遊煩悩林

住職のつぶやき

あかほんの赤

2014年09月28日 | ブログ

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  彼岸明け「岸」がまた遠くなり

秋のお彼岸を過ごさせていただきました。
この彼岸に学んだことを大切に、その覚りの「岸」を身近にいただきながら過ごしたいところですが、彼岸が明けた途端にまたその岸から遠ざかっていく感覚が否めません。
さて、23日のお中日。
伊勢やすらぎ公園内の常照寺の墓所にて、ご門徒の納骨式とこれまでに納骨された方々の追弔会をお勤めさせていただきました。
勤行に先立って、今年前住職の17回忌、前坊守の25回忌、前々坊守の13回忌を数えることを記念して改修を行った墓所の修繕完了の奉告式を執り行いました。
ご門徒各位におかれましては、時折、足をお運びいただけると幸いでございます。

さてさて、23日午後の常照寺彼岸会には、今年もご多忙の合間をぬって、また渋滞の合間をぬって名古屋東別院の名古屋教区教化センター主幹の荒山淳先生にお越しをいただいてご法話をたまわりました。
法話だけでなく、冒頭には竜笛による「越天楽」の生演奏、そして最後には渾身の「かみしばい」を披露いただきました。
お話の中でも、とくにご門徒らの印象に深かったのは、勤行本の表紙がなぜ「赤」色なのか、どうして「赤本(あかほん)」と呼ばれているのかについて。
お話は、赤本(勤行集)中の正信偈から曇鸞大師のエピソードが中心でしたが、赤本を手にされたご門徒のなかに、ふと畳の上に直にこの本を置かれた方がおいでになり、すかさず「お聖教を足で踏むところには置かないでください」と。ついでそのお心を述べてくださったのでした。
本願寺8代蓮如上人が、迫害から逃れて越前の吉崎御坊においでの頃、1474(文明6)年3月28日に発生した火事が御坊に燃え移った。上人は手元の聖教を風呂敷に包んで炎から逃れますが、親鸞聖人が顕された全6巻の『教行信証』の「証巻」がないことに気づいて、あわてて火中に戻ろうとされたといいます。法敬坊が上人を留めている間に本向坊了顕という僧が水をかぶって火の中に飛び込んでいきます。後日、焼け落ちた書院から死体で見つかった本向坊の腹部から布に包まれた「証巻」が出てきます。本向坊は、自らの腹を搔っ切って証巻の焼失を防いだのだ。赤本の赤はこの血の色なんだ、と。

さて、曇鸞大師のエピソードは、この教行信証に収められている

蟪蛄春秋を識らず、伊虫あに朱陽の節を知らんや

という言葉です。
蟪蛄はツクツクボウシ、つまり蝉です。わずか1週間あまりの命を生きるのに7年もの間、地中でその命をあたためる蝉。夏に生まれ夏に死んでいくのだから春も秋も知らないと、ある弟子がつぶやいたところ、曇鸞大師は「伊虫あに朱陽の節を知らんや」と述べたと言います。「伊虫」は「その虫(蝉)」「朱陽の節」は「夏」ですから、蝉は夏も知らないのだ、と。
夏に生まれ夏に死んでいく蝉が夏を知っているかというと、春も秋も知らないのに夏がわかるはずがないということです。
さて、私自身の身に引き比べてどうでしょうか。
何かわかったような気になっている自分です。全体や他との関係を抜きにして何かを知るということはない。
このような言葉を思い出しました。

外界や他者は自己を映す鏡である
高村薫

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供養の質

2014年09月21日 | ブログ

とある料理組合さまから「魚供養」なるご供養の打診をいただきました。
毎年どちらかのお寺でご供養をされておられるとのこと。
常照寺さんでもやっていただけるのか、というお問い合わせでした。
先日、家族葬でしたが猫のお弔いをした一人の住職としては、一蹴するわけにもいかず、お話を聞かせていただきました。
読経をお引き受けするのは簡単なことですが、「魚の供養をお願いします」と頼まれて、「はい、わかりましたお魚のご供養ですね」という大胆さを私は持ち合わせていませんので、ひと言付け加えさせていただきました。
組合の皆さま方の意に添えるかどうかわかりませんよ、と。
「供養」の質の問題です。
もし、組合の皆さまが魚のためのご供養だと思っていらっしゃるとしたら、常照寺でお勤めるするニュアンスと異なってきます。
もちろん贖罪の意識から、組合では魚のご供養がはじまっているのかもしれませんが、それをやることが、滅罪を目的にしているのであれば意に添うようなご供養はできない、と。
とにかく、ご縁があればお引き受けさせていただいて、組合の方々と丁寧に学んでいけたらと思います。
「学ぶ」とか面倒なことは避けたいということならば、私も仏法をお伝えする大切なチャンスを逃すことになるわけですが。
やはり、世間で「供養」という名のもとに行われている事柄をちゃんと整理しなくてはいけないなと思います。
ひいては、酒を飲んで「これが親父の供養や!」というところにまで行きついてしまう私でございますので。
「酒の肴」というくらいですから、何でも酒のネタにするのが私という生き物です。
その私を問うことなく「ご供養」と称していればそれはどこまでも自己満足に過ぎません。
聞けば、組合中でも実際に生きた魚を捌くことは減ってきているそうです。すでに死んだ魚を調理する方が圧倒的だと。それに対して生きた魚を調理する組合員の「殺生」の意識は高いのだと思います。
本当は、それら「いのち」を殺して調理する方々のその意識をご縁として、加工されて冷凍された「いのち」をただ調理する、そして「いのち」とも思わずに買って食べているだけの私自身がその供養に遇わなければならない超本人なのでした。
魚だけに限ったことではありませんが、魚を漁る人、調理する人の問題ではなく、売る人、買う人、すべて口に入る人のための生業です。他のいのちを喰ってじぶんのいのちにしているということにもっと思いを馳せなければなりません。
そんなことを問わさせることからスタートした秋のお彼岸です。
謹んで彼岸会のご案内を申し上げます。

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必死

2014年09月17日 | ブログ

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数週前、お寺の境内を勝手に縄張りにしている野良ネコが出産。3匹のチビたちが野良猫一家の新人として加わりました。
思えば2年前の9月に、同じ母ネコから生まれた当時の新人野良を、子どもたちの希望に応えて飼いはじめたのですが、言ってみればその弟妹です。
兄貴一匹だけ寺で飼われて、あとは野良のままという微妙な環境の中で、兄貴分の彼は、夜な夜な母ネコや弟たちを家に招き入れて食料を充てがってやっておったのでした。
その兄貴が、昨日未明に車にはねられて死んでしまいました。

寺には、12歳になる爺ネコ(この遊煩悩林の顔になっている)が、高齢なりに頑張っておりますが、まさに老少不定です。
爺ネコも状況を察してか、「ちゃんとしやなあかん!」とでも言いたげに寄り添っておりましたので、学校から帰ってくる子どもたちを待って、火葬してきました。

死の縁は無量です。生まれてしまった以上、死は必然。まさに「必死」。車社会ということばがありますが、事故の原因を自分たちが生み出している。
さて、残された弟たちの必死の姿。懸命、まさに「命を懸けて」生きる姿を見ていると、他人事ではないと思いました。
生きるために他を押しのけ、蹴落としながら懸命に命を長らえている我が身です。
他のいのちを奪い、喰らいしながら必死の生を過ごしている私。
いのちを”いただきます”と手を合わせるごとく、梵助♂2の葬儀を家族で勤めたいと思います。
境内で可愛がってくださった皆さまありがとうございました。

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続・お引越

2014年09月17日 | ブログ

ocnのサービス終了を受けて、ホームページのサーバーの引越に続きまして、ブログのお引越が完了しました。
新しいアドレスは次のとおりです。

http://blog.goo.ne.jp/ryoten-jyosyoji

旧アドレスにアクセスすれば転送されるそうですが、もし”ブックマーク”や”お気に入り”にしていただいている方がいらっしゃれば、ご面倒ですがご変更ください。
ところどころ記事やコメントが落ちてしまっていますが、今後とも「遊煩悩林 - 住職のつぶやき -」をよろしくお願いします。
ocnブログ人では2006年からつぶやいてきた「遊煩悩林」。
途中「アクセス解析」という機能が加わり、訪問者数が表示されるようになりましたが、先週「解析開始時からの通算アクセス数」が100135とカウントされていました。
たまたま検索に引っかかって”つぶやき”を目にされた方もいらっしゃると思いますが、しがない”つぶやき”を10万回どなたかが拾ってくださったことが、励みとなっています。
堂々と演説はできませんが、今後とも”つぶやき”つづけたいと思いますので拾っていただけると幸いです。
どうか今後ともこのブログ版「遊煩悩林」をよろしくお願いします。

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いやな汗とメモ

2014年09月08日 | ブログ

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「いのちを奪う原発」というテーマで開催された隣組の同朋大会。
実行委員長から「福島のこどもたちを三重へプロジェクト」http://booses.net/の活動報告をしてくれということで、日程中に貴重なお時間をいただきました。
本来ならプロジェクトの委員長もしくは副委員長が担当するところですが、それぞれご都合がつかず白羽の矢が刺さりました。
大会の講師はジャーナリストの鎌田慧さん。パネルディスカッションのパネリストは真宗大谷派教学研究所長をつとめた玉光順正さん、東本願寺解放運動推進本部の山内小夜子さん。そしてコーディネーターは宗議会議員の訓覇浩さんという先生方が見守って?いただくなかで、あまりよくない種類の汗をかきながらスライドショーを交えながら約20分、プロジェクトの報告とご支援のお呼びかけをさせていただきました。
会場となった松阪市の飯南産業文化センターのエントランスにはプロジェクトの特設ブースを設置いただき、たくさんのご支援をいただきました。
ご参加いただいた皆さま、実行委員の皆さま、南勢2組の皆さまありがとうございました。
さて、当日の朝、コーディネーターの訓覇氏と打ち合わせ。
午前は鎌田慧先生のご講演。午後1時30分からプロジェクトの報告に引き続いてパネルディスカッション。最後に質疑応答で、福島プロジェクトさんに振るから、パネルディスカッションを受けての感想や、プロジェクトの方向性、個人的なご意見を3分程度でお話しください、と。
活動報告は聞いてましたが、それは聞いてなかった・・・。
とにかく講演を聞き、昼食もろくに喉を通らないままプロジェクトの報告、汗を拭いながらディスカッションに耳を傾けつつ、与えられた3分間を埋める言葉を探しました。
ところが、です。まさか?の会場からの質疑が想定を上回り、閉会予定の4時を過ぎて閉会式となったのでした。
有り難いことに、再び変な汗をかかずに済んだわけですが、ただ手元に残ったのは、与えられた3分を埋めるメモ。
結局、世に出ることがなかった言葉をここにつぶやいておきたいとおもいます。

今朝の新聞2014.9.7中日新聞に、福島第一原発の汚染水と格闘する作業員の話題がありました。汚染水を凍らせる計画ですが、なかなか凍ってくれない汚染水を凍らせる作業のために24時間、4交代制で氷を投入し続けているというものです。別のページ(8面)には、(「空から見た汚染水問題のいま」と題して、航空写真にわかりやすいイラストで説明してある)作業員は「一日0.4ミリシーベルトも浴びてしまう」とありました。
今朝の鎌田先生のご講演、そして今のパネルディスカッションを伺って、「こうした被曝という犠牲を伴う原発を許す社会に、果たして私たちは耐えられるのか」という視点をいただきました。
自分や自分の子どもが被曝するんじゃないからといって黙って見過ごすならば、それは犠牲を是とする、つまり「被曝してもいい人」を生み出す差別社会といっていいのではないでしょうか。
また、先日は、自衛官の自殺率について、一般の人にくらべて1.5倍になっているという報道(2014.9.3中日新聞)がありましたが、やはり集団的自衛権の問題を含めて、やはりこうした「差別と犠牲のシステム」に耐えられない人間の現実をみたときに、この原発の問題を「人権問題」として見ていかなくてはならないと感じました。
人権問題は私たちにとって、宗教的課題といっても信心の課題といってもいいと思います。
今回の同朋大会のチラシにある「いのちのかがやく世界を」という鎌田先生のメッセージの冒頭に「いまほど、いのちが粗末にされている時代はない」「自殺者は少し前まで3万2千人を数えていた」とありますが、いったい誰が誰のいのちを粗末にしているのかと考えさせられました。
原発を許すということは、実はじぶんのいのちさえも粗末にしていくことに他ならないということでしょうか。犠牲を強いる社会に、悲鳴を上げるのは実は自分自身じゃないかと思います。

と、こんなメモ。これはプロジェクトの立場ではなく、あくまでも私個人の意見です。
幸か不幸かコメントすることはできませんでしたが、おそらく皆が感じたそういった気持ちに対して、はっきりと「時代と社会を変えるのが念仏だ」と、それは「自分を変える念仏である」と言い切っておられたパネリストの言葉が心に刻まれました。
活動報告を手伝ってくれたスタッフ、ブースを担当してくれたスタッフ、プロジェクトのグッズやのぼりを桑名から運んでくれたスタッフのみんなありがとう。

http://6248.teacup.com/booses/bbs/41

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