遊煩悩林

住職のつぶやき

善人の苦悩

2008年06月23日 | ブログ

先週、親鸞仏教センターの元研究員である東京教区因速寺住職の武田定光氏のお話を聞きました。テーマは「現代と真宗 -現代人の苦悩について- 」。
三重教区が推進する特別伝道の学習会でした。三重教区は観経序分の「王舍城の悲劇」をテーマにした「現代の聖典」をテキストに30年以上にもわたって特別伝道(特伝)を続けてきています。
それは真宗を知識としてではなく、生きてはたらいていることを伝える場です。ですが真宗の仏教が、現代の諸問題に対してどう応えることができるのか。伝える側が、何が何でも真宗と現代の接点を明確にしなければならないという焦りみたいなものを感じていることにも気がつかされます。そんな課題を持ちつつ学習会に参加しました。以下、引っかかった記憶を羅列します。

現代は「明日を生きることばかり教えていく社会」である。それに対して真宗は「明日はない」という教えである。つまり過去と未来を包含する「いま」しかないのである。
また、現代人の生きる基準、様々な選択を決断する基準となる原理は 1.快不快の原則 2.損得の原則 3.善悪の原則 である。

損得は資本主義社会の原理に通じますし、善悪は道徳・倫理的社会の原理に応じているわけでしょう。しかし何が損で何が得なのか、何が善で何が悪なのか分別できない社会でもあるわけです。「悪」を「快」とする場合は、「悪」を選ばしめていくし、また「損」は「不快」だから「善」を放棄したり、「得」のためならどんな「悪」をも犯してしまう。そんな私たちなわけでしょう。
何もそれは現代人に限ったことではありません。

現代を政治的・社会学的視点から見る単位でなく、宗教学的な視点で見る。50年100年の単位で現代というのでなく、1万年単位で現代を見つめていけば、親鸞も現代人だ。

どんな時代のどんな社会問題も信仰の問題と無関係なものはない。

どんな時代にあっても人間は根本的にそんなに変わらないというスタンスがそこからは感じられてきます。

人間はそんなに進歩する生き物ではない、堕落もしないが・・・。

「堕落も進歩もしない」という視点からは、何か否定的というよりもむしろ何か人間に対する信頼感が感じられてきます。人間に対するというよりも、人間の持つもともとの宗教心への全幅の信頼のように受け取りました。

現代人の生きる3つの原則的基準に対して、真宗(宗教)の原則は「真偽」である。

それを求めるこころとその眼です。何が得で損で、何が善で何が悪かなんかは普遍的なものではありません。やはり現代という社会に欠如しているのはそれが「真実」であるのか「偽物」であるのかという基準なのです。快不快・損得・善悪の基準で動いている社会に真偽の基準は非合理的で経済的ではありませんからやはり受け入れにくい、煙たいようなものかもしれません。だけれどもそれがやはりどこかにはたらいているのでしょう。
こんなこともいっておられました。

日本の仏教界ではおみくじとかお守りとかそんな類いのものをほとんどの宗派がやっている。しかし、真宗のお寺ではそれを見たことがない。それだけでそこに如来がはたらいていると感じずにはおれない。

如来とは真実のことです。つまり「おみくじ」や「お守り」は「偽」であることを、知っているからやっていないのでなくて、そこに真実がはたらいているというわけです。もしかすると寺の維持費や運営費に困っておみくじを売ったり厄払いをしたりと考える住職が居ても不思議ではありません。でも真宗の寺院はそれをしない。「真宗の寺院はおみくじやお守りは売ってはいけません」なんて指導されたことは一度もないにも関わらず。「如来がはたらいている」とはそういう現実的なことなのでした。
さてもうひとつ記憶に残っているのは、

善人が罪を犯す

ということばです。真宗的に「善人」とは「自分を善とする人」のことですから、自分以外の他者はすべて「悪人」、つまり社会は「悪」となってしまう。そこから被害妄想的な生き方が生まれ、また社会に対して恨みを抱く発想に表れてきているという言い方もできます。

悪人の家庭は明るく、善人の家庭は暗い

これも面白い表現でした。
一家に一人「善人」がいれば、他の家族は「悪人」にされるわけです。「裁きの家庭」だともいわれます。善人がああだこうだと家庭を取り仕切るわけです。ましてや「善人」が2人いるということは、目も当てられないことが容易に想像されます。「善」と「善」の、つまり「正義と正義」の争いですから、そこに人は育たないでしょう。それに対して悪人の家庭は明るい。自分以外はすべて「善」とする「悪人」の家庭は互いに尊重し敬い合えるわけです。
「正義」ということについて、中島みゆきの「Nobody is Right」という歌を紹介していました。人は正義を立てることで争いを生む、そんな歌詞だったでしょうか、ちょっと確かかどうか分かりませんが、武田氏は

人間の世界では「善」を否定することはできない

ということをおっしゃっておられたと思います。人間を超えた絶対項が宗教である。だから如来という真実に委ねていく、つまり南無(委ねる)することで、ようやく人を苦しめ排除しようとする道徳的「善」を否定することができるのです。
マスコミによって道徳的「善人」像が世間的に理想像としてつくりあげられているのが現代であるならば、その善を宗教的絶対項によって否定していくことで、ようやく人と人が裁き合うのではなく敬い合える社会に生きることができるわけです。

以上、乱暴な感想ですが、記憶が薄れる前にとどめておきたいと思います。
現代というつかみどころのないテーマをどうにかつかみ取ろうとする私でしたが、身近なところに真宗の方からはたらいて下さっていることを教えられ、励まされた武田氏の講義でした。

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王舍城の悲劇

2008年06月18日 | ブログ

「王舎城の悲劇」のものがたり

 釈尊の晩年のときのことです。ガンジス河からほど遠くないところにマガダ国という大国がありました。王舎城はこの国の首都で、釈尊はここでたくさんの説法をされました。マガダ国の王であった頻婆娑羅は熱心な信者で、夫人の韋提希と共によくみ教えを聞いていました。
 ところで、この二人には久しく子どもがなく、頻婆娑羅王はほうぼうの神々に祈願していましたが、なかなか世継ぎを授かりません。あるとき占い師を呼び寄せて尋ねてみると、
 「近くの山に住んでいる仙人が三年先に死んで、あなたの子となって、生まれてくるでしょう。」
と予言しました。家来に調べさせてみると、それらしい仙人がいることがわかりました。歳の若くない王は、占い師の予言した三年の月日が待てません。そこで王は使いを出し、仙人にわけを話して、すぐに死んでくれないかと頼みました。仙人は、
 「いくら王さまの仰せでも、それはできません。三年後に寿命がきたら死ぬことにしましょう。」
と断りました。使いが城に帰ってこのことを頻婆娑羅王に伝えると、王は、
 「わたしはこの国の王だ。国中のすべてのものは王のものだ。その国王であるわたしが頭を下げて頼んでいるのに、その懇願を聞き入れぬとは何事だ。」
と怒りました。そして、その使いに向かって、
 「よいか、もう一度行って頼んで来い。それでも断るようなら、かまわぬから殺してしまえ。そうすればわが子となって生まれてくるだろう。」
と命じました。使いはふたたび仙人のところへ行って王の言葉を伝えました。しかし仙人はやはり聞き入れません。しかたなく使いの者は王の言いつけどおり仙人を殺してしまいます。仙人は、
 「王はひとに命じて私を殺させた。わたしも王の子として生まれ変わったら、この仕返しに、ひとに命じて王を殺させよう。」
こう言い残して、こと切れたのです。
 まさにその日の夜、韋提希夫人は身ごもりました。この知らせに喜んだ王は、夜明けにさっそく占い師を呼び、お腹の子の将来を占わせました。占い師は、
 「男の子がお生まれになり、立派な世継ぎとなられます。ただし、成長の後には王に危害を加えることでしょう。」
と 言いました。待望の世継ぎが生まれるという予言は王にとって嬉しいものでした。しかし一方で、いつか自分が害されるかもしれないという不安で、心は穏やか ではありません。はじめのうちは体面をおもんばかって「私は恐れたりしない。この子にすべてを継がせる」と強がりを言っていた王も、とうとうその不安に耐 えきれなくなりました。そこで夫人に、出産のときに子どもをこっそり高殿から産み落としてはどうか、そうすればわたしの不安の種も無くなるし、子殺しが表 沙汰になる(露見して悪評が立つ)こともなかろう、ともちかけました。夫人は迷い悩みましたが、王に反対すれば、愛情を失ってしまうと思い、いわれる通り にしてしまいました。しかし、生み落とされた子どもは、指を一本けがしただけでたすかったのです。
 一度は殺そうとしたものの、たすかった子に不 憫さと愛しさを感じた王と夫人は、「敵を生じない者」という意味の「阿闍世」と名づけ、愛情をそそいで育てました。また王宮に仕える人々は「善見太子」と 呼んでいました。しかし、出生の秘密はいつしかうわさとなって広まり、人々は王子を「折指太子」とあだなし、また、生まれない前の恨みを抱く者という意味 で「未生怨」と呼ぶ者もいました。
 やがて、阿闍世は立派な太子に成長し、父頻婆娑羅王から、いくらかの領地を任されるようにもなりました。
  この阿闍世に提婆達多という野心家が近づいてきました。提婆は釈尊のいとこで、自分からすすんで出家し、釈尊の弟子になったのですが、釈尊から厳しく批判 されたことなどに怨みを懐き、釈尊を殺して、教団の指導者の地位を自らのものにしたいと望んでいました。かれは阿闍世にいろいろな神通をあらわして関心を ひこうとしました。提婆からいろいろな奇跡を見せつけられた阿闍世は、かれを「提婆尊者」とよんで尊敬するようになりました。
 阿闍世の信頼を得た提婆は、
  「じつは、釈尊はもう老齢で教団を指導するにはふさわしくありません。だからわたしが釈尊にとってかわって仏陀となりましょう。あなたも歳をとった父王を 倒して新しい王になるべきです。新しい仏陀と新しい王とが協力して世を治めていきましょう。なんと楽しいことではありませんか。」
 と言いました。
 これを聞いた阿闍世は、「そんなことを言ってはいけません」と怒りました。そこで提婆は自らの野望を遂げるために、阿闍世の知らなかった出生の秘密を暴露してしまったのです。
 「あなたの父は仙人殺しの無道者です。あなたさえも一度は殺してしまおうとしたのです。あなたの指が一本折れていることが何よりの証拠です。」
 阿闍世は、これを雨行という大臣に確かめました。雨行もやはり同じことを言うので、遂に提婆の言葉を信じてしまいました。そして、とうとう提婆のはかりごとにのって、父王を倒す決心をしたのです。

 このようにして、王舎城の悲劇が起こります。
  阿闍世は家臣に命じて頻婆娑羅王を堅固な牢獄に閉じこめ、計画どおり王位を奪い取りました。そうして、牢獄に誰も近づけないように見張りをたて、食物も水 も与えず、父の死をまちました。国王夫人の韋提希は、閉じ込められた頻婆娑羅王を助けようとして密かに食べ物をもって牢獄に通いました。このことを知った 阿闍世は母韋提希をも殺そうとします。耆婆大臣・月光大臣が阿闍世を諌めて、母を殺すことを思いとどまらせましたが、母に裏切られた阿闍世の怒りはおさま らず、彼は韋提希をも幽閉してしまったのです。
 韋提希は憂いのあまり、身も心もやつれはててしまいました。もはやたのみとするのは釈尊しかないと、韋提希ははるか耆闍崛山にむかって救いを求めました。
 耆闍崛山で法を説いておられた釈尊は、夫人のために急いで王宮においでになりました。釈尊は、韋提希の求めを縁として、すべての人間の救われる道をお説きになりました。
 一方の頻婆娑羅は、ふだんから熱心に釈尊の教えを聞いていましたし、幽閉の後も釈尊から遣わされた仏弟子目連・富楼那によって、八戒を授かり、聞法を続けていたので、心は安定して死をおそれず、穏やかに最後をむかえました。
  やがて阿闍世王は母韋提希を幽閉から解放します。そして母から、父王がどんなに自分を愛していたかを聞きます。そして、父の死を知ったとき、はじめてとり かえしのつかない罪をおかしたことに気づきました。自分のおかした罪の重さが地獄へおちる恐怖となって、苦悩した阿闍世はからだからうみを出し、高熱にお かされました。母韋提希の献身的な看病にもかかわらず病は悪化する一方です。家臣たちは入れ替わりたち替わり外道の教えを聞かせて、阿闍世をなぐさめよう としましたが、まったく効果はありませんでした。
 最後に、名医でもあった耆婆大臣が釈尊に会うようにすすめましたが、阿闍世は自分の罪の重さに ためらって、すぐに釈尊のもとに行こうとはしません。このとき、死んだ父頻婆娑羅の声がどこからともなく聞こえてきました。「耆婆大臣の言うとおりにしな さい」と。父を殺してしまった阿闍世でしたが、その父頻婆娑羅の言葉に従って、釈尊の慈悲ふかい教えにふれ、遂に救われました。
 宗祖親鸞聖人は、主著『教行信証』に『涅槃経』の阿闍世の救いの事実を引用して、自己の救済の問題として大切にうけとめておられます。

(東本願寺出版部発行「現代の聖典」より)

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依存と転嫁

2008年06月18日 | ブログ

永代経をおつとめしました。
今年も名古屋から荒山修先生にお越しいただいて仏法を聴聞させていただきました。
法話後、控え室で「初めての顔ぶれが多かったですな」とおっしゃられたとおり、一人ひとりの顔を見ながら「場」に相応しいお話をいただきました。法話中、「私はあなた方と対話をしにきたのですから、頷いたり、首を振ったり・・・といったことで結構ですからお返事をいただきたい」と、はじめて法話の席に着かれた方に語りかけておられたのが印象的です。なるほど「対話」なんだなーと思います。聞く方は講師が一方的にしゃべっているだけのつもりでいますから、ただ聞くだけだと思う方もあるでしょう。私たちの「聞く姿勢」が問われているのだとも思います。
さて、休憩もなしに2時間ほど、さまざまなお話を頂戴しましたが、特に記憶に残っているのは「占いに頼ってはイカン!」ということです。「占いを聞くことは人間のいのちを奪われるのと同じことだ」と申されました。自分でもわからん自分の運命を人に聞くなんてことはしてはならん!自分の問題を自分で考えなければならんのに人に聞くなんてことはしてはいけない行いだと。
観無量寿経の発起序に説かれている「王舍城の悲劇」を丁寧に辿られて、お釈迦さまにご縁のあった国王が、子どもの出生を占い師に相談したところをクローズアップして、そこから繰り広げられてくる悲劇と、その国王と夫人の罪について問題を提起されました。お釈迦さまにご縁がありながら、その悩みをお釈迦さまでなく占い師に占わせたところの罪を指摘されるのです。
常に人を頼りにしながら生きておりながら、いつも人のせいばかりにしている私、つまり依存しながら同時に転嫁をしている私は、はたして私の人生を私が歩んでいるといえるのかと問われてきます。私が私を見失っているありさまを、善導大師の「如是」釈から「錯失(しゃくしつ)」という言葉を引かれました。自分のことが何もわかっていない私は、如来さまから哀れ悲しまれている私です。その私に対して光明で自分を知らせ、ナムアミダブツの名号で「自分を知れ!」と呼びかけ続けて下さっておられる、にもかかわらずまだ自分がわからんのです。
正信偈の「本願大智海」の「智」、つまり仏さまの智慧の「智」とは、自分が本当に見えてくるはたらきであるといいます。本願を聞くことによって本当の自分を知ることができることを善導大師は教えて下さっているのです。
なのに、お釈迦さまとその教えに依らず、占い師に例えられる偽なるものに依りたがる私。どこまでもほとけさまを本当に信じることのできないということは、つまり真実を求めようとしていないのです。真実を求めるということは、ほとけさまを本当に信じるということなのでしょう。そうでないかぎり「私とは何か?」という問いも、どんどん私を見失わせていくのでしょう。

「王舍城の悲劇」の物語を抜粋します。物語をご存じない方はお暇を見つけてお読み下さい。

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世の中がイヤになった時のイメージ

2008年06月14日 | ブログ

桑名へ、高山へと4日間お寺を留守にしました。
いずれも車での移動でしたが、ラジオのニュースから秋葉原の無差別殺傷事件が報道されるたびに、通り過ぎる1台1台の車が人殺しの道具に見えてもきます。東京へ向かった容疑者のトラックとすれ違った車は膨大な数でしょう。1台1台の車が何かの目的のために動いているわけです。その移動目的が何のためなのか、そんなことにいちいち思いを馳せることはできませんし、普段はしようともしません。容疑者の乗った車がたとえば高速道路で逆走したり、渋滞の列に突っ込んだりしてもおかしくはなかったはずです。・・・でなく、明らかな目的意識を持って秋葉原に向かったわけです。当然そんなことを見抜けるような私たちではありませんが、他者が何を意図して今を生きているのか、そして私は。自我の達成のためだけに生き、他者の関心を知ろうともしない、人と人との関係を断絶して生きているのではないだろうかと問わされます。

さて、先週の事件発生後、数分で報道機関の速報が流されました。
まずそこから視聴者の関心が高められます。私が事件を知ったのはすでに事件発生後数時間がたった夕方でしたが、その時の速報では「秋葉原の通り魔事件での死者が5名になった」という速報でした。
「秋葉原の事件?」と、インターネットのニュースを検索し、事件の詳細を知ろうとしたのです。
「速報」によって高められた関心から、その後の各局の報道に日曜日のお茶の間は釘付けになったといっても大袈裟ではないでしょう。次々に伝えられる事実を知ることをとおして、さまざまな会話がなされたことと思います。
この「知りたい」という要求はどのような質のものであるのか、ご門徒との会話の中から問われてきます。
「まったく物騒な世の中になった」「おちおち外も歩けない」「昔はこんなことなかった」・・・。事件に対していろいろな反応が生まれ、それぞれの思いがことばにされます。

ちょうど今月の同朋新聞(東本願寺発行6月1日号)の「時言」というコラムに「偏り」と題して次のような記事が掲載されていました。

昨年の殺人事件の認知件数が戦後最低であったことが警察庁から発表された。
刑法犯罪全体も少なくなっており、少年による殺人および殺人未遂事件もそのピークであった昭和30年代からすれば最近では7分の1くらいになっている。
しかし、私たちが近年感じている「日本の治安は悪くなり、犯罪はますます増え、凶悪化している」というイメージと、実際の数字は違う。
これはマスコミの危機感を煽り立てる報道にかなり影響されているのでしょう。
ただ、マスコミが意図的に煽るということだけでなく、そうした取り上げ方をした方が、視聴率も発行部数も伸びるからだそうです。つまり刺激的で偏った報道を好む私たちがいるのです。(以上要旨)

警察が発表した殺人事件の件数云々はとにかく、「刺激的で偏った報道を好む私」とは一体誰のことでしょうか。大変厳しくもまた的確なご指摘です。
事実を知らせることは報道の使命でありましょう。ですが、それを知ることの問題を考えてみなければなりません。何も「知らない方がいい」とか「知らせない方がいい」というのではありません。
イメージの問題です。私たちは知った事柄だけをイメージ化します。何を知らされたかということです。情報源が主にテレビであればそれは画一的なイメージとなって共有されます。それが「物騒な世の中になった」という共通認識なのでしょう。
「昔はこんなことなかった」とは、批判を恐れずに申せば、覚えていないか知らないかだけのことです。ただ道具と相手、つまり手段と方法が違っただけです。
昔から「世の中がイヤになった」ひとはいたでしょう。逆にそう感じたことがない人の方が不思議なくらいです。
だけど「世の中がイヤになった」からといって、みんながみんな人を傷つける行為をイメージし、実行するわけではありません。「イヤ」になって、そこから何がイメージされるかということです。ただ、ちゃぶ台をひっくり返したり、茶碗を壁にぶつけたりというイメージでなく、硫化水素を使って自らを殺しめる、そして歩行者天国にトラックで突っ込む、それだけのイメージにとどまらずにサバイバルナイフで人を刺す・・・。「世の中がイヤになった」という25歳の人間が、そういうことがイメージされる社会、そしてそれが実行されるような社会が形成されているわけです。そしてそれを誰が形成しているかという責任です。
殺し合いのない世界、傷つけ合うことのない世界を「浄土」と教えられます。それは死後の世界のことではありません。刺激的で偏った報道からイメージを膨らませるのではなく、穢土にある私たちがいかに浄土に想いを馳せ、それを実行していくことができるのか、そのような願いがイメージされたいものだと思います。
キレイゴトを並べたいのではありません。いかにその願いを受け取ることができるかということです。

さて、すでにお知らせのとおり常照寺の永代経が勤まります。浄土の願いを受けとりたいと思います。

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悪人の自覚

2008年06月09日 | ブログ

「寺に行くと『悪人』にされるからイヤだ」
とおっしゃられた方があります。ともに仏教を学びましょうと研修会のご案内をさせていただいたときのご返答でした。
お寺の法座をご門徒にお呼びかけすると、「そうやなー、ワシらもそろそろお寺に足を運ばないかん年やわなー」といいながら「都合がつけば」とか「また暇ができたときに・・・」といった返事が返ってくるのが平常です。そこを何とか食い下がって「ご多用は存じておりますが、暇や都合は勝手にできるもんではないですから、是非とも時間をつくっていただきたい」と、ここまでいえれば私にしてみれば上等なのですが、なかなかそこまでは言えないのが住職の怠慢です。
そんななか「寺に行くのはイヤだ」と。なぜなら「悪人」呼ばわりされるから、と。
会社を経営されているこの方は休みの日でも仕事を最優先される日常です。お寺の法座のご案内を申し上げてもほとんど足を運ばれたことはありません。忙しい日常だからこそ是非、仏法に我が身を問い直していただきたいとの想いでお呼びかけをしたわけです。すると「忙しいから」とか「時間があれば」とか曖昧にされるのではなくて、はっきりと「悪人」にされるから「イヤだ」と申されたのです。その時は「まあ、そんなことおっしゃらずに・・・」と軽くすませてしまったのですが、考えてみれば、この方こそすでに仏法に遇っている?知っておられる方なのでありました。
真宗の寺院で仏教を学ぶことで「悪人」を自覚させられることなど、親鸞を知らない方であれば想像すらできないでしょう。ましてやお寺にたびたび足を運ばれる方であっても、それがいつまでたっても「亡き人のために」、つまり死者の追善供養の域を脱することができない方や、あるいはただその空間に無批判な「癒し」を求めておられる方もいらっしゃるでしょう。
「イヤだ」とおっしゃられた方は、少なくとも親鸞の念仏がどんな質のものであったのかを知っておられたのです。もっといえばすでにある意味での「悪人」の自覚を持ち合わせておられるのではないかとまで思いました。
より経済的に、より合理的に生産性を高め、従業員の生活を保障し、あくなき会社の利益を追求するなかで常に「正しい選択」を迫られる日常にあってのモチベーションは「私は間違っていない」というところにあるのかもしれません。企業家・経営者の立場のアイデンティティは「間違ってはいけない」ところに支えられてあるといえなくもないでしょう。
「私は間違っていない」「あなたはよくやっている」ということを認めてもらえるのならとにかく、わざわざ寺に足を運び、深い自己批判と自己反省を促される念仏の教えを聞くことは、この方にとってはまるで自己を否定されているかのように聞こえるのかもしれません。正しいと思ってやっていることをすべてひっくり返されるということを感じておられるのではないかと思います。
「私は間違わない」「間違ってはいけない」ところに生きる人にとって「間違ってもいいんだよ」「間違ってこその人間ではないか」「そこから大切なことを学んでいくのだよ」という呼びかけはそれこそそのアイデンティティをひっくり返されることです。
それは分かっているんだけども、いま私は間違ってはいけないところにいるという緊張感に支えられてその立場の責任を果たしている、というところから「お寺に参るのはご免だ」と申されていたのだと感じています。
誤解を恐れずに言えば「頑張らなくてもいい」のが念仏でありましょうが、「頑張りたい」人にはその真実は重いものとなるのでしょう。
「ありのまんま」「そのまんま」が真実なのでしょう。問題はそれをそのまま引き受けることができるのかということにあります。「頑張らなくてもいい」のは「怠けてもいい」というのではありません。

「悪人にされるからイヤだ」というご門徒のことばからいろいろ連想させられてきます。
私自身いつのまにか自己批判と自己反省に浸るのが体質化してしまっていたのではないかと。さらにそこから自己を否定することによって他者からの防御にしてしまうような自己です。
親鸞の悪人の自覚はもっと明るい、といったら変ですが、前向きなものであるような気がします。それは間違ってもいい、間違わなくてもいい、頑張ってもいい、頑張らなくてもいい、絶対的な「安心」に包まれているような感覚です。
それが暗く、後ろめたい気持ちにさせるようなものとしてご門徒に響いているとすれば、伝える私の問題として見出されてきます。

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