遊煩悩林

住職のつぶやき

明日がない

2009年04月17日 | ブログ

先週末の藤原新也氏のお話の内容について、その多くはインドでの体験談、「メメント・モリ」の写真とそこから紡ぎ出されてきた了解でありましたから、多くの著書のとおりですが、そこから私たちに提起された基本的な視点は「いのちが見えない」という問題だと受けとりました。そのことを著書でも「生きていることの中心(コア)がなくなった」と表現し、現代の「あべこべ社会」には「ニセモノ」に満ちていると見出されています。
「ホントウ」のことを求める純粋な信仰心からのことばです。

「祭りの日の聖地で印を結んで死ぬなんて何とダンディなやつだ」とか

「信じることの愚かさ 信じることの賢さ」

という作品(写真)は、独特の言い回しですが、信仰への敬白と受け取れます。
「死 は109個めの煩悩だ」という表現や、「かみさま」「天国・地獄」「三途の川」「黄泉の国」・・・・・など、私たちが嫌煙しがちな用語をそのままストレートに聞くことができたのは、氏が宗門人でないからでありますが、それらの言葉をあえて使わなくしているに過ぎない私は、古い因習から伝統せられた言葉をただ勝手に否定して「真宗では使わない」などといって、その歴史や背景にも触れずに避けて通っていることに気づかされます。
それにしても、作品の数々には特別な専門用語も必要としない印象的な言葉がたくさんあります。

本当の死が見えないと本当の生も生きられない

ひとはみな あまねく照らされている

死のとき 闇にさまようか 光に満ちるか こころがそれを選びとる

死とは 死を賭して周りのものを導く 人生最後の授業

死体は語り、しゃべるのだといいます。それを「聞く」者がいる限り・・・ということです。あらゆる制限を超えて共感させられます。

しおれ、悲しみ、滅入り、不安を抱え、苦しみにさいなまれ、ゆらぎ、くじけ、うなだれ、よろめき、めげ、涙し、孤独に締めつけられ、心置き忘れ、打ちひしがれ、うろたえ、落ちこみ、夢失い、望みを絶ち・・・・・あとは生きることしか残されていないほど、ありとあらゆる人間の弱さを吐き出すがいい。

という作品は、紛れもない人間を超えたところからの呼びかけなのでしょう。そこにリアルなホントウの人間が背負っている命の姿を感じます。
生きていてもつまらないとか、いいこともないとか、面白くないとか、それがニセモノであることがそこから知らされてきます。

20090407_161347 と、手帳のメモはいっぱいで紹介し尽くせませんが、自分自身が感じたままをここに記し留めたいと思います。
藤原新也氏の作品は、ここで言葉で伝え切ることはできません。Mémento-Moriの作品は、Shinya Hujiwara Official Websiteでもその一部がご覧になれます。
荒山先生をはじめヤボなお願いに応じてくださった皆さまに感謝です。荒山先生の真宗門徒講座の詳細は名古屋東別院のウェブサイト「お東ネット」でご確認いただけます。

さて「一人称の死」。私が死ぬ、ということを当の私はどこまでリアルに想像することができるのだろうか。問えば問うほどニセモノになっていくような気がします。それは、どこまでもまだまだ先の遠い未来にしか設定できない「じぶん」であります。
「メメント・モリ」は「自分が必ず死ぬべき身であることを忘れるな」という意味のラテン語で、藤原新也はそれを「死を想え」と表現しました。
そういえば、宗祖は9歳の得度に際して、明日はない身であることを詠んだと伝えられています。

明日ありと 想うこころの 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかわ

真宗大谷派名古屋別院・名古屋教区・教化センター http://www.ohigashi.net
名古屋東別院 お東ネット 真宗門徒講座 http://www.ohigashi.net
藤原新也オフィシャルウェブサイト http://www.fujiwarashinya.com/
メメント・モリ~死を想え~http://www.fujiwarashinya.com/memento_mori/

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一人称の死

2009年04月15日 | ブログ

先週の土曜日、名古屋の東別院で行われた名古屋教区仏教青年協議会(仏青)の宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け大会に「そうとは知らず」参加させてもらいました。「そうとは知らず」というのは、話せば長くなりますが、そもそも今月1日、写真家で作家の藤原新也氏のブログに「4月11日に真宗大谷派の集いで名古屋で講演する」という記事をみつけたのがきっかけです。ただ「東本願寺関係の人の集いの中で行われるということでおそらく一般からの参加は出来ないのではないかと思う」との断りがあったので、どんな集いなのかと宗門関連のサイトを探したのですが、どこにもそんな情報はありません。「うーん」どうしようかと考えたあげく、「真宗大谷派」「東本願寺」「名古屋」とのキーワードから、毎年常照寺に法話に来てくださる名古屋教区教化センター主幹の荒山淳先生に思い切ってメールで問い合わせてみたところ、後日教化センターから返答するということでした。7日、教化センターのスタッフからメールを頂戴したところ名古屋教区仏教青年会主催の集いであることが判明。ただしそれは公開された講演ではなく、ごく限られた方を対象にした集いということでした。「葬儀を執行する側の若手(お寺の家族)を対象とし、会場は収容人数80名程度の限られた講演です」とメールに記載されていましたので、その条件であれば私も満たしているではないかと、ちょうどその日は荒山淳先生の真宗門徒講座が開講されていたこともあり、東別院に足を運びました。
20090407_160659_4同講座は「仏陀の生涯」を学んでいく連続講座の第1回目にあたっていました。会場の名古屋教務所議事堂は満堂。別院境内の桜並木は満開。100名以上の聴講者が荒山先生の仏教を楽しく学んでおられました。足を運ばれた方々の本当に講座を楽しみにしてきたという雰囲気もさることながら、お一人お一人にご挨拶されて迎えてくださった荒山先生のお姿が印象的でした。ほぼ毎月の講座にできるだけ足を向け、聞法の列に加わりたいと思います。
で、講座の休憩中、例のメールをくださったスタッフに詳細をたずねようと教化センターへ、すると担当スタッフは「お答えしかねますのでこちらへ」と名古屋の教務所へ案内されました。いよいよこれはとてつもなくシークレットな集いに首を突っ込もうとしているのかと思いつつ、通されたのは教区の駐在さんのところでした。
「もともと公性のない講演の予定でしたがブログに出てしまいましたので教区内外から問い合わせをいただいております。ただあくまでも対象は若手寺族なので、公開して一般の参加者が増えすぎると大会の趣旨がブレてしまいますから、趣旨をご理解の上で参加されるというのであれば、参加の申込を受付けます」ということでしたので、教区外ではあるものの一応若手の寺族であることを伝え、ようやく申し込むことができたのでありました。そんなこんなでいろんな方に迷惑をかけてその日を迎えたのでありました。
しかし、名古屋教区の仏青主催ということがわかり、参加の申込もできましたが、その「集い」が何の集いなのか、当日足を運んでみてようやくわかりました。それは名古屋教区仏教青年会の「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け大会」であったのでした。その大会の記念講演に藤原新也さんをお招きしたのでありました。会場には演題が掲示されていました。そこには「死を念え」と。藤原氏の代表作「Mémento-Mori」は「死を想え」と訳されてあります。
なるほどなるほどそういうことで、と。点と点がようやく線となりはじめながらも、どうして藤原氏なのかと開会までの間、考えておりました。それも開会とともに判明。
名古屋の仏青では、「死」をテーマにこれまでに学習会が持たれてきたそうです。そこから見出されてきた課題は、「一人称の死」が見えないという問題だったそうです。「一人称」つまり「私」、「自分」。「死」を問題にしているのだけれども、それが「自分の死」、私が死ぬということとして見出せない。という課題から、藤原氏の「メメント・モリ」という作品を手がかりにしながらこれまで学んできたのだそうです。そういうことが背景にあって、今回のお待ち受け大会では写真家で作家でもある藤原氏に講演を依頼されたのだそうです。
なるほど、宗祖のお待ち受け大会に宗門外に講演を依頼されるとは、さすが名古屋の仏青だなんて分限を超えて感心しながら、講演に先立って、仏青メンバーが作成してきたという「いのち」を題材にしたスライドショーを鑑賞させてもらいました。
開会は午後4時。30分ほどのスライドショー後、藤原氏の講演は約90分とのご案内でしたが、なんのなんの藤原氏がこれまでの歩みの中で培ってこられた死生観を「メメント・モリ」の写真とインドでの体験、また父親の介護という体験を交えて2時間以上も語っていただきました。
そのなかで、出版から25年以上もの間、多くの人のこころを動かすこととなった「メメント・モリ」掲載の写真を10数枚、投射機で映して作品とそこに込められた想いを聞かせていただいたのですが、何かの手違いでレプリカでなくオリジナルのフィルムを持ってきてしまったのだそうです。ご自身もおっしゃっておられましたが、投射機の高熱にさらした本物の写真をこの場で見てもらうなんてことは「実は、大変なことなんです」と・・・、オリジナルなので長時間じっくり見てもらうわけにはいかないが・・・と惜しまれるところなんかは身近に感じられました。
映画「おくりびと」とのエピソードを最後に付け加え、講演は6時半頃に終了。その後、桜吹雪のなかで?懇親会が持たれたようです。今回の大会は宗門外部からの著名人のご講演にも関らず参加費は無料。協力金というかたちで募金箱が設置されてあるのみでした。ならば三重の仲間にも声をかけたかったとおもいながら、よし私たちも地元でやればいいんだと、何も宗門にとらわれずに企画して実行すればいいんだと、境内に舞い散る桜の花のなかを帰ってきました。

〈つづく〉

真宗大谷派名古屋別院・名古屋教区・教化センター http://www.ohigashi.net
名古屋東別院 お東ネット 真宗門徒講座 http://www.ohigashi.net
藤原新也オフィシャルウェブサイト http://www.fujiwarashinya.com/
メメント・モリ~死を想え~http://www.fujiwarashinya.com/memento_mori/

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service

2009年04月06日 | ブログ

Servicebook 真宗大谷派の北米開教区が「service book」を出版したと聞き、宗派の出版部のサイト「tomo-ぶっく」にアップされるだろうかと思案していました。先日、別件でtomo-ぶっくを利用したとき「service book」のお取り扱いがあれば送ってほしいと依頼したところ、宗派の国際室という部署から、振り込み用紙を同封して同書が送られてきました。
「service book」は、北米開教区の宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌記念事業の一環として出版された「勤行本」。
英語の読めない私が「service」ということばから連想したのは、文字どおりの「サービス」でしたが、手元の電子辞書にもちゃんとありました。

【service】 集会礼拝;(宗教上の)儀式;(定期的な)礼拝
  * 日本の「法事」は a memorial service などと訳す

そういえば「告別式」は a funeral service でありました。
その「service」です。
漢字・ひらがな・ローマ字によって表記された正信偈やお経、御文、仏教讃歌、真宗の教えや荘厳の概説が掲載されています。
「御文」は「The Letters of Rennyo Shonin」。知っているものにとってはわかりやすい表現です。
正信偈やお経には、英文で趣意が施されています。
たとえば正信偈の「帰命無量寿如来」は

I take refuge in the Nyorai of Eternal Life

yahooで翻訳してみると「私は、永遠の生命の如来に避難します」???
やはり難解です。
ロサンゼルス別院で作成されたものを改訂したのだそうですが、全体的に丁寧に出来ているなと分限を超えて感心してしまいました。
英語もわからない私がなぜこの本を手元に取り寄せたのかというと、毎年常照寺には蓮如太鼓を叩く英語圏の方が決まってお参りしてくれるからです。同書は彼の念願でもありました。
宗風に馴染みのない方とともに「おつとめ」することに対する「service book」の工夫は、日本語の?、オリジナルの勤行集にもあるといいなとも思いました。もっといえば、朝鮮半島のことば、中国のことば、ロシアのことばがあってもいいと思います。

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愚民

2009年04月04日 | ブログ

いまから、およそ800年前-
国家権力の支配下にあった平安仏教に終止符を打って、
鎌倉浄土仏教を確立した吉水教団は、
時の「体制権力」によって弾圧・解体され、
法然上人以下、師弟十数人が
死刑・流罪に処せられた。

(「承元の法難」DVDジャケットより)

  法然聖人は土佐へ流罪、親鸞は越後国、浄円は備後、澄西禪光房は伯耆、好覚は伊豆、行空法本は佐渡国、ほか幸西成覚・善恵は遠流。
西意善綽、性願房、住蓮、安楽の4人は死罪。住蓮は京都六条河原、安楽房は近江国馬渕にて処刑。

承元の法難」として伝えられている出来事です。

宗祖親鸞聖人の生涯をたどる中で必ず通る歴史でありますが、それを「ただの」歴史としてしか見てこなかったのではないかと問わされています。

Photo_3「承元の法難(親鸞聖人聖人流罪800年)」と題したDVDが「『承元の法難』制作委員会」[【脚本・演出】伊勢谷功(大谷派常願寺石川県)【撮影・音楽】菅原龍憲(本願寺派正蔵坊島根県)【編集】毛利慶典(本願寺派光永寺広島県)]によって制作され、それを昨晩の常照寺の同朋会で鑑賞しました。

ドキュメンタリーですが脚本がよく出来ていて、とくに住蓮・安楽らが処刑されて50年目にあたる1257年2月9日に85歳の親鸞が、夢に告げられた和讃を書にしたためるくだりが感動的に描かれています。この「法難」が親鸞の思想において大きな意味を持っていることの裏付けとしてであります。

このドキュメンタリー映画は「法難」が、800年の時を超えて私たちに呼びかける事柄が提起されています。

天皇のお許しを得ない宗教や、神を蔑ろにする宗教、あるいは体制に従わない宗教は正しくない宗教であるという批判は、今日の我々にも多く見られる発言であることを思うとき、800年前の吉水教団を弾圧し、法然上人や親鸞聖人を流罪にした超本人は、まさにこうした我々の考え方そのものであったといわなければなりません。

という厳しいメッセージです。
ここからは、宗祖の750回御遠忌を迎えようとするいま、私たちはこれまでいったい何を学び、何に気づき、何を実践してきたのかということが問わされてきます。

またプロローグやエピローグ、そして本編の随所に戦時中の画像や靖国神社の画像が象徴的に挿入されていることが、この「法難」が過去の歴史でなく、現代を生きる私たちへの大きな問題提起となっています。
「法難」から800年の時を超えても、私たちは根本的に変わるところがありません。そのことに「気づいてください」とのメッセージが込められています。
体制にとっては「愚民」の方が都合がよいわけです。「愚民」の自覚にまず立つことから見えてくる世界があるのでしょう。

本願念仏の教えに生命をかけた、
浄土真宗の開祖・親鸞聖人の生涯をとおして、
「民衆の真の目覚め」を、つねに妨げてきた「体制権力の猛威」を、
「承元の法難」を中心に据えて描く、「現代人の御伝鈔」

(「承元の法難」DVDジャケットより)

DVD『承元の法難』完成のご案内 http://www.saikyoji.net/jougen.htm

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内仏

2009年04月01日 | ブログ

浄土真宗ではお仏壇のことをお内仏と呼んできました。
それは仏壇、つまりその箱でなくそこにご安置されている仏さま、ご本尊に重きをおいていることによります。
では、ご本尊に重きを置くということはどういうことかと考えたときに、お内仏は「内観の仏」というわけにはいかないでしょうか。
ここでいう内観というのは、そこから私の心の内が表情化されるということです。しかもそれは誰かに対して表情化されるのではなくて、あくまでも自己の内面に対してです。お内仏のお給仕は決して誰かに見せるためのものでなく、それを給仕する「私」の「内心」がそこに現れて意識化されるということです。
もちろん、物理的にそれが存在している限り、必然的にそれが私以外の第三者の目に触れるわけですが、第一に「自分自身の目に触れる」ことが大切です。誰かの視線があるから毎朝お仏飯を備えなくてはならないのではないのです。私たちの体質的には誰かの「目」があることによって、しなければならないという気持ちになるというものがありますし、実際、「監視」するつもりはなくても同居人がおればその機能が働くわけです。仏花の当番、仏飯の当番、おつとめの調声の当番を持ち回りするなどして、お給仕の作法やそれを実践する姿を通して代々大切な事柄が伝えられてきたことは尊い伝統と歴史ですが、決して作法を守り伝えることだけが重要ではないのです。
毎朝、仏飯が備わっている事柄が代々受け継がれていくことは尊いことですが、それを親から子に、姑から嫁に継ぐことが本義ではなくて、そのことから知らされてくる事柄を意識していくところに大切なことがあるわけです。
たとえば一家の食卓を預かる者が、その仏飯を櫃に戻し、そのお下がりをいただいているとすれば、そこから家族がいのちをいただいていることの申し訳なさを表現し「いただきます」と申してきたとすれば・・・ただ「いただきます」と発音するだけの世界ではないわけでしょう。

仏花も、誰かに見せるためだけに供えるのではありません。当然、人の目に、家族の目に触れるわけですから、当番や担当であれば、それを怠るわけにはいかなくなってきます。そうだとしても仏さまのお徳をお飾りすることによって、それがただそのうちのしきたりだからやっているか、それとも仏さまの慈悲に感謝し、その知恵をよりどころとすることの表現としているか、花を備えるその本人に意識化されてこればしめたものです。
つまりそこに「内観」ということがあるわけです。ポーズはできますが、それがポーズであるかないかは誰にもいえないし、わからないことです。
「外観」を取り繕えば、それでちゃんとお給仕しているのだからいいじゃないかというのでなく、どこまでもやらされてしかやっていないような私であったり、やるべき役割を果たしているという自負心を満たすだけにとどまっているような私に気づかされるのです。まず、それに気づくことができるかによって、仏壇がお内仏となるかというところなのだと思うのです。
それは意味のわからないところからはじめて、お給仕を続けることでしか見いだされないことでもあります。意味が分からないからとか、意味がちゃんと理解できてからとか、そんなことをいっているといつまでも知ることのできないことです。最初は仏さんのためにであったり、亡き人のためにであったり、ご先祖さんのためであったり、スタートはそれでいいのです。それが誰のためでもない私のためでしかなかったことに気がつかされたときに、本当に尊い、つまり本尊に出会う世界が開かれてくるのではないでしょうか。
外観を取り繕うことをとおして、内観が深まっていく、そこに私しか知ることのできない私があり、その私に出会うことができるのです。しかしそこから見いだされる自分はけっして私たちが望んでいるような「こうありたい」という理想的な私ではあり得ません。関門は、それを受け入れることが容易ではないことです。そんな自分の真実から逃げたくなるのが私です。これだけ頑張ってお給仕しているのにもかかわらず、知らされてくるのは「愚かさ」です。頑張ったことに褒美を求める体質から脱却しなくては、ありのままの世界が開けてきません。ありのままの私が実は、私を取り囲むすべての存在から許されていた存在であったと知らされたときに、だからこそ威張るでもなく、卑下するでもない、ありのままの私が、これでよかったのだと、受け入れられ、生まれてきて良かったと頷けてくるのではないでしょうか。それがナンマンダブの世界であり、如来のはたらきというのでしょう。

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