遊煩悩林

住職のつぶやき

わざわざ

2013年04月26日 | ブログ

テレホン法話のご案内です。
今どき、わざわざ通話料のかかる電話をしなくても、インターネットで文章や音声を見ることも、聞くこともできますが、この「わざわざ」というところに意味があります。
このテレホン法話を点字訳してくださっておられる方がいらっしゃるとも聞きました。
「わざわざ」でございます。

かつて電話代が3分10円だったころは電話は「ダイヤル」するものでした。
そして名称も「ダイヤル法話」でした。
この「ダイヤル」という表現が通じないのはどの世代くらいからでしょうね。
3分ほどお時間があれば、お聞きいただけると有り難いことです。
「経済的」で「効率的」な事柄を何よりも優先する世の中で、「わざわざ」という一手間が有り難いことです。

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お門違い

2013年04月14日 | ブログ

4月8日の花まつり。
お釈迦さまのご誕生をお祝いする日です。
常照寺では甘茶をかけることも、花見堂をお飾りすることもありませんが、我が家庭においてはこの日が、世間さまでいうところの「クリスマス」。
長男に何が欲しい?と尋ねると「足が速くなる靴」というので、いっしょに買いに行き、仏さまにお供えして、仏さまに手を合わせて、仏さまからいただきなおしました。
しかし数日後、スポーツ教室に行った長男が顔面を擦りむいて血を流してかえってきました。
足が速くなったと勘違いしたのか、実際速くなりすぎて身がついていかなかったのかはわかりませんが、いい勢いで顔からコケタようです。
そういえば仏さんに「足の速くなる靴」は頼んだけど、「足が速くなること」は頼んでなかったな、と。
ほとけさんにお願いすることではなかったことを親子で確かめる傷となりました。
そもそも仏さまは「憑む(たのむ)」のであって、「頼む」のではありませんでした。
だいたいお願いするのではなく、願いをいただいているのでした。

お釈迦さまの御誕生をお祝いするというのは、この自分にとってお釈迦さまがお生まれになってくださらなければならなかったワケを見つけるということでもありましょう。
私にとってかけがえのないことがはっきりしなければお祝いするわけにもいきません。

数日前(4月6日)、中日新聞の「仏法東漸」という記事に、アルベルト・アインシュタインの

もし近代科学に対応できる宗教があるとすれば、それは仏教である

という言葉が紹介されていました。
ここでいう「対応」ということがどういうことかということを確かめていかなければなりませんが、「近代科学」だけではなく、「いつでも・どこでも・だれでも」対応するのが仏教の証でしょう。
そうすると自ずから、「対応」ということの具体性は「救う」ということといただかれてきます。
人間の欲が生み出した近代科学の闇を照らす智慧が仏教ともいえましょうか。
ただし、救われなければならないのは誰で、どうなることが「救い」なのかということが仏さまにご縁をいただいたものの宿題です。

その宿題を果たしてこそ、お門違いのお釈迦さまにお願いごとばかりしている私が、お釈迦さまのご誕生をお祝いする気になるのではないでしょうか。

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ヒラキナオリ

2013年04月11日 | ブログ

4月のはじめ、東本願寺では春の法要が行われました。
師徳奉賛法要・親鸞聖人御誕生会・教如上人四百回忌・東日本大震災復興支援-子どものつどいin東本願寺・全戦没者追弔法会など、てんこもりの1日から6日の日程中、3日の教如上人四百回忌法要に、常照寺の所属する南勢一組から団体参拝させていただいてきました。
遅ればせながらご報告です。
参拝者に配られた春の法要の冊子に、東本願寺を創立された教如上人の四百回忌法要の表白があります。
そのなかに
ときは二〇一三年、私たちはたくさんの悲しみや苦しみの声の中で生きています
ということばがあり、法要中考えさせられました。
どんな悲しみや苦しみの声なのか。そして、この私に「たくさんの悲しみや苦しみの声の中で生きている」という実感があるのかどうか。

今回の団体参拝では、法要後、枳穀邸の桜を見物しつつ粥膳をいただきましたが、引率するにあたって、参加者の方に楽しんでいただきたいとの思いから、いくらかの酒類を持参したところ・・・係役の方に止められて反省しました。
私はいったい何をしにここに来たのだろうか、と。

団体参拝を企画して、参加者を募り、参加費を払ってまでご参加いただいた方に対して「少しでも楽しんでいただきたい」という思い。そんな思いに対して待ち受けていたのは「お前には今、たくさんの悲しみや苦しみの声が届いているのか」という問いかけでした。

枳穀邸で空になる予定だった重いクーラーボックスを引いて、一行は総会所の「カフェあいあう」へ向かいました。
「カフェあいあう」の様々な展示のなかに、原発事故後、夫を残し、生まれたての子どもとともに山形に避難されたお母さんの写真パネルがあり、目にとまりました。
「カフェあいあう」には、過去そして現在の数えきれない「悲しみ」と「苦しみ」が仏前にお荘厳されていたのでした。

京都で花見をして酒を飲んでとの企みは、春の法要を酒の肴にしているにすぎません。
多くの悲しみと苦しみの声に耳を傾けもせず、花を見て酒を飲もうというのはいかなる姿か。
毎年この春の法要中に勤まる親鸞聖人の御誕生会。「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」とは、40年前の親鸞聖人御生誕800年のスローガンだと聞きます。
枳穀邸での「私はいったい何をしにここに来たのか」という問いは、そのままそのスローガンに照らされて、「お前はいったい何をしにここに来たのか」、つまり私はいったい何のためにこの世に生まれてきたのかという問いとなって返ってきたのでした。
その親鸞聖人の生誕850年を迎える10年後、「はい、おかげさまで生まれた意義と生きる喜びに出遇うことができました」と向かい合えるよう努めたいものですが、どうも同じことをくり返して、また「お前はいったい何をしにきたのか」と問われることが目に浮かびます。
ヒラキナオルつもりはありませんが、こうしてたびたび尊いご法縁をいただいて、東本願寺の親鸞さまに向かい合うその都度、「お前はいったい・・・」と問いかけられてこそ、大事なことを忘れて生きていることに気づかされるならばそれも悪くはありません。勿体ないことでございました。

さて春の法要、5日は「子どものつどいin東本願寺」が開催されました。教如上人がお亡くなりになられて400年後を生きている私たちが遭遇した東日本大震災。400回忌をご縁にした復興支援のつどいでも、悲しみの声が子どもたちの願いとして歌になって表現されました。
また、翌6日の全戦没者追弔法会では「百年の破闇-大逆事件と高木顕明-」という講演があったようです。
いずれも忘れてはならない悲しみと苦しみが、その場を開いてくださっています。それは、それでも悲しみから目をそらし、苦しみの声から耳を遠ざける私に対しての喚びかけではないでしょうか。それでも忘れるこの私に対してです。

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YouTube: 「テツナギマーチin東本願寺」 坊さんバンド『G・ぷんだりーか』

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