遊煩悩林

住職のつぶやき

やっぱり恩知らず

2011年11月26日 | ブログ

Img_0035 真宗本廟(京都:東本願寺)で厳修中の宗祖親鸞聖人七百五十回御正当報恩講にお参りさせていただきました。http://hoonko.higashihonganji.or.jp/index.html
お参りはさせていただきましたが、せっかくの京都の夜というわけで、ご縁の方々とグラスを傾け・・・。翌日、私にとって「報恩講に遇う」というのは、「恩」に「報」いる「講」とはいったいどういうことなのかと、醒めやらぬ酔いの中から問われました。
報恩講は真宗門徒のアイデンティティといってもいいものです。「Identity」という用語が相応しくなければ「いのち」といってもいいのでしょう。
浄土真宗門徒は報恩講を勤めるがゆえに真宗門徒であるとすれば、逆にいえば報恩講がなければ真宗門徒ではないということになります。
だからといって、ただ「行事」としてやればいいのかというとそうではないはずです。ご本山のだからといって袈裟・衣を着けてお参りして満足して、飲み明かしていたんでは「恩に報いる」とはいえないのでしょう。それは「恩知らず」です。
Img_0034日本全国の浄土真宗寺院、ご門徒宅でも報恩講が勤められます。
報恩講が勤まることによって、その寺、その家庭がはじめて浄土真宗の寺院・家庭であることを証し、それによって真宗門徒を自覚するということでもあります。
「恩」を知ることをとおして、それに報いる歩みがスタートしていく、つまりこの世に存在したことの意義を知らされて、あるがままの存在を喜びとして受けとっていくのです。
数週前から、御縁のある寺々の報恩講にお参りさせていただく中で、あるお寺の掲示板の言葉に目が止まりました。

念仏の道

パンがなければ 生きていけない。
しかし、仏法がなければ 死にきれない。

       安田理深

今年、出遇ったことばたちが脳裏を過りました。

喰うために生きるのか 生きるために喰うのか

仏法がなければ 喰うたものが無駄になる

お米よりもパンが好きだから、パンがなくては生きていけないのではないんでしょう。喰わんと生きていけない。では喰っとったら死なんのかという問題。喰っとっても死ぬ。
いったい何のために喰うて、何のために死んでいくのか。つまり何をしにこの世に生まれて来たのかということです。
仏の法は法則・道理ですが、それを知らなければ「自分」と呼んでいる私がいったい何のために生まれて、何のために生きているのかも分からないまま死んでいかなければならない。「仏法がなければ死にきれない」というのは、そういうことでしょう。
生まれて来たことの意味も、喰うことの意味も知らないままでは、死んでも死にきれない。
私たちは仏陀の説かれた法則を「おねんぶつ」というお姿でお伝えいただいています。そのお伝えいただいたご恩を知るところからしか、それに報いる歩みははじまりません。
Img_0037 「報恩講に遇う」ということは、ただ寺に参るということではなく、この世に生を受けた意味、存在することの意味を知らされて、生まれてきたそのことを悦ばざるにはおれないということでしょう。
それがなければ報恩講を出汁にして酒を飲む言い訳でしかありません。ただ美味いものを食べて、好きなだけ飲んで喜んでいるというのでは程度が知れます。
まったく恩知らずなものです。
11月28日の親鸞さまの750回目のご命日を「今」生きているものとしてどういただいているのか、恩知らずながらに考えてみたいと思います。

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坊主という罪人

2011年11月10日 | ブログ

明治以降、国家神道体制が確立する中で、廃仏毀釈(【排仏棄釈】仏を排し、釈迦の教えを棄てる仏教排斥運動。伊勢では仏壇に替えて神棚を祀った。http://ja.wikipedia.org/廃仏毀釈)を生き延びた本願寺教団は、「現世においては天皇の忠良なる臣民となり、来世に浄土に往生することが浄土真宗の宗風」として次第に「仏法」を死後のこととして説いていくことになっていく。
やがてそこから「萬歳は永遠の生命であり、無量寿であり、阿弥陀であります。阿弥陀の信心は萬歳の信心であります。印度佛教における南無阿弥陀仏の信心は、日本精神における天皇陛下萬歳の信心であります。梵語に南無阿弥陀仏というのと日本語に天皇陛下萬歳というのは、人間中心の願求と信心として同一のものであります。そして同一の救済の力であります」(昭和12年11月「萬歳の交響曲」)といって、「聖戦」という名の侵略へ寺と僧侶は荷担して、自分たちやご門徒を戦場へ送り出していくことになります。
「戦争は極楽の分人の成す事で無い」と、非戦を語って死刑判決まで下された住職を「逆徒」と呼び、差免し、擯斥したのも近代本願寺教団の歴史です。
「戦争は最大の罪悪である」と説いた僧侶は逮捕、「天照大神も迷える有情である」と説いた僧侶は大学学長を更迭され、「戦争というものは集団殺人だ」と語った僧侶は反戦思想の喧伝ということで投獄されました。
戦時下において、戦争に加担していった教団と僧侶。非戦・平和を唱えた僧侶に対する厳罰。いずれも、現代を生きる自分には考えがたい史実ながら、体制によってコロコロと自らの信仰や態度、思想を都合よく転身させる点においては、今を生きている私のあり方そのものを言い当てる歴史ではないかと思います。

さて、あるお坊さんたちのグループの忘年会の幹事をやっている件につきまして、今年は、戦時中に非戦を説いた高木顕明師の足跡を新宮にたずねようと思います。
蓮如上人御一大記聞書の第289には「坊主と云う者は、大罪人なり」とありますが、その根性も含めて他者の批判でなく、この私のこととして確かめられればと思います。また今年、台風12号による豪雨で大きな被害を受けたところに立ち寄るつもりです。
熊野近辺は三重県内ではありますが、当派の寺院がないのでその被害の実態が把握しにくく、同じ県内でありながら必要な支援もできませんでした。遠くの災時にはわずかながらの支援をしても、近くの災時に何もできないという善人根性的なもどかしさもあります。
大罪人とはこのような善人面のことをいうのかもしれません。

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オノレが出てくる

2011年11月07日 | ブログ

しばらくのご無沙汰になってしまいました。
所用にカマケテイタことは否めませんが、「納棺夫になってよかった」と告白された作家の青木新門さんの言葉に問われた日々でした。

親鸞聖人の「教行信証」には自己主張が皆無なのです。
教行信証はその実に9割が仏典や高僧方の真言、あとの1割のほとんどは懺悔と讃嘆である

「そのことは、仏典であれ七高僧のおことばであれ、如来が発した言葉と思われる真言のみを厳選して引用されているからに他なりません。如来の真言に対して『私はこう思う』と付け加えることは疑をはさむことになるのです。」(「真宗の生活」2011年版)
青木さんは、哲学者・三木清氏の「親鸞の文章にはいたるところ懺悔がある。同時にそこにはいたるところ讃歎がある。懺悔と讃歎と、讃歎と懺悔と、常に相応じている。単なる懺悔、讃歎を伴わない懺悔は真の懺悔ではない。懺悔は讃歎に移り、讃歎は懺悔に移る・・・」ということばに共感されて以来「讃嘆も懺悔もないまま、それゆえ信もないまま、『私はこう思う、私はこのように解釈する』と自己主張する書物のなんと多いのだろうと思った」と。
青木さん自身も以前は「自分の特色を出すことが独創的な作品や論文を作るうえで大切なことだと思っていた」といいます。
先月のお寺の掲示板に「南無はごめんなさい 阿弥陀仏はありがとうのこころなり」http://ryoten.blog.ocn.ne.jp/jyosyoji/と記しましたが、「懺悔をごめんなさい」「讃嘆をありがとう」とするならば、ごめんなさいもありがとうもないまま、それゆえ信もないまま・・・私は何をつぶやいているのか、と。とりたてて主張するような自己もない自己主張のむなしさを感じたのでした。
青木さんは最後にこう言っておられます。「親鸞聖人が選ばれた真言をただ信じればいよいのです」
そこから、オレがオレがの主張でなく、己の信じることをそのまま表現するところからオノレをどれだけ削っていくことができるかと問われたとき、削っても削っても出てくるオノレというものをようやく感じます。
思想・文学から、たとえばこのような田舎の小さな寺の坊主のつぶやきにいたるまで、あらゆる文芸は「私はこのようなオノレでございます」そして「私は『真』という事柄に対してこのような『疑念』を抱いておるものでございます」という信仰告白だと思います。つまり『真』に対して私の信心はこのようなものですという告白が言葉や絵や彫刻や音に表現されるのだと思います。
ならば、ナムもアミダブツも、ごめんなさいもありがとうも、懺悔も讃嘆もないような、そんなオノレであることをありありと表明するような「つぶやき」もまた私の信仰告白といえるでしょうか。
そんなこんなで今月の掲示板には

懺悔のない讃歎はない
讃歎のない懺悔もない

と記させていただいたのでありました。
懺悔と讃嘆のない、つまり信のない自己とその主張のむなしさを教えられつつ、それでもつぶやかずにはいられないオノレを懺悔?しながら、恥ずかしながら「真」の前に曝け出していけたら、と思います。

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