きのうの朝降ったのは、アラレかなミゾレかな。雪ではない。
立山町にいる、姪の話だと、降ったという。とすると、雪だということになるが、何しろ雪国生まれで
子供のときからスキーとか、いかにも雪国の子供らしいことはすべてやっている。いまの年齢でも
こんなちょっとの白いものでは、驚くこともない。体力もあるし、山も歩いていて、どうも姉の血はどこに
いったのかとも思う。
でも、どう考えても、たまに会うことは会う姉を見て、太っているわけでなく、なんやかや言うことだけは
いうので、私は耳が痛い。が、いかにもたくましいという感じはする。たくましいというより、少なくとも
「だら」な弟には、決して優しくはない。おとなしい振りをしていたのは、まだ父母が生きていたころの表面的な
ところでである。もっとも、苦労はしているので、特に私には遠慮することはない。
これに反発することができない、というのが事実で、悪口を書いているのではない。
先に、カメラの中身を見て、うーんと唸る。きのうのミゾレの画像、アラレかも知れないが、これはこれで、いまの
時期としては、新鮮である。3月1日は真っ白にはなったが、きのうは、程ほどの白さだが、これは明暗が出るので
見ていて気持ちはいい。画像での話だが、やたら冷たい空気は入っているし、もちろん恨めしいこと。
3月21日の画像が多いのは、やけにいい天気の時間が多かったからで、この日はほんまに真っ青という空が
ある。
こうゆときがあるので、まさか雪、白いものすべて、降ることはもうないだろう、と思うのは当然である。
大雪のとき、あるいは厳冬のときはあるが、3月も25日になって、また白いものを見るとは、なかなか考える
ことはない。たしかに、うずたかく積まれた雪の壁が、空き地とかにある年はある。これは融けないぞ。
でも、4月になって、それが残っていたときはあるか。波は必ずあるからね。
まだ安心はしていない。雪も降るかも知れず、今日は予想外にいい天気で、花粉のことも、また思い
出される。
食べ物の話はいまは滅多にすることはないが、ときどき新聞を見て、たとえばの話だが、富山の食について
という特集はある。なにしろ、食べないといけない。食べるのならうまいものに限るわけだが、珍味もあって
口に入らないものもある。シロエビなど、私は知らない。ホタルイカも、鮮度の問題があって、茹でたもの
しか知らない。あれは見るものだな。きれいな青い光、それを見ているのが一番いい。
茹でたものも、最近は見ないが。コウイカという肉厚のイカがあるが、あーゆうもののほうがよっぽどうまい。
でもうまいものを食べている、そうゆう人にとって、ホタルイカは、食べたくなるものである。さらに
雑誌など作るために、どうしても食べないといけない。
駅弁でもお土産でも、ますの鮨(鱒寿司)は有名だ。どこでもそうだと思うが、このますの鮨は、作って
いるところは、むかしの記憶だが、いくらかある。そのあまり知らないところの、ますの鮨を食べたところ
これは、駅弁のそれと違って、また癖のない味がして、こちらのほうがうまいなと思った。もっとも、買うと
なると、大手のものとなるしかないか。それがどうゆう経緯で、私の口に入ったか、それもわからない。
ほかにも、駅弁と違って、普通にお土産かお弁当として売っているものもあるが、これも人の好みは
違うものである。結構なお値段はする。今ごろ安いものはない。
私は、魚としては、イワシなどは好きだが、アジはあまり好きではない。でもこの鮨があれば、刺身があれば
食べる。マグロかカツオか、となると、カツオのほうが好きだが、小型のマグロが、これもむかしだが、赤味で
山盛りで売られていた。値段は安かった。こうゆうときはしかし少ない。いまは考えられない。
これも妙な気がするが、これは安そうだ、という生魚はうまい。
1972年というと、いろいろなことがあったが、ほぼ忘れている。この年から翌年、ものの値段がバカみたいに
上がったときがある。もっとひどいのは洗剤やトイレットぺーパーが、どこにもなくなった、みな買い占めら
れた、ということ。それでも、実際の話、洗濯は水でも出来るし、でもトイレのほうはどうかな。どうも、
困った記憶もないので、問題はなかったのだろう。
メーカーはどこのものかわらないが、どう考えても、コーヒーの味ではない、そうゆうインスタント品が
売られていた。
大学だと、だいたい食事は生協でとなる。いまは信じられないが、安い値段で、食べがいはあった。しかし、これも
その翌年くらいから、値段の割りにこれではなーというものが増えたようである。飽食の時代ではないので
文句も出るときでもなかったが。食べないでも大丈夫というのが、頭の中にあったのかも知れない。
インスタントラーメンが、一個、袋ものだが、安いのだと、20円とか30円であったと思う。腹減ると、これを
食べる。栄養のことは考える必要はなかったのである。薬もいらない。医者にもゆかない。
春になると、花見とかで、また歓迎会とかで、あるときは弁当が出るが、これはなかなか高価である。
鉄道となると、一日、30個限定という、そうゆうものが出る。
どうも食欲もないので、食べ物の話を書いたが、訳のわからないものになった。それでも、けっこう食べ物の
ブログは多いし、その画像をも見ることはあるが、おいしそうには見えるけど、よく入るなと感嘆。
それだけ体を動かしている、ということだろう。
上野、富山、6時間の電車の旅で、一番うまいと思ったのは、祖母の作ってくれた、昆布をまぶした
梅干し入りの、大きなおにぎり。いい味である。誰にも出せない味。これを2個か3個。帰ってから
食べたときもある。
新聞をみていると、必ず載るある人間の顔があるが、それ以外はというと、それ以外の議員さんは
いやその本人もそうだが、「こんなこといっている」、あるいは「よく言うよなー」、最後に、
「ざけんなー、この・・・」と思う。
これは米国の、大統領選でも同じか。新聞で小さい記事で出ています。
その一。青い。
その二。春、でも植物はまだ語らない。
その三。そのうちにしゃべるかな。
その四。いや、そうでなくてきれいな青。
その五。天と地の分かれ目。
3月25日、白いものはミゾレかアラレか。
その六。
その七。
その八。
その九。黒か白か、はっきりしている。
その十。すごいのが来た。
天気どうなるか。
立山町にいる、姪の話だと、降ったという。とすると、雪だということになるが、何しろ雪国生まれで
子供のときからスキーとか、いかにも雪国の子供らしいことはすべてやっている。いまの年齢でも
こんなちょっとの白いものでは、驚くこともない。体力もあるし、山も歩いていて、どうも姉の血はどこに
いったのかとも思う。
でも、どう考えても、たまに会うことは会う姉を見て、太っているわけでなく、なんやかや言うことだけは
いうので、私は耳が痛い。が、いかにもたくましいという感じはする。たくましいというより、少なくとも
「だら」な弟には、決して優しくはない。おとなしい振りをしていたのは、まだ父母が生きていたころの表面的な
ところでである。もっとも、苦労はしているので、特に私には遠慮することはない。
これに反発することができない、というのが事実で、悪口を書いているのではない。
先に、カメラの中身を見て、うーんと唸る。きのうのミゾレの画像、アラレかも知れないが、これはこれで、いまの
時期としては、新鮮である。3月1日は真っ白にはなったが、きのうは、程ほどの白さだが、これは明暗が出るので
見ていて気持ちはいい。画像での話だが、やたら冷たい空気は入っているし、もちろん恨めしいこと。
3月21日の画像が多いのは、やけにいい天気の時間が多かったからで、この日はほんまに真っ青という空が
ある。
こうゆときがあるので、まさか雪、白いものすべて、降ることはもうないだろう、と思うのは当然である。
大雪のとき、あるいは厳冬のときはあるが、3月も25日になって、また白いものを見るとは、なかなか考える
ことはない。たしかに、うずたかく積まれた雪の壁が、空き地とかにある年はある。これは融けないぞ。
でも、4月になって、それが残っていたときはあるか。波は必ずあるからね。
まだ安心はしていない。雪も降るかも知れず、今日は予想外にいい天気で、花粉のことも、また思い
出される。
食べ物の話はいまは滅多にすることはないが、ときどき新聞を見て、たとえばの話だが、富山の食について
という特集はある。なにしろ、食べないといけない。食べるのならうまいものに限るわけだが、珍味もあって
口に入らないものもある。シロエビなど、私は知らない。ホタルイカも、鮮度の問題があって、茹でたもの
しか知らない。あれは見るものだな。きれいな青い光、それを見ているのが一番いい。
茹でたものも、最近は見ないが。コウイカという肉厚のイカがあるが、あーゆうもののほうがよっぽどうまい。
でもうまいものを食べている、そうゆう人にとって、ホタルイカは、食べたくなるものである。さらに
雑誌など作るために、どうしても食べないといけない。
駅弁でもお土産でも、ますの鮨(鱒寿司)は有名だ。どこでもそうだと思うが、このますの鮨は、作って
いるところは、むかしの記憶だが、いくらかある。そのあまり知らないところの、ますの鮨を食べたところ
これは、駅弁のそれと違って、また癖のない味がして、こちらのほうがうまいなと思った。もっとも、買うと
なると、大手のものとなるしかないか。それがどうゆう経緯で、私の口に入ったか、それもわからない。
ほかにも、駅弁と違って、普通にお土産かお弁当として売っているものもあるが、これも人の好みは
違うものである。結構なお値段はする。今ごろ安いものはない。
私は、魚としては、イワシなどは好きだが、アジはあまり好きではない。でもこの鮨があれば、刺身があれば
食べる。マグロかカツオか、となると、カツオのほうが好きだが、小型のマグロが、これもむかしだが、赤味で
山盛りで売られていた。値段は安かった。こうゆうときはしかし少ない。いまは考えられない。
これも妙な気がするが、これは安そうだ、という生魚はうまい。
1972年というと、いろいろなことがあったが、ほぼ忘れている。この年から翌年、ものの値段がバカみたいに
上がったときがある。もっとひどいのは洗剤やトイレットぺーパーが、どこにもなくなった、みな買い占めら
れた、ということ。それでも、実際の話、洗濯は水でも出来るし、でもトイレのほうはどうかな。どうも、
困った記憶もないので、問題はなかったのだろう。
メーカーはどこのものかわらないが、どう考えても、コーヒーの味ではない、そうゆうインスタント品が
売られていた。
大学だと、だいたい食事は生協でとなる。いまは信じられないが、安い値段で、食べがいはあった。しかし、これも
その翌年くらいから、値段の割りにこれではなーというものが増えたようである。飽食の時代ではないので
文句も出るときでもなかったが。食べないでも大丈夫というのが、頭の中にあったのかも知れない。
インスタントラーメンが、一個、袋ものだが、安いのだと、20円とか30円であったと思う。腹減ると、これを
食べる。栄養のことは考える必要はなかったのである。薬もいらない。医者にもゆかない。
春になると、花見とかで、また歓迎会とかで、あるときは弁当が出るが、これはなかなか高価である。
鉄道となると、一日、30個限定という、そうゆうものが出る。
どうも食欲もないので、食べ物の話を書いたが、訳のわからないものになった。それでも、けっこう食べ物の
ブログは多いし、その画像をも見ることはあるが、おいしそうには見えるけど、よく入るなと感嘆。
それだけ体を動かしている、ということだろう。
上野、富山、6時間の電車の旅で、一番うまいと思ったのは、祖母の作ってくれた、昆布をまぶした
梅干し入りの、大きなおにぎり。いい味である。誰にも出せない味。これを2個か3個。帰ってから
食べたときもある。
新聞をみていると、必ず載るある人間の顔があるが、それ以外はというと、それ以外の議員さんは
いやその本人もそうだが、「こんなこといっている」、あるいは「よく言うよなー」、最後に、
「ざけんなー、この・・・」と思う。
これは米国の、大統領選でも同じか。新聞で小さい記事で出ています。
その一。青い。
その二。春、でも植物はまだ語らない。
その三。そのうちにしゃべるかな。
その四。いや、そうでなくてきれいな青。
その五。天と地の分かれ目。
3月25日、白いものはミゾレかアラレか。
その六。
その七。
その八。
その九。黒か白か、はっきりしている。
その十。すごいのが来た。
天気どうなるか。