遊煩悩林

住職のつぶやき

煩悩に満たされて

2007年12月30日 | ブログ

除夜の鐘・修正会のご案内

除夜の鐘

大晦日 午後11時50分から午前0時50分

修正会

元旦 午前1時(正信偈 同朋唱和)

今年も「つぶやき」を聞き続けてくださいました皆さまありがとうございました。
さて、2007年が終わりを遂げようとしています。そして2008年がはじまろうとしています。
新しい時を迎える準備はいかがでしょうか。こころ慌ただしいことと存じます。
ロウソクなどの火は燃え尽きる直前が最も激しく燃えるといいます。何かが終末を迎えるときにあって、私たちのこころが慌ただしいのもそれに似ています。
親鸞は「一念多念文意」に

無明煩悩われらがみにみちて、欲も多く、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえず

と記しておられます。
ここでいう「臨終」は私たちが普段使う意味とはニュアンスがすこし違うかもしれませんが、私たちは一瞬たりとも煩悩を断つことができないということなのでしょう。もっといえば、たとえそれが臨終を待つベッドの上であったとしても、いやそうであればこそますます盛んに燃え上がってくるのかもしれません。「もっと生きたい」とか「財産はどうする」とか。執着、固執のこころです。安らかにこころ穏やかに、静かに最期を迎えたいのが願いですが、いくら法を聞いていてもそうはならないような私なのであります。
ですが、死んでいく時の準備のために教えを聞くのではないでしょう。今私が生きていることを感じられてくるところに教えがあるのです。逆に言えば、真実の教えを聞くことをとおして、生きていることの意義や喜びに感動されてくるのではないでしょうか。

さて、常照寺では今年も鐘をつき、お勤めをします。
物事の終わりは、はじまりでもあります。
是非とも除夜の鐘・修正会にお出かけください。

また、常照寺のホームページを年明けにリニューアルしますのでそちらの方も訪れてみてください。そして来年も「住職のつぶやき」にお付き合いくださいますようよろしくお願いします。

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ホームチャペル

2007年12月26日 | ブログ

毎年12月20日から23日までお勤まりになる桑名別院の報恩講の御満座にお参りさせていただきました。毎年の期間中せめて一座だけでもお参りさせていただこうと毎年出仕させていただいています。
「若いもんが寺に参らん」という年配の方々の嘆きを聞いて久しいですが、いつの時代もそんな愚痴をいいながらこうして何百年もの間、毎年勤められてきたことの不思議を感じます。お勤めする人もお参りする人もだんだん死に変わり入れ替わりしていくのですが、たとえ人がどれだけ入れ替わっても永遠に伝えられて行く真実と、いま自分がそこに触れている現実に、ただそこに座っているだけで緊張の90分の法要でありました。
さて、今年は結願(けちがん/最終日)が日曜日ということもあり、しかも3連休の合間という条件もあって本堂は満員。「いま一歩まえにお詰めください」とのアナウンスがうれしく響きました。
毎年満堂だといいのですが、これも条件次第です。
考えてみれば、もともとの日本には日曜日の習慣はなかったのでしょう。「お休み」の概念が今とはずいぶん違っていたのです。浄土真宗の門徒の多くは農家でありましたから、農繁期は家族総出でもちろん休みなどありません。それでも何のために忙しく作業をせねばならんのか、何のために喰わねばならないのかといった哲学を、朝夕お内仏に礼拝する信仰の中に見出してきたのです。
対照的に、お内仏を持たない狩猟民族にとって日曜日(お休み)はチャペルに足を運ぶ「礼拝」の日でありました。わざわざその日を設定して生きることの意味を哲学して きたのです。「日曜日はお休み」的発想はそうした状況の中から生まれた知恵だったのでしょう。
いま欧米化した生活習慣において私たちにも日曜日という「お 休み」がありますが、何もキリスト教的な慣習に流されてきたと否定的に捉えるのではなくて、礼拝の精神を見直し、それぞれのご家庭にお内仏があってくださ ることに改めて思いを馳せたいと思います。その上で、年末の大掃除の時期に際してまずお内仏の仏具のおみがきからはじめたいものだと思います。それぞれの家庭に礼拝施設としてのお内仏(仏壇)が御安置されている、これは浄土真宗がルーツなのではないかと思います。
あるアメリカ人の留学生が日本に来て仏壇をみて「ホームにチャペルがある!」と驚き感動したというエピソードを聞いた事があります。そうです。「ホーム」は「家庭」「チャペル」は「お内仏(お仏壇)」です。私たちは仏壇のお給仕やお世話に煩わしささえ感じる生活をし、そこにご本尊がご安置されていた事の感動を忘れてしまっています。この留学生もただ説明を聞いただけではその感動はなかったでしょう。そこにはお仏壇と信仰、そして礼拝の習慣があり、その現場に自分が触れたことの感動なのだと思います。
ただ言葉だけで報恩講の説明を聞いていても何の感動も生まれません。まずそこに向かい、座すことです。さて常照寺の報恩講は毎年1月。まず住職である私が感動を持ってお参り申し上げたいと思います。年明けには改めてご案内しますので、是非お参りいただき、いのちの不思議と真実の教えに触れていただきたいと思います。

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刻念会

2007年12月20日 | ブログ

常照寺が所属する南勢一組二部の今年最後の部会が志摩国府の源慶寺を会場に開かれました。
南勢一組二部というのは、京都の東本願寺を本山とする真宗大谷派の行政区分で、三重教区に属し、そのなかの南勢一組(「なんせいいっそ」と読む)は、一部と二部に分かれています。一部は松阪ブロック、二部は伊勢ブロックというとわかりやすいですが、伊勢といっても多気郡、度会郡、伊勢市、志摩市と実に広範囲です。
二部はこの地域の10ヶ寺の大谷派寺院で形成されていて、隔月で部会を開催してきました。
今回は、源慶寺さんにお世話になって部会の後、的矢の旅館で親睦を深める場(忘年会?)を持つことができました。
さて翌日、解放運動の学びの深いご住職の提案でフィールドワークを行いました。
目的地は渡鹿野島という離島です。古くは遊郭の島として有名でした。
どうして渡鹿野島かというと、私も解放運動に関わる人間として恥ずかしながら知らなかったのですが、この島は1945年に「志摩会談」といわれる会合が開かれたその地なのでした。
戦後の解放運動の再建について、もと全国水平社のメンバーが話し合ったといわれています。
そしてその会場となった「A」ホテルを訪れたのですが、現在荒れ果てた状態で閉じられていました。地元の人によれば、シーズン中は経営しているそうです。
ところで、当時わざわざこの島で会談がもたれたことから、戦前戦中の解放運動の取り締まりが厳しかったころ、運動家が身を潜めなくてはならない状況が思い浮かびます。その時代をくぐり抜けてきたメンバーはやはり取り締まりの届かない離島を選んだと考えるのが妥当なところでしょう。(メンバーはこの島のなじみでもあったそうな・・・)
たまたま今回私たちは、この地にて部会を開催して話し合いの場を持ったわけですが、言論や思想の統制下において命をかけた運動を思ったとき、いまこの時代にあって言いたいことを言いたい放題いえる事の重みを感じました。
さかのぼれば、私たちが本尊とする「南無阿弥陀仏」は「首が飛ぶ念仏」といわれるとおり、念仏弾圧によって死刑にされた歴史を持っています。いま私にとって南無阿弥陀仏は、命をかけたご本尊となっているだろうか。
今年の部会は忘年会ならぬ、そんな事を考えさせられた刻念会となりました。
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【写真】
的矢の「橘」旅館の客室から見える的矢湾と朝日。
牡蠣づくしの料理でしたが、どれだけ食べても飽きさせないおいしい料理でした。

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極重悪人

2007年12月17日 | ブログ

中日新聞の朝刊に「けさのことば」というコーナーがあります。
毎朝、ジャンルを問わずさまざまなことばの紹介とその了解が記されています。
先日このようなことばをみかけて、記憶から離れません。

人は転ぶと、まず石のせいにする。
石が無ければ、坂のせいにする。

『ユダヤ格言集』

筆者はさらに「そして、坂が無ければ、はいている靴のせいにする」と付足し、「たいていの抗争や紛争は『自分は正しく他人は誤っている』と思うことから生まれているように思える」と結んでいます。
考えてみれば私たちは普段、何か「事」が起こったときに、その原因を「外」にばかり探してしまいがちです。私と関係する「何か」、「私」を問うのでなくてその関係した人とか物とかにばかり目がいきやすいものです。そもそも人間の2つの目は外向きについていますし、自己防衛本能的に自分を守るというか、被害者になりたがる無意識の世界がいつの間にか形成されています。しかしその出来事や事柄がどんなことであったとしても、第3の目で内面につきつめていけば「私」そのもの、存在するがゆえのところでありましょう。先の格言からいえば「われ転ぶゆえに、われあり」というところでしょうか。
それにしてもなかなか「私こそは正しい」と豪語する人は身近にはなかなかいません。しかし口には出さずとも「私は間違ってない」と自分に言い聞かすことは誰にでもあるのではないでしょうか。また、そう言い聞かせなければ「私」が崩壊してしまいかねません。
「私は正しい」という人を親鸞は「善人」と呼び、「私こそ間違っていた」という人を「悪人」と呼んでいると私は了解しているのですが、親鸞のことばとして「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」と歎異抄に記されています。「善人でさえ往生するのだから、悪人は当然である」という意味です。つまり悪人こそ救われると了解されます。
「間違っていなかったんだ」「正しかったのだ」と自分を慰めずにはいられないそんなどうにもならない私を親鸞は「善人」と呼び、その善人こそ救われなければならないというのでしょうか。
いや、それとも自分自身が「どうにもならない私」として見いだされてきたとき、すなわち「悪人」の自覚に立ったときに救いにあずかるというのでしょうか。
「善だ」「悪だ」と人間の基準に照らしていても答えは見つかりません。
仏の眼に照らされたときに「極重悪人」として見いだされてくるのが「私」なのでしょう。
正信偈にはこうあります。

極重悪人唯称佛

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2007年12月14日 | ブログ

毎年のことなので触れずにおこうかと思ったのですが「今年の漢字」について一言。毎年この時期の話題のひとつになりました。
日本漢字能力検定協会(漢検)が全国に公募した「今年の漢字」は「偽」。
漢検ホームページの応募フォームhttp://www.kanken.or.jpには、募集内容として「2007年をイメージする漢字一字と、その理由を明記してください」とあります。よく報道で「今年の世相を表す一文字」という表現を聞くのは「2007年をイメージする漢字」の応募が最も多い文字が「今年の漢字」に選ばれるからです。いかにも民主主義的で、多数決の原理がそこにあるような感じです。
しかし、大方の予想どおりともいわれる「偽」のイメージは、作られたものではなかったかと思わずにはいられません。何が言いたいのかというと、「2007年のイメージ」はテレビや新聞をはじめとするマスメディアがどれだけ報道したかによるだけでないかと思うのです。身近なところでも「赤福」が話題にあがりましたし、通販で取り寄せたこともある宮崎の地鶏なんかも私に直接的に関わる出来事です。
しかしながら、地元の赤福の「偽」は何十年も前から行われていたことですし、たまたまそれが今年に話題になっただけのことです。そういう意味からすれば今年はその事実が発覚・露見した事件が相次いだということであって、決して今年の世相が「偽」といわれてもピンとこないのです。
「偽」という字が示すとおり「人が為す」ことを「偽」というのであれば、何も今年の世相だけでなく、私たちの存在そのものが「偽」といえるのではないでしょうか。
清水寺の貫主の字が上手だとか下手だとか、まるで被害者のごとくにあの事件はどうだこうだという前にやはり「偽」という字が私に問いかけていることを学びたいと思います。
私の過ごした一年の時と場所が偽りの日々でなかったかどうか、どんな立場に立ってどんな居場所にいたのか。そして偽りのない世界を求めていたかどうか。求めていたとしてもその実現に向けてどんな努力をしたのか・・・等々
「偽」はまた「人の為」とも読めます。「世のため、人のため」が美学のようにもいわれる社会ですが、それほど傲慢で「偽り」のことばはないのでしょう。
漢字検定協会の「今年の漢字」を批判したいのではありません。マスコミを批判したいのでもありません。マスメディアがこぞって取りあげる情報に流されて生きている私への批判です。事実「偽」という字が選ばれて「やっぱりな」と思う私だったからです。マスコミが取りあげなければこの話題に触れることもできないでしょうし、まんまとこんな記事を書いている私の自己批判です。
今年印象に残ったことばがあります。
水俣病の語り部(水俣病資料館)をされている杉本栄子さん(遊煩悩林5月4日の記事)の「金で買えるような報道を信じるな」ということばです。杉本さんもまた報道を批判しているのではなく、そこに露出される事柄だけを信じてしまう私たちのあり様を指摘してくださっているのだと思い返しました。

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