遊煩悩林

住職のつぶやき

本音と建前

2016年09月03日 | ブログ

夏バテか、奥歯が痛み出したので歯医者へ。

レントゲン画像をみて、ていねいな医師の説明を聞いてなるほど。

横向きに生えている親知らずを上の歯が押して、下の歯茎が炎症を起こしていると。

さてどうしましょう、と。

この横向きに生えている親知らずを抜くのは正直大変ですよ、と。口腔外科での手術。砕いて分割して除去するから、術後はしばらく口が開かない場合もあるとか。

または押している上の歯を抜いてみる。下の歯も押されなければ痛くない。だけど健康な歯を抜くのはいかがなものか。

考えてみる。

私が母親の齢まで生きたとすればあと6年。父親の齢まで生きるとあと18年。なんとかこのまま腫れや炎症を抑えつつ保たせられないかと。

聞いてみた。

この炎症は抜歯をしない以上、治らないのかと。

炎症は雑菌によるもの。歯周病もないし比較的きれいな口内だから治る、と。

さらに私の思いを察したかのように、このまま大事にするのもひとつだと。

答えが出た。

とりあえずこのまま大事にしよう。

 

浜までは 海女も蓑着る 時雨かな

滝 瓢水


今月の常照寺の掲示板に書いた。

濡れることがわかっている海女さんも、雨が降ってこれば合羽を着ると。

諸行無常を説くお坊さんも歯が痛ければ歯医者に行く・・・というのではありません。

必ず死んでいかなくてはならない人生をどう生きるのか、という問題提起です。

生まれた瞬間に死を約束された私たち。

自分が死ぬべき生命を生きていることを知った時に「人間」として生きることがはじまる。

まもなく彼岸を迎えます。

この世に生を受け、仏教をいただいた私たちは、阿弥陀さまのご本願によって必ず必ず彼岸に辿り着くことができる。

辿り着くどころではない。易々と彼岸に達することができるのがナムアミダブツだとすれば、せめて彼の岸に到るまでに、仏恩を知らねばなるまい。

生まれたことの意味、生きることの意味を、都合の良いことからだけでなくて、都合の悪いことからも知っていかなくてはなりません。

どうせ死んでいくのだけれど・・・終わりのある生命をせっかくなんだからと。

瓢水のうたをなぞって

岸までは 坊主も憑む アミダさま

ナムアミダブツ

これは建前。

本音は、どうせ死んではいくけれど歯が痛くては喰うておれない。

死ぬまでは 坊主も頼む お医者さま

釈了典

秋の彼岸会のご参詣をお待ちしております。

http://jyosyoji.info

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