遊煩悩林

住職のつぶやき

法友

2006年11月22日 | ブログ

11月20日。新郎新婦に見送られて10時48分のかもめ号で博多へ。
諫早ではお土産を買わなかったので、博多で買い物しようということになり、どうせならばうまいものを食べようということで中州を散策して昼食。
中州は夜の町で目当ての「もつ鍋」屋さんは閉まっていましたが、イカやカワハギの姿づくりなど新鮮なお魚を食べてきました。ところで、パックに入ったお刺身には感じずに、ピチピチした姿のお魚だけに殺生を感じるのは、いのちを平等にみていない証拠なのだと思いました。

Img_3987 博多駅でお土産などを買い込み、午後4時まえののぞみ号に乗りました。
友人たちとは京都で別れて、やはり名古屋まで。京都より名古屋から近鉄特急に乗った方が到着時刻が速いことが判明したので、京都までの切符を名古屋まで乗り越しました。13号車の指定席から3号車の自由席までの移動は結構なものです。帰ってきたのは9時を過ぎた頃でした。

駅 まで妻と迎えにきてくれた子どもは「何歳?」と尋ねると指を1本立てて自分で拍手をするまでに成長していました。
「また明日から頑張ろう」という気にさせ てくれた2泊3日西日本往復の旅でありました。
同時に叔母の13回忌と友人の結婚式が、ともに真宗の仏法に遇う法縁であったとともに、12年前に還浄された叔母、そして このたび結婚した新郎新婦が「法友」として「僧伽」として見出して、そこに招いてくれた従兄弟や、新郎新婦たちとの関係を大切にしたいと思います。

さて、11月第4週・第5週は報恩講であります。組内の寺院においても21・22日無碍光寺、22・23日本覚寺、26日常徳寺、28日は真宗本廟 のご満座、と。法縁に恵まれています。それぞれの組内の寺院にはできるだけ私も参勤する予定ですので、ご門徒の皆さまも是非お参り下さい。

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円立寺 仏前結婚式

2006年11月21日 | ブログ

Img_3943 19日。諫早に到着し、町並みを眺めながら円立寺に移動。午後2時から仏前での結婚式の法縁に出遇わせていただき、その後、会場をホテルに移して披露宴がもた れました。
出席者の数ざっと420人。シタールの生演奏で新郎新婦が入場してから乾杯までは約1時間。来賓のご挨拶だけではなくここでも15分ほどの法話 をいただきました。
「会 うは別れの始まり」というお話で、最後は「白骨の御文」を拝読されました。社会的通念からすれば、披露宴の場で「別れる」「死ぬ」などの言葉はまずあり得 ないでしょうが、さすがそんな社会的な常識などにとらわれない人間の本質的なお話に感銘を受けました。印象に残っているのは「人間は日々新しく生まれてい る」ということです。「子どもは昨日できなかったことが今日できるようになるのに対して、年寄りは昨日できたことが今日できなくなるもんだ。それでもその ようにして日々互いに新しく生まれているのだ」と。もうひとつは、お釈迦さまのおことばから「友」を大切にせよ、というものでありました。人生の中で最後 の「友」として妻や夫を見出しなさい、ということと了解させていただきました。「最後の」というところがミソだと思うのですが、自分の本当の姿を照らし出してくれる 存在が「友」で、いちばん身近にいてずっと人生の最後まで我が身をうつし出してくれる相手ということでしょうか。つまり、ともに往生浄土の道を歩む「僧 伽」として相手を敬っていくことが仏道なのでしょう。
とにかく2人ともおめでとう。
さて、披露宴は夜7時ごろお開となり、それから2次会・3次会へと・・・・・。

つづく

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法縁

2006年11月20日 | ブログ

真宗本廟(東本願寺)では11月28日の宗祖親鸞聖人のご命日をご満座に、11月21日から7昼夜にかけて報恩講がお勤まりになります。(詳しくは真宗大谷派ホームページをご覧下さい。http://www.tomo-net.or.jp)全国の真宗寺院でもこの日を中心にしてその前後に報恩講がお勤まりになります。大谷派だけでも全国に約9000ヶ寺のほぼすべての寺院で毎年勤められる真宗のアイデンティティとなる行事であります。
常照寺が所属する三重教区の南勢1組の寺院においても10月末から来年2月頃にかけてそれぞれの寺院で報恩講がお勤まりになります。週末の18・19日は組内の2ヶ寺でお勤まりになりました。
例年は土日のどちらか一座に両方の寺院に参勤させていただいていたのですが、今年は18日の土曜日は叔母の13回忌で名古屋へ、そして翌19日は、長崎県諫早市の円立寺という本願寺派(お西)の寺院の後継住職の結婚式に出席するため、組内の2ヶ寺の報恩講を欠勤させていただきました。
ですが、叔母の13回忌という法縁、友人の仏前結婚式という法縁に出遇わさせていただくことが出来ました。

18日は妻と子ども、そして兄を乗せて車で名古屋へ。
11時から勤まった13回忌の法要では大無量寿経・阿弥陀経・そして正信偈をともに勤めさせていただきました。お経の勤まるスピードにはついていけませんでした。
叔母が亡くなった時、従兄弟の子どもが2歳だったとか。その子が今は中学生になり、我が家の子どもにとってははじめての法縁。時が過ぎることを実感します。
会食のあと、妻と子どもと別れて名古屋から京都に移動して1泊しました。小雨の中とはいえ、遅れていた紅葉が見頃を迎えた京都はたいへんな賑わいです。

19日。朝8時17分初の博多行きのぞみ1号で博多へ。
博多からは、特急かもめ号で諫早まで。京都からだと順調にいって4時間30分ほどの列車の旅であります。京都で友人と待ち合わせ、新大阪からもう1人を加えて、かもめ号の車内でもう1人友人を見つけました。久しぶりに会う友人が4人も揃えば4時間30分の道のりはさほど遠くは感じません。
かもめ号の快適さにも驚きました。客室乗務員の接客も大変丁寧で、おいしいお料理屋さんを尋ねたところ、数件の場所と電話番号なども詳しく調べてくれました。JR九州かもめ号の奥村さんありがとう。Img_3936
つづく

写真はかもめ号の車内。
全席レザーシートでリクライニングシート。
博多から諫早までは90分、2500円。

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観光

2006年11月15日 | ブログ

13日、定例の編集会議で京都に出かけてきました。
東本願寺前の木々の色が、2週間前に訪れたときに比べて少しずつ変化しています。報恩講がつとまる21日から28日にかけてもっと紅葉がすすむことでしょう。
ところで紅葉シーズンの京都は、観光ラッシュです。特に週末などはホテルや旅館の予約がなかなか取れません。
今回は編集会議の後、昔の友人と会う約束をしていたので1泊してきたのですが、いつもは各種割引クーポンを多用して7~8千円で泊まれるホテルが、平日にも関わらず1万円以上もします。同じホテルで、同じサービスを受けるのに、こうも季節と曜日で値段が違うのは考えてみれば面白い気がします。それでも満室なのだから、まさに需要と供給のバランスの問題であります。何もそれは宿泊施設だけでなくゴルフ場とかでも同じことなのでしょうが・・・。
しかし、この日は古い友人たちと朝まで飲み明かして、ホテルに戻ったのは朝の4時を過ぎた頃でありました。チェックインしてからチェックアウトするまでせいぜい4~5時間しか滞在していない。ますます複雑な気分でありました。
とある百貨店に勤務している友人の話によると、11月の第3週が来客数のピークだとか・・・。今回は高い高いと文句をいいながらでも、宿が取れただけまだ良かったのです。第3週の週末なんかは高いだけじゃなくて予約すら出来ない状態なのです。
お寺は週末が忙しいので、そんなことは私には関係がない話だと思っていたのですが、この11月第3週の週末、土曜日に京都に泊まる場所を見つけなくてはいけないことになってしまいました。
19日の日曜日に長崎のお寺さんで友人の結婚式があるのです。前日は名古屋でご法事があるので最初、大阪か博多にでも泊まろうと考えていたところ、仲間たちと京都で集合して向かうことになりました。あわててホテルを探したのですが、インターネットでは空いているホテルは皆無。例の百貨店勤務の友人に系列のホテルを頼んだのですが、「家族でもとれないのに・・・」と断られ、先日バス旅行で世話になった旅行代理店に頼んでみましたがキャンセルを待つしかなく、編集会議でお世話になっている方にお願いしたところやはりキャンセル待ち。まぁどうにかなるとは思うのですが・・・。

ところで西本願寺には本願寺会館という宿泊施設があります。一般客も予約をすれば利用できる宿であります。東本願寺にも宿泊施設があります。しかしこちらは研修施設で、お待ち受け総上山や本廟奉仕などの研修目的の宿泊施設ですから一般客は泊まることが出来ません。
本山周辺には「詰所」といわれる宿がいくつか点在します。古くは御影堂の建設やご奉仕に全国から訪れた方々の宿泊場でもあった「詰所」は、互いの信心を語り合う聞法の場でもあったそうです。
11月末に京都を訪ねる人が多いのは、何も観光だけが目的の人ばかりではないでしょう。毎年全国から報恩講に参詣する方だけでも相当の人数になります。
「観光」は「光を観ずる」と書きます。一般的には「土地の風光」を「観察」するということなのでしょうが、例えば真宗門徒であれば、東本願寺に参り、宗祖に出遇い、如来さまの智慧の光を観ずるといただくならば、これも「観光」なのでしょう。

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サプライズ

2006年11月06日 | ブログ

5日、いとこの結婚式に列席しました。Img_3872
父親方のいとこ。父親は7人兄弟の長男。長男とはいっても他の6人はすべて女性ですから叔母さんばかりです。父方のいとこは全員で12人、このいとこの中でも私は若い方から数えて2番目。その1番年下のいとこが今回の主役でした。
新郎新婦ともに一人っ子。
考えてみれば一人っ子ならば当然兄弟がいないのですから、いつか子どもができたとしても伯父さん叔母さんがいないわけです。もちろんいとこもいない。何か寂しい気がすると同時に、どこでいのちのつながりを感じとっていくことができるだろうか、などとおせっかいながら心配になります。
たくさんのいのちのつながりを感じることができる家庭に育った私にとっては、父母・祖父母といった縦のいのちのつながり、そして叔父さんや叔母さん・いとこたちの存在によって横のいのちのつながりを感じとることができたのですが、ただいのちのつながりはこれら親戚だけのものではありません。仲間や先輩・後輩、先生や近所の人、その他テレビでしか見られないような遠く離れた国の人々までみんなつながりあういのちを生きているのです。職場の仲間や友人たちに祝ってもらう2人の姿を見てそう感じました。余計な心配はいらぬようです。
さて、新郎と新婦に画家のTakeshi Nakatani氏がデザインしたラベルの紅白のワイン「la sposa」をプレゼントしました。
[Takeshi氏のサイトはこちらからhttp://www.emelon.net/]
ラベルには二人の名前と挙式の日が記されています。いつもTakeshi氏には無理をいって結婚する2人に送ってもらっています。氏によると「la sposa」とは「花嫁」という意味があるそうです。
日本のことばには「花嫁」「花婿」というふうに、ただ「嫁」とか「婿」といわずに「花」を持たせてあるということがミソだなぁと思います。いつまでもお互いに「花」を持たせるカップルであってもらいたいと思うのと同時に、いま自分たち夫婦がお互いに「花」を持たせあっているかどうかを考えさせられました。「花を持たす」ということは、相手を敬うということでしょう。常に自分の思いどおりにならないと気に喰わないのが私たちの姿です。従兄弟の結婚を機に、Takeshi氏のネーミングを縁に、そんなことを考えさせてもらいました。
式と披露宴は、JR名古屋駅前のグランドティアラ高砂殿でした。はじめて訪れたのですが驚くほどシステム化された式と披露宴の連携にどこか都会的な雰囲気を感じました。大安の当日は14組もの式と披露宴が行われたそうです。さすがにそれだけのノウハウがあるとサービスも徹底されていました。料理もおいしかった。
サプライズのひとつは、披露宴の様子が、エンディングまでに編集されてThanks Messageとともに大きなモニターに映し出されていたこと、そして集合写真が帰るまでにプリントされていたところです。その速さがまさに時代を物語っているような気がします。
大型モニターの存在にもサプライズでした。かつては家庭の中心にはご本尊、つまりお仏壇があったといわれますが、いま私たちの家庭の中心はテレビだといわれます。ご本尊がテレビに取って代わったわけです。披露宴での大型モニターに映し出される演出に「ここにもテレビが!」なんて思ってしまいました。仲人の言葉による新郎新婦の紹介は「言葉」だけですから聞く側の想像力がかき立てられて面白いと思うのですが、二人の生い立ちが映像で見てとれるスライドショーは、想像力を働かせなくてもいいだけ楽だし、退屈しないし、やはり現代的だなぁと思いました。
もうひとつのサプライズは、神式の結婚式だったのですが神主さんがお説教を下さるお姿をはじめて拝見させていただいたことです。キリスト教式や仏式では司婚者のお話はつきものですが、神主さんの説教はあまり聞いたことがありません。内容はあまり覚えていませんがそのお姿は印象的でした。
システマティックな結婚式に対して最近では田んぼのあぜを歩いたり、といった古式ゆかしい式を選ぶ人も増えているようです。いずれにしても土地や風土、環境と二人を取り巻く人々とそのつながりによって式がつくられていくんだななんて思います。
私にまで流れて来たいのちのつながりの中で自分より年下のいとこは一人しかいませんが、たった2つしか違わない彼女とその新郎には強烈な若さを感じました。
末永くお幸せに・・・。

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