遊煩悩林

住職のつぶやき

非・常識な日常

2012年06月27日 | ブログ

今年2月にスタートした「仏教に学ぶ講座」も残すところあと1回になりました。
組内の寺院で3回、別院で1回の講座を月1のペースで重ねてきました。
その全6回のうち第5回目となる講座が、6月16日から3日間の日程で開催されて、参加者・スタッフあわせて35名で会場となる東本願寺に行ってきました。

16日(土)
am11:20 同朋会館講堂 結成式
pm  0:00 昼食
pm  1:00 両堂参拝
     オリエンテーション
     「お内仏に学ぶ」
pm  4:20 夕事勤行
pm  6:30 講義・座談会
pm  9:00 入浴・就寝

17日(日)
am  6:00  起床・清掃
am  6:50  晨朝参拝
       帰敬式
       朝食
am  9:00  法名伝達式
       講義
pm  0:00  昼食
pm  1:00  (記念写真)
       清掃奉仕
       諸殿拝観
       座談会
pm  4:20 夕事勤行
pm  6:30 座談会・宣誓文作成
pm  9:00 入浴・就寝

18日(月)
am  6:00  起床・清掃
am  6:50  晨朝参拝
       朝食
am  9:00  宣誓式
       講義・協議会
       解散式
pm  0:00  昼食
pm  1:00    阿弥陀堂素屋根見学

とまあ、以上のような非日常を過ごしてきました。ここには記していませんが、夜9時以降も座談会?が続いたことはいうまでもありません。
32歳から83歳までの参加者が3班に分かれての合宿生活。
慣れない環境で、さぞオツカレかと思いきや、そうでもなく、阿弥陀堂の御修復現場視察を終えてくたびれ果てたのは私だけのようでした。
参加者の半数以上の方々が帰敬式を受式されて法名を受けられ、仏弟子としての人生を出発させた他、3日目には御影堂の宗祖親鸞聖人の前で宣誓式を行い、前日に各班でつくりあげた宣誓文を皆で読み上げました。

1班

私達は、思う通りにいかない人生の中で、真宗門徒としての新たな自覚を持ちました。
いかなる時も、阿弥陀如来に帰依し、朝夕の合掌・聞法に勤め、丹田に力を込め、お念仏申し続けてまいる事を誓います。

2班

お内仏について、正しい荘厳やお給仕を行い、日に一度以上のお参りをします。
自己を見つめる為に、お寺さんに行く頻度を増やします。
今回の班で定期的に会合を持ち家族や友人を誘い合い、宣誓文の内容を確かめ、「仏教に学ぶ」輪を広げます。

3班

南無阿弥陀仏を称え、共に悩めることを救いとするグループを育てていきます。

森英雄先生に第1回の時から講義をいただいておりますが、今回の本山での講義で
「東本願寺で過ごす3日間はいわば非日常の生活です。非・常識の環境といってもいい。日常が常識で満たされているならば、ここは非常識に満ちている。日常の生活では見聞することがないような非常識なことばが溢れている」
そんなニュアンスのおことばが印象に残っています。
指摘のとおり、スタッフを締め出した参加者らによって、このような宣誓のことばが紡ぎ出されたことが不思議な感動です。
日常の常識の中では、自分たちの中からこのような誓いを立てることは容易ではないと思います。
同朋会館スタッフの皆さまお世話になりました。ありがとうございました。
解散式では補導主任さんから「同朋会館での生活をお土産にしてください」と、非・常識な日常のススメをいただきましたが、すぐに日常の常識の世界に埋没していく私であります。

次回、最終の講座は7月22日です。会所が常照寺ですので、来月のお寺の掲示板に「共に悩めることを救いとする」という宣誓のことばを記したいと思います。

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忘れてはならないことを忘れる私

2012年06月25日 | ブログ

東北別院での情報交換会を終えて、全国からの参加者らと仙台「ブンチョー(国分町)」の夜を満喫した翌朝、眠い目を擦りつつ、三重の仲間たちとレンタカーを借りて石巻へ向かいました。
Img_0891鈍感な私には仙台市内で感じられなかった震災の爪痕を、現地に近づくにつれて、あからさまに目に見えるかたちで知らされました。

まず飛び込んできたのは、モニュメントのごとく計算し積み上げられた瓦礫の山・・・。

Img_0895背広を着た人々を乗せた観光バスがその瓦礫の山々を視察していました。

被災地観光もまた経済支援とか・・・?とはいいますが。

瓦礫の山を横目に走ると、道路には大きな缶詰が横たわっています。
Img_0902
観光バスが向かった瓦礫の山と逆方向に私達は車を向かわせました。

そこに2時46分から時を刻むことを止めた中学校の時計が目に入り、車を止めて校内を勝手に視察。

Img_0916時を止めた時計が象徴するとおり、そこには新たな時を刻んでいく光が閉ざされたままの惨状がありました。

被災地に赴きながらそのことを忘れ、前夜、多くの被災者に出遇いながらそのことを忘れていた恥ずかしさに駆られました。

前夜のお酒が身体に残っていましたが、そういえばブンチョーで出遇った福島の浜通り出身という二人の若い男女の顔が浮かびました。
Img_0913
二日酔いの反省と、羞恥心にさいなまれながら学校を跡にすると、どうみてもお寺と一目でわかる大きな屋根が見えたのでお参りさせていただこうと・・・。

誰もことばが出ませんでした。
柱がしっかりと大きな屋根を支えてはいるものの、壁という壁がすべて剥がれおちた本堂でした。
Img_0924
おそらく山門が建っていたと思われるところには基礎の石だけが残り、おそらく鐘楼堂が建っていたと思われるところには鐘楼も梵鐘もなく、境内の墓地は未だ散乱を極めたままでした。

本堂には、お焚き上げを待っていると思われる2011年3月11日の命日を記しImg_0927た白木の仮位牌がいくつも段ボールに取りまとめられています。

この寺院の山門付近にお立ちになった親鸞聖人の銅像だけは特段の被害を免れて、私達に忘れてはならない問いを発してくださっておられるようでした。

 

今回の東北行きは仙台と石巻だけでしたが、見た目の仙台の復興と、手つかずの石巻のコントラストが印象にのこります。同時に、見た目の復興によって忘れてはならないことを忘れているこの自分を知らされました。

そんな自分を棚に上げ、分限を超えてもうひとつ感じたことは、震災復興の見学ツアーや瓦礫受入自治体の視察などの観光バスは、下から上へと延々と積み上げられてモニュメント化した瓦礫と、いち早く立て直した水産加工会社の工場群をみていくのであって、時の止まった学校や、倒壊した墓、ご本尊のないお寺、打ち上げられた船などには目もくれないという印象を受けました。

 

Img_0928

実際にこの学校に通っていた子どもたちが今、どこで、どんなふうに授業を受けているのか、このお寺の僧侶・門徒がどのような思いで、今どこで手を合わせておられるのか。
モニュメント化した瓦礫と、バスの向かう方向に、経済的な「復興」という目線を強く感じるのと同時に、そこを見せたいという意図と、そこしか見ようとしない自分を教えられたようにも思います。

問われたのは、「経済的なものさし」でしか被災地をみ見ようとしないあなたたちは、「いのちの復興」という「ものさし」を持っていますか?という問いでした。

 

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智慧の光プロジェクト

2012年06月24日 | ブログ

仙台の東北別院で「福島のこどもたちの一時保養受入に関する情報交換会」が開催されると聞き、「福島のこどもたちを三重へ プロジェクト」のオブザーバー・・・といえば聞こえがいいですが、アポなしで無理矢理おしかけて同席させていただいてきました。
この情報交換会は、被爆線量の高い福島に居住する子どもたちの一時保養を、すでに実施した教区とこれから計画している教区の意見を交換し、将来的なビジョンを確かめ、希望が見えない実状に光を見出す方向性を模索する場として開かれていました。
個人的にはこの夏、常照寺での受入を控えていることもあって、どうにか実施団体のお話が聞きたいということと、そのモチベーションをはっきりさせたい思いで強引に参加させていただいたのでした。
もちろん放射線被曝のリスクの高い子どもたちの保養が目的ですが、それだけでなく子どもたちをリスクの高い土地に居住させざるを得ない保護者らのストレス軽減を意識させられます。
離婚と自殺が非常に増えてきているという厳しい福島の現状も聞かせていただきました。
そして、この「一時保養」プロジェクトに対しても行政からは辛辣な声なき声というか、無言の圧力がある、と。
国や政府が「ここに住んでも大丈夫ですよ」と安全宣言が出されているにもかかわらず、「一時保養」を募集・実施することは、安全宣言を覆す行為に他ならないという立場からの指摘です。
もっといえば、「あなたたちがやっていることは国家に反することですよ」という圧力といってもいいのでしょう。
「福島はだまってろ!」「福島は外に出るな!」という無言の圧力だと。
事実として、県内に居住する保護者の温度差も如実になってきたといいます。子どもたちの被曝に関して意識の高い人と、低い人。
自治体の「大丈夫ですよ」ということばにすがるように「安心」を得たい親と、わずかな時間でも線量の低い土地での保養を求める親との間には、必然的な溝が生じる。
それが、親同士だけではなく、夫婦、兄弟姉妹や親子など家族内での対立構造を生み出すことにもなっている。
では、みんなが国の言うことを聞いていればそれでいいのか。
国という体質的構造がこれまでに何をやってきたのかを真宗の眼は見抜いています。
「安心ですよ!」ということばは「安全」を意味しているのか。それはただ「何かあったら『お金』で保障しますよ」ということなのか。不安を払拭する為だけの用語なのか。「安心」と「安全」、「不安」と「危険」という微妙なレトリック。
ただ一方的に国や行政を批判したいのではなく、その国を形づくっている一人として問われてきます。

さて、私たち三重のプロジェクトは、何も国家に対抗して保養を実施するのではありません。
生活環境の地道な除染活動をはじめ、子どもたちが暮らす環境の放射線量の測定、子どもの口に入るものを一つひとつ測定器で測ってきた仲間からの「子どもたちの保養」の要請に応えたいというところからスタートしたプロジェクトです。
国や自治体、そして宗派など、組織規模が大きくなればなるほどややこしいのが私達です。未成熟な社会と未成熟な個人を思い知らさせます。

大飯原発の再稼働など、経済至上を今後も堅持しようという方向性のなかで、ますます「福島の人にとっては何も希望が見えない」「光が見えない」という声を聞きました。
当然のことながら私の生活に「電気」や「経済」が欠かすことのできないものですが、せめて「至上」を改めることはできると思うのです。
「何よりもこれが大事だ」という事柄を見直すという作業が求められています。
「まずお金」的な発想ではもう未来がないのでしょう。経済では光がない。
福島に原発ではない「光」を灯すこと。このことがこのプロジェクトの向かう先だと思います。
その光は、何も福島だけの光ではなく、支援する側、される側の枠を超えたすべての人間の希望となるものです。つまりはその光を回復することが、誰の為でもない、他ならない無明を生きる私に人間性を回復することだと思うのです。

情報交換会を終えて懇親会にも参加させていただき、全国からの参加者との出遇いをいただきました。皆さまありがとうございました。
ともにしがらみを抱えながらも、闇の中で光を見出していく未来志向を進みたいと思います。

つづく

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だれかとどこかで

2012年06月08日 | ブログ

僧職系有志による「福島のこどもたちを三重へ -プロジェクト2012-」のポスターが届きました。

〈チラシはこちら〉
?常照寺ホームページ http://www17.ocn.ne.jp/~jyosyoji/events.html

福島の親子30人の10日間の保養計画です。?
期間中の主な日程は以下のとおり。

2012年 8 月17~19日 伊勢志摩?
     20~21日 桑名・長島
  ?   22~24日 鈴鹿・亀山(キャンプ)
?     25~26日 桑名

「福島の仲間の声に応えたい」というところからスタートしたプロジェクト。
?原発反対とか推進とかいう立場を超えて、とにかく「福島のこどもたち『と』三重『で』」思いっきり遊びたいというのが、プロジェクトに関わらせていただいた私の個人的な思いです。?
支援「する人」「される人」という括りではなく、する側もされる側も「ともに支えられている」ということを確かめていきたいと思います。
?「ともに支えられている」というのは、「支え合っている」ということではなくて、「ともに同じところに立っている」ということを確かめたいのです。?
ま、理屈はともかく・・・。
?どうかご賛同と、ご支援をお待ち申し上げております。合掌

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ご支援は上記口座の郵便振替をご利用ください。ご希望があれば振替用紙を送らせていただきます。また、本堂内に支援金箱を設置しています。?
ポスターを貼らせていただける事業所さま、チラシを置いていただける店舗さま、振替用紙をご希望の方はお気軽にご連絡ください。? ? click

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訓読のススメ

2012年06月07日 | ブログ

過日、ご案内の常照寺永代経をおつとめしました。?
勤行後、齢八十を超えられた恵林寺前住職の荒山修先生に名古屋から遠路お越しいただきご法話を頂戴しました。
?先生にはかれこれ30年以上、常照寺が山田教会だった頃からずっとご無理を申し上げお世話になっていますが、一昨年は常照寺の永代経のお約束を果たしてくだされた翌日にご入院、手術をされ、昨年は体調が整わずお会いすることができませんでした。?
今年、週3回の人工透析を受けながらというご体調を押して、前坊守さまとともにお越しをいただき、そうとは感じさせない「いのち」を感じさせていただきました。

??漢文で書かれた「正信偈」の冒頭をていねいに訓読され、正信偈を顕してくださった親鸞さまのご苦労を讃えらた上で「訓読のススメ」をおっしゃられました。?
「だーだーだーだー読んどって、意味を確かめることもなくいい気になっとったら悲しいことであります」と。?
「だーだー読んどるだけで、意味がわからんままでは、『人間が育っていかん』」。?
それでは「正信偈読みの正信偈知らず」だと厳しいご指摘です。?
「一言一句、意味がわかるようになってほしい。少しずつでも理解をしながら読んでいってほしいという願いを、800年の歳月を超えていただいておる」と。
?訓読して、意味が通じてくることによって「人間に生まれさせていただいたことの意味」に通じてくると言われました。
??私たちは人間に生まれさせていただいた「ほんとうのよろこび」を見つけていくことに疎い。智慧のことばに敏感になって「無量のいのち」を見つけてほしいのです、と。
?問われたのは「あなた方は、じぶんのことがわかるために、何をやっておられますか?」という問いかけでした。「洗面所の鏡を見て、ニヤッとしとるだけではじぶんのことがわかったとはいえん」。?せっかく正信偈さまに会うご縁をいただいているのですから、正信偈さまのおこころを学ぶことで、じぶんの姿をはっきりさせていくと いうことが、この教えに出遇った人の仕事だというのです。?

教えに遇われた方のことばとして

得句思隣

ということばをご紹介くださいました。?
頼山陽http://ja.wikipedia.org/という学者のことばで「句を得て隣を思う」と読む、と。?
ここでいう「句」は、60行120句の正信偈であった。
?この教えに遇うことで、最も近くにいる人として「隣人」を思うことが起こってきたというのです。??
そういえば、常照寺でお話をいただいて30数年以上、一貫して教えていただいていることは、この「隣を思う」ということではなかったかとも感じました。?
最も近くにいる人のことを大切にもできない私が、そうとも知らず何をやっとるか・・・と、お育ていただいてきた。

さて、来年のお約束もさせていただきました。
?前坊守さまは「いつも私たちは『また明日』『また来月』『また来年』なんて言ってるけど、私は『いつ会えんようになるかわからんでね』って思うのよ」といって手をギュッと握ってお別れをしてくださいました。?
お二人のお姿をお見送りしつつ、「?何のために私は人間に生まれてきたのか・・・」その答えを握りしめるのではなく、問い続けるという姿勢を改めて教えられた永代経でした。

夕方からの法座では勤行後、映画「エンディングノート」を観ました。
多死の時代を迎えるにあたり、従来の墓にかわって自治体が「樹林葬」http://www.metro.tokyo.jp/等、都市が対応可能な埋葬を模索する昨今にあって、多くの関心を寄せていただきました。
主人公?の「『エンディングノート』には死んだらどうするかということは書いてあるが、『死』がどういうことであるかということは書いてない」ということばや、実の父親をカメラ片手に看取った実の娘(監督)が、父の死後に父親に向けた最後のことば
「それで今どこにいるの?」
ということばに問わされました。
私は亡き人をいったいどこに送っているのか・・・?
そしてどこに往こうとしているのか・・・?

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