遊煩悩林

住職のつぶやき

答えはいらない

2013年05月26日 | ブログ

「必要だったのは誰だってわかる」という橋下大阪市長の「慰安婦発言問題」。
「当時の軍は必要としていたという事実に基づいての発言だった」と。
この「当時」は太平洋戦争のことだと思いますが、さらに明治までさかのぼってみると・・・。
日露戦争の戦勝に沸き立つ最中、非戦を唱え、国賊といわれながらも戦勝祈祷を反対した僧侶が和歌山県新宮市におられました。
高木顕明というその住職はまた廃娼運動にも積極的に関わりました。
その住職が「大逆罪」というでっち上げによって逮捕され、死刑判決を言い渡されたいわゆる「大逆事件」から100年あまり。
国にとって都合の悪い思想を弾圧・排除するための事件であることが明らかになった今、顕明らの活動のうち廃娼運動もまた国にとって都合が悪かったといえるのでしょう。
当時全国で公営遊郭がなかったのは和歌山県と群馬県だけだったそうですが、和歌山県では、1909年の県議会で新宮に設置することが決定します。
どんな意図をもって新たな遊郭が設置されたのか。
大逆事件の起こったのはその翌年でした。そしてそれは「韓国併合」の年でもあります。
それがどういうことなのか。一つひとつの出来事がどこでどう繋がってくるのか。

先月、仏教青年会が企画した、新宮の顕明の寺を訪ねる研修に参加させてもらいました。ナビゲーターは訓覇浩さんでしたが、その訓覇さんが大阪浅香で行われた研修で言っておられた言葉を思い出しています。

答えを出すことは 問いを捨てることです

ひとつひとつの過去の出来事を過ぎたことにせず、わかったことにせず、丁寧に問い続けていかなければなりません。
いつのときも「為政」の立場から発される言葉の裏側には何らかの意味と事情があるのでしょう。ただの失言てことはありません。
太平洋戦争が避けられないまでに日中戦争が泥沼化した頃、内地つまり国内では厚生省が「多子家庭表彰要項」というものを発表したといいます。
10人以上の子どもを産み、育てた家庭が表彰されたそうです。
戦後何十年か過ぎても「女性は子どもを産む道具」という発言が為政者から出てくる由縁でもあるのでしょう。
「為政」の側に立てば、民は「為政」の道具に過ぎないのかもしれません。

日中戦争がはじまってすぐの昭和12年10月。中国で戦死した祖父の弟の名だけが墓石に刻まれています。出遇ったこともない家族ですが、寺で生まれ、寺で育ち、どんな思いで戦地に赴き、どんな思いで死んだのか。
きな臭い状勢のなかで改めて問われます。

自民党や日本維新の会が憲法改正発議要件を緩和しようとするその先を、過去に問い続けなくてはならないと思います。答えは簡単ではありません。「夏の参議院選挙」なんて答えは簡単にいりません。
厳しい改正発議要件は、国家権力の暴走を止める安全装置。なぜそのような安全装置が設置されたのか。

日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス
大日本帝国憲法 第29条

言論の自由を「留保」するような法を2度とつくってはならないということでもありましょう。
自民党の改憲案の第21条に付け加えられた「第2項」がまさしくそれに該当するとの指摘があります。

【自民党憲法改正草案】   
(表現の自由)
第21条集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

「前項の規定」にかかわらないこの第2項こそ戦前の「治安維持法」そのものだと。
旧憲法下の刑法に規定された「大逆罪」によって処罰された僧侶の声に耳を傾けていかなくてはならないと思います。
宗教が政治に口出ししたいのではありません。
過ちをくりかえす私だからこそ、そのことを知らせてくださる智慧を聞き続けることが大事だと思うのです。

まとまらぬまま・・・。

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ホトケになりてぇ?

2013年05月02日 | ブログ

あなたが願いを見失っても
願いがあなたを見捨てない

先月中旬、鳥羽の戸田家を会場に、「真宗同朋会運動50年を迎えて - 苦悩の群萠の救済 -」というテーマで開催された「真宗大谷派東海連区同朋の会推進員交流研修会」。
その講義の中で、「弥陀の誓願」について触れられた言葉が記憶に残っています。
「たとえあなたが願いを見失ったとしても、願いの方があなたを見捨てないのです」といった表現だったでしょうか。
この記憶を手がかりにして、冒頭の言葉を今月のお寺の掲示板に書いてみました。
自分の中から出てきた言葉ではないので、この言葉をどう受け止めていこうかというのが、今月の私自身のテーマです。

私の願いはいったい何なのか。私を見捨てない願いとは何なのか。

普段あーなりたい、こーなりたいと「お願いごと」という名の欲の中で生きているのですが、究極的には、仏教徒としては「成仏」、「仏に成る」というテーマがあるわけです。
だけど、なかなか「ホトケになりたい」などといった願望は出てきません。たとえ出てきたとしてもそれは欲望の延長線です。欲の延長で出てこればそれはそれでシメタものですが、まず「あー、ホトケになりてぇ」なんて出てこない。
ホトケはあらゆる煩悩を離れた世界の「人」のことだとすれば、ホトケになりたいと思わないということは、欲を求め、満たしたり、満たされなかったりしている世界にナンダカンダ言いながら遊んでいるのでしょう。
とすると、やはり自分の中から「成仏」ということは出てこない。
「私を見捨てない願い」というのは、「煩悩のない世界に生まれさせたい」という願いでしょう。この願いによって「ホトケになるしかない」のであって、私が自ら望んで「ホトケになりたい」といって、それを叶えてやろうというのではないんでしょう。

親鸞聖人750回御遠忌法要のテーマが「今、いのちがあなたを生きている」ですが、この「いのち」がそのまま「願い」ならば、何が何でも「必ず助ける」という誓いこそが「私を見捨てない願い」ということでしょうか。

「あなたが願いを見失っても 願いがあなたを見捨てない」というところの、「願いを見失う」というのは、まさに苦悩を意味します。
しかし苦悩の中にあっても「かならず救う」という誓いが願いとなって生きている。苦悩の中でこそ、その誓願が明らかになるのかもしれません。

私は今そんなに苦悩していませんから大丈夫ですとか、間に合ってますとかの話ではありません。「生まれた」「生きる」という苦悩の中で、それを自覚することもなく呑気に「大丈夫です」「間に合ってます」といって遠ざけている私に喚びかけるはたらきを、すでにして皆が自分の中に宿しているということです。
願いの方が先に私を生きてくれているといった感じでしょうか。私が願いを発するのではなくて、願いの方が私を発しているというのでしょうか。
相変わらず理屈っぽくなりましたが、そうはいってもなかなかそんな感覚にはなれません。探し物を探すように「お願いごと」という欲の対象を物色する日々です。

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