遊煩悩林

住職のつぶやき

Attention

2009年11月28日 | ブログ

親鸞さま748回目のご命日となりますでしょうか。
そんなご命日を大酔っぱらいのまま迎えました。昨夜から今朝にかけてご迷惑をおかけした方にはお詫びを申し上げます。
どこかでカバンを忘れ、中に携帯電話も・・・。タバコだけはきっちり持って帰ってきたようです。
真夜中?早朝?に帰り、風呂の浴槽で寝込んでおりました。シャワーを出したまんまで寝ておりましたから、安全装置が作動してガスが止まったようです。
冷えきった風呂の中で、あまりの寒さに目が覚めてくれました。あのまま目が覚めなければ、親鸞さまと同じご命日になった・・・・・。
さて、親鸞さまは弘長2(1262)年の11月28日、京都押小路の南、万里小路の東の善法院でご入滅になったと伝えられています。
11月28日は今の暦にすれば1月16日。この頃の京都の寒さはどんなもんだったかと想像させられます。
暖房器具といえば囲炉裏に火鉢・・・、当時は風呂というのはどうだったのでしょうか。少なくとも毎日お湯につかるなんてことはなかったのでしょう。
酔っぱらって風呂で寝てしまう現代の自分の愚かさと当時、親鸞さまが90年かけてお覚りになられた愚かさ。秤にかけるまでもないですが「愚かさ」の自覚にも大きな隔たり・・・です。
深い懺悔の28日さまをご門徒の皆さまとお勤めしました。勤行後、その失態を交えてひと言感話を申させていただきました。皆さん笑ってくれました。
装置の異常で、朝からガス会社さんに来ていただいてガスは復旧。忘れたカバンは、昨夜呼び出して一緒に飲んだお仲間の奥さまがわざわざお届け下さいました。
ありがとうございました。

さて、そんな二日酔いの早朝に電話が鳴りました。
雑誌の取材をしたいということで、しかも今日の午後からインタビュアーのタレントさんを連れて伺いたいといいます。
あまりにも急で、なんだか怪しい感じがしましたしたので「体調がわるい!」と断りましたが、電話を切った後でその雑誌を検索したところ・・・

yahoo!知恵袋

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

二日酔いでなければ「はいどうぞ、お待ちしております」なんて言っていたかもしれないと、やはり二日酔いを肯定してしまう私でありました。
「・・・取材商法」
「・・・泥酔時の入浴」
ともにご注意下さい。

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浄土真宗である理由

2009年11月17日 | ブログ

京都の真宗本廟(東本願寺)では、今年も11月21日から28日までの7昼夜、真宗門徒にとって最も大切で基本となる行事として「報恩講」が厳修されます。真宗大谷派(東本願寺)tomo-net「2009真宗本廟報恩講」
報恩講は、ご本山だけでなく全国各地の真宗寺院でお勤まりになります。
そして、各ご家庭のお内仏(お仏壇)でおつとめするのが真宗門徒の伝統です。
私たちはどこで真宗門徒であることを自覚するかといえば、それは報恩講をつとめることによってといってもいいのでしょう。
各ご家庭の報恩講は11月28日の親鸞聖人のご命日を越して勤められることから「お取越し」とも呼ばれてきたそうです。
「何を今更」という方もおいでになるかと思いますが、神都と呼ばれたご当地のご門徒において「報恩講」や「お取越し」という言葉自体、知っておいでになる方は正直なところ全信徒中でも半数に満たないのではないでしょうか。
「知っとるわい!」といううれしいお叱りをいただきたいところではありますが、現状的には、毎年このことを繰り返し繰り返しお伝えする必要を感じます。
報恩講が周知されていないのは、もちろん伝える側の責任が果たせていない証拠でありますが、それでも少しずつではありますが、自坊の報恩講の参詣は増えてきていることから、報恩講の認知度も増しているようです。
来年度の行事計画を寺報に載せるための原稿を書きながら、ふと考えました。
では、常照寺が真宗の寺院でなければいけないと思っておられるご門徒はどのくらいいらっしゃるのだろうか、と。
報恩講もお取越しも知らない信徒さんが、自分のお手次寺が必ずしも浄土真宗でなければならない理由はどこにあるのだろうかと考えてみたのです。
ご門徒で報恩講を勤めるお家はほんの数件ですが、お盆のお参りはほとんどのご門徒が欠かしません。逆に忙しい私に配慮して盆参りをご遠慮してくださる方は、報恩講を知っておられる方が多いようです。
親鸞聖人の報恩講は知らずとも、先祖の盆参りは知っているのです。そして報恩講は知らずとも身内の葬式は勤めるのです(今のところ・・・)。
私は、報恩講も盆参りも葬式も、阿弥陀さまにお参りしているつもりでおりますが、さて、報恩講を知らずに葬式を勤めるところには、そこにどんな意義を見出すことができるのだろうかと疑問に思ったのです。
浄土真宗ヤーメタ、なんてことを住職が言い出せば、それはならん!という方が大勢いて下さるだろうと思うのです。ですが、それは「ウチは代々浄土真宗や!」という理由が圧倒的なのでしょう。
やはり、問いは「どうして浄土真宗なんでしょう?」ということが、報恩講に遇わなければ知らされてこないのではないかと思うのです。
極端にいえば、報恩講に遇わなければ葬式を勤める意味もない・・・。つまり報恩講にお参りしたことがなければ、どうして人が死ねば葬式をするのかということも考えられないと思うのです。
浄土真宗は「浄土」の「真」を「宗」とする教えです。
その浄土の真実をあきらかにして下さった「ご恩」を知らなければ、浄土の往生もないわけです。
また「浄土の往生」の事実を知れば、その「ご恩」に報いる歩みがはじまるのでしょう。
報恩講もお取越しもなく、お盆参りとお葬式だけならば、常照寺は真宗の寺院である必要はないのでしょう。
しかし、だからこそ・・・お念仏のいわれがきちんと伝わっていないからこそ、私たちの先人はこの地に真宗の道場を開いていかれたのです。
「楽でいいわ」とあぐらをかかずに、自ら知り、そして伝えていかねばなりません。
恩に報いるとは「知り」「伝える」ことです。それが僧俗ともに真宗門徒の使命と責任です。

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世の間

2009年11月13日 | ブログ

2年半の逃亡生活の末に逮捕された容疑者の両親が、逮捕直後にマスコミのインタビューに答えていました。
「子が逮捕された今のお気持ちは?」
「親として自分の子供が犯したことをどう感じているのか?」
容疑者はすでに「犯罪者」扱いで、まるで「親の謝罪」を導き出す誘導尋問です。それに対して両親は疲弊した姿ではありながらも、特に父親の姿からは何かどうどうとした、毅然とした態度を見たような気がしました。「逃亡資金の援助」という疑惑の目に対する態度なのだと思いますが、ただそのことだけでなく、何か古い世間的な「ウチの子がえらいことしてしもて、もうどないしていいか、すんまへん」という絵でなく、「自らが犯したことを明らかにしていくことが彼の責任である」というような、世間を脱した「社会」に生きる強い大人の姿にも感じました。
そのような意味からすれば、憔悴した様子の母親はどことなく世間性に引っ張られつつも、父親である夫の態度になんとか我を保っておれるように映りました。両親に対する質問者、つまりマスコミは「世間原理」の発信元ですから、子が犯したことの罪を親にまで擦り付けようとせんばかりの物言いですが、その「犯罪者の親」という目線の質問者に対する父親の姿には「社会的個人」としての立場が貫かれた印象を受けました。
しかしこのような「番組の作り方」から、古い「世間」的体質が「お茶の間」で伝承され、また社会に染み込んでいくのだと思っていたところ、夕刊(中日新聞11月11日)に被害者の両親のコメントを見て、もしかすると古い「世間」から解放されるきっかけになる議論を呼ぶのでは・・・という淡い期待も感じました。

私たちだけでなく、彼の家族もまた犠牲者なのです

新聞報道ではそれを「気遣い」と称していますが、それは彼らにとっては何も「気遣い」ではないんじゃないかと思います。
日本の社会は未だに「世間」的で、成熟した「社会」にはほど遠いところにいるとの指摘があります。「世間」を研究し続けた阿部謹也さんは日本人を「世間と社会のダブルスタンダード」といっています。
事件を取り巻く状況をみていると、どうにもこうにも社会の成熟に歯止めをかけているのは、古い世間的原理を煽る報道の仕方が大きなウェートを占めているのではないかと思うのです。どうしてそういう方法になるか考えれば、その方法を望む視聴者としての私があるわけです。
「世間」に「個人」は生まれないといいます。世間性を乗り越えたところに「社会」があって、その成熟とともに「個人」が誕生する、そんなイメージです。
「世間」に「個人」はないというのは、いつまでも「どこそこの某」、つまり「誰々の息子」という目線です。独立した個人として扱わない未成熟の社会だからです。
青木新門さんの「納棺夫日記」でいえば「叔父は、いい仕事があるがと切り出し、話の中で、何代も続いた家柄の本家の長男が納棺夫になりさがったことをなじったり、わが一族には教育者や警察など国家公務員も多く、社会的に地位のある人も多い、と言ったり、その一族の恥だと言ったりした。そして最後に、今の仕事を辞めないのなら絶交すると言った」という、そういうしがらみの世間であり、また鴻上尚史さんの「空気と世間」でいえば「日本では、犯罪を犯した子供の親が自殺したり(連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤の父親の例が典型ですが)、兄弟姉妹の結婚話が破談になることが珍しくありません」というときの世間です。つまりここでは「家系」の構成員としての「個」であり、世間の連帯責任的な発想です。
その世間的体質を利用するカタチで、親を困らせるために子が犯罪を犯すという構造さえも成り立ってしまっているわけです。
逆に、プロ野球にドラフトされたり、レコードや著書が売れて、世間に認められるとその人の周辺は一気に友人や親戚が増加するという現象が起こる、そんな体質を世間はもっています。
その日本の世間的社会に対して被害者のご両親の言葉は、社会的な制裁をその親や親戚が受けていく世間でなく、被害者とその遺族だけでなく、自分の両親までも犠牲者にしたということを犯罪者個人が自覚していける社会の提案と受け取ることもできるのではないでしょうか。
かつてイギリスにも古い「世間」的体質があったといいます。そして釜茹や四裂、スコッチメイデンといわれるギロチンなど残忍な死刑を生んだ国でもあります。ですが、その賛否を乗り越えていま死刑は廃止されたのは、社会が成熟してきた証拠だと思えるのです。遺族が容疑者の逮捕によって「私たちは小さな村に住む普通の家族だった。ようやくこれで普通の家族に戻れます」と語っておられるとおり、田舎の小さな村にまで「社会」が浸透しているのです。
ふりかえれば日本は、明治の時、社会の「自然熟成」を待たずして近代国家をつくりあげようとしました。結局はそのまま世間が成熟することもなく、表面的に「社会」とか「個人」という概念を用いているだけで、中身は何も変わらずに古い「世間」にい続けているのではないでしょうか。
さて、被害者のご両親が望むことはひとつです。「どうして親切なあの子が死ななければならなかったのか」。
容疑者の父親は「遅くに仕事から帰ってくると、肩や腰をもんでくれた。私たちにとってはやさしい息子だった」といいます。
どうして「やさしい息子」が事件に関わり、「親切なあの子」が死ななければならなかったのか。
被害者のご両親はさらに「私たちは娘を失った。でも市橋容疑者のご両親も息子を失ったと言えるのです。われわれはともに事件の犠牲者なのです」といいます。その目は「事件」に向けられてあり、その事件を生み出す日本社会に向けられています。決して彼とその家族を排除していくことが、必ずしも「豊かな」社会ではなく、奇しくも大阪の建設会社の「タコ部屋」と呼ばれる寮生活のごとく、日のあたらないところで社会を支えていくことを前提とした、彼もまた赦されるものであることを個人の信仰にまで深められているところからのことばではないでしょうか。
私たちは「報道」から逃れることができません。チャンネルを変えても変えてもテレビの前にいる限り、向こうから視界に入ってきます。それは、この事件をあなたたちはどう見ているのですか?という問いかけのようです。

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人の間

2009年11月12日 | ブログ

親が年金をもらわなくなったら家族間の人間関係は修復するのではないか

先日、常照寺での「推進員研修会」で、講師がそんなご提言をされました。
金を持ってる親の面倒をどこの「子」が面倒見ようとするのか、という指摘です。
年金をもらわないということは難しいですから、全額お寺に寄付をすればいい(笑)、そうすれば親は喰うていけなくなる。喰うていけない親をみてようやく子どもたちは、渋々でも「面倒」をみることになる、みなければならないようになるというわけです。
異論は様々あると思います。親が喰うてなくても子どもは自分らをほっておくだろう・・・。子どもらの世話にはなりたくない・・・子どもに面倒をかけたくない・・・
聞いていると、どうも子どもたちを信頼していないか、いつまでも頼れる親でありたいという内心が見え隠れしてきます。
ただ、この問題提起は「年金をもらうな」ということを言っているのではないでしょう。
「なかなか子どもが一人前にならん」というボヤキの原因をこの「私」に一度引き当ててみてはどうか、というお誘いです。

法事の席では、郷里を離れた息子が「そのとき」だけ帰ってきて挨拶し「これで死んだじいさんもさぞ満足している」なんて一人前の「顔」をして挨拶をしているが、その裏には、前日におばあさんがお寺にお布施を届け、お内仏(お仏壇)をお磨きし、お掃除し、終われば、お供物を包んでお寺にお礼参りをされる・・・なんていうエピソードもありました。
おばあさんのご信心ということや、やはり子どもが恥をかかぬように、できる根回しはやっておきたい、という親心もそこにはあるわけですが、その子のご信心は、「いつ」その事実に気づき、育まれるのでしょうか。
50や60を超えた子どもが、親の心や信心の上に立ってそれを利用しているだけでは、いつまでたっても自分の足で寺に足を運び、布施を包むこころが生まれることは難いわけです。
我が子が布施をする人間となるのは「命がけ」のことです。果たしてその親が死んだときに、親のその根回しも知らずにいる子どもたちは布施をする人間となるのかどうか。
子どもがなかなか一人前にならんのは、一人前にさせない何かがあるわけです。
親が「すまんね」といって、子どもたちの支援を喜んでいくことで、彼らが一人前になるのであれば、親はこれまで築き上げ、頑に握りしめてきた財や保障を手放す勇気を持たねばならないのではないでしょうか。それが、子どもたちを心から信頼する親の姿となるのでしょう。
まず私自身のあり方と家族間の人間関係を見直す必要があります。
真宗大谷派は「家の宗教からこの自覚に深めていこう」と50年も前にこのスローガンを掲げてきましたが、現状は「個人」の信仰というところまでは深まったとは言い難いのでしょう。
「ウチはナムアミダブツや」という認識が仮にあったとしても「私はナムアミダブツをご本尊としています」という信仰表明をすることはほとんどない。というより、それをさせない「世間」が50年前から継続されているといえるのではないでしょうか。
-つづく-

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巻かれることの心地よさ

2009年11月08日 | ブログ

「夕刊が熱い」と感じます。記者もまた編集員も・・・?

11月7日の中日新聞夕刊に

護憲・反戦 名古屋市「中立性欠く」?

-「後援外し」に市民団体反発 -

という見出しがおどりました。?内容は、戦争や憲法九条をテーマにする市民行事に対して、市や教育委員会が後援を許可しなくなったというものです。?現場では「特に護憲をうたう行事で後援を拒否されるケースが多い」といいます。?この事実はいったい何を物語っているのでしょうか。?特に名古屋市では市長選、そして先の衆院選の影響を考えるのは玄人だけではありません。?当事者の発言を見れば「近年、憲法改正の論議が高まり、市民から『どうして後援するのか』という指摘も増えた」というわけですが、市民一人ひとりの発言と、大きな権力を持つ団体の発言力の差は圧倒的になってきたというしかないのでしょう。?まるで、一般審査員の白いボールひとつが1点なのに対して、特別審査員の青いボール1個が100点であるかのような、特権主義的お笑い番組的な行政の有様を物語っているようです。?これまで憲法改正をアレやこれやの手段で訴えてきた党が野党となり、次に政権を取り戻すにはしっかりと「野党」の務めを果たすしかありません。?手のひらを返したように主張を変えれば、「だらしのない野党」のレッテルを貼られたまま次の選挙を迎えなければなりません。?与党が与党たり得るのは、それなりの背景があるわけでしょう。?野党は「野」にハバカラなければなりません。ハバカルのは「憎まれっ子」なのですから、しっかり憎まれなければならないのです。ただ、それが「誰に憎まれる」ということがはっきりしなくてはならないだけです。?「後援外し」の見解として識者は「自治体の運営は憲法に基づいてなされており、自治体が憲法を守り、促進するのは当然」といいます。?「公的性」という言葉自体が揺らぎはじめている、という夕刊の勇敢な主張だと受けとめました。?「公」は「公」であるが故に「公」なのであって、長いものに巻かれる体質は否めないにしても、それがどんどん俊敏に、否、先を見越して自ら巻かれていっては、それを目の当たりにしている市民がイタイ、見過ごすわけにいかないのでしょう。
先を読み、美味しくもなく巻かれる具材になろうとするのは、何を隠そう「個々」であるはずの「私」が失われてきている、失われている、そして積極的に失おうとしている証といってもいいのではないでしょうか。
ましてや、他と違う「個」よりも、他と同じであることを美徳とし、それ以上に「巻かれやすい」存在感が心地いい、そんな時代社会にまた自分も浸っているのだと、他者の批判を通じて自分のことを言い当てられていたのでした。

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