遊煩悩林

住職のつぶやき

復興の名のもとに

2011年03月26日 | ブログ

福島第一原発が営業を開始してから今日でちょうど40年といいます。http://ja.wikipedia.org/wiki/福島第一原子力発電所
戦後「復興」をスローガンにやってきて、復興を超えてその延長線でもっともっとと発展を目指してきたことで失ったことの重大さに否が応でも目を向けさせられます。
「復興」の名のもとに私たちは大事なことを捨ててきた、「ひとつになろう」というスローガンによってその危険性を指摘するマイノリティを排除してきたことを教訓的に受けとめるべきかもしれません。
戦後復興を超えて、生まれた時からすでに原子力の「恩恵」にあった私こそ「原子力教」の信者であったのです。
窮地に立って「節電」「節電」と口々にすること自体がまさしく「原子力教団」の信徒ではないかと思ったのです。その脅威に曝されながら、それでもその力なくしては「もとの生活」が営めないという脅迫に似た思いが節電思考なのではないかと。もちろん「節電」自体は誰にでもできる「善意」ですが、それは電力を失って苦しんでいる被災者への罪の意識といってもいいのでしょう。ただその根底が脱原子力でなく、電力不足ということであれば、それはこれからもその力に依存していく志向に過ぎません。
原子力の発電量は日本の電力の3割に満たないといいます。何度聞いても「えっ?」と思います。これまで脱原子力を訴えてこられた方に耳を傾けることもなく、日本の電力のほとんどは原子力に依存しているイメージがあったわけです。私だけではなく、原子力がなければ私たちの生活が成り立たないというイメージが、40年前に原発が完成したときには、復興から発展への名のもとにすでに出来上がっていたことに思い至ります。原子力の代名詞として快適、便利というイメージを私たちは信じて疑わなかったということです。
節電!節電!と頑張ろうにも頑張れない罪の意識に、実はそれは原子力を肯定し、今後も依存していこうとするレトリックに絡めとられているのではないかと思ったのです。
40年目を迎えた原発の姿を未及ぶに至って、外壁に描かれた空と雲をイメージした建屋とその内部の構造が剥き出しになった画像のコントラストがそれを物語っています。
あの外壁が発信するイメージとその内部。しかもその外壁が剥がれて内部がこれだけ明確にされても、それでもなおそれを信じていこうとする意固地さというか頑固さというか、自分の非を認めたくない往生際の悪さというか、可能性を信じる姿というか、それをすべて自分自身の中に見せらているような気がします。
さらに思いをはせれば、福島県産の野菜だけでなく今後、三陸沖で水揚げされた近海魚や、宮城から稚貝を求めるという的矢の牡蠣を遠ざけていこうとする自分自身の姿が容易に想像できることが情けなく思うのと同時に、それでも開き直っていこうとするのは原子力教の信者のまぎれもない姿です。
それに変わるエネルギーの模索が今後急ピッチですすむことになりますが、それはこれまでに手に入れてきた便利で快適という生活を改めようとすることのない姿です。
なぜなら、単純に家庭や会社で3割の節電が達成されればいいだけにもかかわらず、それでも便座を保温しておきたいと思う私なのですから。

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娑婆

2011年03月25日 | ブログ

「娑婆」はサンスクリット(梵語)の「サハー」を音写したことばです。
音写というのは、インドのことばで発音された「サハー」を、中国の漢字に置き換えたということです。
漢文による漢字で日本に仏教が伝わりましたから、インドの「サハー」が「娑婆」と表記されて伝来されてきました。
いま私たちは「しゃば」と発音していますが、もとは古代インドの「サハー」ということばを使っているということになります。
「南無阿弥陀仏」というお念仏もまた同じで、サンスクリットの「ナマス」と「アミタ」を漢字で表記したことばです。
ですから、私たちが仏教を学ぶときはその意とするところを味わうということがなければなりません。
24日の常照寺の彼岸会。東本願寺教導の荒山信(名古屋市恵林寺住職)先生は、涅槃経を引かれて「娑婆即堪忍土」、つまり「娑婆というのは堪忍土だよ」と易しく教えていただきました。
「サハー」つまり「娑婆」は「堪忍土」であると。「堪え忍ぶ世界」を娑婆というのです。「忍耐」とか「辛抱」とか「我慢」を意味する日本語の「堪忍」は、この「サハー」がルーツです。
忍耐も辛抱も我慢も、いずれも意図するところは「苦」でしょう。すべて思いどおりにいかない状態をいうのですから苦です。
娑婆という世界は「苦」であると。娑婆は私たちが生きている世界ですが、そこに生まれてきたということは、苦の世界に生まれてきた、その苦を背負っていくということに生きるということの意味があり、さらにはその苦から離れるということが「死」ということです。
思いどおりにならないことを何とか思いどおりにしようとするのが私ですから、余計にもがき苦しんでいくのでしょう。思いどおりにならないことは思いどおりにならないと引き受けていくことがナムアミダブツです。
思いどおりにならないことを思いどおりにしようとしていたんだなぁと気がつくということが意味のあることなんだと思います。
つまりこの世が堪忍土であることを知る、そこに生きているということを自覚するということです。
しかしそれは自覚といっても決して自分の力で覚ることはできません。その覚りは、何でも思いどおりにしないと気がすまない私のところから生まれる覚りではありません。
では、そのお覚りの智慧はどこから来ているのか。
堪忍土に対して「寂光土」といいます。浄土真宗ではあまり馴染みのない表現かもしれませんが人間の知恵を超えた智慧と慈悲の光の世界を意味しています。親鸞は阿弥陀仏の極楽浄土を「無量光明土」ともよんでいます。
私たちは思いどおりにならない現実を自ら生きることをとおして、思いどおりにならないことを肯定する世界として如来の世界を求めると考えてしまいます。要するに、思いどおりにいかなかった人が慰められていく世界が仏教であったり宗教の世界だと。それはまさに自力、自分の力を頼り信じていく小さな、いわば世間を出ることのない発想です。思いどおりになることが真実だと錯覚している姿といってもいいでしょう。
思いどおりにならないのが真実です。思いどおりになっていると思っていても実はそれは周囲の「堪忍」によって成り立っているにすぎません。実は思いどおりにならないこと自体は「苦」ではない、それが真実です。その真実に逆らって、何とか思いどおりにしようとするところに「苦」が生ずるのでしょう。
ですから、思いどおりにはなりませんという真実がまずあって、その覚りによって私の姿が知らされてくるのです。
世間では、自力の慰めに宗教を利用しようとしますが、世間を超越した他力によって真の理を知らされることで、思いどおりにしようとする苦しみを引き受けていけるような人間に育てられるのでしょう。
彼岸は「彼の岸」ですが、彼の岸は「極楽浄土」であり「無量光明土」です。その覚りの境地から眺めたときにはじめてこちら側、此の岸「此岸」が「娑婆」であった、つまり堪忍土であったと知らされるのです。

彼岸=極楽浄土=無量光明土
此岸=娑婆=堪忍土

私たちは世間を出なくてはなりません。世間の発想だと人間が互いに貴賎、浄穢、優劣、上下、善悪、勝敗をつけて差別していきます。荒山先生の言葉を借りれば、「レッテルばっかり貼っている」のです。
世間を超えた真実の世界を「彼岸」といただくことによって、はじめて私たちは此岸に生まれ、生きている場所を知ることができます。
誤解を恐れずにいえば、人間だけでは平等は成り立たないのだと思います。いのちの平等性とは、人間を超えた真実からの眼によるのでしょう。

さて、そのことをふまえて

このような凄惨な事故を生み出す原子力発電所に頼る生活を営んて?おりますのは、ほかならない私たちて?あります。あらためて、一人ひとりか?、原子力に依存する現代生活の方向というものを、考え直さなけれは?なりません。進歩発展を疑ってもみない私たちの日こ?ろの心の無明性を、厳しく教えてくた?さるものは、如来の「はたらき」をおいて他にこ?さ?いません。
今回の激甚災害により、「念仏の教え」から私たち自身か?問われています。親鸞聖人か?顕かにされた浄土真宗を、私たちは、はたしてと?のように受けとめてきたのか。そして、いかに自身の生き様として証していくのか、と。
私たちは、自らの生活のありようを振り返り、現代という時代状況を作っている一人の人間として、この現実を引き受ける責任か?あります。いかに厳しくとも、現実を身の事実として引き受け、歩まねは?なりません。
今、私たちは、何をなさねは?ならないのて?ありましょうか。 この「つと?い」において、重ねて、親鸞聖人のお声に耳を傾けたいと思います。

という、「被災者支援のつどい」で述べられたことば被災者支援のつどいパンフレットを改めて読み返し、彼岸からの声を聞き続けながら現実を引き受けて堪忍土を歩んでいくことが、生き残った者の生きる使命ではないかと感じます。そしてそれをどこまで実践していけるかどうかがまた、彼岸から問われ続けるのです。

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亡き人をどこに見出すか

2011年03月23日 | ブログ

春の彼岸会を勤修します。

彼の岸を「冥土」や「黄泉の国」ではなく「極楽浄土」と受けとめて、「生き残った者」として「生きる方向」と「生きる意味」を確かめたいと思います。

法要懇志の一部を被災地の救援金に充てさせていただきたいと思います。

2011

 

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支援のこころ

2011年03月22日 | ブログ

京都東本願寺で3月19日から28日までの期間に厳修される予定だった宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要の第一期法要を取り止めて行われている、東北地方太平洋沖地震災害「被災者支援のつどい」。彼岸のお中日、常照寺からバス1台でお参りさせていただきました。
「つどい」に参加して、そこで感じたことを自分なりにここに記しておこうと思っていたのですが・・・。

東本願寺到着後、参加者のお一人が持病の発作を起こして救急搬送される事態になり、引率者として救急車に乗って病院へ向かい、「つどい」の場に座することはできませんでした。

こんなことがありました。
病院で意識を取り戻されたご門徒が「ご迷惑をかけて申し訳ありません」とひたすら詫びられたあと、「迷惑ついでにもうひとつお願いしたいことがあるの」と。
ハンドバックから「ふくさ」を探してほしいというので、それを見つけ出すと、東本願寺の「救援金の懇志窓口に納めてきてほしい」といわれました。中身を改めさせてもらうと、ふくさの中の封筒には聖徳太子の絵姿が刷られたお札が入っていました。
「私のヘソクリなの」
「救援金は今日の団体参拝の参加費からも徴収してますから」と伝えたのですが、「それはそれ、これはこれ」「私の自己満足なんだけどお願い」ということでお預かりしました。それはただの「金銭」としてだけではなく、被災地に向けての彼女なりの大切なメッセージが込められていたのでした。
「福沢さん(の思想)では駄目なの、(聖徳)太子さまが好きなの」
重い病を抱えられても「生きるよろこび」を感じられるのは、親鸞さまのお念仏のおかげであって、それに出遇えたのも古く飛鳥の時代に仏教を尊ばれた聖徳太子がおられたからだとおっしゃっておられるのだと感じました。
そして「お金」だけでなくて、同時に仏教のこころを届けたいという想いを。
現実は、電算処理されて「数字」が移動し、その数字が救援に資することになるのですが、そう思えば彼女のメッセージは、それを預かり届けようとする者への激励でもありました。
「お金を集めて届けるだけじゃ駄目よ。一番大切なことを届けてね」というサインだと受けとめました。同時にそのサインは、大切なことを人に伝え届けるには、まず自分がその大切なことを知り確かめないといけないという厳しいご指摘でもあります。
そのお札に込められた想いを、まず私自身が受けとめ、昨日の「つどい」に集まった数千人の中のたったお一人のおこころではありますが、ここに記してささやかながら発信しておきたいと思います。

東本願寺の救護室の皆さん、武田病院の医師・看護士の皆さん、それと、うっかり救護室に忘れた彼女の靴を持って病院まで走ってくれた東本願寺のスタッフ、また、名鉄観光の皆さんには迅速な対応をしていただきました。

昨日、病院に残してきた彼女が今日、早速お寺を尋ねてきてくれました。
「支援のつもりが、逆にみんなに迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」といって明後日の常照寺彼岸会でどうぞと、ビールを2ケース自転車に積んで・・・。
「被災者支援のつどい」に引率者としてご門徒を連れて行ったつもりでしたが、実は自分が多くのご門徒に押し出されていたのでした。

何より御遠忌を楽しみにされ、それが中止になったにもかかわらず、今回の「支援のつどい」の趣旨をよく理解されていたのは彼女であり、その彼女によって「支援のこころ」を教えられたような気がします。彼女の発作は、それによる極度の緊張によるものかもしれませんが、それがなければ彼女が用意したお札の存在を知るすべもなかった手次の住職として羞恥の念を抱きます。 

「被災者支援のつどい」は今日、ご無礼ながらインターネットの配信にてお参りさせていただきました。http://www.higashihonganji.or.jp/goenki/video/ 

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被災者支援のつどい

2011年03月21日 | ブログ

東本願寺で開催されている東北地方太平洋沖地震「被災者支援のつどい」に向かいます。
インターネットでも映像が配信されます。
http://www.higashihonganji.or.jp/goenki/video/

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