遊煩悩林

住職のつぶやき

まぁいっかい参ってみぃ

2017年11月05日 | ブログ

さて報恩講のシーズンです。

といっても常照寺のご門徒のなかには、「報恩講」と書いても「なんて読むの?」という感じの方もいらっしゃるのでないかと思います。

決してお手次の住職として威張れることではないですし、真宗僧侶としての怠慢でございましょう。

ご本山の方針によると「帰敬式受式と報恩講の勤修と参拝に帰結する寺院活動における重点的な取り組み」として「帰敬式法座」の展開をはかるといいます。

さて、ご門徒にはまた謎のキーワード。「帰敬式」

「ききょうしき」と読みます。

ちなみに「報恩講」は「ほうおんこう」です。

帰敬式と報恩講は、真宗門徒を自覚する上において非常に重たいことがらです。

ただしかし、私の身のまわりの現状を冷静に見ますると、その「真宗門徒」ということが「わからない」状況にあると思います。

「お前は分かっとるんか」と言われると・・・ですが。

世間さまの信仰感覚は、あいかわらず「ウチはホトケさん」という認識がもっぱらなような気がします。

「ウチはホトケさん」というのは、決して仏教徒の自覚を立ててではなく、「ウチはカミ(神)さん」という方に対してのことばです。

そこでです。

そろそろ年末に発行する「寺報」の原稿にとりかかろうと思うとき、ご本山(宗派)の方針に置いてきぼりにならないように、まず「帰敬式」を知っていただける、そして少しでも関心を寄せていだだけるよう、「帰敬式- おかみそり -」にテーマを絞ってみようかと。。

仏教徒であるということの自覚。真宗門徒であるということの自覚。

この自覚をいかに促すことができるか。それはいかに私自身がその自覚に立っているかのことだと思います。

 

如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
ほねをくだきても謝すべし

宗祖のご命日である報恩講の月に際して、この恩徳讃の

骨を砕きても謝すべし

とお寺の掲示板に挙げました。

骨を砕くことも、謝すこともままならぬ我が身です。

 

「ウチはホトケさん」から一歩ずつ歩みを進めていきたいと思います。

「報恩講って何ですか」という問いに、怯むことなく「まぁいっかい参ってみぃ」と。

真宗本廟(東本願寺)2018「報恩講」http://www.higashihonganji.or.jp/houonkou/

コメント