遊煩悩林

住職のつぶやき

おくられるじぶん

2010年08月31日 | ブログ

前住職の13回忌。
命日は8月13日でしたから2週間ほど遅れての法要を一昨日お勤めしました。
12年前、入院を控えた前住職が本堂の法語板に

いままでは他人のことかと思うたに
おれが死ぬとはこいつはたまらん

と、かつて一休禅師や蜀山人が詠んだということばを記した法語板を12年ぶりに本堂の柱に掛けて法要を勤めました。

どのような思いで前住職がこの言葉を記したのか、その時々にわかったような気でいましたが、今となれば余計にわからなくなってきました。
ただ、その勤めを引き継いで12年。
未だ冷や汗をかきながらの毎日ですが、少しは慣れてきたのかもしれません。
そこで死んだ父に問われるのです。
「おくる」ことに慣れ、「おくられる」ことを忘れてはいないか?
ということを。かならず訪れる「死」の事実を他人事にしかしていない自分を言い当てられています。

比べることではないのかもしれませんが、父親と生きた20数年よりも死に別れてからの12年の方が、より深いお育てをいただいていたようにも思います。
生きていた20数年は、「喰わす」「喰う」の関係でしかこちらが感じていませんでしたから、子としてみれば身体的に育てられたという感覚が強いのですが、お別れしてからは違う質でのお育てをいただいています。

法要後の宴会場にプロジェクターを持ち込んで、20年前の庫裡の新築落慶法要のビデオを見ました。
そこに僧衣を着て出仕している高校生の自分の姿をみて再確認しました。
何も考えていない、いや考えることのできない、ただ喰うているだけの自分だ、と。
いま、何が変わったかといっても本質的には何も変わらない自分でしょうが、そのことが知らされたという点では変わったといえましょうか?

親なればこそ死してなお子を育てる

ということばがありますが、生きていただいていた「お育て」は、なかなか「お育て」だと頷けません。
仮にも如来に手を合わせることができる人間へのお導きとお育てに、今さら謝するばかりです。

「おくられる」という自覚に立ち、誕生の意味を問い続けなさいという宿題をもらった法事でした。

遠近より多数のお参り本当にありがとうございました。

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厄介なこと

2010年08月23日 | ブログ

お盆の「のれん」を下ろす間もないままお葬式が続き、またお盆が過ぎるのを待って予定していた酒席に連日足を運び・・・お盆の総括も反省もないままに、夏のオツカレがどっと出てきました。
ご門徒に宛てた盂蘭盆会のご案内はがきに、「お内仏(仏壇)にはウチシキをかけてください」「提灯は吊らずキリコの灯籠が正式です」「処分に困るものは供えないで・・・」などとちょっとした「注文」事項を記したところ、さまざまにリアクションをいただきました。
「ウチシキやキリコなどの飾具をインターネットで取り寄せました」という方や、「毎年、スーパーに並ぶとついつい買ってしまっていつも処分に困っている『お盆のお供』と称した野菜パックを今年は買わないで済みました」などという肯定的なお声もあれば、「むかしは寺が提灯を吊れ、お膳を供えろといったもんだ。どうして寺によって言うことがコロコロ変わるんや」という否定的なお声も聞かせていただきました。
そのリアクションの一つひとつが仏法の話題のタネになりますし、そこから「仏」や「寺」に対するその方のイメージを知る手がかりともなります。
お盆にお会いするご門徒の声から現在の寺の姿が知らされてくるのですから、そこから必要な教化が見出されてくるようにも思います。
ですが教訓として、お盆のお参り中に話し込んでいるととてもじゃないですが回りきれません。
お盆はそれぞれのご家庭でそれぞれの色の時が流れていっています。真宗のお盆はこうあるべきだ!みたいな強制的なコメントは差し控えた方が無難であるなどと対策的になったり・・・であります。

さて、盂蘭盆会では住職の堅苦しい説教をやめて仏典のアニメと山田洋次監督の映画「おとうと」を観ました。
仏典のアニメーションは「極楽浄土-仏説阿弥陀経-」と題した本願寺派製作のビデオです。
今年の盂蘭盆会は「亡き人を送った先が私の行き先になる」というテーマでお勤めをしました。
亡き人を冥土の霊魂にして慰めたり、お精霊さんにしておもてなしをしたり、餓鬼にしたりする行為は、それをやっている私がそのまま冥土の霊になっていく道であり、お精霊さんになっておもてなしを要求していく道であり、餓鬼になって施されていく道です。
いちいちそれを否定するわけではありませんが、亡き人を極楽浄土に見出さなければ、私たちには安心ということはありません。しかも極楽浄土は誰のために説かれているかといえば、死んだ人のために説かれているのではなく、遺された者が迷わないための教えですから、私たちがこの迷信に溢れる時期に、それに振り回されずお盆を過ごすことが求められてきます。
亡き人の行方をお浄土に見出すことで、実は私の行き先がはっきりする・・・そのことで今の私の落としどころをご参詣の方々と確かめたいのでありました。

夜の法要は勤行後、吉永小百合と笑福亭鶴瓶が姉弟を演ずる「おとうと」を放映しました。劇場に足を運ばれたというご門徒さんも大勢いらっしゃいました。
DVDに添付されていたパンフレットに寄せられていた山田洋次監督のことばが印象的でした。

家族という厄介な絆

という表現です。
「家族の絆」というと何か理想的にイメージしなければならないと思っていたことに気づかされました。美しいものであらなければならないような印象だったわけです。ですが、ここで描かれていたのは「厄介な絆」です。
一見美しくみえる「愛」という絆で結ばれた関係ではなく、恨んでも怨みきれない絆で結ばれた関係はそのまま、仏が四苦八苦というときの「愛別離苦(愛するものと別離しなければならない苦しみ・・・)」と「怨憎会苦(憎しみ怨むものに出あっていかなければならない苦しみ)」、つまり「思いどおりにならない苦しみ」を背負っている存在が人間であることが描かれています。
今回「厄介な絆」という表現を聞いて感じた私の違和感は、理想的な家族関係ではなく、切っても切れない、切りたくても切れない絆という関係に対してのものでした。
そして正直、そこにホッとした安堵感さえも覚えるのです。愛別離苦・怨憎会苦が私なんだという安堵です。それは「いつも私の思いどおりにならない」と苦しんでいる者への慈しみではないかと思います。
家族の絆は美しいものでなければならないようなイメージをつくりあげてきた私は「絆」を美化する「テレビの見過ぎ」だったのかもしれません。
「家族という厄介な絆」という表現から家族とは何だろうか・・・と問わされてきます。
自分の親がどこでどう過ごしているのか、その安否さえも知らないという家族の姿や、飽食時代に幼い子どもやお年寄りが餓死をさせられていくような今日です。マスコミや視聴者の視点は「なんでそんなことするんだ」「信じられない」なんて、否定的な声ばかりですが、それは「家族の絆」は美しいものであらなければならないという強迫観念から来ているような気がします。
「絆」の正体について、それは「血」が繋がっているとか「DNA」ではなく、それは「いのち」なんだとこの映画は伝えています。
その「いのち」は、決して「生命」という「いのち」ではないもっと宗教的な事柄を表しているのでしょう。
愛別離苦・恨憎会苦という「いのち」が家族のところで確かめられることができなくなってきたところに、本来、尊い事柄であるはずの「絆」が「厄介」にされてきたんでないかと・・・
「絆」はもともと厄介な事柄ではないにもかかわらず、自分たちで厄介な「もの」にしてしまっているということです。

お盆は2人の父や母、4人の祖父や祖母、8人の曾祖父や曾祖母・・・と10代もさかのぼっていけば1000人を超える生命の営みの中に、何が絆として繋がってきたのか、私にどんな「いのち」が流れてきたのかということを確かめるということだと思うのです。
「お盆という厄介な仏事」という感覚があるとすれば、それはお精霊さんをお迎えしなければならないとか、施餓鬼をしなければならないとか、御霊を慰めてやらなければならないというお節介に対するものだと思いますし、そうであるとするならば「ウチシキをかけなさい」「キリコ灯籠を吊りなさい」というのもまた、厄介なお節介なのかもしれません。
いずれにしても「厄介」なことにするのはこちらの感情です。厄介をかけられているばかりと思い込んでいる自分を知り、常にご厄介をかけなければ生きてはおれない私を知っていくところに、お盆だけでなく日常の仏事の厄介さがあるのでしょう。
仏事を厄介にしてはならないということが言いたいのではありません。厄介だと思うのが私たちを助けて下さる煩悩さまのはたらきだということです。
そういえば今月のはじめに掲示板に記した言葉は

澄みきった清流に蓮は咲かない

でした。

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続・ウラボンエ

2010年08月13日 | ブログ

お盆にまつわるこんな四コマ漫画からこんな資料もつくってみました。
「数詞」を参考に私の親の親の数を数えてみて下さい。

* ちなみに真宗では、キュウリや茄子で、牛や馬をつくることはありません・・・ご先祖さまを「こちら(此の岸・・・娑婆)」に連れて来るのではなく、亡き方々を「あちら(彼の岸・・・浄土)」に見出すからです。

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ウラボンエ

2010年08月12日 | ブログ

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盂蘭盆会には、ご家族揃ってお参りしてくださる方がいらっしゃいます。
はじめて寺にお参りされる方も少なくありません。?そんな方の話のネタにこんな資料をつくってみました。

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頭が下がらない体質

2010年08月06日 | ブログ

昨日、日韓併合100年に合わせて韓国国民に植民地支配への反省とお詫びを盛り込んだ首相の談話を発表する、という記事をネットで見ました。http://www.excite.co.jp/News/
それに対して早速、疑問や反対の声がネット上に並んでいます。http://sankei.jp.msn.com/life/
今年2月に長崎を訪れたときに長崎平和資料館の理事を務める長崎大学名誉教授の高實康稔氏から「韓国強制併合100周年-問われる加害責任と歴史認識」と題したお話を聞かせていただいた記憶がまだわずかに残っています。遊煩悩林3月4日http://ryoten.blog.ocn.ne.jp/jyosyoji/
確か「韓国併合」と教科書では習ったと思うのですが、今は「日韓併合」という記載が多く見られます。高實氏はあえて「韓国強制併合」という表現をされておられます。
このことばは、併合が「朝鮮半島に急速な経済発展をもたらした(新しい歴史教科書をつくる会)」とか「アジアの近代化に貢献した誇るべき業績(同)」などという表現とはかけ離れたところのものです。
その認識が私たち一人ひとりに問われているわけです。
歴史認識ですから、決して「こんなふうに思いたい」とか「ということにしよう」という質の問題ではありません。
「朝鮮半島に急速な経済発展をもたらし、アジアの近代化に貢献した誇るべき業績」であったと思いたい、または、ということにしようというのは、このたびの首相の談話に反対する保守的な立場の「支持」をとりつけるための希望的観測にしか聞こえません。
さて、であれば、です。
ヒロシマの原爆忌の今日、かのB29「エノラ・ゲイ」の機長の息子さんが、オバマ政権が平和記念式典にルース駐日大使を派遣したことに不快感を示したといいます。http://headlines.yahoo.co.jp/
そして「米政府は原爆投下に謝罪していないが『無言の謝罪かもしれない』。また、原爆投下が戦争終結を早め、多数の人々の命を救ったとして『当然、正しいことをした』と話した」といいます。
日本が韓国を併合したことが朝鮮半島の経済的発展を果たした誇るべき業績であるならば、戦争終結を早め、日本の経済的発展をもたらせた原爆もまたアメリカにとって誇るべき業績という論理となります。
原子爆弾の被害者を現在の経済的発展のための「犠牲者」と呼び、原子爆弾投下という戦争犯罪の責任を追及することを放棄する理論が、そのまま天皇の戦争責任を不問にし、日本の植民地支配を正当化し続けているわけです。
原子爆弾は日本人だけでなく、日本に強制連行された数えきることができない韓国・朝鮮人に被害を及ぼしたことにも思いをはせなくてはなりません。
駐日大使の式典参加を「無言の謝罪」と受けとるならば、私たちの国もまた謝すべきことは謝すべきではないでしょうか。
ただ、この首相談話の論議が世論を煽り、誰しもが認める歴史認識を導くことができるのか、それともすべてを正当化して考えたい国民感情をくすぐることによって、靖国に象徴される犠牲の論理を再構築して、(戦争のできる)改憲への弾みとなっていくようであればそれこそ茶番にしかなりません。
謝罪の談話を発表して、それが何を意図するところのものなのか。私たちの何をあぶり出させるものなのかということに注意を傾けねばなりませんし、いくら「こんなふうに理解したい」と思っても、目を背けたくなるような事実を直視する眼を持ち続けねばなりません。
あの人がこう言った、この人がああ言ったという話ではなく、私たちひとりひとりがどのように認識し、どうするべきかを問うことで、それを実行し、また実行させる人となっていかなければならないことを思う原爆忌です。
事実を直視することも、本当のことを認識することも、やらなければならないことを実行することも「し難い」体質であることさえも、認め難い私であることを知らされていく「お盆」を過ごしたいと思います。

私たちは、手を合わせる信仰から感謝と謝罪、つまり「ありがとう」と「ごめんなさい」を学んでいます。そして感謝と謝罪の意を「頭を下げる」ことで示してきた伝統に生きています。もしかすると原子爆弾は、私たちから「頭を下げる」伝統を奪ったのかもしれません。頭を下げることを嫌う私が、頭を上げることができない自分であったことを知っていくことが「お盆」ではないでしょうか。

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