遊煩悩林

住職のつぶやき

配達記録郵便

2006年06月26日 | ブログ

今月の半ば、ご門徒の方宛にお盆のお参りに関するアンケートを送付させていただいた。内容は、お盆のお参りを「希望する」か「しないか」というもの。返信用の葉書を添えて、郵便局の配達記録サービスを利用して各世帯へ送付させていただいたところ様々なリアクションをいただいた。
今回のアンケートによって、ご門徒とお寺との関係を見直していただく中でそれぞれの信仰意識に一考を投じることができればという願いに立ったとき、ご門徒の皆さまからいろいろな反応をいただけたことは、それだけお寺に関心を寄せていただいているということだと有り難く受けとらせていただいている。
配達記録という方法で送付したのはいくつか理由がある。いちばんの理由は、日本の郵便は信頼できるといわれているが、より確実にお届けいただけるだろうということ。これまでもお寺からの郵便物が「届いた」「届いてない」ということは度々あった。
今まで利用したことがなかったので知らなかったのだが、配達記録はお寺から発送した郵便物が今、どこでどのような状態にあるのかがインターネットで確認することができる。ご門徒一件一件の郵便物がどこの局を経由したか、配達中なのか、受け渡し済みなのか、留守等であればどこの局に保管されているか、窓口で受け渡したかどうか、などなど。発送した側としては、それらが確認できることは安心である。しかし、このサービスは送る側には便利であるが、どうも受けとる側にはイメージが悪い。現に「門徒を信用できんのか」といったご意見もいただいた。また、配達時、留守等で受けとられなかった方は、わざわざ局にまで出向いていただいた方も少なくない。何事か、と驚かれた方もいらっしゃるだろう。
ご返信いただいたアンケートに基づいて今年からお盆のお参りの予定を企てることになっている。手紙を「受けとった」「受けとってない」なんてことになれば、当然お盆の予定の企てようもない。そんな無用のトラブルを避ける意味もある。最近では二世帯住宅に居住される方も少なくなく、お寺からの連絡事項もどちらかの世帯でとまっていたりしたこともこれまでにはしばしばある。今回のアンケートは、寺と関係するということがどういうことなのか、家族みんなで考えてもらえればという願いもある。
同時に、よくちまたでは「お盆になると頼みもせんのにおっさん(お坊さん)がまわってくる」なんて声も耳にする。ご門徒におかれる社会的生活の多様化によって「お盆」という時間の過ごし方が、変化してきているということもある。若い世代のご門徒でもお盆のお休みは家で過ごされる方もあれば、年配の老夫婦でも、遠方の子どもたちと海外旅行に出かけるなんてことも最近ではよくある。お盆休みの時間の使い方は、世代的な感覚とは一概にはいえない。その辺の事情はそれぞれの世帯にそれぞれの想いがある。「お盆は家で過ごすのが当たり前」とお考えの方からすれば、このアンケートは何なんだ?ということにもなる。お叱りのご意見もいくつかいただいた。しかし、数年前から一度きっちりご門徒の意向を確認せねばと思いつつできなかったのが、今回のアンケートであったわけである。いろんな誤解をお招きしたところもあるようだが、ご門徒の皆さんがこれだけ寺との関係を大切にしていただいておられるということを目に見えるかたちで伝えていただけたことだけでも、このアンケートの成果があった。それと配達記録というサービスは「確実な配達」という点で、便利なシステムだということも解った。

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生活をもって信心を磨く

2006年06月19日 | ブログ

6月17日土曜日、津市の三重県総合文化センター内の男女共同参画センター多目的ホールで第25回真宗公開講座が開かれた。500席のホールはほぼ満席。
真宗公開講座は桑名別院主催であるが、実行は桑名別院に遠い南勢・中勢・伊賀地方の大谷派寺院による持ち回りで運営される。というのは、ちょうどこの時期、桑名別院では早朝から暁天講座が開かれているが、別院から遠く離れた寺院からはなかなか参詣できない。そこで、教えを求めるご門徒と寺院のために、別院が出張するかたちで講座がもたれるようになったのだ。その講座は真宗のご門徒に限らず、一般の方々、いわば社会に向かって公開される講座として25年続けられてきた。南勢地区担当の年は松阪の会場で行われ、中勢地区担当の年は主に津での開催になる。来年度は伊賀地区の担当で伊賀で講座がもたれる予定になっている。
今回は中勢地区の担当ということで男女共同参画センターでの開催となったわけであるが、このセンター、数年前までは「女性センター」という名称であった。この数年で「女性センター」という名称がマズくなった。
さて、例年講師は男性が多かったが、今回は同県安濃町出身で、現在は愛知県豊田市守網寺の坊守である渡辺尚子先生を講師にお迎えをした。先生はご結婚後、夫婦でこのお寺に入寺され精力的に教化活動を行っておられ、「あなたはあなたになればいい」などの著書を執筆されている。
今回の講座は「生活をもって信心を磨く」という講題でお話をいただいた。講題のとおり、宗教的な肩苦しいお話ではなく、日頃の生活の中でお念仏がどのようにはたらいているのかといったことについて、また出産・子育てなど、女性の視点から身近な問題を提起していただいた。
お話をとおして、「教え」というものが、お寺や学校とかの遠いところにあるのではなく、生活の場に大切な仏の教えがはたらいていて下さっているということを感じさせられたとともに、「誰とも代わってもらう必要のないわたし」という言葉に勇気づけられた聴講者も少なくはなかったと思う。Img_3510

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永代経

2006年06月14日 | ブログ

常照寺の永代経をご門徒とともにお勤めさせていただいた。といってもすでに3日も前のことであるが・・・、ちょうど永代経の日前後からのどに変調をきたした。タバコの吸い過ぎかとホっておいたら、熱が出てきた。インフルエンザがはやっていることもあり、子どもに病気がうつるとイカンということで「病院に行って下さい」と坊守にいわれ耳鼻科へ出向いた。すると「急性気管支炎」との診断。なるほど風邪薬ではいっこうに効かんわけである。そんなこんなでバタバタしながら、今年の永代経を総括することなく3日が過ぎていった。
さて、永代経は、永代に教典が残し伝えられるようにとの願いをもに、その願いを受けとめていく法要である。
お寺そのものの存立の意義は、ここにあるともいえる。
お寺が存立し続けるということは、いつまでもお釈迦さまの法が残し伝えられていくということである。
一般に誤解されている「永代供養」とは根本的に意味が異なる。先祖を永久に供養するということは、そこにお寺やお経、つまり教えがなければならない。そして亡き人を縁にして今、私が教えに遇わねばならないのである。
だから俗にいう「永代供養」のように、先祖を寺に預け、喪主に代わって寺や僧侶が亡き人を永遠に供養するというのとは意味が違うのである。
「亡き人をご縁に経が勤められる」という点では、「永代経」も「永代供養」も同じといってもいいのだが、問題は誰のために勤めるのか?ということである。
では、「永代に経典が残し伝えられるようにとの願い」とは誰のものか?
そして何のためにお経と教えが残されてきたのか?
まず、その願いとは「仏」の願いである。
「仏」とは亡き人であり、先祖であり、僧伽である。亡き人を「仏」と受けとめていく中でこの願いを「私」が受けとめるのである。その意味では、永代経は「私」のために勤められる法要なのである。決して亡き人や先祖のために勤められるのではない。
どうして「私」のためなのか?
私たちがこの世を生きる中で確かな依りどころを明確にするためである。
本当に尊きこと「ご本尊」を明らかにして、その真実を依りどころとして生きていって欲しいという願いが「仏」の願いなのだろう。
そこに経典が残し伝えられてきた意味がある。
逆にいえば、私にまで伝えられてきた教えに出遇わなければ、これまで残し伝えられてきた意味がない。
永代経では名古屋から例年の如く荒山修先生にご法話にお越しいただいた。

犬のことばは人間には解らない。ネコのことばも解らない。しかし人間のことばが解るか、といわれれば同じ人間であっても解らないということがある

という言葉が印象に残る。
「経典」は釈迦の説法をお弟子たちが「結集」してまとめたものである。経典を理解するのは難しい。しかし、そこに説かれる教えと響きを感じて生きていくことは出来る。お寺やお内仏に向かう生活の中で「経」に触れることを大切にする生き方をとおして、今度は「私」が「経」と「教え」を残し伝える立場へと成長させてもらうのである。

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2006.6.6

2006年06月07日 | ブログ

中日新聞の6月7日の夕刊にこんな記事があった。

「悪魔の日」出産嫌う
聖書に書かれている悪魔の数字「666」を嫌い、年月日に「6」が3つ並ぶ日、米国ではこの日の赤ちゃん誕生を避けようと出産を延期したり、前日に帝王切開で生んだりする例が目立った。

事情は異なるが日本には「丙午(ひのえうま)」という迷信がある。
江戸時代の八百屋お七の刑死を演劇化したことによって広まったといわれているが、日本とアメリカ、ところは違えどもその根っこは共通している。
現実に昭和41年の丙午年には、日本では25%も出生率が低下したという。
丙午は、十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)の60通りの組み合わせのうちの1つで、還暦は干支が再び60年後に還ってくる。その必然的な組み合わせのひとつに特別な意味を与えたいのが人間の姿である。
さて、2006年6月6日の事件。

シカゴのある病院はすべての出産を中止した(中日新聞2006.6.6夕刊)

という。中止とはどういうことか?
江戸時代の丙午「お七」ではないが、6日に公開された「ダミアン」はかつてのホラー映画「オーメン」のリメーク、「666」が刻印された悪魔の少年の物語である。シカゴの例の病院で、

前日に帝王切開で男児を産んだ女性は「息子が『ダミアン』なんて呼ばれ、いじめられるのはかわいそう」(同夕刊)

というが、この根性こそ6月6日に生まれた子どもをいじめていく態度なのだろう。

新約聖書「ヨハネの黙示録」には、最後の審判で断罪される者は悪魔の数字が腕や額に刻印されていると書かれている。(同夕刊)

というが、このことばは何を語っているのか。日本やアメリカといったいわゆる「先進国」で義務教育を受ければすぐわかることである。「そんな印をつけて生まれてくる子どもは実際にはいない」ということだ。

仏教に「阿弥陀経」という経典がある。ここには極楽浄土が西の方十万億土を過ぎ去る彼方にあると説かれる。途方もないかなたに存在するというのは、浄土に生まれることがいかに難しいかを示すとともに、真実の境界と私たちの心の隔たりがいかに大きいかを表しているのである。

人間に分かるようなことばでわざわざ表現されたことばを、そのまま額面どおりに受けとるのであれば、それは「素直」とは言わない。「おめでたい」というのだろう。その「おめでたさ」が娯楽の表現するところである。娯楽と真実を見極められないと真に「おめでたい人間」になってしまう。

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法衣

2006年06月06日 | ブログ

Img_3473 昨日、編集委員を務める機関紙の編集会議のために京都へ出かけた。
本山は京都駅前の烏丸通に面しているが、その烏丸通の東側には仏具屋さんや数珠屋さん、仏教書の店、宿屋やお土産物屋が軒を連ねる。その中に「法衣店」が何件かある。
「法衣店」とは、主に僧侶が着用する衣や袈裟を扱う店のことである。
京都に来たついでに、夏用の装束を誂えてもらうために、いつも衣体を調整してもらっている法衣店に顔を出した。
僧侶は夏でも、襦袢を着て、白衣を着る。そしてその上に衣を羽織り、袈裟を掛ける。
とにかく暑い。
というわけで、夏には夏用の素材のものがある。それを求めた。
今回求めたのは、裳附(もつけ)という絽地の衣と、紗地の五条袈裟。
いずれも、持ち合わせていないわけではないのだが、先日先輩の住職にある注意を受けた。私が衣用していた五条袈裟は正式なものではないという。
衣や袈裟には悲しいかな、色や紋に厳密な決まりがある。ただし、その厳密な色目を正確に知らない私は、ある時、訪問販売に来た法衣店の勧めでその袈裟を求めた。正式なものとして衣用していたのだが、どうもその色目が怪しいらしい。
たとえば「薄紫色」と定められた色でも、それを調整する業者によってその「薄紫」の色目が違うわけである。赤が濃かったり、青が濃かったり、という具合に。
しかしそれは業者の責任にするわけにもいかない。ルールは知らなかったで済むことではない。僧侶であれば知っておくべきなのである。
そんなことがあって、いつもお願いしている信用ある法衣店に出向いてきたのである。
法衣店は年中忙しいそうである。それはこぞって、より良い衣を身に着けたい僧侶らの注文によって。実に滑稽なことである。色や紋の仕様を制限するから、逆にこんなことになる。しかし、長い歴史の中でつくり出され、護られてきたルールである。宗門に属する僧侶の縦と横の関係を明確にするために必要なルールなのだという。
しかし、こんなルールをつくってきたのは、かつて格式の高いとされていた一部の人たちによってだろう。「オレの衣はお前らには衣用できない衣だ」なんて、口でいう僧侶には出会ったことがないが、衣がそういっているようだ。
親鸞はそんな差別を最も歎かれた人である。まず袈裟や衣を身に着ける者が、真に宗祖に出遇っていかねばならない。

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