遊煩悩林

住職のつぶやき

説法獅子吼

2018年12月27日 | ブログ

 

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

 

平家の栄枯盛衰を描いた物語の冒頭ですが、祇園精舎は京都の花街ではなく。

『仏説阿弥陀経』が説かれたインドの祇樹給孤独園のことだと。

地名の由来はとても深いものがあります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/祇園精舎

ただここではその由来のお話ではなく、年末の「除夜の鐘」と年初の「修正会」のお知らせ。

「祇園精舎の鐘の声」は諸行無常の響きがあるといいますが、「神都伊勢の鐘の音」は誰にどんな声として響くのか。

たまたまお寺に縁あって、歳末に鐘を鳴らす機会をいただいた私。

縁も所縁もなければ、鐘の音が私に何を訴えているのかということに思いを馳せることもなかっただろう。

鐘の数は、一吼・二吼・三吼・・・と数えるという。

説法獅子吼と『三誓偈』にある。

とはいえ、ほぼほぼそんな思いで鐘を突きに来られるわけではないのか、と。

風邪をひかぬように暖かい格好でお出かけいただければ。

暖かいものも用意してお待ちしています。

獅子吼されども「無病息災」を祈る心から、なかなか解放されない住職なのである。

本年中の「つぶやき」を聞いていただいたことにお礼申し上げます。

明年もぼそぼそとつぶやいてまいるつもりですので、時々聞いていただけると幸いです。

 

 

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骨のうたう

2018年12月19日 | ブログ

戦死やあわれ

兵隊の死ぬるやあわれ

遠い他国でひょんと死ぬるや 

だまってだれもいないところで

ひょんと死ぬるや

ふるさとの風や

こいびとの眼や

ひょんと消ゆるや

国のため

大君のため

死んでしまうや

その心や

「骨のうたう」


伊勢出身の詩人、竹内浩三。

その作品集「愚の旗」が復刻されてお寺に届きました。

印刷や紙質、製本にこだわった復刻版

モノとしての価値よりも、戦地においてなお、兵舎で綴られたことばとその表現的な価値を思います。

月末には青年劇場が竹内浩三を描いた演劇「きみはいくさに征ったけれど」が上演されます。

万難を排して、「その心」を観じてきたいと思います。

竹内浩三 http://www.asahi-net.or.jp/~pb5h-ootk/pages/SAKKA/ta/takeuchikozo.html

青年劇場 https://www.seinengekijo.co.jp/s/kimiha/kimiha.html

 

 

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万年無休

2018年12月06日 | ブログ

8年半乗った車を買い替え。

気に入っていてまだ乗れるのですが。

ただ考えてみると8年前とでは、家庭の状況がずいぶん変わった。

当時5歳の長男は中学生になり、チャイルドシートに乗っていた長女は10歳に、末の娘に至っては存在すら。

家族そろって外出する機会も減ってきたが、まれに全員乗ると窮屈感がハンパない。

それは運転手の私の体重・・・腹まわりとかの関係もあるかもしれないけど。

買い替えを決断させたのは、兄が車に乗らなくなったということも大きい。

選択の条件は、家族5人プラス兄という設定で6人乗り以上。

7月にオーダーして11月末日の納車。

まるまる5ヵ月待った新車がやってきてこころなしか心がざわめいている。

心といっても、煩悩である。

煩悩はよく炎に喩えられるが、まさに燃えさかる煩悩である。

煩悩を燃やし、燃料を燃やし、環境を汚染しながら。

貧瞋痴の三毒がまさに生きる原動力になっている。

親鸞という人は煩悩を氷で表現してくださっている。

煩悩の氷解けて功徳の水となる

また正信偈には

不断煩悩得涅槃

とも。

煩悩に休みはない。夢の中まで煩悩まみれである。

煩悩ますます盛んにして阿弥陀さまのおはたらきも多忙を極める。

煩悩に休みなし

慈悲に暇なし

と師走の掲示板。

「ブラックフライデー」「サイバーマンデー」、お歳暮だ、クリスマスだ、正月だ、と。

この時期、あるご門徒のおばあちゃんの言葉を思い出す。

お念仏がないと年を越せんでなぁ

いつだったか年の瀬に申経を依頼に来られてそう言われた。

私の口からそんな言葉が出る日が来るのだろうかという師走。

 

なむあみだぶつ

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