遊煩悩林

住職のつぶやき

迷信からの解放

2015年08月18日 | ブログ

お盆が暮れました。

常照寺のお盆のご案内にも記載させていただいたことですが、真宗の仏教徒にとってお盆は、あらゆる迷信から解放されていく行事といってもいいのでしょう。

「迷信から解放」されていくには、まず何が迷信なのか、そして迷っているのは誰で、誰が迷わしているのかということを鋭く見ていく「眼」が求められてきます。

その「眼」を明らかにして初めて「お盆を過ごした」ことになるのであって、ただ墓参りして、飲み食いして「お盆」を過ごしたとはいわないのでしょう。

さて今度は彼岸を彼岸とすべく、秋のお彼岸の準備にとりかかろうと思います。

が、その前に。

今年も「福島のこどもたちを三重へプロジェクト」がスタートしました。

16日夕刻、桑名別院に31名の福島の親子を無事にお迎えすることができました。

お盆にご門徒宅にお参りさせていただく中で、お布施とは別に「これは東北の子どもたちに」といってたくさんのご支援を預かりました。

おかげさまで福島の子どもたちだけでなく、お迎えする側が彼らとともに救われていく感覚があります。

お盆の起源は、お釈迦さまのお弟子であられた目蓮尊者が、「布施の行」によって餓鬼道から親子ともに救われたという故事によるものでした。

自分のことのみ精一杯で、プロジェクトの日程にあまり関わることができないことを思うとき、自身の餓鬼性を深く知らされます。

とにかく、お盆の布施だけでなく、プロジェクト支援という尊い布施にお礼申し上げます。

プロジェクトは継続します。どうか今後ともよろしくお願いします。

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神の声

2015年08月03日 | ブログ

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑ゝ帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所
曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス
加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル
而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク
且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス
爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ
若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム
宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

いわゆる「大東亜戦争終結ノ詔書」。
70年前の1945年8月14日に発布、翌15日正午に天皇によって音読された詔書のレコードがラジオ放送されたといいます。
天皇の肉声を「玉音」というそうですが、現人神であった天皇の声を聞いたことのある人は少なく、多くの国民にとって初めて耳にする「神の声」は戦争の終結宣言でした。
終戦の詔書が、最初で最後の「神の声」だったといってもいいのでしょう。
あれから70年、天皇から「戦後70年のおことば」が発せられるのではないかとの報道を耳にしました。
「神」からようやく「人間」としての扱いを受けられるに至る経過をふまえて、「神の声」でない「人の声」。まさに人間を回復する「声」を期待せずにはおれません。
また、首相が発表する「戦後70年談話」がいかなるものかと注目が集まっています。
人を人でなくする「ひとでなし」の談話でないことを願いながらお盆のお参りを勤めたいと思います。

さて、東本願寺が毎月発行している「同朋新聞」の8月号に作家の高史明さんのインタビューが掲載されています。
文中の「戦後70年を迎えて」という見出しに
20年前に大谷派が沖縄で「沖縄戦五十周年追弔法会」を勤めた時、当時の能邨英士宗務総長が語った言葉が忘れられない、と。それは

日本は戦後、一遍も平和だった日はありません

と言い切られた言葉だったと。その見識はまさに親鸞聖人の思想だと。親鸞聖人の教えを視点とすれば、沖縄だけ切り捨てておいての平和というのはない、と。
いま、安保・改憲を問う中で「平和を守る」という目線でいた私。その「平和」は、まさに沖縄を切り捨てたところでの感覚であったことを思い知らされ、今月のお寺の掲示板に記させていただきました。
誰が「ひとでなし」か。自分だけが平和であればいいと思う私自身の問題でした。
盂蘭盆の故事に自らの「餓鬼性」を学び続けなければなりません。

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