Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

バーンアウトに対する最近の米国神経学会の取り組み@AAN annual meeting 2022

2022年05月13日 | 医学と医療
米国神経学会(AAN)年次総会をオンデマンドで視聴しています.2014年,同学会にて医師のプロフェッショナリズムの危機やバーンアウトが初めて大きく取り上げられ,その後,大規模調査を行い,その結果をもとに個人および組織を支援するバーンアウト対策が次々行われました.今年も多数のシンポジウムが行われています.「Resilience」「Well-being」「Wellness」「Mindfulness」「Self-compassion」「Microaggressions」というキーワードがよく出てきます.そしてバーンアウト対策は,evidence-basedな議論に移ってきたのが特徴です.「Live well,Lead well」という,より良い生き方とリーダーシップを学ぼうという合言葉も定着し,もはや学術主体の学会ではないです.数年前,学会場で絵画教室(写真)やヨガが行われているのを見たときには衝撃を受けましたが,さらに進んでいる感じがしました.医師の子育てとか快眠法,「Zoom会議疲れ」を回避する方法まで議論されています.

以下,キーワード解説とシンポジウムタイトルです.日本の医療者や学会ももう少し自分たちのtake careに取り組んでも良いように思いませんか?

【キーワード】
Resilience;「回復力」「弾性(しなやかさ)」.バーンアウトへのなりにくさ・抵抗力の意味.
Well-being;幸福で肉体的,精神的,社会的すべてにおいて満たされた状態.
Wellness;積極的に心身の健康維持・増進を図ろうとする生活態度・行動.
Mindfulness;自分の身に今起きていることに意識を集中させて,自分の感情・思考・感覚を冷静に認識して,現実を受け入れること.
Self-compassion;自分への慈しみ.他者を思いやるように,自分自身のことを大切に思うこと.ストレスのかかる状況でも,前向きな気持ちを持ち続けられる心理状態やその技法.
Microaggressions;小さな攻撃性.人と関わるとき,相手を差別したり,傷つけたりする意図はないのに,相手の心に影をおとすような言動や行動をしてしまうこと.

【シンポジウムテーマ】
Burnout and Resilience: Strategies and Evidence for Enhancing Well-being.
Practical Wellness Tips for the Busy Neurologist.
Mindfulness Based Stress Reduction (MBSR).
You Are the CEO of Your Life.
Tips for Better Sleep: More Reasons to Love Bedtime.
Microaggressions and Harassment: How to Address Discrimination and Unprofessional. Behavior at Your Workplace.
Parenting While Doctoring.




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月3日)  

2022年05月03日 | COVID-19
今回のキーワードは,COVID-19ワクチン接種後の頭痛に関するメタ解析,原因不明の水頭症の原因としてCOVID-19を考える,けいれん発作や白質異常所見を呈する新生児ではCOVID-19を考慮する,英国でlong COVIDに対する疾病負荷の包括的評価スケールSBQ™-LCを用いた研究が進行中である,long COVIDが脳障害をもたらす3つの仮説,long COVIDでは脳の免疫活性化(=炎症)ではなく異常な抑制が起きている可能性がある,です.

まず臨床的に有用な情報として,ワクチン接種後の頭痛のメタ解析が報告されています.また2,3番めの報告は,COVID-19の新たな神経合併症についてですが,とくに新生児症例の画像は衝撃的です.これほどの変化は生じなくても影響がないとは言い切れず,妊娠中の感染を極力防ぐ必要性を感じます.最後の3報告はLong COVID研究についてです.とくに英国のthe TLC studyの計画には圧倒されます.課題解決のためにグランドデザインを描けることに憧憬の念を抱きます.

◆COVID-19ワクチン接種後の頭痛に関するメタ解析.
COVID-19ワクチンは入院や死亡のリスク低減という大きなメリットがあるにもかかわらず,接種後に有害事象が現れることがある.その中でも頭痛は最も多いものの一つであるが,その発生率や特徴については十分わかっていない.今回,デンマークから84論文,157万人が対象となったメタ解析論文が報告された(94%がファイザーまたはアストラゼネカワクチンを接種されていた).結果として,頭痛は3番目に多い副作用であり,異質性はあるものの,1回目接種後22%,2回目接種後29%であった(偽薬接種群は10~12%であった).異なるワクチン間で頭痛出現率に相違はなかったことから,頭痛はワクチンの種類ごとの反応ではなく,全身的な免疫反応による二次的なものであると考えられた.頭痛の特徴については明らかにできなかったが,24時間以内に発症し,約3分の1の症例で片頭痛に似た拍動性頭痛を呈し,音や光への過敏があり,40~60%で活動時に増悪するとの記述もあった.また高齢者ではファイザーワクチン初回接種後の頭痛の有病率が低かった.多くの場合,頭痛に治療薬が使用され,最も効果的と考えられたのはアセチルサリチル酸であった.
J Headache Pain. 2022 Mar 31;23(1):41.(doi.org/10.1186/s10194-022-01400-4)

◆原因不明の水頭症の原因としてCOVID-19を考える.
COVID-19感染は,原因不明の水頭症の原因になりうる.つまり感染後水頭症は,COVID-19感染の重篤な合併症である.米国からの報告で,36歳男性がCOVID-19に感染し,2週間以上にわたって嘔気,嘔吐,霧視を伴う慢性進行性の頭痛を呈した.神経学的には両側乳頭浮腫と引きずり歩行を認めた.頭部CTではすべての脳室が拡大し,第4脳室に顕著であった(図1).シネMRIでは第4脳室の脳脊髄液乱流を認めた.後頭部開頭術を施行し,くも膜下にwebを認め,マイクロサージャリーにより摘出した.脳脊髄液流を回復させた.本症例では,直近のCOVID-19感染と感染前の画像診断が正常であったことから,COVID-19が水頭症の原因として有力である.原因不明の水頭症の鑑別診断にCOVID-19を加える必要がある.
Neurology. April 21, 2022(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000001174)



◆けいれん発作や白質異常所見を呈する新生児ではCOVID-19を考慮する.
新生児におけるCOVID-19の神経合併症はまれで,十分な知見が得られていない.ブラジルから,鼻咽頭ぬぐい液PCRが持続的に陽性で,大脳白質病変を伴う発熱を伴わないけいれん発作を呈した生後3日の新生児が報告された.頭部MRIでは,脳室周囲白質,皮質下白質,脳梁膨大部に異常信号を認めた(図2).母親に感染歴が認められた.病態は血栓塞栓により虚血より,免疫介在性の障害が疑われた.けいれん発作や白質異常所見を呈する新生児ではCOVID-19を考慮する必要がある.
Neurol Clin Pract. April 21, 2022(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000001173)



◆英国でlong COVIDに対する疾病負荷の包括的評価スケールSBQ™-LCを用いた研究が進行中である.
Long COVIDに対する治療のエビデンスの確立が求められている.英国からlong COVIDの疾病負荷に関する患者によるアウトカム指標としてSymptom-Burden Questionnaire for Long COVID(SBQ™-LC)がBMJ誌に報告された.草案作成後,成人患者274人を対象としたフィールドテストを行い,内容の妥当性の確認を行って完成させた.Rasch分析(順序尺度を間隔尺度に変換する方法)によって作成されたSBQ™-LCは,17の独立した尺度から構成された.回答者は,過去7日間の疾病負荷を,二項対立型または4段階回答を用いて評価する.各尺度は,異なる症状領域をカバーしており,線形スコア(0〜100)に変換可能である.スコアが高いほど,より高い疾病負荷を表す.このSBQ™-LCの作成は,英国のlong COVIDへのプロジェクトであるthe TLC studyの第1ステップである.このあと,代表するコホートの確立→症状のクラスターの把握→潜在的な治療の特定→支援を提供するプラットフォームの開発と進む(図3).BMJ opne 誌に非入院患者4000人と対照者1000人を1年間検討し,免疫学的パラメータとアクチグラフによるクラスター識別と,既存の治療介入に関する既存のエビデンスを評価する第2~4ステップに関する研究も最近報告されている.
BMJ. 2022 Apr 27;377:e070230. doi: 10.1136/bmj-2022-070230.
BMJ Open. 2022 Apr 26;12(4):e060413(doi.org/10.1136/bmjopen-2021-060413)



◆long COVIDが脳障害をもたらす3つの仮説.
Science誌が,COVID-19が脳に与える影響について,複数のエキスパートにインタビューした内容が動画として公開されている.Yale大学医学部免疫生物学部門教授のAkiko Iwasaki先生は,long COVIDが脳の障害をもたらす仮説として次の3つを紹介している(図4).
①SARS-CoV-2の脳の一部の細胞への直接感染
②自己免疫による脳の障害(一度活性化した細胞を脱活性化することは難しいため,long COVIDの多彩で長期の症状を説明できる)
③肺などの脳から離れた臓器における炎症が脳内の細胞に刺激を与える
以上の3つが,複数関与している可能性も考えられる.またSNSを用いた調査で,ワクチン接種後に40%が改善,45%が不変,15%が増悪したことも紹介され,ワクチン接種後に改善した症例における機序がわかれば治療の緒になる可能性があるとも述べている.
Science. April 15, 2022(doi.org/10.1126/science.abq5581)



◆Long COVIDでは脳の免疫活性化(=炎症)ではなく異常な抑制が起きている可能性がある.
Long COVIDの病態として脳の持続的炎症が関与する可能性がある.このためUCLAのチームは白血球表面に存在し,ケモカインの受容体として機能して免疫系に関与する膜タンパクCCR5(C-Cケモカイン・レセプター5)を標的とするモノクローナル抗体レロンリマブの効果を検討する小規模な探索的試験を行った.対象はlong COVIDの55人とし,無作為に実薬群と偽薬群に割付け,8週間にわたって24の症状(ブレインフォグ,嗅覚・味覚障害,筋・関節痛など)の変化を調査した.著者らは抗体でCCR5を阻害すれば,感染後の過剰な免疫系の活動が弱まると考えていた.しかし実際には,実薬群においてT細胞上のCCR5が治療前に低く(=免疫系が活性化していない),かつ症状が改善した症例で治療後にCCR5が上昇していた.つまり一部の患者では,持続的な炎症(=免疫亢進)ではなく,免疫の異常な抑制が起きていて,レロンリマブによって正常化するという予期せぬ病態が存在する可能性を示唆する.つまりレロンリマブは,T細胞のCCR5発現を安定化し,他の免疫受容体や機能のアップレギュレーションに導くことで治療につながるという新しい仮説が考えられた.
Clinical Infectious Diseases. April 22, 2022(doi.org/10.1093/cid/ciac226)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

医(メディシン)って何だろう?

2022年05月02日 | COVID-19
医(メディシン)って何だろう?

尊敬する脳神経内科医 岩田 誠 先生(東京女子医科大学名誉教授)の近著「医(メディシン)って何だろう?」の書評を下記のように執筆させていただきました.感激しながら拝読しました.素晴らしい本です.ご一読をお勧めいたします.
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
書評「医(メディシン)って何だろう?」

著者の岩田誠先生は脳神経内科の領域のオーソリティとして,誰もが認める存在である.ご趣味は幅広く,「ビオラ演奏,物書き,野菜作り」であり,多芸に秀でた先生でもある.そしてご子息は同じ道を志し切磋琢磨する私の友人で,かつ同い年であるため,私は先生のことを「もし脳神経内科医の父親がいたら,あのような感じかな」と勝手に想像し,先生の著作やエッセイを拝読してきた.とくに影響を受けたのは「神経症候学を学ぶ人のために(医学書院,1994)」,「見る脳・描く脳 絵画のニューロサイエンス(東京大学出版会,1997)」,そして「頭のなかをのぞく 神経解剖学入門(中山書店,2013;萬年甫先生著,岩田誠先生編集)」である.「臨床医が語る 認知症と生きるということ(日本評論社,2015)https://amzn.to/3MEJnFS」は,医学部1年生の課題図書として使用させていただいている.また先生がご留学されていたフランスの神経学の歴史に関する論文や解説も大好きである.私がシャルコー先生のファンになったのは先生の影響だ.

その先生が,若手医師と医学生向けの本を初めてご執筆された.本書の一部は,先生が2020年までの十数年間,東京女子医大教授として教鞭をとられたときに行った「病気や健康とは何か?」「科学と技術はどう違う?」「脳死を知ろう」といった講義やワークショップがベースになっている.いずれの課題も学生間で白熱した議論が交わされたことが想像できるが,先生の用意した答えは非常に奥深く考えさせられる.おそらく本書を手に取り,同じ体験をする医学生や若い医師も,「健康」「セカンド・オピニオン」「EBMとNBM」「脳死」などの言葉の本質的な意味を知り,医療者の役割を垣間見,そして医療者である前に立派な人間になることの大切さを学ぶことになると思う.

そして本書は決して,医学生や若い医師のためだけの本ではない.先生がどのようにして脳神経内科医としての道を選び,そして素晴らしい先輩医師・研究者や,ハンセン病患者さんなど多くの患者さんとの出会いを通して成長されたかを書き綴った箇所は非常に印象深かった.またALS患者さんの自殺幇助事件に対するお考えや,医の倫理とは一体何なのかを書かれた箇所は極めて重要なご指摘であり,大変勉強になった.本書は多くの経験を積んだ医療者にとっても,改めて「医(メディシン)って何だろう?」と考える機会を与え成長を促すと思う.

個人的に一番,関心を持って読んだのは,医療における「科学(サイエンス)と技術(アート)」に対する先生の考え方である.「医療の二分法」という言葉があるが,医療には「科学(サイエンス)と技術(アート)」「知識と知恵」,「治療と癒し」などと分類することができる二面性がある.この観点から現代の医学教育を眺めてみると,膨大な「科学」「知識」を教えることにもっぱら集中し,「技術」「知恵」を教える場面が極端に不足しているように感じる.自身を振り返っても,「知恵」につながるリベラルアーツ教育が大切だと考えてきたものの,「科学と技術」「知識と知恵」といった両者の関係についてはあまり考えたことがなく,対立する二律背反のような関係にあると思っていた.

先生は「科学と技術」「知識と知恵」をどのように育み磨くべきかご自身の体験をもとに,私達に示してくださっている.「科学(サイエンス)」の本質は「観察する心」,すなわち先入観なく目の前のものを見て,その原理を発見することだと教えてくださる.そうなると,詰め込み式に医学知識を教えるだけでは「科学する心」を育むことはできないと容易に気づく.一方の「技術(アート)」は「知識」を使いこなすための「知恵」として重要であることを示したうえで,それは簡単に身につくものではなく,その修得のために「医(メディシン)って何だろう?」と問い続ける姿勢が求められると強調されておられる.つまり「知識と知恵」「科学と技術」は対立するものではなく,医療の裏表であって,医療や医学教育の現場において,どのようにその両立を図るのかを意識し,追求することが今後の課題だと理解できた.

それにしても驚いたのは,先生ほどの医師であっても「医(メディシン)って何だろう?」という問いに対し,「いまだどれが正解なのか決めることができずにいる」と書かれていることだ.この文章を読んで,あるべき理想の医療を真摯に追求しつづける,目標とすべき父親の姿を見たような気がした.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント 第1版

2022年05月01日 | COVID-19
long COVIDにおいて,神経症状(ブレインフォグ,頭痛,睡眠障害,立位時のめまい,慢性疲労など)への適切な対応は重要な課題です.このたび厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部より「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント」第1版が公開されました.渡辺宏久先生(藤田医科大学医学部),高尾昌樹先生(国立精神・神経医療研究センター病院)とともに編集委員として参加し,「神経症状へのアプローチ」を検討し執筆しました.内容的には科学的知見と症状・所見から始まり,「プライマリケアにおけるマネジメント → 専門医・拠点病院への紹介の目安・タイミング → 専門医・拠点病院でのマネジメント」について記載しています(図).まだエビデンスが十分がない領域ですが,診療方針の参考になるものと思います.ご活用いただけますと幸いです.



新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント」第1版





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする