遊煩悩林

住職のつぶやき

いのちの方向

2015年03月18日 | ブログ

今月の初旬、「他教区交流研修」と題した研修会が開催され、当番だった三重に全国各地から若い僧侶らが集まりました。

研修は、今年の9月に「他教区交流研修」がハンセン病療養所を訪問することを踏まえて、「ハンセン病問題」について訓覇浩さんと藤原正寿さんから学ぶものでした。

私たち真宗大谷派の僧侶が、ハンセン病患者に対する国の絶対隔離政策に追従し、それが正しいこととして「真面目」に「慰安教化」を行ってきた歴史を学びました。

国の隔離政策を肯定し、さらに強制隔離に宗教的な意味を与えたのが私たち僧侶でした。

患者から名を奪い、故郷を奪い、そして断種・堕胎によって子孫を奪うことを仏の名を利用して慰めてきた。

まさに仏の名を借りて、人間から人間性を奪ってきた。研修を通じて学んだことは、他の者の人間性を奪った瞬間に、その奪った方も同時に人間でなくなるということです。

いま療養所を訪問しようというのは、決して療養所の方々を「慰める」のではなく、また「謝まる」のでもなく、私たちが自分たちの手で奪った自らの人間性を回復していかなければならないからだと思います。

奪った方が人間性を回復していくことがあってはじめて、人間性を奪われてきた方とともにいのちを回復することになるのではないでしょうか。

ところで、この研修の中で、「真宗の課題として社会の問題をみる」ということについて、それは「ひとえに往生極楽の道を問い聞く」ためだというご指摘をいただく中で、「楽土」は「西」であると仏教が示しているということが個人的にひっかかりました。太陽が沈みゆく方向になぞらえて、すべてのいのちが還っていく方向として「西方浄土」と。

東西の本願寺はいずれも東向きに建てられています。必然的に私たちは西に向かって座り、西に向かって手を合わせるカタチをとるわけです。

桑名別院での一泊二日の研修後、オプショナルツアーとして伊勢神宮に足を運び、また同じ浄土真宗の高田本山にお参りしました。

そこで問われました。

私はいったいどっち向いて拝んでるのか、と。

伊勢神宮に渡る宇治橋は、冬至の日に太陽が昇る方角に向かって架けられています。つまり昇る太陽を神として東に向かって拝むカタチをとっているのです。

国策に追従して人間性を失ってきた歴史が、西方浄土に背を向けて国家服従的に神祇を拝んできたことのように感じたのでした。

9月に訪問予定の療養所にも橋が架かっていると聞きました。その橋の名は「人間回復の橋」だそうです。

さて彼岸です。

改めて私自身、彼の岸を西方浄土として教えられつつも、果たしていま何を拝んでいるのか。

まだまだ西に背を向けている私自身を知らされるのが彼岸なのかもしれません。

ところで津にある高田本山は南向きに建てられているとの説明を受けました。

それは東に昇り西に沈んでいくいのちを見渡す方向という補足があったかどうか・・・。

物理的な方角はとにかく、お彼岸にいのちの方向を確かめたいと思います。

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ヒトが人間になる

2015年03月01日 | ブログ

1963年に起きたいわゆる「狭山事件」。
その犯人として52年もの間「無実の罪」を着せられている石川一雄さんと、妻の早智子さんにお会いする機会をいただき、埼玉県狭山市を訪れてきました。
ご夫婦のお話を聞かせていただき、また誘導尋問によってつくりあげられた矛盾だらけの現場を実際に歩いて回れば、誰もが石川さんの無実を確信することができます。
にもかかわらず、半世紀が経った今でも石川さんは「みえない手錠」をかけられたまま「冤罪」を訴えて続けておられるのです。
「生きた犯人を捕まえろ」という至上命令が生んだ冤罪事件。
無実の罪を着せたのはいったい誰なんだろうか。みえない手錠をかけつづけているのは誰なんだろうかと問われます。
捕まえた警察、審理した検察、裁いた裁判所。自白を誘導した者。証拠を開示しない者。権力におもねる判決を下した者。
いま、石川さんと弁護団は第3次の再審請求を申し立て再審開始を訴えつづけています。

獄中で文字を習ったという石川さんは短歌をいくつも詠んでおられますが、そのひとつに

錆び付いた司法の門扉 今度こそ 皆の力で こじ開け勝利
2006.10.31

とあります。
また、警察によって証拠が捏造された石川さんの住居が火災に遭った後、その一部が再現されている石川さんの事務所で

冤罪と知りつつ開かぬ再審の 裏に隠れし 権力差別
狭山を闘いぬく、識字生〈兵庫、宝塚〉

と記された手拭いが目にとまりました。

生きた犯人を捕まえなくてはならないという命令と、そんな犯罪を犯すのはアイツらしかいないという差別によってでっちあげられた偽の犯人。
偽を知りながら死刑を求めた検察とそれを認めた裁判所。
「裁判さえ開かれれば私の無罪は自ずから明らかになる」と石川さんはおっしゃっておられますが、その再審がはじまらない。
今、開示されている証拠だけでも無罪を認めるには充分ですが、再審ができない理由には大きな権力の構造が見え隠れしてきます。

国家権力のご都合で、無実の24歳の青年が75歳になるまでみえない手錠をかけ続けている。
私はそんな国には生きていたくないと正直に思います。
ただし、その構造を根っこのところで支えているのは果たして誰かという疑問を問うとき、この事実に対して何の発信も行動もしてこなかった「私」ということを意識させられます。
無実の証拠は揃っているのです。あとは「再審」を求める「世論」だと。
その「世論」を形成する一人の私ということを思う時に、権力と差別を黙って見過ごしている自分こそが、石川さんから教育の機会を奪い、手錠をかけ、無実の罪を着せたままにしているのだということを思います。

ともに闘っている妻の早智子さんが記念に撮った写真をプリントしてくださり、事件に関するDVDをお土産に下さいました。
何もできない自分の自覚とともに、世論を構成する一人の構成員として、できることをやろうと思います。
だって逃げるわけにもいけないこの国に生まれ、生きるものとして、無実の人間を犯罪者として放っておく国に自分は耐えられないと思うから。

あれこれ考えながら

人間は自己の生のみを生きているのでないことが明らかになるときにのみ人間であります

という藤本正樹先生のことばを気にとめて3月のお寺の掲示板に記しました。

早智子さんが更新されている「狭山事件」のホームページは
http://www.sayama-jiken.com/

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