Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

心安らかに眠りに就く時

2019-06-03 | 雑感
ベルリンでの演奏会の録音を聞いた。日本での評判をフィルターに掛けるのは自動的であるが、やはりそれでも騙される。ヴァイオリンのイヴラジモーヴァがどの程度か、やはり誤解していた。いつものように感想文ではなく感激文に騙された形だが、タタール人とも知らなかった。なるほど日本での感激がアジア的なそれだったのも当然だが、それ以上にメニューイン学院の言及に騙された。よく考えれば一人そこ出身の人を知っているが、ピンからキリではなくてその程度だと再認識した。

楽器が大したものではないのは、先日の諏訪内の「ドルフィン」とは比較しようがないが、ピエトロ・ガルネリの1738年産とある。あの押さえつけたような弾き方で、あれではどうしようもないと思った。技術的にも想定したものよりも大分悪かった。なるほど日本辺りでコツコツと稼いでいる筈だ。

様々な人が感激したことを書くのはいいことだと思うが、中途半端に批評と称して感想どころか感激を綴っていて、そこには全く基準座標が無いことが大問題である。要するに評価が味噌糞一緒なのである。やはり玄人と呼ばれるような人が確りした客観たる判断基準を持っていないのがいけない。やはり日本においては芸事は所詮芸者の時に言うものなのだろう。今回のベルリンでの登場も日本辺りからの売込みが背後にあったのかもしれないと思わせた。ノルウェーの怪我をしたピアニストによる協奏曲と比較してそれほど悪かった訳ではないが、期待したこちらが悪かった。迂闊だった。

それ以上に痛かったのは指揮者のお話しが無かったからで、これでは致し方が無い。代わりに前日にミュンヘンで演奏会のあったブロムシュテットのEUに関する話を聞いた。これも音楽の話しではなかったのでそれほど価値は無かった。オペラの方はオンデマンドになった。ちらちらと映像を観ていたが、終演後の喝采は大きかった。なぜなのかは聞いていないのでまだよく分からない。

試飲会に行く途上、YouTubeにあった「ロジェ王」を聞いた。最初の音からして、楽器編成やらその音色からして、カンブレラン指揮のフランクフルトの座付楽団の出番ではないと思った。その分厚さと言い印象主義を超えたような音響はあの楽団では難しい。要らぬものを聞いてしまったと思った。要するにパパーノ指揮のコヴェントガーデンの上演とでは格が一緒になりそうにない。このフランス人指揮者も日本では大物になっているが、少なくともモルティエ時代にザルツブルクで聞いた印象やSWFでの録音等を合わせるとそれ以上の結果は出せないと思う。

朝起きて、クリーヴランドからの放送を少し聞いた。シカゴ交響楽団がバレンボイム指揮で「我が祖国」全曲を演奏している。本当は録音したかったが寝坊した。そして聞いていると、交響楽団が全く巧くないのである。勿論嘗てのショルティー後のバレンボイム監督時代を期待して聞いていたが、これは違うと思った。案の定2018年の中継録音だった。なぜ当時の実況が聞きたいかと言うと、それと比較して、現在の出来の悪さを明白にしたいからだったが、比較以前に弦楽だけでも下手だった。シナ人コンサートマスターのようだが大分落ちる。来年また生で聞く機会があるが、あまり期待できない。

出かけている間にヴィーンの楽友協会でこれまた日本では絶大な評価のある指揮者のヤンソンスが倒れたようだ。今回の一連の演奏会でも可也無残な指揮だったようだが、もはや引退しかないように感じる。90歳過ぎの指揮者ブロムシュテットが好んでヤンソンスの言葉「六十歳からが指揮者」を引用するのには幾らか皮肉が隠されているのだろう。ヤンソンス指揮の昨年から幾つかの中継を観ていて専売特許の強引なドライヴが出来なくなっていて、誰が振っても同じような状況になっていた。心臓疾患のようだがあの年齢であれだけ体調が悪いとなると指揮活動は難しい。水曜日に予定されていたエリブフィルハーモニーでの公演は誰が指揮するのだろうか?中継がそのままあればそれはそれで楽しみである。

試飲会からの復路、車外温度が摂氏37度まで上がっていた。間違いではないのだろう。陽射しがそれほどではなく、乾燥しているので、長袖で気持ちよかったが、高気温だけに水分は身体から大分蒸発している可能性がある。じっくりと水分を摂取して、ゆっくりと食物を摂取して、気持ち安らかに眠りに就きたい。



参照:
貧相なエンタメを嘆く 2019-01-03 | マスメディア批評
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
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