遊煩悩林

住職のつぶやき

軽信の文化

2007年09月28日 | ブログ

親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏もうしたること、いまだそうらわず。そのゆえは、一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり。

秋の彼岸会にて荒山淳先生から、歎異抄第5章をご讃題、つまりテーマにして、私たちに響くように噛み砕いてお話をいただきました。
お念仏を「父母」のためでなく、「家」のためでもなく、「民族」のためだけでもなく、20万年前を生きた人類と、そのいのちの深さと、そのいのちの広さを存知して、はかりないところにまで想いを馳せ、すべてのいのちを「世々生々の父母兄弟」としていただかれた親鸞聖人を先生は「ダイナミック」と表現されました。
父母の供養とか、仏壇の大小とか、墓の向きだとか、そんなことにばかり囚われ、振り回されている私たちの「非ダイナミック」さというか、ちっぽけな宇宙観が問題提起されてきます。
ちっぽけな宇宙に閉じこもって「本物」と「本物でないこと」の見分けもつかず、「テレビ」から流れる情報を「本物」だと信じ込んでしまう私たちの今様を「軽信の文化」と表現されたのがとても印象的です。
「本物には歴史がある」「本物といわれる事柄は必ず歴史を持っている」と先生はいわれました。

付随して「お墓」についても一考されました。「墓」と「墓標」の違いから、そこに刻むことばについてなど。墓石の「○○家」はどこまでも亡き人を「家」の限定に縛りつける狭苦しい概念である、と。「家」という文字の持っている問題も教えられました。(「ウ冠に獣」つまり「屋根の下にケモノがいる」ということ)
やはり墓石には「南無阿弥陀仏」のお名号か「倶会一処」などの仏語を刻むようにしたいものです。
「石に刻むということは、ずっと残る」ということ。それは未来まで残し続けたいということです。そこに思いが至らず、その時の流行で墓を建てたり、刻んだりした文字はやがて廃れていくだけです。亡き人に何かをしてあげる思いで墓を建てるのではなく、このことこそ亡き人の死を通していただいた願いであったということに気づかされてこそ、後に残り、歴史を刻み続ける本物でありましょう。

また、柳澤桂子さんの「すべてのいのちが愛おしい」(集英社文庫)という本と著者について紹介されました。そこからは、人類の共通の祖先といわれる20万年前のアフリカの一人の黒人女性の遺骨の化石に付着した花粉は、葬儀を行った証であることを知らされます。ですが、人間はその原始から葬儀を行ってきたにもかかわらず、いま日本において首都圏を中心に葬儀を営まない葬送が増えてきていることについて言及されました。それは人間が人間でなくなってきたとの指摘です。
「葬儀」を営まない「直葬」については以前もお話しいただいたことですが、病院で亡くなった遺体を火葬場に直接送って焼いてしまう方法です。さらにそのスタイルが合理性を極めて、遺体が焼き終わるのを待つことなく、宅配業者が遺骨を届ける、そんなサービスがあるのだそうです。もはや「処分」と言った感覚に近いような気がします。
人が人であるといえるのはどういうことなのか。そして私は本当に人間なのか。本物の人間とは?
そんな人生の宿題をいただいた秋の彼岸でありました。

その他たくさんのお話とお言葉がメモと記憶に残っています。
「如来の勅命が無量寿」
「苦労人とは苦労話を語る人のことでなく、『今』という二度とない『時』を逃さずに生きている人のこと」
「獲三忍とは『喜』『悟』『信』」
「有為四相(生)(住)(異)(滅)」「無為自然」
「化為清涼風」と「千の風になって」
などなど。講究しきれずにメモ書きになってしまいましたが、ここに書き止めておきたいと思います。

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秋の彼岸会

2007年09月25日 | ブログ

彼岸が明けました。
お中日にはご門徒とともに秋の彼岸会をお勤めすることができました。
また、彼岸会に先 立って、常照寺の墳墓にご門徒の分骨を納めて追弔会をお勤めし、彼岸会後は定例の門徒総会が開催されました。
総会では、出席者から「門徒とは?」という内 容の問題提起もあり、大変充実した真宗道場の場となりました。
そうした問いが生まれてくるのも日頃からの聞法の成果といえるのではないかと思うのと同時 に、総会に先立つ彼岸会でいただいたご法話の感動の余韻から生じてきた積極的な「問い」ではなかったかと思います。
彼岸会では、名古屋東別院の教化センターの主幹である荒山淳先生に今年もご法話をいただきました。
今年はお話だけでなくギターを抱えて来られ、すてきな歌声も披露くださいました。

5時ごろまでたっぷりお話しくださった先生ですが、その後、瀬戸市でのお通夜に間に合ったかどうか心配です。来年もよろしくお願いします。

法要の写真を一部ではありますが、常照寺のホームページに披露していますのでご覧下さい。
http://homepage.mac.com/jyosyoji/
■常照寺年間行事■→■秋季彼岸会■→■2007年秋の彼岸会■の順にClickして下さい。

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「生」の内実

2007年09月20日 | ブログ

暑さ寒さも彼岸まで。
「もう彼岸というのに、今年はいつまでも暑いですな」とは、例年の彼岸のご挨拶であります。
そうこう言っている間に「よぉ冷えますな」と言う時が来るのですから、しばし余暑を楽しみたいところです。
さて、お盆が過ぎて束の間、お彼岸の入りです。
お彼岸のお参りに寄せていただくと、「おはぎ」をご馳走になりながらいろいろなお悩みや想いを聞かせていただきます。
最近、長女をなくされた99歳のおばあちゃん。誕生日を祝ってもらっても、孫に「いつまでも元気で長生きしてね」と言われても素直に喜ぶことができない心情。
来年の定年を前にするご主人。ご夫婦とも元気ですが「うちには子どもがないんで・・・」との老後の不安。
お二人のお話を「生老病死」の「いのちの問題」として聞かせていただきました。
「子どもの存在」という点だけをみても、あったらあったで悲しみを生み、なければないで空しさを生む。
人の数だけ苦悩があります。その苦悩をできるだけ遠ざけようとする「私」ですが、いくら遠ざけても逃れることはできません。
ならば向き合うしかありません。そしてその「苦悩」を正直に「苦悩」として受け止めるのです。「私」は悩み苦しみたくなんかありませんからついつい「苦悩」を自覚することからすら逃れようとします。しかし、その苦悩を苦悩として受け止め、その「苦」こそが私の「生」の内実であったと受け止めてこれたところに「生きることの意味」が見出されてくるのではないでしょうか。
また私の「苦」だけでなく、私を私たらしめてくれる他者の「苦」をその人の「生」の内実として捉えられたときに、苦悩の人生をともに引き受けて生きていくことの尊さが感じられ、ともに「苦悩する生」を生きていることの喜びが感じられてくるのではないでしょうか。
阿弥陀如来は私の苦しみを解決してくれるのではなく、苦悩する私を救いとってくださるのだと聞かせていただいています。
仏の智慧に遇わさせていただく彼岸でありたいと思います。

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霊の信者

2007年09月17日 | ブログ

(17日の記事をupするのを忘れていました。9/20)

ご報告が遅くなりましたが、真宗入門連続講座(「壮年特別伝道」以下「特伝」)の第7回の講座が14日、多気町の法受寺にて開催されました。
6月に本山で「毎日ご本尊にお参りします」「人の和を大切にします」「慣習にとらわれないようにします」との誓いを立ててこられた参加者ですが、7月の講座では、毎日仏前に向かうことの難しさを実感し、お盆をはさんで行われた今回の講座では、慣習にとらわれないようにしつつも人の和を大切にするということの難しさを改めて実感し、何がこの誓いを難しくさせているのかについて話し合いました。
講師の尾畑文正同朋大学教授からは、観経序分をテキストに「霊と迷信」について講義をいただきました。
話し合いの場では、本山で帰敬式を受けて誓いを立てたけども、「お盆は先祖が帰ってくる」という慣習に相変わらず従って過ごした、という方が多数でした。
また、農村のご門徒は「お盆に稲刈りをすると釜で怪我をする」とか、漁村の方からは「お盆の漁は沖に引っ張られる」とか、それぞれの言い伝えを聞かせてもらいました。
それぞれ「そんな馬鹿な!」と思いながらも、その慣習を無視するわけにはいかないコミュニティの中にいるわけです。尾畑先生はそれを「霊の宗教」と表現されます。
そこから離れることができない私たちは自覚なき「霊の信者」なのでしょう。
それが自覚できれば、「霊」を無視して生きることもできるのでしょうが、その自覚のないところに「慣習にとらわれない」生き方の困難さがあるといえます。
同時にそれは「真宗門徒」「仏教徒」としての信心も自覚もないということでもあります。
本山で仏弟子としての名のりである法名を受けた私たちではありますが、ともに仏弟子としての歩みを実践していきたいものです。
ところで、仏教では「霊」の存在について「否定」しているわけではありません。「ある」とも「ない」とも云わぬのが釈迦であったと教えられています。「では、あるかもしれない」ということではなく、「ある」か「ない」かもわからない事柄に振り回されない、というのが真宗門徒の立場でありましょう。

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亡き人をご縁に

2007年09月14日 | ブログ

Img_4724_2 30年近くもの間、難病を抱えて過ごされたご門徒がお浄土に還られました。

昨年、「本山でお剃刀を受けて法名をいただきたい」と親鸞上人のお待ち受け総上山に参加予定でしたが、あいにく体調がすぐれずに「また今度」と見送りましたが、その願いはかないませんでした。

生きて法名を受けるということは、この方にとっては「病の身のまま」仏弟子として歩んでいく、病の身のまま如来の救いに身を任せていくという意思表示であります。
亡き人によって、生を憂えず、老を恐れず、病を恐れず、死を恐れない、すべてを受け入れて生きるところにこそ「唯我独尊」のお釈迦さまのこころを教えられます。

その病の身を支え続けてこられたご家族から、亡き人の法名にて大きな絵画(水墨画)を寄贈いただきました。
絵はご親類でもある日本南画院の故濱口官山氏が男鹿半島を描いたもので、海と大地のコントラストからは、わずか一粒の波泡のようないのちのはかなさと人生の険しさを感じます。

書院の玄関に掛けていただきましたので、ご参詣の際にご覧下さい。

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