遊煩悩林

住職のつぶやき

枯れない松

2008年05月28日 | ブログ

ご門徒から黒松の木を一本ご寄進いただきました。

常照寺の本堂の正面には左右に黒松が一対、植えられています。
30年ほど前、本堂が落慶したときに植えられたものです。今回この松を寄進して下さった方の親父さんが本堂再建のお祝いに寄贈されたものでした。
昨年、私の管理不足で向かって右側の一本を枯らせてしまいました。
何とか蘇らせようと植木屋さんと相談の上、手を尽くして春に芽が出るのを待つことになりましたが、それも周知徹底されず、枯れたままの松を見かねた方が、それと知らずに昨年末に切り倒してしまいました。
一部始終を了解のうえで、このご門徒は先代の松が枯れたのなら私の代で一本植えようと、残った左側の松に合う松を探してくれていました。
その枯れた根っこを掘り出し、新たな黒松がクレーンで移植され、何事もなかったかのように、まるで以前からそこにあったかのように植え替えられました。 20080528_144511
枯れた松は人の目を引きましたが、その松が入れ替わったことにどのくらいの人が気づいてくれるだろうかと、ふと思います。ましてやここに生える松が、親子2代にわたってそのこころが相続されてきたことは、ほとんどのご門徒にとって知るところではありません。
ご寄進下さったご門徒は、この松は自分の先代が植えたものだとも、私が植えたのだとも申されません。それを披露されることも望まれません。ただそれが当然のごとくにお寺に足を運ばれ、お参りされるだけです。
参詣者の中にはもしかすると、昨年元気のなかった松だけども持ち直したなーと思われる方もあるかもしれません。松の木が枯れたことも、入れ替わったことも気がつかない方がほとんどだと思います。私たちの眼は大体そんなものです。とくに関心を寄せていない限り気がつきません。
それは松の木に限ったことではありません。人でもそうでしょう。先代が死んでその子どもが寺に参る、とくに親交がなければ他人のそんな事情まで思いは及びませんし、知ろうともしないわけです。だけどもこうして見知らぬ者同士が同じ本堂に集うのです。知らない人ばかりのところにお参りするには年齢を問わず勇気がいると思います。雰囲気や勝手も分からないのならばとくにです。ですが忙しい時間を割いてまでして寺に参られるのは、何を感じ、何を大事にしてのことでしょうか。
大体の場合、寺の松が枯れたというと「そうか」で終わりでしょう。「枯れた」、ただそれで終わりでなく「ならば私が植えよう」というのは何を大事にしてのことなのか、もちろんそこには「親父が植えた」ということはあるのでしょうが、そこに何かを感じてなければやはり「そうか」だけで終わっていたはずです。「ならば」とつながるところに尊さを感じるのです。それは可愛がっていたペットが死んだ、「ならば」新しいペットを飼おうなんていう安易な代替えではないでしょう。うまく表現はできませんが、何がそうさせるのか、このご門徒を「ならば」と立ち上がらせたもの、そこに不可思議なおはたらきを感じるのです。「人の命が尽きた」ときに「ああそうか残念だった」だけで済まさず、「では手を合そう」「ならば葬儀を勤めよう」とつながらせるはたらきと同質のことに感じられるわけです。何のために手を合わせ、葬儀を出すのか。意味が分からなくても「ならば」と、その智慧にふれていく「縁」。意味が分からないから「やらない」、というのではなく「やってみた」というところから見出されてくる意味があるのです。
松はいつか枯れ、人もいずれいのち尽きます。だけども枯れることのない、尽きることのない不可思議なおはたらきがあるのです。私たちの生命はいずれ尽き、発する念仏の息は絶えていくわけですが、如来のはたらきは絶えることはありません。阿弥陀如来の智慧は不可思議光といわれます。
松を植えた先代は十数年前に阿弥陀の国「お浄土」にお還りになられていますが、今なお枯れないそのおこころによって不可思議光に出遇わされたような気がして、枯れた松の根に手が合わさりました。2度とこの松を枯らすまいと思います。たとえ枯れたとしても孫にその不可思議なるはたらきは受け継がれることだと確信しています。

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2008年05月24日 | ブログ

今朝の中日春秋に「旬のものを食べることは地球温暖化防止に資する」という記事がありました。促成栽培で加湿に使われる重油が減るということだそうです。
旬といえば、坊守の母が自家栽培のお野菜を届けてくれます。
「旬のものを旬のうちにいただく」のは先人の知恵です。
身体もそれを欲し、それによってバランスが保たれるといいます。保たれるのは身体だけでなく地球規模のバランスであるわけです。
しかしながら、当の私は「旬」に鈍感です。何が旬なのか分からないようなところにいるわけです。一年中食べたいものを食べたいときに食べているわけですから。
時々体調を崩すことがあります。考えてみれば「旬」を知らずにいることもその一因か、と。
「旬」が分からないのですから、「季節外れ」もわかりません。食べることだけではありません。「食」を「衣」に置き換えれば、真夏にセーターを着て「おしゃれ」といっているようなものです。真冬にこたつの中で冷えたスイカを食べて、便利な世の中になったと言います。
ただ、旬のものを旬のうちにいただくのが先人の知恵ならば、旬のものを旬でないときに食べることのできる知恵は誰の知恵なのでしょうか。
商売人の知恵といってしまえばあまりにも無責任です。科学の知恵、人知でもありましょうが、欲しがる私に無批判でいるわけには生きません。しかしながら「欲しい」という感覚も、体が自然に欲するというよりもむしろ「欲しがらせる」ようなものに欲しがらされているだけではないか。欲をあおり、満たす構図にはまりすぎている私の滑稽さです。つくれや!売れや!の知恵のなかにどっぷりと生きているわけです。
果たしてそれを「知恵」とか「便利」とか言えるのかどうか。その言葉にごまかされて「旬」を見失ったとも言えるわけです。
売る人、買う人、つくる人、運ぶ人。旬のものであってもそうでなくてもそのどれかひとつかけても口に入ることはありません。すべて「おかげさま」ですが、不調を来した時はなかなか「おかげさま」とはいってられません。そんなときにこそ、それを欲しがらせた正体が見出されてきます。それが見出されてきたときに人知を超えた「おかげさま」が知らされます。「不調」にもおかげさまがはたらいてくれていたのです。

私たちには食前の言葉というのがあります

み光のもと われ今 幸いに この清き食を受く いただきます

血となり肉になってくれる動物や魚から土や水・太陽などすべてのおはたらきに対しての「いただきます」。すべてが「み光」のもとです。「み光」は天照だけに限定するものではなく、すべての限定を超越した如来の「み光」です。そしてそれは人間の知恵をこえた「智慧」のことです。

ちなみに食後の言葉は

われ今 この清き食を終わりて こころ豊かに ちから身に満つ ごちそうさま

です。

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その気

2008年05月20日 | ブログ

あるおばあちゃんの祥月命日にお参りさせていただきました。
何よりも仏法を聴聞することを楽しみに生きられたおばあちゃんで、お寺で法話があると必ず控え室にやってきては先生の手を握り、涙しながら仏法に遇えたことのよろこびを伝えておられた方です。そのおばあちゃん亡き後、遺品をご家族が整理していたところ、新聞や広告の切り抜きがいっぱい出てきました。どんな切り抜きかというと、新聞や広告に「南無阿弥陀仏」の文字を見つけては、その箇所を切り抜いたものです。例えば仏壇屋さんや古美術の広告に「某寺の某和尚執筆の六字名号(南無阿弥陀仏)」などと銘打った掛軸の写真を見つけると、その広告を古紙として捨ててしまうには「もったいない」と思われたのか「申し訳ない」と思われたのか、その写真を切り抜いて保管していたのです。いつからそれをはじめられたのかは存じませんが、それはそれは膨大な量でありました。
このおばあちゃんには娘さんがお二人いらっしゃいます。お一人は岐阜県へ、お一人は三重県の津市へそれぞれ嫁がれました。津市へ嫁がれた娘さんのご主人は分家され、家に仏壇もなかったことから、この娘さんの実家のお内仏(お仏壇)をそのまま津市の嫁ぎ先に引っ越し、その後も常照寺のご門徒としておつきあいをいただいております。
それもこれもご主人の深いご理解あってのことです。平日にもかかわらず「有給休暇を使うように(会社から)いわれていますから・・・」と、わざわざ休暇を取ってご夫婦そろってご命日にお参りをされておられます。

お参りの帰り道、こんなことを思いました。
かつてはよく「法事だから」という理由をよく耳にしたような気がします。子どものころであれば友達を遊びに誘ったときとか、野球の試合に来られなかった理由とか、はたまたバイトをサボるときの口実であったり・・・。ともあれそこには本当か嘘かは別として「それならしょうがない」という雰囲気がどこかあったような気がします。
もちろん現在でも「忌引」による休暇はもちろん認められているとしても、中陰(死後49日)や年忌などの法事、ましてや祥月命日に休暇を取ることに「それならしょうがない」という空気はあるのだろうか。寺にいるとそのへんの空気が全然読めません。
ですが如実に土日や祝祭日に「法事」が集中することから考えても、さすがに平日に親戚一同が休暇を取ってお参りするということは、まさに「KY的」な空気の読めない状況にあることはわかります。
こんな話をすると、それは「休みを取りやすい人だからだ」という人もいます。職種や立場によって比較すればそれもあるかもしれませんし、「『そんなこと』でいちいち休んでおればクビになる」という方もあるでしょう。ですが結局は「その気」があるかどうかに尽きます。「その気」とは、何を大切なことにしているかということです。
なにも休暇をとったから信心のある人だ、などというのではありません。ましてや「忌引」には「近親が死去した場合に家にこもって喪に服すこと(広辞苑)」という意味もありますから、「喪に服す」儀礼にかけ離れた真宗の教えからすれば「喪」に縛られずに仕事やプライベートに社会との交わりを持つことは結構なことだと思います。だけどもそれは仕事や私生活の要となってくるところが、しっかりと押さえられてあってのことでしょう。
「法要」という表現もあります。法の要となる縁です。それは生きるうえで「要」となってくる「法」に遇うということでもありましょう。
「その気」になれば時間はできます。社会全体に「その気」が浸透すれば、「それならしょうがないな」という雰囲気だけでなく、さらに「それはそれは尊い休暇ですな」という空気に変わっていくのでしょう。

切り抜いたお名号を大切な「要」とされたおばあちゃんの「その気」が、ご家族に伝わっていること思ったときに、人が「手を合わせる」暇(いとま)がつくづく奪われているような社会全体の忙しさと、その社会をつくりあげている構成要素として私たち一人ひとりが、互いに手を合わせて敬い合っていこうとする「その気」を削ぎ合っていることが知らされてきます。

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できること

2008年05月16日 | ブログ

中国での大地震。
日本の緊急援助隊が、被災地に入ったと夕刊が伝えています。
被災者の生存率が急速に低下する「72時間」というデータを持つ地震大国日本の救助隊が、その時間以内に現地入りできなかったところの「壁」を感じます。

地震発生後から被害の状況や被災者と犠牲者の情報が刻々と更新され、それを取り巻くさまざまな状況が連日報道されています。
現場での一刻を争う救助活動。
一方での救援物資の奪い合い。
大都市で献血に並ぶ大勢の人の姿。
ある教師は新婚旅行の出発予定日に、倒壊した建物に取り残された子どもたちの救出に向かい犠牲になったといいます。
すべて人間の姿です。
人間以外の動物の報道もありました。1週間ほど前だったか、カエルが数十万匹震源地近くから他所に移動したのだそうです。

「何かできないか」「自分たちにできることはないか」
そういえば、あの阪神淡路大震災のときに京都にいた学生の私はフリーマーケットに出品しようとしていた古着を抱えて、友人の住む神戸の町へ向かい、阪神電鉄の線路を歩きました。
「何かできること」といえば聞こえがいいですが、それは持て余す時間と野次馬根性、そして何かやってやろうという恩着せがましい迷惑な姿でありました。
被災地入りした日本の救助隊に「(日本を代表して)頑張ってくれ!」では、やはり根底は何も変わっていません。
「何かできること」といいながら自分は「何もしない」のです。
遠くの不幸に思いを馳せても何もできない「無力な自分を知る」といって片付ける。
ですが日頃、近くにいる友人や親戚、ご門徒に対して何かできるのか。
いちばん身近にいる家族に対してでさえ何ができているのか。

殺し合うのも人間。助け合うのも人間。
他人事ではありません。どんな備えがあろうとも現場に人間がいる限り悲しみがあります。同時に、生きのびた人間が生きていることを実感し、素直によろこんでいける場が求められます。被害を考えればそれは容易なことではありません。愛する家族を失った人に「(生き残って)よかったね」とはなかなか言いがたいものです。しかし生き残ったものには「生きていてよかった」というところにしか生まれてきたことを肯定する道はないのでしょう。自分がいま生きているということだけでよろこんでいけるこころ、憎しみ、傷つけ、妬み、ひがみしている毎日だけにそのこころが際立ってきます。

自然の脅威を「敵」にしたときだけしか、人間が助け合っていくことができないのならば悲しい。しかしその脅威を前にして助け合うことさえも拒んでいくのは寂しい。ミャンマーのサイクロンでの被害者は4万人を超えたといいます。救援物資が横流しされ売られているとも伝えられています。「悲」と「寂」も余所事ではありません。
何かできること・・・ただ手を合わせるのみです。ただ、それさえも自分の力でできることではないのでした。

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国家の賓客

2008年05月11日 | ブログ

帰国した中国の胡錦濤国家主席。一昨昨日は愛ちゃんと卓球、一昨日は橋下大阪府知事との会談。それ以外にも分刻みの日程をお過ごしでしたでしょうが、一昨晩ニュースを見ていて「一体いつまでいるのだろう?」と思ってしまいました。昨日は奈良を訪れて、その後伊丹空港から帰国したと聞いてなんだか「ほっ」とした気分になりました。「国賓」とは儀礼的な扱いといいますが、日本国民からすれば賓客、ひらたくいえば「お客さん」なわけでしょう。私の「いつまでいるのだろう?」という疑問は、あまり長居してもらいたくないお客さんという意識からのものでしょうか?
今回の訪日日程は予定どおりのもので、いつ帰られるのか私が知らなかっただけのことですが、お客さまに対して長居してほしい、ほしくないと選別してしまう愚かさはとにかく、いつまでいて下さるのか分からないお客さんというのはどちらにしても不安なものです。それは私の日常に引き当てて迎える側にしても、迎えられる側にしてもです。
それにしても、愛ちゃんとの卓球はオリンピックに向けてのパフォーマンスといわれていますが、確かにオリンピックが近づくにつれ話題が目立つようになってきました。水泳の水着の開発競争、シンクロや柔道などライバル国の動向など、話題の中心はメダルが期待される競技に集中しています。ナショナリズムや愛国心がどうのといいながらも、やはり「ニッポンガンバレ!」に染まっていく私なのでしょう。
オリンピックやワールドカップであれば「国」ですし、甲子園や都道府県対抗駅伝であればそれぞれ地元の「都道府県」、それが「市区町村」、「出身校」、クラス対抗リレーというのも私の時代はありました。自分と関係の深いところから「ごひいき」になってくるのが自己執着のこころだとすれば、この執着心が応援にもなりますし、選手にとってみればプレッシャーにもなります。平和的ということが前提であれば、熱の入れようによって我がこころの執着の深さを知らされてくるところも面白いものだと思います。
そんな愛国心?愛郷心をくすぐるというか煽るというか、最近のテレビ番組に都道府県をテーマにしたお国自慢的番組が目立つような気がします。純粋なお国自慢というのは面白いのですが、他の都道府県と比べて云々とか、47都道府県のなかで最も云々とか、その対決や競争の構図が番組を盛り上げるわけです。郷土を誇る、というのは何をもってしてのことかなと問わされてきます。どこそこに比べてこれが優れているからとか、比べることでしか誇りを持てないとすればそれはちょっと違いますよね。ですが、そこにどっぷり浸かっている私でもあります。それは他との比較の上で優越感に浸ったり、劣等感に苛まれたりする「私」の存在と同じです。
ところでこれも私が知らずにいただけですが、今月から「ふるさと納税」がスタートしました。「納税」とはいっても実際は「寄付」で、その額に応じて住民税が控除されるそうです。これも郷土を想うこころが前提になっているわけでしょう。もちろんこの発想は大都市圏と地方の格差というところからのものですが、そういう意味では郷土を愛するこころを「金」というかたちに表すかのようなものです。郷土自慢の番組を見ていると、自己執着を煽る意味で向かっている方向がリンクしてきます。
ふるさと納税でいうところの「格差」とは何だろうかと考えさせられます。
都道府県民の所得とか、医療、福祉の充実性、少子化とか高齢化率、人、物、金、サービスや利便性など、地方と都市との格差は歴然です。逆にサービスや利便性はなくとも、豊かな風土とゆっくりと流れる時間感覚を都市生活者が望むとすればそれも格差なのでしょう。格差是正を言い出したらそれはすべての個性を奪っていくことにならないか、平等とか公正とかいいながら良いところも悪いところも全部一律化させてしまうことにはならないでしょうか。なにもこの制度そのものを否定したいのではありません。故郷を想い、何かしようと行動する心が地方の財政の一助になるわけですし、そこからこころのふるさととして浄土なる世界が願われ見出されてくることにつながれば尊いことでありましょう。
考えてみなければならないのは、金や物に満たされることが果たして幸福なのか。どこに生まれてどこに生きても感じられるべき幸福や満足という尺度ではないでしょうか。日本人の「ものさし」がGNP(Gross Domestic Product/国内総生産)であり続けるのであれば、どこまでも「物」と「金」が人の幸せを決めるということなのでしょう。
最近、耳にするGNHという「ものさし」があります。「Gross National Happines」の
略で「国民総幸福」というそうです。仏教国ブータンでは、このものさしを国の豊かさの尺度にしているといいます。もちろんそれによる弊害もあるでしょうが、その理想は誰某よりも金や物があるという比較ではなく、いますでに満たされてあることに気づいていく視点にあるのでしょう。日本の「もったいない」という言葉と精神は、世界でも認められていますが、実際はもったいない「けど」新しい物の方が安いという選択のところに私は生きています。
大量生産、大量消費を美徳とする国において「物」や「金」の格差は必然であって、この格差をいくら是正したとしてもそれが真の平等や豊かさは得られないでしょう。もちろん地方の財政という難問を切り離してしまうことはできませんが、もっとより自然なもの、刷り込んでつくられてくる感情でなく、人がもともともっている幸せに生きようとする感情を大切な尺度としたいものです。そうでなければふるさと納税制度も首都圏の執着と、地方のひがみを煽るだけになってしまうのではないでしょうか。
私の「あれも欲しい!これも欲しい!」による大量生産、大量消費は今や中国抜きには語れません。国家の賓客によっていろいろな問題が提起され、私がどんな世界を願い何をして生きるのかが問われてきます。


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