遊煩悩林

住職のつぶやき

真宗入門講座 第2回 釈尊に学ぶ

2007年03月27日 | ブログ

真宗入門講座(壮年特別伝道)の第2回目の本講座が彼岸の明けた25日、常照寺にて開催されました。
今回は「釈尊に学ぶ」をテーマに、講師の尾畑文正同朋大学教授から、お釈迦さまの「四門出遊」のエピソードを中心に「生老病死する生命」についてお話をいただき、参加者らと話し合いをしました。
釈尊の「四門出遊」のエピソードとは次のようなお話です。

カビラ城の王子であった出家前の釈尊「シッダールタ」はある日、従者をともなってお城の東門から出かけました。路上で、やせ細って腰が曲がり、杖をつきながら、よろよろと歩いている老人を見かけました。
「あれは何か?」とシッダールタは従者にたずね、従者は答えます。
「老人でございます」
「老人とは何か?」
「はい、誰でも年を取るとあのような姿の老人になります」
「従者よ、お前も老人になるのか?」
「はい、さようでございます」
「この私もやがては老人になるのか?」
「はい、さようでございます」
それを聞いてシッダールタは深く物思いに沈み、城へ帰りました。
また、別の日に南の門から出かけ、今度は病気の人を見かけます。老人を見た時と同じような問答を従者と交わして、シッダールタは深く物思いに沈み、城へ帰ります。
また次の機会に西の門から出かけた時には葬送の列に出くわし、また同じような問答をかわして、彼は深く物思いに沈み、城へ帰りました。
そして北の門から出た時に、道を求めて出家した修行者の神々しい姿に心を打たれ、そのことがシッダールタの出家の動機となったと伝えられています。

尾畑先生はこの四門出遊のお話の背景として、釈尊が過ごしていた国家、つまり城内は古来からのカースト制度による差別社会であり、その門外、つまり城外で出会った「老人」や「病人」は、このカーストヒンドゥー社会にも属さないアウトカースト(不可触民)であったことを強調されます。さらに「病人」についてもたんなる「病人」でなくハンセン病に代表される差別的に扱われてきた病人であったのではないかといわれます。

このような背景をふまえて、若き日の釈尊は決して老病死をひとごととはしなかったということがポイントです。シッダールタは季節ごとに快適に過ごすための別 々の宮殿を与えられ、多くの献身的な美女に囲まれて毎日を過ごすという想像を絶するほどの裕福な生活を送っている中で、みすぼらし い老人や哀れな病人の姿を見て、それを釈尊は自分自身の問題としてとらえたのです。ここに仏教の根本的な視座があります。
裕 福な人は貧しいことを他人事とし、若者は老人には無関心、健康な者は病気や死を忌み嫌う、それが現代に生きる私の根本的な姿であり、そういう所に現代 の多くの課題がひそんでいるのではないでしょうか。
維摩経に「衆生病むがゆえにわれまた病む」という言葉があります。皆 が苦しんでいるから私も苦しい、ということです。「苦しんでいる人が一人でもいる限り私の苦しみは終わらない」ということです。私たちのさまざまな 苦しみを釈尊が「我がこと」として、その苦しみから解放される法を説いて下さっているのです。

私たちは家庭や地域、会社などの社会的環境の中で「束縛の身」を生きていると尾畑先生は表現されます。この束縛を破って出家された釈尊を英雄的に讃えるのではなく、「束縛の身」を生きる中で必要な視座を教えに求めることが私たちの勤めでありましょう。

本講座の開催された25日の朝、能登半島で大きな地震がありました。連日報道されるニュースに「こっちでなくてよかった」とか「向こうは大変だな」と、言葉にはしなくても人ごとにしかできない私の姿が照らし出されてきます。石川県、とくに能登には多くの真宗の寺院もあります。倒壊した寺院や、お内仏が潰されたご門徒などの映像もありました。同じ念仏をいただくものにとってこの現実をどういただいていくのか問われています。

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こころのひっかかり

2007年03月23日 | ブログ

さて彼岸会の荒山信先生の法話の中で、私の心に引っかかっているのは

「現代人」は『自力』で生きようとしている」
「人生が退屈なのは、『発見(気付き)』がないからだ」
「あなたの願いは何ですか?」
「生まれてきたことの意味」
「『果』で見ず 『因』で見よ」

といったことばたちです。
「現代人は自力で生きようとしている」というのは、それは何も「自力」という「力」があるわけでなく、あくまでも「こころ」である、と。「何でも自分でやっていける」というこころが「自力」なのです。それが他人に世話になることを嫌い、それがまた「自分は他人に何の迷惑もかけてない」などという慢心なのだと感じられてきます。「生きる」ということは、「人の世話になること」です。迷惑をかけずには生きられないのが私たちの姿でしょう。そのことに気付いてこそ、無量のはたらきである「他力」に支えられて生きていることが実感されてくるのです。
「仏法を聞く」ということは「気付く」ということ、「気付かさせていただく」のだ、それは「発見」するということだと、先生はいいます。「人生が退屈なのは『気付き』『発見』がないからだ」と。それは逆にいえば「『発見』のない人生は退屈だ」ということです。退屈しのぎの念仏の教えではないですが、念仏は私たちが如来の願いに気付いて、目覚めてほしいという呼び声なのでしょう。
「如来の願い」とは「凡夫を浄土に生まれさせたい」とのこころです。「凡夫は『駄目なもの』とか『どうしようもない者』ではなく『呼びかけられている者』『願われている者』である」と先生は表現されます。
では、「如来から願われてある者」として「あなたの願いは何ですか?」という問いを提起いただきました。私は何を最たる願いとして今生きているかということです。私の願い、それを全部数え出せばキリがないですが、「あれもこれもというのではなく、このことひとつという願い」それはなんだろうか?と。
先生はこういわれました。「浄土を求めるために生まれたんだ」と。私が生まれてきたことの意味は「浄土」を求めるためなのです。私たちの願い、それは究極すれば「浄土なる世界」を求めることにある。それは逆にいえば迷いと濁りの現実にあって「浄土を求めずにおれない」のが私たちの姿であるということです。如来からの信頼を感じることばです。しかしながら、現実の欲や怒りなどの雑音によって、その願いがなかなか自分のものとして実感できないのが、現代に生きるところのこころの闇であります。
そんな現実にあって、人間の関わりの中における大事な視点として「『果』で見るのではなく、『因』で見る」という仏の眼を教えられます。常日ごろ、自分の都合に照らして「人」を「役に立つ人」「立たない人」、「頼れる人」「頼れない人」などと選別して、その人の「果」、つまり実績や成績などの結果ばかり見て評価している私たちですが、そうではなく「因」を見よ、と。たとえば、何を縁にどうなっていくだろうかという視点です。そこに「私」がどんなご縁となっているのかという関わりと、関係を問う姿勢が生まれてきます。
「私」自身を問わず、人を評価し続けるじぶんの姿が仏法によって照らされてきます。そして彼岸のお中日が、この私の「姿」を知らしめるための法座であったことに気付かされます。なかなか自覚することができない「私」のあり方が教えられる法語を最後に先生が紹介して下さいました。そこから「人間になれ!」との無言の呼びかけを聞かせていただいたような気がします。

あれは嫌い
これは駄目
あいつは困る 
こいつは・・・
と切り続ける
私はどうも
ハサミのようだ

 平野 修

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彼岸会 勤修

2007年03月22日 | ブログ

彼岸のお中日、常照寺の彼岸会をご門徒らとともにお勤めさせていただきました。
(彼岸会の写真を常照寺のホームページに公開しています http://www17.ocn.ne.jp/~jyosyoji/events/
彼岸会では例年のように、名古屋から惠林寺住職の荒山信先生にお越しいただいて法話をいただきました。
荒山先生におかれては、午前中に名古屋市内のお寺さんの彼岸会での法話後、常照寺の彼岸会にやってきてくれました。
荒山先生はまた、東京の真宗会館の日曜礼拝でもご法話をされておられます。
(真宗会館ホームページ http://www.prati.info/
日曜や春秋の彼岸の祝日(春分・秋分の日)は、ほとんど布教に歩かれる先生ですので気になってお尋ねしました。ご門徒さんは「彼岸の中日に住職はどこに行っとるんや?」なんてことはおっしゃいませんか?と。「惠林寺のご門徒は、先代の頃から説教に歩くことを良く理解してくれていますのでご心配なく」とのことでした。ご自坊を離れて毎年春の彼岸のお中日に常照寺にお越しいただくことは、惠林寺のご門徒の皆さんの理解の上に成り立っています。
せっかく常照寺の彼岸にわざわざ法話に来て下さっておられるのですから、お迎えする私たちもこの仏縁を大切に受けとめていかねばなりません。
毎年たくさんの話題を抱えてきて下さる先生には、「4時頃をめどにお話し下さい」とご依頼申し上げたのですが、5時までしっかりとお話下さいました。
「話があっちこっちして申し訳ないです」「ですが、参詣の方に何かひとつでいいので『こころに引っかかり』をもってもらえれば・・・」と申されます。
おかげさまでお話を聞かせていただくスタンスができつつあります。
いくつかの「引っかかり」を点として、点と点を結んでいくときに感じられてくる事柄があります。先生は決してこちらが「なるほど分かった!」という話はされません。「問題提起ばかりで・・・法話というよりも感話になってしまって・・・」と謙虚におっしゃられます。「しかし真宗の教えにはどこまでも答えがない。『問い』『考えつづける』しかない」とも申されます。
彼岸にあってお寺に足を運び、仏法の話に「私」を問う課題をいただくのです。この課題と視点を受け取り問い学んでいくこと、これが真宗門徒の姿なのでしょう。

つづく

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無限と無量

2007年03月18日 | ブログ

春分の日は太陽が真西に沈むことから、この方角に向かって「西方10万億土」の彼方にある阿弥陀如来の極楽浄土に礼拝するというのが、春分の日を中日としてその前後3日間を「彼岸」と呼び慣わしてきた仏教の伝統です。ある方角を定めて信仰を表現するとなると、なんだか節分の「恵方巻」とごちゃまぜになってしまう恐れがあります。真宗では彼岸の1週間は聞法週間です。「いのち」の教えを聞くときなのです。
ところでお釈迦さまが「浄土」を「西方」といわれたのは、皆が同じ方向に向かうためでありましょう。「西に向かって礼拝する」のは身体的行為ですが、それは浄土に向かう「こころ」の向きです。極楽浄土に往生していくことを願うこころを、行為に表したときに「西に向かう」という姿になるのです。
また「10万億土」と説かれたのは「無量」を表現するためなのでしょう。「無量」は、私たちの知恵では量ることができないということです。浄土真宗のご本尊は阿弥陀如来ですが、阿弥陀如来はまた「無量寿如来」とも表現されます。

さて一昨日、桑名別院にて「御遠忌テーマ学習会」が開催されました。2011年にお迎えする宗祖親鸞聖人の750回御遠忌に向けて発表された御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」ということばをどのように受けとめていくのかということを学ぶ学習会でした。真宗大谷派教学研究所の所長である小川一乗先生をご講師に2時間近くお話をいただきました。小川先生の専門は仏教学ということもあり、仏教学的な立場からこのテーマにアプローチされた内容でありましたので、どこか大学の講義に似たような雰囲気を感じました。専門的で難しい内容もありましたが、このテーマに対して私自身の中ではっきりしていなかったことがひとつ明確になったような気がします。
それは「今、いのちがあなたを生きている」といったときの「いのち」についてです。この「いのち」ははたして私の生物学的な生命なのか、如来のいのちなのか。テーマが発表されてからずっとこの両方を含んだ「いのち」を表現しているのだろうと曖昧に考えていました。それは、私の誤った浄土の解釈によるものでした。「浄土」は私たちの世俗的な生命の集合体だと、こころのどこかで考えていたのです。私たちの生命のどこか延長線にある世界かのように浄土をとらえていたのです。
しかし「いのち」といったときに仏教学の立場からは、生物学的な「生命」を意味することはないのだそうです。仏教で「いのち」といえば「寿命」のことなのです。仏教には「生命」ということばがないのです。
考えてみれば、仏教では「生」と「死」を切り離して考えることはありません。「生まれた」ということも「生きる」ということも「死ぬ」ということと表裏の関係にあるとして「生死」と表現します。その生まれてから死ぬまでのことを「寿命」というわけです。
阿弥陀如来のことを「無量寿如来」というのは「寿命が量りない如来」ということです。にもかかわらず私は「無量」を「無限」と解釈して、阿弥陀如来は無限に生き続ける如来だと勘違いをしていたわけです。ですから、私の誤解は自分のいのちはあくまでも有限だけれども、「死」を縁にして無限の世界である浄土に還っていくことで永遠のいのちとつながっているのだと錯覚していたのです。その意味では「葉っぱのフレディ」も「千の風になって」のフレーズもどこか「死んでも生き続ける」的な錯覚を促すおそれがあるともいわれます。「死」をごまかさずに問うていくことの大切さを改めて教えられます。
無量寿は「無限の寿命」ではなかったのです。阿弥陀如来は救わずにはおれない存在がある限り存在しつづけるのであって、救われなければならない存在がなければ存在しないのです。その意味では、阿弥陀如来も有限的存在なのでした。また浄土は阿弥陀如来の世界ですから、「浄土」のはたらきによって救われるものがある限り存在し、この世でさとりを得たものには必要がない世界なのです。ですから「浄土」は、「死」を界にした生命の延長にあるのではなく、今生きているもののための世界なのです。だから同様に「無量」であって「無限」ではないのです。
では「無量」はどういう意味かといえば、「はかりない」、つまり「量ることができない」ということです。「どのくらい」とか「いつまで」とかというわたしたちの「ものさし」が通用しないということです。つまり寿命が「このくらい」なのか「いつまで」なのか「わからない」ということです。阿弥陀如来の寿命は誰にも「わからない」のです。
「いのちがあなたを生きている」というテーマの「いのち」は、私の生物学的な「生命」のことではなく、如来の無量の寿命のことであるというのが仏教学的なこのテーマに対する立場です。では、如来のいのちは何によるかといえば「救わずにはおれない」という本願、大慈悲によるものですから、このテーマは言い換えれば「今、大悲(本願)が私を生きている」ということになります。ですが、なかなかこのことに気がつくことができない私だからこそ「あなたを生きている」という、親鸞聖人からの呼びかけとしてテーマをいただいているのです。
また「今、いのちがあなたを生きている」の「今」とは、阿弥陀如来の本願によって「生きている」のでなく「生かされている」ということに頷いた瞬間が「今」と表現されているといわれます。如来の慈悲の中に生きている実感が「今、いのちがあなたを生きている」という呼び声となってくるのだということです。
さてさて、それが頭の中では理解できたとしても、こころから了解するのは「今」すぐというわけにはいかないようです。こうした理解をさらに深めるために、来る宗祖の御遠忌に向けてそれにつながっていく時間としてこの彼岸を過ごしたいと思います。

2007年321日(春分の日)

彼岸会

の法座 午後2時 読経
法話(名古屋教区惠林寺住職)荒山 信 先生

の法座 午後7時 読経
ビデオ学習

ご参詣をお待ちしています。

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編集会議

2007年03月13日 | ブログ

昨日、同関協だよりの編集会議に京都へ出かけました。小雪が舞うほど寒く、お花見にはもうしばらくといったところでしょうか。
6月発行予定の同関協だよりは第39号。次号のメインは4月に開催される熊本での現地研修の記事になります。
同関協(真宗大谷派同和関係寺院協議会)は、毎年全国各地の被差別部落に身を運んで、その地の歴史と現状を学ぶとともに、地元の人びとや関係者との交流と意見交換をとおして、部落差別問題の理解を深めて課題の共有をはかることを目的に現地研修を行っています。
今年は4月24-25日の日程で熊本空港より50分、JR熊本駅より1時間半のところにある60戸余の小さな部落を訪ねることになっています。

この部落には「暮れ葬」と言い伝えて来たことがあります。人が亡くなると往復3日がかりで連絡に行かなければならない所に手次の寺があったといわれます。それでもお坊さんが来てくれればいい方で、来られない場合は、仕方なく夕方から「ムラ人」達だけで葬っていたといいます。お坊さんのいない葬式を「ムラ人」たちは「ムラ葬」と呼んでいました。また、お経ひとついただけず、夕暮を待ってひそかに埋葬することを「暮れ葬」と呼んでいました。
この町のどの寺も「被差別部落の人間」を檀家に入れていません。道をひとつ隔てて、天台宗と浄土真宗の寺もあるというのに、そこに宗教的な差別の事実と歴史を感じずにはおれません。
「ムラの人」たちは、宗祖親鸞聖人の教えを信じる門徒で、その苦渋と血のにじみ出る解放の叫びを、教団においては同和関係寺院協議会との縁を通して、有り難い出会いをいただいています。
今回の現地研修では築城400年、支配と差別の歴史でもあろう加藤清正が建てた熊本城に立ち寄り、熊本空港から阿蘇山の南側を通り現地へと入ります。
フィールドワークと解放運動に取り組まれてきた方々から地域における差別の実態と闘いの歴史の聞き取りなどを計画をしています。(同関協だより第38号より)

また、せっかく熊本に足を運ぶのだからということで25-26日は水俣に場所を移して「水俣病差別」を学ぶ時間が設けられています。
そこで、次号の同関協だよりのメインはあくまでも「ムラの現状に学ぶ」ことですが、プラス「水俣病差別」について一考するページを設けることになりました。
ところで当初の心配は、熊本駅午後1時集合に果たして間に合うかという問題でした。どこかで前泊するとなると水俣を含めて3泊もの間、お寺を明けるわけにはいかないと思っていたのですが、昨日本山の宗務所を訪ねると推進本部の方がちゃんと調べておいてくれました。「当日5時23分発の電車に乗れば間に合うよ」と・・・。
ということで、来月は2泊3日で「ムラ」と「水俣」を訪ねたいと思います。ご報告は同関協だより39号と、このブログで・・・。
追伸 仲間の編集員と飲み過ぎ、乗り換え乗り換えのあげく終電での帰宅・・・。ちなみに伊勢から熊本までは7時間の乗車だとか・・・。

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