遊煩悩林

住職のつぶやき

どっち向いて生きとるか

2016年03月18日 | ブログ

お彼岸といえば!

渋滞?

nexcoから伊勢周辺の規制情報が出ています。http://www.c-nexco.co.jp/topics/436.html

常照寺のお彼岸は、名古屋から混雑のなか荒山信先生にお越しいただきます。

ご参詣をお待ちしています。

お彼岸に伊勢に向かう高速道路の車列は、常照寺に向かうわけでもなく・・・。

春秋の彼岸は、昼の長さと夜の長さがだいたい同じくらい、つまり太陽がほぼ真東に昇り、真西に沈んでいく。

「西方極楽浄土」を説く仏教は、すべてのいのちが帰っていく方向として太陽が沈んでいく「西」を示す。

ところで伊勢の神さまは太陽の神さまですが、昇る太陽を拝む方向にできている。

その両方が私なんだろう。

両方が私なんだろうけど、どうも沈んでいく方向を見ようとしない。

沈む陽に背を照らされる私。

幸いに背を向けていても前方には自分の影が映った。

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震災前夜

2016年03月10日 | ブログ

震災前夜。

5年前の今日、翌日にあんなことが起こると想像して生活していた人はいないのでしょう。

しかし、5年前の3月11日の震災を記憶している者にとって、直接的に被災された人でなくてもその日を境に「生き方」が少なからず変化したのではないでしょうか。

東日本大震災とそれに伴う原発事故によって、私の生き方や考え方はそれまでとは違うものになったことは実感します。

ただ、南海トラフの大地震がいつ発生してもおかしくないと聞きながら、三重県に居住しながら、それに対する特別な備えをしているかというと何もしていない。

生き方も考え方も変わったといいつつ、何もしていない。

それは私だけではないかもしれません。

いくら高い防潮堤があっても何も役に立たなかったにもかかわらず、それでも被災地には以前よりも高い防潮壁がつくられ、あれだけ過酷な事故が起こったにもかかわらず、各地では原発が再稼動されようと・・・。

しかしながら、昨日の大津地裁の高浜原発運転差し止め、また2年前の福井地裁の大飯原発運転差し止めの判決など、あの震災から学んだ事柄を、大切にその人の責任の上に果たしておられる方々がおられます。

何も変わっていないわけではない。ではこの自分の生き方に、人生を生きる責任の上にどんな変化が生まれ、どう果たしているのだろうか。

防潮堤の建設にしても、原発の再稼動についても、何もしていないわけではない。何もしていないわけではないが何をやっているのか。

自身の問題にしても、何も変わってないわけではない。何もしていないわけでもないと思う。ただ何をやっとるのか。

 

5年前の3月11日は「友引」だったのでしょう。兄が代務を務める寺院のご門徒さまのご葬儀が、「友引」が明けるとされる(真宗では関係ないが)午後3時から予定されていて、そのお寺の古い庫裡で袈裟に着替え、葬儀会場となるご自宅からのお迎えを待っているところでした。

式のはじまる10分前にお迎えが来られる予定でしたので、ちょうどその直前、静寂の中で古い庫裡がミシッ!ミシッ!と。揺れはそれほど感じませんでしたが、地震が起こったことは明らかでした。

それでも予定どおりに迎えに来られた車に乗り込み、定刻どおり3時から告別式がはじまりました。

式が始まって間もなく、外にサイレンが響きわたりました。勤行中の私には防災無線がよびかける「大津波警報」の音声は聞き取れませんでしたが、結果、ずっとサイレンが響き渡るなかで最後まで式を行いました。

喪主のご挨拶に、滞りなく式が執り行われたことに対する謝辞があったかどうかは記憶しておりませんが、あの状況で式そのものは滞ることなく執り行われたのは事実でした。

それが私の「その時」だったわけです。

お葬式の執行は私の職務ですから、そうした日常のなかに「非日常」が発生した。でもそれが「非日常」的であるにもかかわらず日常どおり職務を遂行していたわけです。

揺れがひどかった現場ではそれこそお葬式も滞らざるをえなかったのかもしれませんが、それこそあの現場で日常を全うしようとしたのが私のいた現場の全体的な空気でした。

いま、それをとりとめもなくここに綴っていますが、そうした日常が一変されたことを改めて思いつつ・・・。

すでにホームページ上http://jyosyoji.infoではお知らせしておりますとおり、常照寺では明日3月11日14:46に鐘楼門にて「勿忘の鐘(わすれなのかね)」をつきます。

勿忘の鐘 http://www.paw.hi-ho.ne.jp/kamesan77/wasurenanokane/pg165.html

どなたでもご参加いただけますのでお近くの方は是非お出かけください。

鐘つきの後、本堂でおつとめ、またNHK「証言記録 東日本大震災 第12回福島県浪江町~津波と原発事故に引き裂かれた町~」のDVDを本堂内のプロジェクターで上映します。

5年前の震災発生直後には何がどうなっているのか整理もつかぬことでしたが、あれから5年という日を数えて、この5年が何を私に教えてくれたのかということを鐘の音に問いたいと思います。

生き方の課題として私は何を学んだといえるだろうか。

本当に私は何かを学んだといえるのでしょうか。

そして何をやっておるのかと鐘の音に問われることになります。

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一大事業

2016年03月01日 | ブログ

さて3月。「暑さ寒さも彼岸まで」と、余寒に凍えながら彼岸の支度をしつつ。

ただ「彼岸」は、ただの時候の用語ではありません。

彼岸の世界を確かめていくという人生の一大事業であります。

「彼の岸」「彼方の岸」という言い方は、「此岸」「此の岸」つまりこちら側からの目線です。

こちら側から彼方を眺むのですが、その彼方は何処なのか。

こちら側の私たちの知恵では到底およびもつかない彼方ですから、向こう側からの智慧をいただいていく。

それがお彼岸なのでしょう。

私たちがいったい何処に向かって生きているのか。それはそのまま、この私はいったい何のためにここにいるのか、という問いです。

彼岸の智慧をいただくことでそのことがはっきりする。

そうだ、そのことをはっきりさせるために私はこの世にやってきたのだ。

それがはっきりしなければこの世に生まれてきた意味がないのだ。

 

ある偉大な先生のこんなことばが聞こえてきた。

往生は 未来ではなく 現在である

曽我量深

これは1月に「脱暴力-『兵戈無用(ひょうがむよう)の教学』に向けてと題した学習会で、講師の鈴木磐さんが紹介してくれたことばです。

仏教は「成仏」の教えですが、その「成仏」がいのち終わる時だとすれば、往生は生きる時なんだ、と。「往生は人生の修行」なんだとも言及されておられた。

仏教は死んでから救われるのではないのだ。いま救われていた、今なのに過去形で変な表現ですが・・・救われていたことに気づく、という感じでしょうか。

彼岸は、「いつか」ではないということだ。今なんだ。

なのにそれがはっきりしない。だからまた彼岸を勤めるのだ。人生の一大事業として。

そんな思いで曽我先生のことばを掲示板に記しました。

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