竹田城は、嘉吉3年(1443年)に山名持豊(宗全)が築城し、家臣太田垣光景に守らせたのが始まりです。
天正元年(1573年)、播磨龍野城主赤松広秀はここを攻め、自ら城主となりました。
天正5年(1577年)、豊臣秀吉がによる播磨侵攻により、竹田城も攻められ落城しました。
しばらく城主はいろいろ代わりましたが、天正13年(1585年)再び赤松広秀が城主に任じられ、現在残る石垣群が築かれました。
しかし、赤松広秀は関ヶ原の役では西軍に加担して自刃し、竹田城も廃城となりました。
JR竹田駅です。公共交通機関を利用するならば、この駅から徒歩(と言っても山道ですが)約30分です。
ちなみに、日本百名城のスタンプはこの駅に置いてあります。
猛暑日であることに加え、タケさんとの待ち合わせを控えていたので、この日は本丸そばの駐車場までバイクで行きました。
駐車場は整備され、広いのですが、道は狭く極めて急坂であるため、初心者や運転に自信のないドライバーは避けた方がいいかと思います。
駐車場から登城コースは、2つあります。
私は、亀さんコースを選択しましたが、それなりの坂道が続き、猛暑日だったこともあり汗が噴き出て、息が乱れてきます。
到着しました。道は階段状になりますますきつくなります。でも、疲労感は吹っ飛びます。なぜなら、
このような見事な石垣が目に飛び込んでくるからです。
大手門
このような山城にあって迫力ある立派なものです。
北千畳
さらに登っても、まだまだ三の丸です。
ただし、こんな光景が眼下に広がり、
見上げると、目指す本丸が目に入ります。
武の門を通ると、
二の丸です。
さらに登ると、本丸です。
端には天守台があります。
天守閣の跡です。
ここに立って南部分を見下ろすと、
充分美しいですが、
ときおり城下の円山川の川霧が周囲を包むとそれはそれは神秘的な光景となります。
本丸を降りて、高石垣を振り返ってみました。
空とのコントラストもいいですね。
竹田城は、中央の一番高いところに本丸を置き、南北に階段状にいくつかの曲輪を配しています。
南側へ一段下がると平殿です。
ここを降りていくと、
南二の丸
その下に正門があります。
南千畳です。
ここから、振り返って石垣群を撮影しました。
一般的には、「三大山城」は岩村城(美濃),高取城(大和),松山城(備中)を指します。
また、「日本五大山岳城」として月山富田城(出雲),七尾城(能登),観音寺城(近江),春日山城(越後),八王子城(武蔵)を挙げる意見があります。
五大山岳城のうち八王子城の替わりに小谷城(近江)を入れて「日本五大山城」とする主張もあります。
上記の城のすべてへ行ったわけではないのですが(青字の城は未訪問です)、いずれにも竹田城が入っていないのが不思議です(おそらく早い時代に廃城になったからだと思います)。
建物こそありませんが、規模といい迫力といい景色といいきわめてすばらしい山城でした。
ここは、お城にまったく興味の無い方でも播但自動車道を走っていれば必ず目に付いて、「あの山は何だろう?」と一度は思うはずです!私も兵庫県民でありながら15年くらい前から子供を連れて日本海に海水浴に行くようになって「何だろう?」と思い続けていた口です!以前フォーサイトで登ったのが初体験でした、次は竹田駅から家族で登山したいと思います!
山城だけでなく、今までいったことのあるすべての城の中でも5本の指に入る感動を覚えました。その割には世間の評価が低いような気がします。おそらく、山の中にあるので一般に知られていないからだと思いますが、逆にそれだからこそ現在まで残されているのかも知れません。
ここは建物こそありませんが、おっしゃるように素晴らしい所ですね(山登りは出来ませんが)
おっしゃるとおり、山城の中には本格的な登山の装備をしたほうがいいような所もたくさんあります。竹田城は、本丸下の駐車場から歩く限りは、ハイキング程度ですね。このときも気持ちのいい風が吹いてきました。もっともそれ以上に日差しが強くて大変でしたが、もう少し涼しくなると快適だと思います。
この山城は景色を観に行くだけでも値打ちがありそうです。
多分、ウチからだとそれ程距離も無いと思いますので、秋風が気持ち良い季節になったら訪れてみたいと思います。
この城は頂上にあるので360°パノラマで下界の景色を楽しむ事ができます。石垣もマチピチュみたいでカッコイイじゃないですか(行ったことないけど)。
充分楽しんでいただけると思います。きっと四季折々様相が変わると思いますので、春夏秋冬行ってみてくださいよ。