その前日、前夜に大切な教えをともに確認し合う「時」という点において同じ意味を持っているとはいえないでしょうか。
具体的にいえば、私 たちが一体何を大切にして過ごしているのかが問われ、一人ひとりの上に明らかにするという意味では、少なくとも共通しているといってもいいのでしょう。

同時に、クリスマスイヴは「聖なる夜」ともいわれます。「聖」を仏教のことばでいえば「精進」というニュアンスに通じるとはいえないでしょうか。
肉食を拒まない真宗においても報恩講中は「殺生を慎む」伝統もあります。
「聖なる夜」は決して「七面鳥を丸焼にして食べる日」ではないはずです。
そういえばネパールに行ったときのこと。その日はちょうどお祭りでした。神への生贄のために鳥を供え、それを神からのお下がりとして翌日に家族で食べるというのが庶民にとっての最高のご馳走だそうです。たまたま訪ねたお宅で、そのお相伴にあずかったのですが、そのような伝統的な習慣に、私たちが見失いがちな「尊き事柄」を教えられたことでありました。生贄という習慣はともかく、まずそこには信仰や礼拝の対象として尊ばれている事柄があります。

さて、この時期、ご門徒宅にお参りに寄せていただくと、クリスマスツリーやイルミネーションが目につきます。
決してそれを否定しようとは思いませんが、ただ、きれいにお飾りされたツリーとは対照的に、お内仏のお飾りがいい加減では、何か寂しい気がします。比較する私も愚かなのですが・・・。
お内仏のお荘厳もまた、年末に家族でお磨きをしたり、意味や配置を確認しながらお飾りをする、そんなお内仏を中心とした生活こそ、私たちが失いつつある伝統であるように思います。この伝統を失うということは、何を尊び、何を大切にして生きるのかということを見失うということだと思います。
伝統が見失われてきた背景には、私たちが正しく伝えていないのではないかという反省もあります。昨今、さまざまな業種で「説明責任」たる言葉が用いられますが、それに似た責任を感じます。
さ て、浄土真宗においては2011年に宗祖親鸞聖人の750回御遠忌をお迎えしますが、この御遠忌をどのようにお迎えするのか、その態度が問われています。そのひとつとして「真宗の仏事の回復」というテーマも掲げられています。
大きなスパンで捉えれば、御遠忌をお待ち受けするこの一日一日が逮夜の積み重ねとして、真宗に伝統されてきた習慣をまず私自身が少しでも回復していく、そんな生活を実践していかなくてはいけないことを感じる、イエスの2007回目の誕生日でありました。

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桑名別院報恩講

2006年12月24日 | ブログ

桑名別院「本統寺」http://www.betsuin-987.com/betsuin.htmlの報恩講がお勤まりになりました。
本山である真宗本廟では毎年11月21日から28日までの7昼夜にかけてお勤まりになりますが、桑名別院では毎年12月20日から23日まで、3昼夜にかけて報恩講が勤まります。
「昼夜(ちゅうや)」とは、聞き慣れないと分かりにくい表現でありますが、わかりやすくいえば7昼夜は7泊8日、3昼夜は3泊4日といったところでしょうか。
桑名別院の報恩講は、20日午後1時30分の「お逮夜(たいや)」法要にはじまります。この法要を「初逮夜(しょたいや)」といいます。
翌21日の朝7時に「晨朝(じんちょう)」法要があり、10時に「お日中(にっちゅう)」の法要がお勤まりになります。これを「初日中(しょにっちゅう)」といいます。
この「逮夜」「晨朝」「日中」を1サイクルとして3回、これを3昼夜というものだと私は了解しています。
21日の初日中の法要に引き続いて、午後1時30分からは「中逮夜」の法要がはじまります。同じように翌朝に「晨朝」、「中日中(ちゅうにっちゅう)」の法要が勤められます。
続いて最後のサイクルとなるのですが、このサイクルを「結願(けちがん)」といいます。22日の中日中のあとに勤まる逮夜の法要は「結願逮夜(けちがんたいや)」。23日の晨朝法要は「結願晨朝(けちがんじんちょう)」、そして結びの法要が「結願日中(けちがんにっちゅう)」となります。
この結願日中の法要がお勤まりになることで、すべての「座」を「満たす」ということで「ご満座」ともいいます。
報恩講執行中はこれだけでなく、合唱団による讃歌を中心とした「音楽法要」や子ども報恩講、21日の夜は「初夜」の勤めのあと親鸞聖人の御生涯が記された「御伝鈔」が拝読されるなど、報恩講期間中はさまざまなカタチで親鸞聖人の仏法に触れる場が開かれています。
また、期間中は毎日、教区内外の布教師による法話があります。
法要は教区内の大谷派寺院の法中(ほっちゅう)によって勤められます。主に声を出してお勤めされるのは「声明(しょうみょう)」の専門の方々でありますが・・・。約1時間の逮夜・日中の法要中、声も出さずに座っているのは正直なところ肉体的にきついモノがあります。それは、三重教区各地からお参りされる方々、特に団体参拝というカタチで遠路バスでお参りされる参詣の方々も同じことでしょう。
ちなみに私は、22日の中日中、結願逮夜の法要にお参りさせていただいたのですが、どうしてこのような次第と細やかな作法で長々と勤められるのだろうかという疑問から、親鸞聖人の御示寂以来の伝統を感じました。
それは、なかなか言葉で伝えようとしても伝えきれない事柄です。どうか常照寺の報恩講(2007年1月27・28日)へ、また別院の報恩講へ、そして真宗本廟の報恩講に直に足を運んでいただいてその伝統に触れていただきたいと思います。

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現代的障子貼

2006年12月21日 | ブログ

歳末のひととき。お寺の庫裡の障子の貼り替えをしました。といっても一部だけでありますが・・・。
お寺には1歳5ヶ月の息子と、子ども同様のネコがおります。
そしてお寺には、たくさんの障子と襖があります。
この物理的条件が揃えば必然的に障子や襖がボロボロになります。
このボロボロになった障子を坊守(妻)と分業しながら貼り替えました。
分業制なのはどちらかが子どもの相手をしなければならないからです。
まず、ボロボロになった古い障子紙を剥がしていくのですが、私の古い記憶では障子の桟を表に出して水洗いをする光景を思い出します。水洗いしてこびりついた糊を剥がしていくためなのですが、時代が変わりました。
坊守がホームセンターで求めてきたのは名づけて「障子紙剥がし液」。これをシュッとすれば紙がきれいに剥がせます。しかも絞った雑巾で桟に残った糊を拭き取ればあとは新しい紙を貼っていくだけ。障子の枠を、一日乾かすという手間がなくなりました。
次に、糊づけをするのですが、ここでも驚きのグッズが登場します。
「障子貼り用両面テープ」。桟の幅に応じたテープを桟に貼っていきます。
糊づけのときのように貼ったはずの紙がずれたりしませんし、糊が薄くて剥げてしまうこともありません。
あとは紙を貼って上下左右の余分の紙を切り取って完成です。
ところで両面テープにしたのには大きな理由があります。それは紙の質です。
ネコの爪や、子どもの舐めた指がズボッと入らないような紙を探したところ、ありました。「プラスチック障子紙」。この紙を貼ろうとすると通常の糊では弱いのです。心配だったのは、今度貼り替えるときに接着の強力なテープを剥がすときのこと。しかし心配はいらぬようです。水洗いをするでもなく、ドライヤーで熱をあてながら紙ごと剥がせると、説明書きには記されていました。やってみるまで分かりませんが・・・。
とにかく、作業の途中で孝行息子が昼寝という「お手伝い」をしてくれたこともあり、2時間ほどで6枚の障子の貼り替えが終了しました。
暖かくした部屋で手を冷たい水につけることもなく「便利なもんだな」とか言いながらの作業でしたが、寒い日の晴れた日に何日も時間をかけて貼り替えた時代を思えば、何か達成感というか、物足りなささえ感じてしまいました。
かつてすべての障子が取り去られて広々とした部屋の畳を上げて埃をはたいて・・・。それは同時にこころの埃をはたき出して、新年を迎えるこころの準備をする時間だったのかも知れません。
どこまでも便利なものを求めてなお、「楽」をしたい私であります。

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