遊煩悩林

住職のつぶやき

悲しまれている私

2013年03月22日 | ブログ

春の彼岸会。
今年も名古屋の荒山信さんにご法話をいただきました。
荒山さんは名古屋刑務所の教誨師をされておられます。
数日前に刑務所でも「彼岸会」が勤まったそうです。
「彼岸」つまり「彼の岸」は浄土。阿弥陀如来の極楽浄土です。亡き方々のいのちを摂めとってくださる世界を表現しているわけですが、それは決して「死後の世界」を意味しているのではありません。
亡き方がお還りになった彼の岸から、「此の岸」を眺める、そういう目線をいただくと私は受けとっています。
「彼岸」を知ることによって「此岸」がはっきりしてくる。此岸は私たちの日常の世界です。
此岸は「娑婆」と仏教では教えられます。「娑婆」は「しゃば」、古いインドの言葉で「サーハー」の音写ですが、意味は「堪忍土」。思いどおりにならない世界を堪忍土といいます。
刑務所での彼岸会で、「娑婆」について受刑者に尋ねたところ「娑婆はいいところ」というイメージが強いとの印象だそうです。
それは、社会とは隔絶された堀の内から眺めて外を「娑婆」と見る視線です。
仏教がいう「娑婆」は、堀の内も外もひっくるめて娑婆です。刑務所の内側も外側も、いずれも「思いどおりにならない『堪忍土』」であると。
「娑婆の空気はウマい」と、言い得て妙なる表現ですが、それはどこまでも仏の目線、亡き人の目線をまったく無視したところの言葉です。
阿弥陀如来の視線は「大慈悲」です。ただの慈悲ではなく「大慈悲」。
それは受刑者も被害者も監守も、そして日ごろを関心も寄せずにいる私も、分け隔てなく慈しみ悲しんでくださるはたらきです。
教えを聞き、彼の岸の仏さまの視線を感じて自分自身のいのちと向かい合うのが「彼岸」だと知ったとき、なぜ刑務所内で彼岸の法要が勤まるのかということも理解されます。

日ごろ「やったやられた」「勝った負けた」「損だ得だ」という小さい世界にこもっている私に、それを超えた世界を彼岸というのでしょう。
彼岸の世界を知るチャンスが「法縁」。だけどそのチャンス、法縁を小さい世界にこもって逃している。
彼岸の法縁に恵まれるチャンスは日常のあらゆるところにあるわけですが、なかなかその縁が結ばない。
「チャンスにはタイミングも必要」と荒山さんは言っておられました。
それを「時節到来」という言葉で教えていただきました。
縁熟ということでしょうか。ご縁が熟すタイミングがある。
ただ、そのタイミングは「悲しみ」「苦しみ」の中で熟してくる。苦しみや悲しみを自分から遠ざけ、また他者の苦しみや悲しみから目を背けているうちは熟さない。でも、いくら遠ざけても逃れきることはできません。
親鸞聖人のご生涯に触れて、悲しみに貫かれた生涯のなかで、だからこそ「悲しみの中に道を見出す」ことが仏道なのでしょう。

荒山さんは、2011年9月19日に明治公園で行われた「脱原発集会」でスピーチされた武藤類子さんの言葉も紹介されました。http://hairoaction.com/?p=774
また、お夕事の勤行後、ご参詣の方々と、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を振り返って映像化された「東日本大震災から問われるもの」というDVDを本堂のプロジェクターで鑑賞しました。
地震・津波をはじめ、放射能汚染の被災者だけでなく、震災によって延期された「いのちとことばの響舞台」について、アイヌの方々の視線、沖縄の方々の目線など・・・。http://www.higashihonganji.or.jp/photo/562/
ここでは言い尽くせませんが、普段は気がつくことができない悲しみの現実のなかにこそ、向かうべき道が指し示されていると思います。
「如来大悲」といいますが、この悲しんでくださる仏さまに対して、鈍感な私は、何を悲しんでくれているのかもわからない。
ましてや悲しまれたくなんかないようなじぶん。彼岸から亡き方々が諸共に哀れみ悲しんでくださっているこの私という存在に気づくことがない限り、道を見出すことはおろか、道を求めることも始まらないのでしょう。
「あとあじのいい人生」を生きたいじゃないですか、と荒山さんは言われました。
「人生」の「あとあじ」ですから、終わってみたところからの目線をいただかなくてはなりません。
どう生きたことが、果たしてあとあじがよくなるのか。どんな人生の選択によってあとあじが悪くなるのか。
いま、生きている私の日常の選択の一つひとつが問われてもきます。

さて、季語としての彼岸はやがて暮れて(明けて)いきますが、日常休むことのない彼の岸のはたらきです。
彼岸に遇うということは、彼の岸から「悲しまれているじぶん」に向き合うことと受け止めてみた春のお彼岸です。
そしてお寺での法縁は、悲しみによって繋がり合うことかなとも思いました。
参詣される一人ひとりが、言うに言われぬ悲しみを背負っている。
お寺は苦しみや悲しみを排除する場所ではなくて、悲しみを共感していく場所だと強く感じました。

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死に支度

2013年03月17日 | ブログ

死に支度 したかしたかと 桜かな
一茶

「死に支度」って何だろう?誰がするんだろう?と思います。
お寺さんに「何かあったら頼みます」と契約を交わし、葬儀屋さんに事前に払込をし、墓地を求め、墓石も建て、法名(戒名)をもらい、予め墓石に刻み込み・・・。
これが死に支度かと思いつつ、「エンディングノート」と格闘しつつ、その空欄を埋めていく。空欄を埋めるたびに、「これをやっとかなくてはならない」なんて欲をかき立てられて、まだまだ死ねん、と。いくら空欄を埋めても、埋まらないココロの隙間がいっぱいあるのでしょう。
子どもや孫や、遺された者たちの負担をできるだけ軽減させてやりたいと、物理的な状況をいくら整えてもなかなか「これで充分整った」「これだけやったら安心して死んでいける」とはならないのではないでしょうか。
死に支度は誰がするのかという問題にしても、次は俺の番だと勝手に決めつけて自分の死に支度をやろうとするのですが、自分の番だと思っていたのに100まで生きて、80の息子の葬式を出すこともある。
そういう意味での支度は常に整っているのでしょう。
病院も葬儀屋も寺も・・・。長い歴史の中で手を替え品を替えしながらその支度というか準備、状況は整っている。
それはたとえ予め墓石に法名が刻み込んでなくてもです。
一茶がいう「支度」は、「生きる」「生まれた」という実感なのかなと思います。
「死ぬ」ということもまた「往生」ですから、「生まれる」「誕生」を意味します。
この世に生まれた、生きたという確たることがはっきりすることが「支度」ではないでしょうか。
花びらは散っても樹が枯れるのではありません。
それを咲かせるための枝や幹や根は、また翌年に新しい花を咲かせる支度をはじめている。それだけでなく、散った花びらそのものがまたその大地に染み込んでその樹木を養うはたらきとなる。
「生まれた」「生きた」ということが「咲いた」ということならば、それを咲かせるための枝や幹や根、そして温度や水分を絶妙のバランスで設えるはたらきに出遇っていくことが、具体的に「生まれた」「生きる」ということの内実ではないでしょうか。
物理的支度ばかりでなく、精神的支度というのでしょうか。その仕度ができてこそ、なぜ親が仏壇を尊び、墓を設えてきたのか、その願いが伝わるのではないでしょうか。

東本願寺出版部 http://books.higashihonganji.or.jp/ から紙芝居が届きました。
その名も「りゅうじん池としんらんさま」。
よし!3月20日の誕生会(たんじょうえ)で坊守に読んでもらおう。
誕生会に彼岸会に是非お参りください。

2013a4

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一人の百歩より百人の一歩

2013年03月12日 | ブログ

東日本大震災から2年。
震災発生時刻に"わすれなのかね"を撞きました。
http://blog.goo.ne.jp/ryoten-jyosyoji/d/20130306
参加者全員で、無常の響きにも、獅子吼にも聞こえる鐘の音を聞き、本堂で勤行。その後、映画「311」http://docs311.jp/を堂内のプロジェクターで観賞しました。
「311」は、震災発生から2週間後の被災地を撮ったドキュメンタリー映画。震災をその目で確認する目的で現地に赴いたドキュメンタリストらが、当初は映画にするつもりはなかったという映像をセルフドキュメンタリーとして公開し、メディアの取材姿勢について物議をかもした映画です。
監督のひとり、森達也さんが名古屋での先行上映後の取材に応えた記事が手元に残っています。

ビニールシートに包まれた遺体にカメラを向け、遺族らしき男性から角材を投げつけられる。居合わせた新聞記者からは「同じメディアとして恥ずかしいよ」の罵声。「言われるとおり恥ずかしい。でもこのシーンがきっかけで、メディアの後ろめたさをキーワードに映画化する気になったといえるかもしれない」(中略)「後ろめたさから逃げて、よろこばれる報道に偏向するマスメディアへの反発もあった」

という。そして

がんばれ日本とか絆とか集団化して多面的なものを一義的に定義づける傾向は危ない。原発だって安全の一面だけではなかった。多角的にものを見てほしいという願いがあって、批判を覚悟で公開に踏み切った

とあります。
映画について何か批評したいのではありません。この映画が「いい」とか「悪い」とか、取材の姿勢について「撮る側」「撮られる側」云々という以前に、「みる側」の私が問われます。
同時に、3月8日に桑名別院で開かれた東日本大震災の3回忌法要で、福島県二本松市眞行寺副住職・同朋幼稚園理事長・NPO法人チーム二本松http://team-nihonmatsu.r-cms.biz/代表の佐々木道範さんが「福島を生きる」というテーマで語っておられた現状報告を思い出しました。
それは、幼稚園を運営し、食品の放射能を測定し、徹底した除染活動を行っている佐々木さんに対する取材のなかで、

鼻血を出している子どもの画像がほしい

奇形児は生まれてませんか

といった要求があるというショッキングなものでした。
それを撮りたがる内外メディアの姿勢の裏側に何があるのか。彼らがその画像を欲しがるのはなぜか、その画像を撮らせているのはどこの誰か。「みる側」の立場が深く問われました。
佐々木さんは「反原発」と「福島」との乖離が明確になってきたといいます。「反原発」の材料に利用される福島。「反原発」の立場にとって福島は危険な場所でなくてはならないのです。
「今、福島はワケのわからない力に囲まれている」と、その実感を語られました。
メディアを通じてしか震災を知らない自分にとって、現在進行中の東日本大震災は「みているだけ」の私を問い続けます。
「傍観者」という言葉がありますが、被災者に寄り添うというのは、お金を出したり、慰める言葉をかけたり、何か特別な支援をするということではなく「傍ら」にいることだよ教えられたことがありました。それは悲しみの大地に立つ、被災者・支援者をわけるのではなくて、ともに同じところに立つということではないでしょうか。
その意味ではもはや傍観者ですらない自分。「傍ら」にも立てず、何もなかったかのように「お茶の間」で、メディアがつくった画像と何かを意図したキャプションを垂れ流すようにただ「みている」だけの私がはっきりしてきます。
某県立医科大学が甲状腺学会に発した文書によって福島の子どもたちの甲状腺検査が受けられないこと。
これまで3万8千人を調べた結果、内1万数千人にしこりやのう胞が確認されたこと。そのうち180人の再検査の結果10人が「癌」と診断され、すでに3人の子どもたちが手術されたこと・・・。
私たちの関心の域では、いずれもメディアからは聞こえてこない事柄です。
そもそも、原発が爆発した瞬間、福島ではその中継画像が消え、爆発前の画像に戻されたのです。「国が福島を見捨てた瞬間」「俺たちは捨てられたと思った瞬間」と佐々木さんは言います。さらにその数分後に政府は「ベントに成功した」というコメントを発表したといいます。
それでも、それでも原発爆発後、放射能の汚染の事実が判明する中で、少なからず「子どもたちを守る」方向に世の中はシフトしていくものだと信じていた、と。しかし2年経った今、その方向に向かっているだろうかという課題に対して「こどもたちより守りたいもの」をこの国は選んだ、と。
県内産の農産物に補助金をつけて学校給食に使用するのだそうです。つまり、県内産の野菜を買えばお金がついてくるという話です。
離婚、そして自殺の問題も深刻化しているといいます。
放射能によって子どもたちの身体が傷ついただけではなく、今なお夫婦、親子、兄弟、友人など様々なコミュニティが傷つき続けている。
未だに不自由な生活を強いられる被災者に「可哀想に」「気の毒に」という言葉しか出てこないような「弱体化した知性」こそが一人ひとりに自覚されるべき事柄として浮き彫りになってきます。
佐々木さんは「福島を可哀想だとは思ってほしくない」といいます。
自分自身がチェルノブイリの子どもたちを「いのち」として見ていなかった、と自身の無関心を批判した上で、その無関心に生きてきた私が苦しめている子どもたちによって、無関心に生きてきたことがはっきりと照らされて「ある意味スッキリした」と。国や東電が子どもたちを苦しめているのではない。この自分の無関心こそが子どもたちを苦しめていたとはっきりしたときに、自分が苦しめていたんだから自分ができることをやんなきゃならない、と。
でもひとりでは何もできないことも知った。
「ひとりの100歩よりも100人の一歩ですよ」と言われます。「終わりなき浄土への一歩をともに歩んでください」というメッセージをいただきました。
アミダさんと放射能って似てるって話もありました。
阿弥陀如来は色もカタチも匂いもない、放射能も色もカタチも匂いもない。
似てるけど決定的に違うのはアミダさんは人間を人間にするはたらきであり、放射能は人間を人間でなくさせるものだということでしょう。
法要後の懇親会で佐々木さんに尋ねました。
「敵」はやっぱり「無関心」ですかねーと。
僕にとっての敵は「放射能」だよ!
と返ってきました。
ついつい、国や東電、メディアに対して批判を持ってしまっている自分、為政者や電力会社の社員、報道関係者は敵ではなく私自身であり仲間なのでした。人間を奪う放射能に対して全員がともに一歩を踏み出したいという大きな願いを確かめる3回忌となりました。
日本だけの話にはとどまりません。
危険なもの・汚いものをできるだけ自分のところから遠ざけたいのが「私」。でも、自分から遠ざけるということは「誰か」に近づけてるんですよ。世界中に汚れていい場所なんかない!
それは全ての人類に捧げることばでした。
この「わすれなのかね」を通じてお彼岸中にお運びいただいた支援物資(飲料水・お米)を、福島の佐々木さんのところに届けたいと思います。
3月22日に現地に向かう仲間のトラックに載せてもらいますので、箱入りのペットボトルとお米(できれば玄米)のご支援をお願いします。
いただいた物資は、眞行寺で毎月10・20日に開催されている青空市場http://haharen.web.fc2.com/で、福島の皆さんに提供されます。

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3.11pm2:46

2013年03月06日 | ブログ

お彼岸を迎える前に・・・。
東日本大震災から丸2年の節目を迎えます。今なお震災継続中で「節目」は言葉だけに過ぎないかもしれません。
今年も、現地復興支援センターから「勿忘の鐘(わすれなのかね)」の声が届いてきています。
常照寺でも、この呼びかけに呼応して3月11日の午後2時46分に「わすれなのかね」をつきます。
鐘をつき、お勤めのあと、映画『311』http://docs311.jp/を本堂のプロジェクターで放映します。
震災直後の被災地を映したその作品は、惨状を撮るメディアに対して賛否のある映画ですが、映像を通してしか震災を知らない私たちに訴えられていることがあると思います。映画を通して「見る側」にいる私たちの姿を問いたいと思います。
どなたでも無料でご参加いただけますので、ご都合のつく方はお誘い合わせてお出かけください。
本堂内に「福島のこどもたちを三重へプロジェクト2013」のご支援金箱を設置していますのでご支援をお寄せください。
また同時に、昨年に引き続き、志摩市の源慶寺さまが「安心して飲める飲料水」と「安心して食べられるお米」を福島に届けてくださいます。
3月22日にこちらを出発予定ですので、ペットボトルの水またはお米をご提供いただける方はそれまでにお持ちくださいますようお願い申し上げます。

2013

真宗大谷派現地復興支援センター http://fsc.higashihonganji.or.jp/
わすれなのかね http://www.paw.hi-ho.ne.jp/kamesan77/wasurenanokane/pg165.html

 

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ココロのじゅんび

2013年03月04日 | ブログ

毎年のことですが、月末の3日間(29・30・31)でやっている仕事が、月の初めにズレ込んでくる3月。2月の終わり3日間(26・27・28)でやっちゃえよ!とは思うのですが、そうもいかず・・・。友引だったという3月1日は地域の火葬場の炉の点検で火葬業務がお休み。従ってお通夜とお葬式も1日ズレ込む。1日は第1金曜日で常照寺の同朋会。ドタバタしながら2日が過ぎ、3日が過ぎ・・・。さて3月、お彼岸の準備です。
物理的な準備も必要ですが、気持ち的に「よし!お彼岸を迎えるぞ」というメンタルな準備を整えていきたいところですが、ココロココニアラズ。
さてさて常照寺の同朋会では、真宗教団連合の法語カレンダーの言葉http://www.shin.gr.jp/hogo/を手がかりに学んでおります。
その手引きとなるのが東本願寺発行の法語カレンダー随想集「今日のことば」です。http://books.higashihonganji.or.jp/
今月の法語は、

参れると思うて 参れぬお浄土へ 本願力にて往生す
稲垣瑞劔

ということば。
ナンマンダブと念仏すればお浄土へ参れるという浄土真宗ですが、浄土に参るのはナンマンダブと称えるからではなくて、念仏するということがそもそもアミダさんのホンガンリキによるのです。
自力の修行は無効。浄土往生は如来の本願力、つまり他力に依る。
こうもいいます。

参れると思うて 参れぬお浄土へ 参れぬものが 参る不可思議

浄土のお覚りをいただきたいと一所懸命に念仏してもなかなか参ることがかなわない。
それどころかお浄土に参りたいとすら思えない私。
そんな参れるはずのない私が、お浄土に参っていく不可思議をホンガンリキというのでしょう。
「彼岸」は「浄土」です。彼の岸を浄土として受けとめていく。
彼の岸に対して「此の岸」。私たちがいる世界が「此岸」。浄土に対していえば此の岸は「穢土」。
「今日のことば」によれば、「穢土とは私たちがつくりだしている差別と殺戮の世界」です。
彼岸は、私たちが生きている世界が差別と殺戮の穢土であることを知らせるはたらきです。先祖供養と称して墓前にお供えと称するやがてゴミと化す品々を並び立てて自己満足する期間ではないのでしょう。
「お彼岸のご供養」とは、亡き方々がお還りになられたお浄土からの視線をいただくことで、此の岸を穢土として、この自分が穢土の構成員であることを徹底的に知らされることです。そして浄土に往生できるような私でなかったとの自覚によって、それを悲しんでくださる如来に出遇い、その本願力にて往生が約束される。そのよろこびと謝念をもって、穢土の構成員つまり差別と殺戮の加担者から自らを解放していくことがご供養、それがお念仏を申すということではないでしょうか。
今月の随想に、「浄土とは何か」ということについて

浄土は此土を離れて考えられず、此土も浄土を離れて考えられぬ。
此土は絶えず浄土を省みて存立し、浄土はまた不断に此土にはたらきかけることによってその意義をもつ。

という、鈴木大拙師のことばがありました。
彼岸を迎える心の準備として、お寺の掲示板に引用させていただいたのでした。

常照寺ホームページ http://jyosyoji.info/

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