Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

一点一画の微に至る凄み

2019-06-29 | マスメディア批評
ミュンヘンからの生放送を聴いた。とても素晴らしかった。冒頭からのテムピやその運びはこの天才指揮者しかできない見事さで、作曲家のシュトラウスはどこまで出来ていたのだろうと思わせる。言葉の端々が綺麗に浮かび、先月初日のあったヴィーンでの「影の無い女」で不満だった点がここでは聴かせる。楽譜のテムピ指定はドイツ語で書いてあるのでとても感覚的に分かり易い。時代の変化はあるだろうが、それをペトレンコは忠実にやっている。

すると懸案の細かな音形が誤魔化しなく正しく発音されることになって、そのもの言葉のアーティキュレーションにも結び付いていたり、またそこから外れていたりと、後に「アリアドネ」から「カプリツォ」等で主題になっている言葉と音楽の関係が明らかになってくる。

実際に昨今のシュトラウス解釈は初期の交響詩等と後年の楽劇の作品群を時系軸を横断して同時に観察していく解釈が取られている。興味深いのは、先月のティーレマン指揮の「影の無い女」がそこでは時代錯誤に陥って風呂場の鼻歌状態が更に強調されていたことと ー 「サロメ」に当てはめるとオペラ座でのスタンダードレパートリーとしての通俗化 ー、今回の「サロメ」が間違い無く初演後初めてその全容を表したこととの差異は大きい。

それにしても年明けから四種類の管弦楽団でキリル・ペトレンコの指揮を聴いてきているが、やはり何か変わってきた感じがする。今回も実際に見て確認したいが、少なくとも曲も短く短期間に纏めてきたと思うのだが、初日から出来が良くて、ストリーミングの日を待たずして完成させてきている。前回の「オテロ」においても初日とストリーミングの日の差は少なくなってきていて、初日からその録音は永久保存版になってきていたが、同じシュトラウスの「影の無い女」2013年11月の初日シリーズの質とも大分異なる。その後それは再演で聴いているが、無駄のとことんそぎ落とされたようなシュトラウス演奏へと明らかに進化していて、その指揮の進化無しには考えられない。比較できるのはやはりムラヴィンスキーのそれぐらいしか思い浮かばなく、今回も新聞評では膝をやらさないかと心配だとあるが、そのような外見以上に恐らく振りは鋭くなっているに違いない。

今回の演出ではマーラーの録音が流れたが、まさしく「千人の交響曲」で指揮芸術のある種頂点を示したことから考えると、シュトラウスのこの曲に於いてのシステム間の緊張関係を最大限に導き出したのは当然ともいえる。こちらの認識も、ケントナガノの「あまりにも神経質」とまで言われるそれを見たりして、高まってきていることは間違いないのだが、それが引き出す音楽の厳しさを見るともはや指揮芸術という事ではもう殆ど完成してしまっているのではないかと思う。それ以前にはその才能に隠されて気が付かなかっただけでしかない一点一画も揺るがせにしない芸術を新たに感じるようになった。要するに凄みが備わってきている。

歌手陣についてもまだ様々な評は出るだろうが、あまりにもクール過ぎるとされるサロメもまさしく狙った通りリリックで、その同時にドラマティックなペーターセンの歌唱も初日を聴いた「ルル」時よりも進化している。ヘロデのアプリンガーシュヴェアッケもミーメ役の時よりいい。シュスターのヘロデアスも余裕の歌声が新たな個性を役に添えている。ベルスレクの歌も余りに贅沢過ぎるほどの個性付けだ。そして心配されたヨハナーンのコッホだが、成功作「影の無い女」の染物屋以上の出来で、声もバイロイトでのヴォ―タン以上に出ていた。更なる十八番になりそうな出来だ。

しかし放送でこれほど満足してしまうと実演では演出以外に何を期待すればいいのだろうと思わないではない。今回は劇場の十八番であり、謂わば音楽監督として先へと繋ぐための一里塚とした公演だと思うので、我々は思い掛けない出来だと思っているが、昨年の時点でペトレンコが語っていたその通りになっている。

ハムブルクは夏休みに入るようで、その前に予約したティケットが届いた。オペラやその他を含めて最も高価な業務活動以外での入場券だと思う。マルクにすれば500近くになり、嘗てのザルツブルクでの直前に購入したオペラでも3500シリングはしていなかった。しかし今回のようなペトレンコ指揮の音楽を聴くとそれはそれでその価値のある芸術だとも言える。



参照:
ドライさとかカンタービレが 2018-11-25 | 音
宇宙の力の葛藤 2019-05-20 | 音
ペトレンコ教授のナクソス島 2015-10-22 | 音
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