遊煩悩林

住職のつぶやき

残りの人

2018年07月26日 | ブログ

洞窟に閉じ込められて救出されたタイの子どもたちが9日間の出家・修行生活に入ったという。

タイではこうした出家修行は一般的だとも報道があった。

助かった子どもたちとは逆に、助けようとした潜水士が亡くなっている。

その追悼と、支援した国内外に向けた感謝の意がこの出家には込められているそうだ。

救出にあたっては、最初の4人、翌日に4人と段階的に行われ、「よし、あと5人」、そして最後に残った一人の救出を世界が固唾を飲んで見守った。

救出された子どもたちの出家報道を載せた新聞を目にしながら、この国では「残りの6人」と呼ばれる人々の死刑執行の速報が流れてきた。

「残る6人」の死刑囚のうち、最初2名の執行が報道され、時間が経つにつれ「残る6人」全員の執行が伝えられた。

オウム真理教という教団に出家した彼らが、いったい何のために出家したのかわからないまま殺されてしまった。

出家は家を出て修道し、自己の救済を目的とするものだと思う。彼らも純粋に自分の存在の意味を知ろうと教団に身を寄せたに違いない。

計り知れない被害者の苦しみと、国家によって繰り返される殺人、耳を塞ぎたくなる現実を見聞して、その世界を離れて私も一瞬「出家」してみたいと思った。

彼らによって行われた恐ろしい犯罪を生み出す社会、その彼らを殺していく社会。見殺しにしている自分。この社会に生きることに怖くなったとき「出家」ということが浮かんだ。

ただ、在家仏教徒である。在家信者を自認したときに「出家」は逃避に他ならないものになる。

逃げることの許されぬこの娑婆世界、この社会以外に身をおく場所はない。

殺されたのは「残りの6人」を生きた人ではない。一人ひとりのかけがえのない人生を生きた人間だ。私たちの社会の人と人の間に生きた人間だ。

死刑に処されることもなく生き残っている私もまた、もしかすると国家にとっては「残りの人数」の一人なのかもしれないと思った。

ちょうど昨日、「人権を考える市民の集い」でドリアン助川さんから、「生きる意味がないものはない」と聞いた。

被害者代表の方が「面会したい人(死刑囚)もいた」と、それも叶わぬことになった。

法相や政権を揶揄したり批難したいわけではない。この国家を形成する構成要員である己を憂う。

タイの少年らが追悼の意を示したことにならって、私もまたこの一連の事件で生命を絶たれた人々に憶いをいたして本堂で手を合わせた。

閉じ込められて救出される残りの一人としてか、国家に切り捨てられていく残りの一人としてか。

いずれにしても残りの一人として。

出家は叶わぬが、出世間の教えをいただいている。

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リスペクト!

2018年07月24日 | ブログ

うーん。確か「こんど伊勢で」と仰っていたような。

昨年、息子が作文を読むというので行ったこの集い。

帰りのアンケートにリクエスト記入欄があったそうで。

妻がドリさんリスペクトした、と。

昨年7月に桑名別院の暁天講座で、9月にはいなべ市の講演で。2度もご縁をいただきました。

今度は伊勢で。

ご門徒の皆さまも是非。

*「リスペクト」の使い方おかしいかもしれませんが、使ってみたくて。

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どんな鏡を磨くのか

2018年07月08日 | ブログ

彼が殺される1週間前に詠んだ「合掌」という詩が掲載されています。

http://yoshi392.sakura.ne.jp/si.html

皮肉にも各地が豪雨による災害を被っている七夕の夜に、京都の岡崎別院で通夜が行われたと聞きました。

時の法務大臣が

「判断する上では、さまざまな時代の中のことも、そしてこれからのことも、ともに考えながら、慎重の上に慎重に、重ねて申し上げますが、鏡を磨いて、磨いて、磨いて磨き切る気持ちで、判断いたしました」

という彼らの処刑。

いま、そして「これからのこと」を考えていくのであれば、どうして高校生であった彼が入信し、ハタチそこそこで集団殺人に加担することになってしまったのかを、生きて語ることが彼にはできました。

彼らの処刑に「被害者の会」世話人の代表の方が、

「井上、新実、土谷、中川、遠藤、早川という名前を聞いたときは動悸がしました。今後のテロ防止のために、もっと彼らにはいろいろなことを話して欲しかった。専門家に、死刑囚にいろいろなことを聞いて欲しかったので、それができなくなってしまったなという心残りがあります」

と。

被害に遭われた方から発せられたこの「心残り」が、「これからのこと」を物語っているように感じます。

私たちの宗派が作成した「死刑問題に関するリーフレット」に、元参議院議員の中山千夏さんの言葉が寄せられています。

http://www.higashihonganji.or.jp/release_move/leaflet/pdf/death_penalty_issue.pdf

死刑は、人を殺してはいけませんというルールを壊すもので、殺人を例外的に正当化することで治安の悪化を招く、と。

「地下鉄サリン事件」発生当時大学生だった私は、その年の阪神大震災で学年末テストがどうなったかは記憶に残っていませんが、春休みに山梨県の長坂というところで受けていた「合宿免許」中にテレビで事件を見ました。

いま、オウムに変わるカルト集団が変わらず、そうとも知らぬ若者を勧誘している今日。

いま思えば、彼が私で私が彼であったかもしれません。たまたま縁がなかっただけのこと。

そんな感覚を思い起こしながら、彼を知る私たちの仲間が行ってきた死刑回避を求める活動http://yoshi392.sakura.ne.jpに賛同して法務大臣宛の署名をしました。

今さらですが、ここでは署名をした者としての言い分をつぶやくのみです。

国家による殺人に何もできずに加担する一人として。

この集団処刑には、大臣が語ることができない意図と、もしかすると彼女も知り得ない背景があるであろうことだけは認識しておきたいと思います。

http://blogos.com/article/309390/?p=1

同時に、数日に及ぶ豪雨で被災された方々に、未だ行方不明の方がおられる段階でお見舞い申し上げるのはいささか不謹慎と存じ、ここでは。

ただ、被害が予想されるタイミングということは意識させられます。

人的被害を免れないことが想定される特別警報は、自分の身は自分で守りなさい(自己責任)にすぎず、自治体レベルで手を打てない状況を作り出すこの国はいったい何を優先して何を守っているのかと。

「鏡を磨いて、磨いて、磨いて磨き切る気持ち」の判断。その鏡は何を写す鏡なのか、何にピントを合わせた鏡なのか。

どんな鏡を持ち合わせているのか、如の鏡・自然の道理に確かめなければなりません。

多くの人を見殺しにしているとも気づかない私が。

南無阿弥陀仏

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よろこべない

2018年07月01日 | ブログ

天気のよい日が喜べるのは

雨や雪の日があるからでした

浅田正作

梅雨の候、7月の掲示板にこう記そうと準備していました。

筆を墨汁に浸していざ。

しかし筆がすすまない。というより何か気がすすまない。

心のモヤモヤをみつめてみる。

体調がよい(健康)ことの喜びの裏側には、病や老いがあるのだとのおさとし。

喜びの内実は、「有り難い」事柄に支えられている。

心のモヤモヤは、この「有り難い」という感覚にある。

はたして私には「天気のよい日」を有り難き事柄として喜んでいくようなものが備わっているのかと。

先月、気管支炎が悪化し、しっくりこない日々が続いた。まさに梅雨の日々だった。

調子が上向きになってきたといって、この「有り難き」喜びが湧き上がってくるかというと、そうでもない。

「やっとか」。やっと治ってきた、というのがまぎれもない感覚だった。

健康というものが「有り難き」ことではなく、「当たり前」になってしまっているのだ。

健康でいて当たり前というのが根本感情にある。

だから予め用意してあった浅田正作さんのことばを、そのままいただくことができなかった。

結局こうなった。

雪はいや 雨もいや 晴れても暑いのはいや

何が願いか もはやわからぬ

冬を越して春を迎えた。そして梅雨の暇。ジメジメするのもムシムシするのもいや。

晴れの日が喜べるかというと、暑くてかなわん。

何が願いか。ただ自分だけの快適さをもとめている。自分の思いどおりになっている状態をひたすら追い求めている。

ただそれも手に入らぬままイライラしているのだ。

浅田正作さんのお念仏の詩が響かないのは、私自身が願いを失っているということなんだろう。

自分自身の存在を根本的に認め、そして支えている願いにも気がつかず。

「凡夫よ」と呼びかけてくださるご本願に、いやだいやだと背いて頑張っている。

  

 

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